明治三十五年(れ)第二一四九號
明治三十六年一月二十日宣告
◎判决要旨
- 一 私訴ハ第二審ノ判决アルマテ何時ニテモ之ヲ爲スコトヲ得ルモノナレハ控訴中一旦之ヲ取下クルモ更ニ之ヲ提起スルコトヲ得ヘシ而シテ刑事訴訟法中前訴訟費用未濟ナルトキハ之カ提起ヲ爲スコトヲ得サル旨ノ規定アルコトナシ(判旨第四點)
- 一 甲乙ノ二所爲カ一箇ノ繼續犯ナル場合ニ於テ乙所爲ニ付キ檢事ノ追訴前取調ヘタル證人ノ供述ハ乙所爲ニ對シテモ證言ノ效アルモノトス(判旨第五點)
- 一 刑法第三百九十五條ノ委託トハ合意上ノ委託ノミナラス法律上ヨリ生スル委託ヲモ指稱スルモノトス而シテ株式會社ノ取締役ハ會社ノ金額物件ノ管理保存ニ付キ法律上當然委託セラレタルモノトス(判旨第九點)
(參照)受寄ノ財物借用物又ハ典物其他委託ヲ受ケタル金額物件ヲ費消シタル者ハ一月以上二年以下ノ重禁錮ニ處ス若シ騙取拐帶其他詐欺ノ所爲アル者ハ詐欺取財ヲ以テ論ス(刑法第三百$九十五條)
公訴私訴上告人 藤原清吉
私訴被上告人 株式會社磐田銀行
右法律上代理人 鈴木源一郎
右委託金費消被告事件ニ付明治三十五年十月三十一日東京控訴院ニ於テ言渡シタル判决ニ對シ被告ヨリ上告ヲ爲シタリ依テ刑事訴訟法第二百八十三條ノ式ヲ履行シ判决スル左ノ如シ
上告趣意書第一ハ本件ニ對シ適法ナル書面ニ基ク起訴ナキニ有罪ノ判决ヲ與ヘタルハ不法ナリト云フニ在レトモ◎本件訴訟記録ヲ査スルニ本件ノ金二千九百二十一圓十九錢六厘ノ費消ニ付テハ明治三十四年七月十七日附靜岡地方裁判所濱松支部檢事山村貫一郎ノ豫審請求書アリ金百十圓ノ費消ニ付テハ第一審公廷ニ於ケル檢事ヨリ口頭ノ起訴アリ而シテ起訴ハ必ス書面ヲ以テ爲スヘシトノ規定ナケレハ右口頭ノ起訴ハ有效ナルヲ以テ起訴ナキニ判决ヲ與ヘタルノ違法ナシトス
第二ハ原判决ハ採證法ニ違背シ不當ニ事實ヲ確定シタル不法アリト云ヒ」第三ハ原判决ハ理由ヲ附セサルノ不法アリト云フニ在リテ◎其違法ナリトスル點ヲ摘示セサルヲ以テ其當否ヲ説明スルニ由ナク畢竟上告ノ趣意トナラサルモノトス
辯明書ハ縷陳スル所アルモ之ヲ要スルニ第一第二第三ハ本件ノ二千九百二十一圓十九錢六厘ハ被告カ取締役ヨリ引繼ヲ受ケ事務ヲ擔任シ右ノ内二千九百二十圓ハ鈴木平七ニ相當ナル手續ヲ以テ貸與シ證書ヲ請取リタルモノナレハ被告カ擅ニ費消シタルニ非スト云ヒ」第四ハ井通村役場預金ニ付鈴木源一郎神谷八太郎ノ申立ハ總テ虚僞ニシテ被告ニ於テ之ヲ費消シタルコトナシト云ヒ」第五ハ神谷八太郎帶金直枝カ明治三十四年七月九日被告ヘ帳簿金庫ノ鍵ヲ引續キタル旨申立ルモ虚僞ニシテ證人鈴木源一郎ノ陳述ニ依ルモ引續ヲ爲シタルハ七月十八日ニシテ九日ニ非スト云ヒ」第六ハ明治三十三年八月以來無擔保ニテ貸付ヲ爲サヽル旨ノ證人ノ供述アルモ被告モ重役ノ一人ニシテ之ヲ知ラサル所ヲ以テ見レハ其供述ハ虚僞ナリト云ヒ」第七ハ鈴木平七ニ對スル貸付ニ關スル鈴木源一郎ノ第一審ニ於ケル供述ハ虚僞ニシテ信ヲ措キ難シト云ヒ」第八ハ帶金豐平ナルモノ支店ニ出張シ事務ヲ擔當シタル旨帶金直枝モ支店ニ出張シ事務ヲ取リタル旨供述シアルモ是亦虚僞ナリト云ヒ」第九ハ神谷八太郎ノ豫審調書ニ依レハ明治三十四年一月ヨリ六月マテノ間ニ費消シタル如ク申立アルモ同年三月中檢査ハ無事ニ結了シアレハ若シ費消シタルモノトセハ四月以後ナラサルヘカラス故ニ同人ノ申立ハ虚僞ナリト云ヒ」第十ハ證人國