明治三十五年（れ）第二一一一號
明治三十五年十二月二十六日宣告
◎判决要旨
- 一 詐欺取財罪ハ汎ク人ヲ欺罔シテ財物若クハ證書類ヲ騙取スルノ行爲ナリトス從テ其欺罔ノ手段ニシテ單純ナルト複雜ナルト被害者カ普通ノ智能ヲ有スルト否トヲ問ハス苟クモ詐術詐言ヲ用井テ人ヲ錯誤ニ陷ラシメ因テ不正ノ利益ヲ取得スルニ於テハ常ニ同罪ヲ構成ス
右詐欺取財被告事件ニ付明治三十五年十月二十三日大阪控訴院ニ於テ言渡シタル判决ニ對シ被告ハ上告ヲ爲シタリ因テ刑事訴訟法第二百八十三條ノ式ヲ履行シ判决スルコト左ノ如シ
上告趣意ノ第一ハ原判决ニ於テ刑法第三百九十條第三百九十四條ヲ適用處斷シタルハ擬律錯誤ノ判决ナリ刑法第三百九十條ニ所謂欺罔シ云々トハ有ヲ無ト無ヲ有ト僞リ以テ人ノ確信ヲ誤ラシムルコトヲ言フモノタルヤ言ヲ俟タス然レトモ其他人ノ確信ヲ誤ラシムルニ足ル行爲アリシヤ否ヤハ如何ナル標準ニ依テ决定スヘキヤ之レ亦普通ノ智能ヲ標準トシテ判斷スヘキモノニシテ被詐欺者ノ智能ヲ標準トシテ判斷スヘキニ非サルコト一點ノ疑ナキカ如シ而シテ本件被告ノ爲シタル廣告ノ如キ殆ント常識アル者ニ於テ眞誠ノ時計ナリト信スルカ如キコトアル可ラサルハ事理當然ノコトニシテ偶々本件對手者ニ於テ之ヲ誤信シタレハトテ未タ以テ他人ノ確信ヲ誤ラシムルニ足ルノ行爲アリト言フ能ハス若シ夫レ當事者ニ於テ事實ノ眞相ヲ知悉シテ賣買行爲ヲ爲サンカ價額ノ廉不廉ニ依テ犯罪構成ノ有無ヲ决定シ得ヘキモノニ非ス本件ノ對手者カ錯誤ニ陷リタリト云フハ對手者自カラ自己ノ鑒定ヲ誤リ錯誤ニ陷リタルモノニシテ刑法第三百九十條ニ所謂欺罔ト爲ルモノニ非ス然ルニ原判决ニ於テ同條ヲ適用處斷シタルハ法律ノ適用ヲ誤リタル違法ノ判决ナリト云ヒ」同第二ハ若シ假リニ詐欺取財ニ於テ他人ノ確信ヲ誤ラシムルニ足ル行爲アリシヤ否ヤハ對手者ノ智能ヲ標準トシテ判斷スヘキモノトスルモ刑法第三百九十條第三百九十四條ヲ適用處斷スルコトヲ得ス法律ニ所謂欺罔トハ一定ノ僞計詐術即チ演技ヲ用井以テ人ヲ欺罔スルニ非サレハ詐欺取財ヲ構成スヘキモノニ非ス假令本件對手者ニ於テ其得ント欲セシ目的物即チ其契約ノ主眼ニ錯誤ヲ生セシメ因テ財物ヲ詐取セラレタル事實アリトスルモ本件廣告ノ如キ單純ノ方法ニ依リ虚僞ノ廣告ヲ爲シタルハ單純ナル民事上ノ詐欺即チ被害者ノ防禦シ得ヘキ詐欺必スシモ信スルコトヲ要セサルモノニシテ之ヲ輕信シテ契約ヲ爲シタレハトテ契約ノ不成立無效ノ取消若クハ損害賠償等ノ原因トナル民事上ノモノニシテ刑法上ノ詐欺取財ヲ構成スヘキモノニ非ス刑法上ノ詐欺取財ヲ構成スヘキモノハ夫ノ種々巧妙ナル手段ヲ用井人ノ耳目ヲ誤ラシメタル如キ複雜ナル詐欺隨テ通常人ニテハ防禦シ得ヘカラサル詐欺ニ因ルモノニ限ルモノトス若シ然ラスンハ商事上ノ懸引ノ如ク始メヨリ詐欺ト言フコトカ一般ノ習慣ナル場合隨テ對手者モ亦之ヲ豫知セサルヘカラサル場合ニ於テ對手者カ偶々不注意ノ爲メ錯誤ニ陷リタル時モ刑法上ノ制裁ヲ受ケサルヘカラサルカ如キ奇怪ナル結果ヲ生スルコトヽナルヘシ故ニ本件ニ於テ原院カ刑法第三百九十條第三百九十四條ヲ適用處斷シタルハ前例ト一般刑法第三百九十條欺罔ナル文字ヲ極端ニ推シ擴メテ解釋シタルモノニシテ擬律錯誤ノ判决ナリト云ヒ」同第三ハ本件ヲ詐欺取財トシテ處罰スルハ法律ノ明文ヲ不當ニ擴張シテ解釋シタルモノ即チ斯ノ如キ所爲モ尚罰セストセハ甚タ危險ナリテフ一ノ條理ニ依リタルモノニシテ寧ロ明文以外ニ逸シテ刑法ノ解釋ヲ爲セルモノナリ然レトモ斯ノ如キ類推解釋ノ刑法ニ於テ許スヘカラサルハ刑法第二條ノ明文ニ依リテ明ナリ然ルニ原院判决ニ於テ斯ノ如キ解釋ニ依リ處罰サレタルハ不當ニ法律ヲ解釋適用シタル不法アリト云フニ在レトモ◎我刑法ニ所謂詐欺取財トハ汎ク人ヲ欺罔シテ財物若クハ證書類ヲ騙取スル行爲ナルヲ以テ其欺罔ノ手段カ單純ナルト複雜ナルトヲ問ハス又被害者カ普通ノ智能ヲ有スルト否トニ論ナク苟クモ詐術詐言ヲ用テ人ヲ錯誤ニ陷ラシメ因テ不正ノ利益ヲ所得スルニ於テハ常ニ詐欺取財罪ノ成立スルコト勿論ナレハ本論旨ハ第一乃至第三共ニ其理由ナシ
辯護人高木益太郎上告辯明書ハ（一）原院ノ判决理由ノ部ヲ見ルニ一審裁判所カ測晷器入リノ函ヲ沒收シタルニ反シ只測晷器竝鎖徽章ヲ沒收スルニ止リテ其餘ノ押收品ヲ還付セルカ故ニ一審ノ沒收セシ函モ亦還付セシモノナルコト明白ナリ然ルニ一審裁判ヲ取消サスシテ被告ノ控訴ヲ棄却シタルハ不法ナリト信スト云フニ在レトモ◎測晷器竝鎖徽章ヲ沒收スル旨ヲ判示スルニ於テハ併セテ其容器ヲモ沒收スル趣旨ナルコト自ラ明瞭ナレハ本論旨ハ謂ハレナシ』（二）原判决事實摘示ノ部ヲ見ルニ其末段ニ於テ「龍曉ハ云々該小包郵便物ヲ包ノ儘受取リタルニヨリ被告ハ同月日不詳云々殘金一圓四十錢ヲ取得シ以テ豫期ノ如ク金員騙取ノ目的ヲ達シタルモノトス」ト云ヒ測晷器竝鎖徽章ハ被害者龍曉カ收得セシ事實ヲ確定セルニ不拘該測晷器竝鎖徽章ヲ沒收セルハ犯人ノ所有セサル犯罪供用物件ヲ沒收シタルモノナルカ故ニ失當タルヲ免レス（大審院判决録二十八年三卷九十四頁）ト云フニ在レトモ◎一件記録ヲ査スルニ測晷器竝鎖徽章ハ被害者ヨリ被告ニ返付シ被告ノ手ヨリ之ヲ押收シタルモノナレハ本論旨モ亦謂ハレナシ』（三）原院ハ被告カ詐欺ノ手段ヲ施シタルハ岐阜日々新聞ニ掲載セシ廣告ナリト判斷シテ受託岐阜地方裁判所豫審判事森島彌四郎ノ押收セシ該新聞切拔中ニアル廣告文ヲ罪證ニ供スレトモ物件押收處分ニ付テハ刑事訴訟法上掛豫審判事ヨリ他ノ地方裁判所ノ判事ニ囑託ヲ爲シ得ヘキ規定ナク隨テ本件森島判事カ爲シタル押收ハ越權ノ措置ニシテ無效ナルカ故ニ證據タル效力ヲ有セス然ルニ原院カ右押收處分ヲ適法ノモノト認メ其證據説示ノ部ニ押收ノ新聞切拔キ云々ト掲ケ之ヲ罪證ニ供シタルハ不法ナリト信スト云フニ在レトモ◎押收手續ノ違法ナルト否トニ拘ラス證據自體ニシテ證據タルノ效力ヲ具備スル以上ハ之ヲ採テ以テ斷罪ノ資料ニ供スルモ敢テ不法アルコトナシ
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ノ規定ニ從ヒ本件上告ハ之ヲ棄却ス
明治三十五年十二月二十六日於大審院第一刑事部公廷檢事倉富勇三郎立會宣告ス
明治三十五年（レ）第二一一一号
