私書及公證文書變換行使私印僞造行使詐欺取財ノ件
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大審院刑事判決録（刑録）8輯11巻7頁
明治三十五年（れ）第一六二一號
明治三十五年十二月二日宣告
◎判决要旨
- 一 第一審判决ニ於テ私印僞造行使罪ヲ構成スルモノトシタルヲ第二審判决ハ第一審ノ認定事實ヲ變更シテ有合印ヲ押捺シタリト事實ヲ認定シタルニ拘ハラス此點ニ付キ一審判决ヲ取消シ且無罪ノ言渡ヲ爲サヽルハ認定シタル事實ニ法律ヲ適用セサルモノニシテ擬律ノ錯誤ナリ
第一審 山口地方裁判所
第二審 廣島控訴院
右私書及公證文書變換行使私印僞造行使詐欺取財事件ニ付明治三十五年七月十九日廣島控訴院ニ於テ言渡シタル判决ヲ不法トシ被告ヨリ上告ヲ爲シタリ依テ刑事訴訟法第二百八十三條ノ定式ヲ履行シ裁判所構成法第四十九條ニ依リ判决スルコト左ノ如シ
上告趣意書ハ本件重田安治郎名義ノ借用證書中細川林右衛門ノ住所氏名ノ部分ハ曾テ犯罪ト認メラレタルモノニアラサルコトハ第一審判决及原判决ニ徴シテ更ニ疑ヒナシ從テ此部分ハ犯罪ニ關セサルカ故ニ法律上當然沒收スヘカラサルモノトス然ルニ原判决理由ニ依レハ此部分ヲ沒收セサルハ被告人ノミノ控訴ニ係ルヲ以テ第一審判决ヲ被告人ノ不利益ニ變更スルコトヲ得サルカ故ナリト判示セリ之レ其理由不法ナリト信スト云フニ在ルモ◎原院ハ細川林右衛門ノ住所氏名ノ部分ヲ以テ僞造ニ係ルモノト認定シ然レトモ控訴ノ制限上之ヲ沒收スルヲ得ストノ判旨ナレハ上告論旨ハ其理由ナシ
辯護人高窪喜八郎上告論旨擴張書第二點本件僞造行爲ハ公證文書ノ僞造トナラス何トナレハ僞造行爲ハ他人ヲシテ眞正ノ公證文書ナリト信セシムルノ程度ニ達スルコトヲ要スルハ論ヲ俟タス然ルニ本件ノ事實ニヨレハ文言ヲ變更シ氏名ヲ改メ張紙等ヲ爲シタル部分ヘ公署ノ押印其他變更ヲ證スヘキ方法アラス如斯ハ公正文書ニ於テ見ルコトヲ得サル所即チ何人カ之ヲ見ルモ公正文書トシテ信ヲ置ク者アルヲ想像スルコト能ハスシテ本件被害者ノ如キハ常識ヲ備ヘサル無智矇眛ノ徒ト云ハサル可カラス若シ然ラハ公正文書ハ成立ヲ見サルハ明カトス然ルニ原判决カ官文書僞造罪ニ擬シタルハ不當ニ刑ヲ適用シタルモノト思料スト云フニアルモ◎原院ノ認定シタル事實ニ對シテ徒ラニ非難ヲ試ミルニ過キサルヲ以テ上告ノ理由トナラス
第三點刑法第五十九條ニ依レハ輕懲役ニ該ル刑ノ期滿免除ハ十年ニシテ同第六十一條ニ依レハ欠席裁判ニ係ル時ハ其宣告ノ日ヨリ之ヲ起算スヘキモノトス而シテ本件ハ輕懲役ノ刑ニシテ明治十七年九月二十六日欠席裁判トナリ明治三十五年三月二十六日逮捕セラレタルモノナリ然ラハ通常ヨリ謂ヘハ既ニ逮捕ヨリ數年前ニ於テ刑ノ期滿免除成就シ居ル筋合ナリ然ルニ原院ハ猶ホ被告人ニ責任アリトスルニ付何故ナルヤヲ判示セス即チ原判决ハ此點ニ於テ理由ヲ付セサルノミナラス不當ニ刑ヲ言渡シタル不法アリト信ス尚ホ一件記録ニヨレハ最終ノ令状ノ日附ハ明治二十六年九月五日附ナルコトハ知リ得ヘキモ刑法ニ所謂之ヲ「出シタル日」ハ何年何月何日ナルヤ知ルコト能ハス且其出シタル日時ト其日附トカ相違セルコトハ記録中ノ岩國警察署長渡邊昂ヨリ山口地方裁判所檢事正宛ノ報告書ニ「頭書日附逮捕状執行方御指揮ニヨリ搜査