松豐平ノ供述ハ第一審ト第二審ト相違シ居ルニ拘ハラス原院カ第一審判决ヲ相當ナリトシ控訴ヲ棄却シタルハ不法ナリト云ヒ」第十一ハ支店ノ精算中役員間ニ葛藤ヲ生シ事務整頓ニ至ラサル中檢事局ヨリ召喚セラレタリ故ニ帳簿ヲ再調査スレハ判明スヘシト云ヒ」第十二ハ被告ハ本銀行發起人ニシテ二十个年間盡力シ大ニ資本金ヲ増加シタル功勞アルモノナルニ取締役等ノ爲メニ陷害セラレ今般ノ不幸ニ遭遇シタリト云ヒ」第十三前段ハ被告ハ相當ノ資産ヲ有シ村會議員等ノ名譽職ヲ帶ヒル者ナレハ僅ニ三千餘圓ノ爲メ不正ノ行爲ヲナスモノニアラスト云フニ在リテ◎何レモ原院ノ職權ニ屬スル事實ノ認定採證ノ當否ヲ批難スルモノニシテ上告ノ理由トナラス』其後段ハ假令ヒ金錢ヲ費消シタリトスルモ被告ハ取締役ナレハ其金錢ハ他ヨリ委託ヲ受ケタルニ非サレハ刑法第三百九十五條ノ制裁ヲ受クヘキモノニアラスト云フニ在リテ◎辯護人兩名ノ辯明書第五點ニ對スル説明ニ依リ了解スヘシ
第十四ハ公訴上告趣旨ノ如ク被告ニ犯罪行爲ナケレハ賠償ノ義務ナシ又原告人ハ第一審ニ於テ敗訴シ控訴中取下ヲナスニ民訴第七十七條ニ違背シ訴訟入費未濟ナルヲ以テ訴權ナキモノナルニ原院ニ於テ刑訴中如斬抗辯ヲ提出シ得ルノ規定ナキ旨ノ判决ヲ與ヘタルハ不法ナリト云フニ在レトモ◎被告ニ委託物費消ノ罪アルコトハ兩辯護人辯明第五點ニ對シ説明スル如クナルヲ以テ其犯罪行爲ヨリ生シタル損害ノ賠償ヲ命シタル原判决ハ相當ナリトス又私訴ハ第二審ノ判决アルマテ何時ニテモ之ヲ爲スコトヲ得ルモノナレハ控訴中一旦之ヲ取下ケルモ更ニ提起スルコトヲ得ヘクシテ刑事訴訟法中前訴訟費用未濟ナルトキハ之カ提起ヲ爲スコトヲ得サルノ規定アルコトナシ而シテ同法第二百一條第三項ハ私訴費用ノ負擔ニ付キテノミ民事訴訟法ヲ準用シ本案ノ如キ私訴權ノ有無ニ關シテモ之ヲ準用スルノ法意ニアラス故ニ民事訴訟法ヲ援用シテ論爭スルモ其理由ナシトス(判旨第四點)
辯護人竹内平吉ノ擴張辯明書ハ原判决ノ犯罪事件タル井通村役場收入役ヨリ預リタル金百十圓ヲ費消シタル事實ニ對シテハ原判决ハ何等ノ證據ヲ明示セス原判决カ證據トシタル原院公判ニ於ケル被告ノ自白ハ單ニ右金百十圓ヲ井通村役場ヨリ預リタリト云フニ過キスシテ之ヲ費消シタリト自白シタルコトナシ又タ其自白中ノ「同支店帳簿上現在金ハ三千百七十一圓三十四錢九厘ニシテ同日現金二百五十圓十五錢三厘ヲ神谷某ニ引渡シタリ」トアル三千七十一圓三十四錢九厘ノ内ニハ右金百十圓ヲ包含セサルモノナリ其譯ハ右三千七十一圓三十四錢九厘ヨリ二百五十圓十五錢三厘ヲ差引ケハ金二千九百二十一圓十九錢六厘トナリテ本件犯罪事實第一ノ金二千九百二十一圓十九錢六厘ヲ費消シタリト云フ其金額ニ符合シ右金百十圓ハ全ク帳簿上現在金三千七十一圓三十四錢九厘ノ内ニ包含セス從テ右引用セラレタル被告ノ自白ハ金百十圓ニハ關係ナキモノナリ又タ原院カ引用シタル證人鈴木源一郎ノ證言ハ要スルニ被告カ井通村役場ヨリ預リ金九百何圓ノ内八百七十九圓十一錢九厘ヲ拂渡シタリト當座臺帳ニ虚僞ノ記載ヲ爲シ尚ホ本支店勘定元帳中二千圓ヲ本店ニ支拂ヒタル旨虚僞ノ記載ヲナシタリト云フニ在リ虚僞ニ支拂タリト記載アル八百七十九圓十一錢九厘ニ對スル金九百何圓ト二千圓トノ二口合計二千九百餘圓ハ本件犯罪第一ノ二千九百二十一圓十九錢六厘ニ該當スルヲ以テ右證言中ノ井通村役場ヨリ預リ金九百何圓ノ内ニ金百十圓ノ包含セサルハ明カナリ又タ同シク引用セラレタル證人神谷八太郎ノ證言ハ要スルニ本店ニ對スル二千圓ノ支拂ト井通村役場ニ送金ノ二口ハ虚僞ノ記載ヲ爲シ其不足分ハ自分カ費消シタリト云フニ在リテ右二口ハ前項説明ノ如ク金百十圓ヲ包含セサルモノナリ况ンヤ金百十圓費消ノ點ハ第一審公判廷ニ於テ新タニ起訴セラレタルモノニ係リ證人鈴木源一郎神谷八太郎カ豫審ニ於テ此等ノ證言ヲ爲ス際ニハ起訴ナク從テ右金百十圓ニ對シ取調ナキモノナルハ明カニシテ金百十圓ハ九百圓ノ預ケ金以外ナルハ當然ナリトスト云フニ在レトモ◎原判决ノ事實理由ニ「前畧同支店現在金ノ内二千九百二十一圓十九錢六厘ト外ニ同年四月中井通村役場收入役ヨリ預リタル金百十圓ヲ(中畧)費消シタルモノナリトアリテ村役場ヨリ預リタル金百十圓ハ支店現在金二千九百二十一圓十九錢六厘以外ノ金額ナリト認メ而シテ其事實ハ判文所載ノ被告ノ自供證人鈴木源一郎外一名ノ證言ヲ綜合考覈シテ認定シタルコト明白ナリ然ラハ本論旨ハ井通銀行支店ニハ金二千九百二十一圓十九錢六厘ノ外ニ金額ナカリシモノトシテ事實ノ認定證據ノ判斷ヲ批難スルモノニ外ナラス且ツ井通村役場ヨリ預リタル金百十圓ノ費消ニ付テハ所論ノ如ク第一審公廷ニ於テ檢事ノ追訴スル所ニ係ルモ固ト本件ノ金二千九百二十一圓十九錢六厘ノ費消ト右金百十圓ノ費消トハ被告カ井通銀行支店事務擔任中ニ爲シタル一個ノ繼續犯ナレハ其追訴前豫審ニ於テ取調ヘタル證人鈴木源一郎外一名ノ供述ハ金百十圓費消罪ニ對シテモ證言ノ效アルモノナルヲ以テ之ヲ證言トシテ金百十圓費消ノ證據トナシタルハ違法ニアラス(判旨第五點)
辯護人榛葉彦三郎竹内平吉ノ辯明書第一ハ原判决證據説明ノ部ニ被告ハ當公廷ニ於テ明治三十四年一月ヨリ同年七月上旬迄株式會社井通銀行ノ取締役トシテ靜岡縣磐田郡井通村ノ井通銀行支店ノ事務ヲ擔任シ云々旨供述セリト摘示シアレトモ之ヲ原院公廷調書ニ徴スルニ被告ハ其以前ヨリ該支店事務ヲ擔任シタル旨ノ記載ハ之レ有ルモ明治三十四年一月ヨリ之ヲ擔任シタルコトヲ申立タル記載ナシ此他原判决ハ犯罪日時ニ關スル證憑ヲ明示セサルカ故ニ原判决ハ公訴ノ時效ニ付欠クヘカラサル要件タル犯罪日時ニ付其證憑ヲ明示セサルモノナリト云フニ在レトモ◎原院公判始末書ヲ査スルニ第六問答ニ原判决記載ノ通リ明記シアレハ前段論旨ハ謂ハレナキモノトス後段論旨ニ付テハ原判决ニ「以上ノ事實ハ左記證據ヲ綜合考覈シテ之ヲ認定セリ」ト明示アレハ犯罪ノ日時ヲ原判文所載ノ證據ニ依リ認定シタルコト明白ニシテ本論旨ハ原判决ニ副ハサルモノトス
第二ハ第一審判决ハ被告ノ犯罪ノ場所ニ付何等ノ明示ヲ爲サヽルニ原裁判所カ之ヲ取消サスシテ被告ノ控訴ヲ棄却シタルハ不法ナリト云ヒ」第三ハ犯罪ノ場所ハ管轄權ノ有無ヲ定ムルカ爲メ判文上欠クヘカラサル要件ナルニ原院判决モ亦被告犯罪ノ場所ニ付何等ノ明示ヲ爲サヽルハ不法ノ判决ナリト云フニ在レトモ◎第一審第二審判决ヲ査スルニ何レモ被告清吉ハ株式會社井通銀行ノ取締役トシテ靜岡縣磐田郡井通村井通銀行支店ノ事務擔任中費消ヲ爲シタル旨記載アレハ其費消ノ場所ハ同支店ナリト解シ得ヘキヲ以テ二點共ニ理由ナキモノトス