明治三十五年十二月二十六日宣告
◎判決要旨
- 一 詐欺取財罪は汎く人を欺罔して財物若くは証書類を騙取するの行為なりとす。
従て其欺罔の手段にして単純なると複雑なると被害者が普通の智能を有すると否とを問はず苟くも詐術詐言を用井で人を錯誤に陥らしめ因で不正の利益を取得するに於ては常に同罪を構成す
右詐欺取財被告事件に付、明治三十五年十月二十三日大坂控訴院に於て言渡したる判決に対し被告は上告を為したり。
因で刑事訴訟法第二百八十三条の式を履行し判決すること左の如し
上告趣意の第一は原判決に於て刑法第三百九十条第三百九十四条を適用処断したるは擬律錯誤の判決なり。
刑法第三百九十条に所謂欺罔し云云とは有を無と無を有と偽り以て人の確信を誤らしむることを言ふものたるや言を俟たず。
然れども其他人の確信を誤らしむるに足る行為ありしや否やは如何なる標準に依て決定すべきや之れ亦普通の智能を標準として判断すべきものにして被詐欺者の智能を標準として判断すべきに非ざること一点の疑なきが如し。
而して本件被告の為したる広告の如き殆んど常識ある者に於て真誠の時計なりと信ずるが如きことある可らざるは事理当然のことにして偶偶本件対手者に於て之を誤信したればとて未だ以て他人の確信を誤らしむるに足るの行為ありと言ふ能はず。
若し夫れ当事者に於て事実の真相を知悉して売買行為を為さんか価額の廉不廉に依て犯罪構成の有無を決定し得べきものに非ず本件の対手者が錯誤に陥りたりと云ふは対手者自から自己の鑑定を誤り錯誤に陥りたるものにして刑法第三百九十条に所謂欺罔と為るものに非ず。
然るに原判決に於て同条を適用処断したるは法律の適用を誤りたる違法の判決なりと云ひ」同第二は若し仮りに詐欺取財に於て他人の確信を誤らしむるに足る行為ありしや否やは対手者の智能を標準として判断すべきものとするも刑法第三百九十条第三百九十四条を適用処断することを得ず。
法律に所謂欺罔とは一定の偽計詐術即ち演技を用井以て人を欺罔するに非ざれば詐欺取財を構成すべきものに非ず仮令本件対手者に於て其得んと欲せし目的物即ち其契約の主眼に錯誤を生ぜしめ因で財物を詐取せられたる事実ありとするも本件広告の如き単純の方法に依り虚偽の広告を為したるは単純なる民事上の詐欺即ち被害者の防禦し得べき詐欺必ずしも信ずることを要せざるものにして之を軽信して契約を為したればとて契約の不成立無効の取消若くは損害賠償等の原因となる民事上のものにして刑法上の詐欺取財を構成すべきものに非ず刑法上の詐欺取財を構成すべきものは夫の種種巧妙なる手段を用井人の耳目を誤らしめたる如き複雑なる詐欺随で通常人にては防禦し得べからざる詐欺に因るものに限るものとす。
若し然らずんば商事上の懸引の如く始めより詐欺と言ふことが一般の習慣なる場合随で対手者も亦之を予知せざるべからざる場合に於て対手者が偶偶不注意の為め錯誤に陥りたる時も刑法上の制裁を受けざるべからざるが如き奇怪なる結果を生ずることとなるべし。
