詐欺取財ノ件
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大審院刑事判決録（刑録）8輯11巻58頁
明治三十五年（れ）第一九二二號
明治三十五年十二月八日宣告
◎判决要旨
- 一 刑法第三百九十三條二項ニ「自己ノ不動産ト雖モ云々」トアルハ自己ニ於テ所有權ヲ有スル不動産ト云フノ法意ナリトス從テ親權ノ行使等ニ依リ自己ニ於テ處分スルコトヲ得ルモノナルモ苟クモ自己所有ノ不動産ニ非サル以上ハ其抵當ト爲シアルヲ欺隱シ他人ニ賣與スルモ同條項ヲ適用スルヲ得ス
（參照）自己ノ不動産ト雖モ已ニ抵當典物ト爲シタルヲ欺隱シテ他人ニ賣與シ又ハ重ネテ抵當典物ト爲シタル者亦同シ（刑法第三百九＄十三條第二項）
第一審 山形地方裁判所鶴岡支部
第二審 宮城控訴院
右詐欺取財被告事件ニ付明治三十五年九月三十日宮城控訴院ニ於テ言渡シタル判决ヲ不當トシ被告ヨリ上告ヲ爲シタリ大審院ニ於テ刑事訴訟法第二百八十三條ノ定式ヲ履行シ判决スル左ノ如シ
辯護人岡崎正也上告趣意擴張辯明書ノ趣旨ハ原判决認定ノ事實ハ要スルニ今野春治ノ所有不動産ヲ同人ノ親權者タル資格ヲ以テ抵當權ヲ設定シタルコトヲ欺隱シテ春治ノ親權者タル資格ヲ以テ之ヲ難波連藏ニ賣却セシモノト認メタルニ外ナラス然シテ右事實ニ對シ刑法第三百九十三條第二項ヲ適用セリ
然レトモ同規定ハ自己ノ不動産タルコトヲ必要トス即チ自己ノ不動産ニ非ル以上ハ犯罪成立スルコトナシトス本案被告ハ被告所有ノ不動産ヲ賣却シタルニ非スシテ今野春治ノ所有不動産ヲ同人ヲ代表シテ賣却シタルモノニ係レリ然ラハ即チ刑法第三百九十三條第二項ヲ以テ論スヘカラサルコト明白タリ
何トナレハ同第二項ニハ「自己ノ不動産タルコトヲ犯罪構成ノ一要素トシタルコト疑ヒ無キ所ナリ然ルニ原裁判ハ賣却シタル不動産ハ被告ノ所有ニ非ルコトヲ認ムルニ不拘前掲法條ヲ適用セシハ擬律錯誤ノ裁判タルヲ免カレサルモノト確信スト云フニ在リ◎依テ按スルニ刑法第三百九十三條二項ニ「自己ノ不動産ト雖モ云々」トアルハ自己ニ於テ所有權ヲ有スル不動産ト云フノ法意ナルニ依リ縱令親權ノ行使等ニ依リ自己ニ於テ處分スルコトヲ得ルモノナルモ苟モ自己所有ノ不動産ニアラサル以上ハ其抵當ト爲シアルヲ欺隱シテ他人ニ賣與スルモ同條項ヲ適用スヘキ限リニ非ス而シテ原判决ニ掲ケタル事實ハ要スルニ被告ハ今野春治ノ親權者タル資格ヲ以テ春治所有ノ宅地田畑板倉等ヲ佐藤善兵衛ニ抵當トナシアルヲ欺隱シ前同樣春治ノ親權者タル資格ヲ以テ右板倉ヲ代金百三圓ニテ難波連藏ニ賣却シタリト云フニ在リテ明カニ被告所有ノ不動産ニ非ラサルコトヲ認メアルニ依リ刑法第三百九十條ニ所謂詐欺取財罪ヲ構成スルハ格別同法第三百九十三條二項ノ罪ヲ構成スヘキモノニ非ラス然ルニ原院カ右ノ事實ニ對シ刑法第三百九十三條二項ヲ適用シタルハ上告論旨ノ如ク擬律錯誤ノ判决ニシテ破毀ヲ免カレサルモノトス然レトモ原判决ニハ被告カ難波連藏ニ賣却シタル代金ヲ受取リタリヤ否ヤヲ判示セサルニ依リ詐欺取財ノ既遂ナリヤ未遂ナリヤヲ判別スルニ由ナキヲ以テ當院ニ於テ直ニ判决スルヲ得ス既ニ此點ニ於テ原判决ノ全部ヲ破毀移送スヘキモノト認ムル以上ハ他ノ論旨ニ對シ説明スルノ要ナシ
右ノ理由ナルニ依リ刑事訴訟法第二百八十六條ニ從ヒ原判决ヲ破毀シ更ニ審判セシムル爲メ本件ヲ東京控訴院ニ移ス
明治三十五年十二月八日於大審院第二刑事部公廷檢事小宮三保松立會宣告ス