第四ハ原判决ハ刑事訴訟法第二百五十八條第二百三十九條ニ違背シタル不法ノ判决ナリ原判决カ認定シタル金百十圓ニ付キテハ被告カ之ヲ預リタリトノ自白ヲ引用シタル外何等ノ證憑ヲ明示セス抑モ右金百十圓ハ豫審終結决定ニ包含セラレサル金額ニシテ公判中新ニ發現シタル金員ナルコトハ第一審公廷調書ニ立會檢事カ此金員ノ費消ニ付口頭起訴ヲ爲シタル旨ノ録取アルニ依リ明白ナリ然レハ原判决ニ引用スル鈴木源一郎神谷八太郎ノ證言ハ金百五十圓ノ費消ニ付テハ何等ノ證言ヲ爲シタルモノナラサルコト明白ナリ故ニ此證言ニ由リテハ金百十圓ノ存在スヘキコト竝ニ之ヲ費消シタルコトヲ證明スルヲ得ス然レハ原院ハ被告ノ自白ノミニ依リ金百十圓ノ存在スヘキモノナルコト及之ヲ費消シタル事實ヲ認定シ他ノ證憑ヲ取調ラヘサリシハ不法ナリト云フニ在レトモ◎刑事訴訟法第二百三十九條ハ被告人ノ自白アルモ尚ホ他ノ證據ヲ取調フヘシト云フニ在リテ審理ヲ鄭重ニスヘキ規定ニシテ證據法ヲ定メタルモノニアラサルノミナラス本件金百十圓費消ノ點ニ對シテハ被告ノ自白ノミナラス他ノ證據ヲモ綜合シテ之ヲ認定シタルモノナルコトハ辯護人竹内平吉ノ擴張辯明書ニ對シ説明シタル如クナルヲ以テ本論旨モ亦理由ナシ
第五ハ原判决ハ擬律ニ錯誤アリ凡ソ刑法第三百九十五條ノ罪ヲ構成スルニハ委託ヲ受ケタル金額物件ヲ費消シタルコトヲ要ス單ニ他人ノ物ヲ費消シタリトノ要件ノミニテハ必スシモ此犯罪ヲ構成セス遺失物ヲ拾得シテ占有スル他人ノ物ヲ費消スルモ委託物ナラサルカ故ニ費消罪ヲ構成セス事務管理ニ由リ他人ノ物ヲ占有スル者之ヲ費消スルモ委託ナラサルカ故ニ費消罪ヲ構成セス犯罪ニ由リ得タル他人ノ物ヲ費消スルモ新タニ費消罪ヲ構成セサルハ委託物ナラサルカ故ニ犯人カ費消シタル物ハ委託物ナルヤ否ヤハ此犯罪ヲ决スル要點ナリトス抑モ取締役ハ親權者後見人ト同シク法定ノ代理人ニシテ其被代表者ノ財産ヲ占有スルハ其資格ニ伴ヒ當然法律上之ヲ占有スルモノニテ委託行爲ニヨリテ之ヲ占有スルモノナラス法人其者ハ意思ナシ委託ヲ爲ス能ハス然レハ法人ヨリ委託セラレタルモノナラス株主ハ法人ニアラス然レハ株主ヨリ委託セラレテ會社財産ヲ占有スルモノナラス總會ハ唯取締役ヲ選任スル行爲ヲ爲スモノ會社財産ヲ取締役ニ委託スルモノナラス即チ取締役カ會社財産ヲ占有スルハ何人ノ委託ニ因ラス唯總會ノ選任ニ由リ當然直チニ之ヲ占有スルモノナリ取締役ハ其資格ヲ得ルト共ニ法律上當然會社財産ヲ管理スル權利ヲ生シ之ニ因リ之ヲ占有スルモノ委託ニ由リテ之ヲ管理スルモノナラサルナリ民法商法施行前ハ論セス其以後ハ一切ノ法定代理人ハ被代表者ノ財産ヲ自己ノ用途ニ供スルモ等シク委託物費消罪ヲ構成セサルモノナルニ原判决ハ此罪ヲ以テ被告ヲ問擬シタルハ不當ナリト云フニ在レトモ◎刑法第三百九十五條ノ委託トハ合意上ノ委託ノミナラス法律ヨリ生スル委託ヲモ指稱スルモノトス而シテ株式會社ノ取締役ハ法人ノ理事ニシテ其法人ノ總テノ事務ニ付代表スルモノナレハ會社ノ金額物件ノ管理保存ニ付テモ法律上當然委託セラレタルモノトス然リ而シテ其管理保存ノ責務アル取締役ニシテ會社ノ金額ヲ擅ニ費消シタルニ於テハ委託物費消罪ヲ構成スヘキヲ以テ原院カ被告ノ行爲ニ對シ前記法條ヲ適用シタルハ相當ナリトス(判旨第九點)
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ本案公私訴ノ上告ハ之ヲ棄却ス
上告ニ關スル私訴裁判費用ハ上告人ノ負擔トス
明治三十六年一月二十日於大審院第二刑事部公廷檢事田部芳立會宣告ス
明治三十五年(レ)第二一四九号
明治三十六年一月二十日宣告
◎判決要旨