故に本件に於て原院が刑法第三百九十条第三百九十四条を適用処断したるは前例と一般刑法第三百九十条欺罔なる文字を極端に推し拡めて解釈したるものにして擬律錯誤の判決なりと云ひ」同第三は本件を詐欺取財として処罰するは法律の明文を不当に拡張して解釈したるもの。
即ち斯の如き所為も尚罰せずとせば甚た危険なりてふ一の条理に依りたるものにして寧ろ明文以外に逸して刑法の解釈を為せるものなり。
然れども斯の如き類推解釈の刑法に於て許すべからざるは刑法第二条の明文に依りて明なり。
然るに原院判決に於て斯の如き解釈に依り処罰されたるは不当に法律を解釈適用したる不法ありと云ふに在れども◎我刑法に所謂詐欺取財とは汎く人を欺罔して財物若くは証書類を騙取する行為なるを以て其欺罔の手段が単純なると複雑なるとを問はず又被害者が普通の智能を有すると否とに論なく苟くも詐術詐言を用で人を錯誤に陥らしめ因で不正の利益を所得するに於ては常に詐欺取財罪の成立すること勿論なれば本論旨は第一乃至第三共に其理由なし。
弁護人高木益太郎上告弁明書は（一）原院の判決理由の部を見るに一審裁判所が測晷器入りの函を没収したるに反し只測晷器並鎖徽章を没収するに止りて其余の押収品を還付せるが故に一審の没収せし函も亦還付せしものなること明白なり。
然るに一審裁判を取消さずして被告の控訴を棄却したるは不法なりと信ずと云ふに在れども◎測晷器並鎖徽章を没収する旨を判示するに於ては併せて其容器をも没収する趣旨なること自ら明瞭なれば本論旨は謂はれなし』（二）原判決事実摘示の部を見るに其末段に於て「竜暁は云云該小包郵便物を包の儘受取りたるにより被告は同月日不詳云云残金一円四十銭を取得し以て予期の如く金員騙取の目的を達したるものとす。」と云ひ測晷器並鎖徽章は被害者竜暁が収得せし事実を確定せるに不拘該測晷器並鎖徽章を没収せるは犯人の所有せざる犯罪供用物件を没収したるものなるが故に失当たるを免れず（大審院判決録二十八年三巻九十四頁）と云ふに在れども◎一件記録を査するに測晷器並鎖徽章は被害者より被告に返付し被告の手より之を押収したるものなれば本論旨も亦謂はれなし』（三）原院は被告が詐欺の手段を施したるは岐阜日日新聞に掲載せし広告なりと判断して受託岐阜地方裁判所予審判事森島弥四郎の押収せし該新聞切抜中にある広告文を罪証に供すれども物件押収処分に付ては刑事訴訟法上掛予審判事より他の地方裁判所の判事に嘱託を為し得べき規定なく随で本件森島判事が為したる押収は越権の措置にして無効なるが故に証拠たる効力を有せず。
然るに原院が右押収処分を適法のものと認め其証拠説示の部に押収の新聞切抜き云云と掲げ之を罪証に供したるは不法なりと信ずと云ふに在れども◎押収手続の違法なると否とに拘らず証拠自体にして証拠たるの効力を具備する以上は之を採で以て断罪の資料に供するも敢て不法あることなし
右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条の規定に従ひ本件上告は之を棄却す
明治三十五年十二月二十六日於大審院第一刑事部公廷検事倉富勇三郎立会宣告す
