水利妨害ノ件

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大審院刑事判決録（刑録）8輯11巻101頁

上告趣意書ハ原判文ニ依レハ被告兩名カ共謀シ大和田部落ノ水利組合員等カ同所瀧寺池ノ要水込口閘門ノ傍ニ於テ排水路ニ設置セル水閘ヲ破壞シタル事實ハ之ヲ認メ得ルモ水利ヲ妨害スルノ意思ヲ以テ爲シタリトノ證憑十分ナラストシ檢事ノ控訴ヲ棄却スト判示セリ抑モ水利妨害罪ニハ他人ノ便益ヲ損スル爲メニ破壞等ヲ爲ス場合ト自己ノ便益ヲ圖ルカ爲メニ决行スル場合トアリテ前者ニ在テハ他人ノ便益ヲ損スルヲ以テ目的ト爲スモノナレハ其水利ヲ妨害スルノ意思アルコト自明ノ理ナリ又後者ニ在テハ第一自己ノ便益ヲ圖ルカ爲メナルコト第二因テ水閘等ヲ毀壞シタルコトノ二要素ヲ具フルニ依テ犯罪ハ成立シ必スシモ他人ノ水利ヲ妨害スルノ意思アルコトヲ要スヘキニアラス何トナレハ爲メニ水利ヲ害シ若クハ害シ得ヘキコトハ其行爲ヨリ當然來ルヘキノ結果ナレハナリ故ニ原院カ被告兩名カ共謀上水利組合員ノ設置セル水閘ヲ毀壞シタル事實アルコトヲ認メナカラ他人ノ便益ヲ損スル爲メナルカ自己ノ便益ヲ圖ル爲メナルカヲ區別セス二者何レノ場合ニ於テモ前掲二要素ノ外更ニ水利ヲ妨害スルノ意思ノ存在ヲ必要條件ト爲スモノヽ如キ解釋ヲ採リ本案控訴ヲ棄却シタルハ事實理由ノ不備ナルト同時ニ擬律ニ錯誤アル失當ノ裁判ト云ハサルヲ得ス假リニ第三條件ヲ缺クニ於テハ水利妨害罪ヲ構成セストノ解釋ヲ相當ナリトスルモ刑法第四百十七條ノ所謂他人ノ建造物ヲ毀壞シタル事實ハ原院ノ認メラレタルコト明カナレハ少クモ同條ヲ適用處斷スヘキ筈ナルニ事茲ニ出テス漫然檢事ノ控訴ヲ理由ナシト判决シタルハ是亦擬律ヲ錯リタル失當ノ裁判ニシテ破毀セラルヘキモノト考量スト云フニ在リ

因テ按スルニ排水路ニ設定セル水閘ヲ毀壞スルニ於テハ水利ヲ妨害スルコトハ普通ノ結果ナルヲ以テ特別ナル事由ノ存在セサル限リハ水利ヲ妨害スルノ意思ナシト云フヲ得ス然ルニ原院ハ水閘ヲ毀壞シタル事實即チ水利ノ妨害ト爲ルヘキ事實ヲ認メナカラ何等特別ノ事由ヲ示サス單ニ水利ヲ妨害スルノ意思ヲ以テ毀壞シタリトノ證憑十分ナラストシテ無罪ヲ言渡シタルハ理由ノ不備ニシテ論旨前段ハ其理由アリ既ニ此點ニ於テ原判决ヲ破毀スル上ハ後段論旨ニ對シ説明ヲ付スルノ要ナシ

右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十六條ノ規定ニ從ヒ原判决ノ全部ヲ破毀シ本件ヲ名古屋控訴院ニ移ス

明治三十五年十二月十二日大審院第一刑事部公廷ニ於テ檢事岩野新平立會宣告ス