- 一 私訴は第二審の判決あるまで何時にても之を為すことを得るものなれば控訴中一旦之を取下くるも更に之を提起することを得べし、而して刑事訴訟法中前訴訟費用未済なるときは之が提起を為すことを得ざる旨の規定あることなし(判旨第四点)
- 一 甲乙の二所為が一箇の継続犯なる場合に於て乙所為に付き検事の追訴前取調へたる証人の供述は乙所為に対しても証言の効あるものとす。
(判旨第五点)
- 一 刑法第三百九十五条の委託とは合意上の委託のみならず法律上より生ずる委託をも指称するものとす。
而して株式会社の取締役は会社の金額物件の管理保存に付き法律上当然委託せられたるものとす。
(判旨第九点)
(参照)受寄の財物借用物又は典物其他委託を受けたる金額物件を費消したる者は一月以上二年以下の重禁錮に処す。
若し騙取拐帯其他詐欺の所為ある者は詐欺取財を以て論す(刑法第三百$九十五条)
公訴私訴上告人 藤原清吉
私訴被上告人 株式会社磐田銀行
右法律上代理人 鈴木源一郎
右委託金費消被告事件に付、明治三十五年十月三十一日東京控訴院に於て言渡したる判決に対し被告より上告を為したり。
依て刑事訴訟法第二百八十三条の式を履行し判決する左の如し
上告趣意書第一は本件に対し適法なる書面に基く起訴なきに有罪の判決を与へたるは不法なりと云ふに在れども◎本件訴訟記録を査するに本件の金二千九百二十一円十九銭六厘の費消に付ては明治三十四年七月十七日附静岡地方裁判所浜松支部検事山村貫一郎の予審請求書あり金百十円の費消に付ては第一審公廷に於ける検事より口頭の起訴あり。
而して起訴は必す書面を以て為すべしとの規定なければ右口頭の起訴は有効なるを以て起訴なきに判決を与へたるの違法なしとす
第二は原判決は採証法に違背し不当に事実を確定したる不法ありと云ひ」第三は原判決は理由を附せざるの不法ありと云ふに在りて◎其違法なりとする点を摘示せざるを以て其当否を説明するに由なく畢竟上告の趣意とならざるものとす。
弁明書は縷陳する所あるも之を要するに第一第二第三は本件の二千九百二十一円十九銭六厘は被告が取締役より引継を受け事務を担任し右の内二千九百二十円は鈴木平七に相当なる手続を以て貸与し証書を請取りたるものなれば被告が擅に費消したるに非ずと云ひ」第四は井通村役場預金に付、鈴木源一郎神谷八太郎の申立は総で虚偽にして被告に於て之を費消したることなしと云ひ」第五は神谷八太郎帯金直枝が明治三十四年七月九日被告へ帳簿金庫の鍵を引続きたる旨申立るも虚偽にして証人鈴木源一郎の陳述に依るも引続を為したるは七月十八日にして九日に非ずと云ひ」第六は明治三十三年八月以来無担保にて貸付を為さざる旨の証人の供述あるも被告も重役の一人にして之を知らざる所を以て見れば其供述は虚偽なりと云ひ」第七は鈴木平七に対する貸付に関する鈴木源一郎の第一審に於ける供述は虚偽にして信を措き難しと云ひ」第八は帯金豊平なるもの支店に出張し事務を担当したる旨帯金直枝も支店に出張し事務を取りたる旨供述しあるも是亦虚偽なりと云ひ」第九は神谷八太郎の予審調書に依れば明治三十四年一月より六月までの間に費消したる如く申立あるも同年三月中検査は無事に結了しあれば若し費消したるものとせば四月以後ならざるべからず。