候處同人ハ目下云々」トアリテ其報告書日附カ三十五年三月十九日ナルトニヨリ明瞭ナリト思料ス即チ其文意殊ニ目下云々ト報告書ノ日附トヲ對照セハ之ヲ出シタルハ該報告書日附ノ頃ナルコトヲ窺知シ得ヘキナリ之ヲ要スルニ其出シタル日附ハ全ク不明ニ屬シ從テ期滿免除ノ完成シタルモノト思料ス又假令之レカ完成ヲ爲サヽルモノトスルモ其理由ヲ説明スルヲ要スヘキハ前述ノ如シト云フニアルモ◎刑事訴訟法第二百三條ニ罪トナルヘキ事實及ヒ證據ニ依リテ之ヲ認メタル理由ハ之ヲ明示ス可シトアルモ期滿免除ノ完成セサル理由ヲ明示ス可シトノ規定ナキヲ以テ本論旨モ其理由ナシ
第四點第一審判决ニ依レハ被告人ハ本件公證文書中ノ重田安治郎名下其他ノ要部ニ重ノ字ヲ刻シタル安治郎ノ僞造印ヲ押捺シテ行使シタルモノト事實ヲ確定シ之レニ刑法第二百八條第一項第二百十二條ヲ適用シタリ然ルニ原判决ニ依レハ之レハ有合セ印ヲ押捺シタルモノト事實ヲ確定シタルカ故ニ犯罪トナラス從テ原院ハ此點ニ付第一審判决ヲ取消スヘキノミナラス無罪ヲ言渡スヘキ筋合ナルニ何等ノ判决ヲ爲サス看過シタリ之レ不法ナリト信スト云フニ在リ◎依テ按スルニ第一審判决事實認定ノ部ニハ云々重ノ字ヲ刻シタル安治郎ノ僞造印ヲ押捺シ云々ト斷定シ其法律適用ノ部ニ於テ安治郎ノ僞造印ヲ押捺行使シタル所爲ハ刑法第二百八條第一項第二百十二條ニ該當ストセリ然ルニ第二審判决ニ於テハ第一審判决ノ認定事實ヲ變更シテ云々有合セ印ヲ押捺シト認定セリ故ニ其認定ノ結果トシテ此事實ニ對シテハ刑事訴訟法第二百二十四條及同第二百六十一條ヲ適用シテ處分セサル可カラス原院判决此ニ出テサルハ其認定シタル事實ニ對シテ適用ス可キ法律ヲ適用セサルモノニシテ即チ擬律錯誤ノ不法ヲ免カレサル判决ナリト云ハサル可カラス
第五點原判决ハ其理由ニ於テ本件ノ公證文書ハ刑法第四十三條一號第四十四條ニ依リ全部ヲ沒收スヘキモノトス從テ第一審裁判所カ部分ノ沒收ヲ爲シタルハ不法ナリトシナカラ其末段ニ於テ右公證文書中細川林右衛門ノ住所氏名ヲ記載セル部分ハ之ヲ沒收セサルモノトスト判示シタルカ故ニ何レカ正當ナルヤヲ知ルコト能ハス即チ理由齟齬ノ不法アリト信スト云フニアルモ◎前段ハ第一審判决ノ不法ノ處分ヲ明白ニシ後段ハ其職權ヲ確守スルノ理由ヲ明カニシタルモノニシテ毫モ理由ノ齟齬アルヲ見サルヲ以テ本論旨モ其理由ナシ
第六點原判决ニ於テ斷罪ノ資料ニ供シタル證人森脇雄一ハ原審ニ於テ召喚取調ヲ爲シタルモノナリ然ルニ本件記録ヲ閲讀スルニ該證人ヲ取調フヘク合議决定シタル調書ハ一モ見ルコトヲ得スシテ調書ニヨレハ裁判長カ隨意ニ召喚取調ヲ爲シタルモノヽ如シ果シテ然ラハ違法ノ證據ニシテ之ヲ採用シタル原判决ハ手續ニ違法アリト云フニ在ルモ◎合議决定ハ公判始末書ニ記載スヘキモノニ非ラサレハ其記載ナキヲ見テ合議决定ナシト謂フコトヲ得ス從テ本論旨ハ上告ノ理由トナラス
右ノ理由ニ依リ刑事訴訟法第二百八十七條ノ規定ニ從ヒ原判决ノ一部ヲ破毀シ本院ニ於テ直チニ判决スルコト左ノ如シ
被告人 重本伊助
右私書及公證文書變換行使私印僞造行使詐欺取財事件ニ付原院ノ認ムル所ノ事實ニ依リ有合印ヲ押捺シタル所爲ハ罪トナラサルヲ以テ無罪
其他ハ原判决ノ通
明治三十五年十二月二日大審院第一第二刑事聯合部公廷ニ於テ檢事岩野新平立會宣告ス