故に同人の申立は虚偽なりと云ひ」第十は証人国松豊平の供述は第一審と第二審と相違し居るに拘はらず原院が第一審判決を相当なりとし控訴を棄却したるは不法なりと云ひ」第十一は支店の精算中役員間に葛藤を生じ事務整頓に至らざる中検事局より召喚せられたり。
故に帳簿を再調査すれば判明すべしと云ひ」第十二は被告は本銀行発起人にして二十个年間尽力し大に資本金を増加したる功労あるものなるに取締役等の為めに陥害せられ今般の不幸に遭遇したりと云ひ」第十三前段は被告は相当の資産を有し村会議員等の名誉職を帯ひる者なれば僅に三千余円の為め不正の行為をなすものにあらずと云ふに在りて◎何れも原院の職権に属する事実の認定採証の当否を批難するものにして上告の理由とならず』其後段は仮令ひ金銭を費消したりとするも被告は取締役なれば其金銭は他より委託を受けたるに非ざれば刑法第三百九十五条の制裁を受くべきものにあらずと云ふに在りて◎弁護人両名の弁明書第五点に対する説明に依り了解すべし。
第十四は公訴上告趣旨の如く被告に犯罪行為なければ賠償の義務なし。
又原告人は第一審に於て敗訴し控訴中取下をなすに民訴第七十七条に違背し訴訟入費未済なるを以て訴権なきものなるに原院に於て刑訴中如斬抗弁を提出し得るの規定なき旨の判決を与へたるは不法なりと云ふに在れども◎被告に委託物費消の罪あることは両弁護人弁明第五点に対し説明する如くなるを以て其犯罪行為より生じたる損害の賠償を命じたる原判決は相当なりとす。
又私訴は第二審の判決あるまで何時にても之を為すことを得るものなれば控訴中一旦之を取下けるも更に提起することを得べくして刑事訴訟法中前訴訟費用未済なるときは之が提起を為すことを得ざるの規定あることなし、而して同法第二百一条第三項は私訴費用の負担に付きてのみ民事訴訟法を準用し本案の如き私訴権の有無に関しても之を準用するの法意にあらず。
故に民事訴訟法を援用して論争するも其理由なしとす(判旨第四点)
弁護人竹内平吉の拡張弁明書は原判決の犯罪事件たる井通村役場収入役より預りたる金百十円を費消したる事実に対しては原判決は何等の証拠を明示せず原判決が証拠としたる原院公判に於ける被告の自白は単に右金百十円を井通村役場より預りたりと云ふに過ぎずして之を費消したりと自白したることなし又た其自白中の「同支店帳簿上現在金は三千百七十一円三十四銭九厘にして同日現金二百五十円十五銭三厘を神谷某に引渡したり。」とある三千七十一円三十四銭九厘の内には右金百十円を包含せざるものなり。
其訳は右三千七十一円三十四銭九厘より二百五十円十五銭三厘を差引けは金二千九百二十一円十九銭六厘となりて本件犯罪事実第一の金二千九百二十一円十九銭六厘を費消したりと云ふ其金額に符合し右金百十円は全く帳簿上現在金三千七十一円三十四銭九厘の内に包含せず。
従て右引用せられたる被告の自白は金百十円には関係なきものなり。
又た原院が引用したる証人鈴木源一郎の証言は要するに被告が井通村役場より預り金九百何円の内八百七十九円十一銭九厘を払渡したりと当座台帳に虚偽の記載を為し尚ほ本支店勘定元帳中二千円を本店に支払ひたる旨虚偽の記載をなしたりと云ふに在り虚偽に支払たりと記載ある八百七十九円十一銭九厘に対する金九百何円と二千円との二口合計二千九百余円は本件犯罪第一の二千九百二十一円十九銭六厘に該当するを以て右証言中の井通村役場より預り金九百何円の内に金百十円の包含せざるは明かなり。
又た同じく引用せられたる証人神谷八太郎の証言は要するに本店に対する二千円の支払と井通村役場に送金の二口は虚偽の記載を為し其不足分は自分が費消したりと云ふに在りて右二口は前項説明の如く金百十円を包含せざるものなり。
況んや金百十円費消の点は第一審公判廷に於て新たに起訴せられたるものに係り証人鈴木源一郎神谷八太郎が予審に於て此等の証言を為す際には起訴なく。
従て右金百十円に対し取調なきものなるは明かにして金百十円は九百円の預け金以外なるは当然なりとすと云ふに在れども◎原判決の事実理由に「前略同支店現在金の内二千九百二十一円十九銭六厘と外に同年四月中井通村役場収入役より預りたる金百十円を(中略)費消したるものなりとありて村役場より預りたる金百十円は支店現在金二千九百二十一円十九銭六厘以外の金額なりと認め。
而して其事実は判文所載の被告の自供証人鈴木源一郎外一名の証言を綜合考覈して認定したること明白なり。
然らば本論旨は井通銀行支店には金二千九百二十一円十九銭六厘の外に金額なかりしものとして事実の認定証拠の判断を批難するものに外ならず且つ井通村役場より預りたる金百十円の費消に付ては所論の如く第一審公廷に於て検事の追訴する所に係るも固と本件の金二千九百二十一円十九銭六厘の費消と右金百十円の費消とは被告が井通銀行支店事務担任中に為したる一個の継続犯なれば其追訴前予審に於て取調へたる証人鈴木源一郎外一名の供述は金百十円費消罪に対しても証言の効あるものなるを以て之を証言として金百十円費消の証拠となしたるは違法にあらず。
(判旨第五点)
弁護人榛葉彦三郎竹内平吉の弁明書第一は原判決証拠説明の部に被告は当公廷に於て明治三十四年一月より同年七月上旬迄株式会社井通銀行の取締役として静岡県磐田郡井通村の井通銀行支店の事務を担任し云云旨供述せりと摘示しあれども之を原院公廷調書に徴するに被告は其以前より該支店事務を担任したる旨の記載は之れ有るも明治三十四年一月より之を担任したることを申立たる記載なし。
此他原判決は犯罪日時に関する証憑を明示せざるが故に原判決は公訴の時効に付、欠くべからざる要件たる犯罪日時に付、其証憑を明示せざるものなりと云ふに在れども◎原院公判始末書を査するに第六問答に原判決記載の通り明記しあれば前段論旨は謂はれなきものとす。
後段論旨に付ては原判決に「以上の事実は左記証拠を綜合考覈して之を認定せり」と明示あれば犯罪の日時を原判文所載の証拠に依り認定したること明白にして本論旨は原判決に副はざるものとす。
第二は第一審判決は被告の犯罪の場所に付、何等の明示を為さざるに原裁判所が之を取消さずして被告の控訴を棄却したるは不法なりと云ひ」第三は犯罪の場所は管轄権の有無を定むるか為め判文上欠くべからざる要件なるに原院判決も亦被告犯罪の場所に付、何等の明示を為さざるは不法の判決なりと云ふに在れども◎第一審第二審判決を査するに何れも被告清吉は株式会社井通銀行の取締役として静岡県磐田郡井通村井通銀行支店の事務担任中費消を為したる旨記載あれば其費消の場所は同支店なりと解し得べきを以て二点共に理由なきものとす。
第四は原判決は刑事訴訟法第二百五十八条第二百三十九条に違背したる不法の判決なり。
原判決が認定したる金百十円に付きては被告が之を預りたりとの自白を引用したる外何等の証憑を明示せず。
抑も右金百十円は予審終結決定に包含せられざる金額にして公判中新に発現したる金員なることは第一審公廷調書に立会検事が此金員の費消に付、口頭起訴を為したる旨の録取あるに依り明白なり。
然れば原判決に引用する鈴木源一郎神谷八太郎の証言は金百五十円の費消に付ては何等の証言を為したるものならざること明白なり。
故に此証言に由りては金百十円の存在すべきこと並に之を費消したることを証明するを得ず。
然れば原院は被告の自白のみに依り金百十円の存在すべきものなること及之を費消したる事実を認定し他の証憑を取調らへざりしは不法なりと云ふに在れども◎刑事訴訟法第二百三十九条は被告人の自白あるも尚ほ他の証拠を取調ふべしと云ふに在りて審理を鄭重にすべき規定にして証拠法を定めたるものにあらざるのみならず本件金百十円費消の点に対しては被告の自白のみならず他の証拠をも綜合して之を認定したるものなることは弁護人竹内平吉の拡張弁明書に対し説明したる如くなるを以て本論旨も亦理由なし。
第五は原判決は擬律に錯誤あり凡そ刑法第三百九十五条の罪を構成するには委託を受けたる金額物件を費消したることを要す。
単に他人の物を費消したりとの要件のみにては必ずしも此犯罪を構成せず遺失物を拾得して占有する他人の物を費消するも委託物ならざるが故に費消罪を構成せず事務管理に由り他人の物を占有する者之を費消するも委託ならざるが故に費消罪を構成せず犯罪に由り得たる他人の物を費消するも新たに費消罪を構成せざるは委託物ならざるが故に犯人が費消したる物は委託物なるや否やは此犯罪を決する要点なりとす。
抑も取締役は親権者後見人と同じく法定の代理人にして其被代表者の財産を占有するは其資格に伴ひ当然法律上之を占有するものにて委託行為によりて之を占有するものならず法人其者は意思なし。
委託を為す能はず。
然れば法人より委託せられたるものならず株主は法人にあらず。
然れば株主より委託せられて会社財産を占有するものならず総会は唯取締役を選任する行為を為すもの会社財産を取締役に委託するものならず。
即ち取締役が会社財産を占有するは何人の委託に因らず唯総会の選任に由り当然直ちに之を占有するものなり。
取締役は其資格を得ると共に法律上当然会社財産を管理する権利を生じ之に因り之を占有するもの委託に由りて之を管理するものならざるなり。
民法商法施行前は論せず其以後は一切の法定代理人は被代表者の財産を自己の用途に供するも等しく委託物費消罪を構成せざるものなるに原判決は此罪を以て被告を問擬したるは不当なりと云ふに在れども◎刑法第三百九十五条の委託とは合意上の委託のみならず法律より生ずる委託をも指称するものとす。
而して株式会社の取締役は法人の理事にして其法人の総ての事務に付、代表するものなれば会社の金額物件の管理保存に付ても法律上当然委託せられたるものとす。
然り、而して其管理保存の責務ある取締役にして会社の金額を擅に費消したるに於ては委託物費消罪を構成すべきを以て原院が被告の行為に対し前記法条を適用したるは相当なりとす。
(判旨第九点)
右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条に依り本案公私訴の上告は之を棄却す
上告に関する私訴裁判費用は上告人の負担とす。
明治三十六年一月二十日於大審院第二刑事部公廷検事田部芳立会宣告す