明治三十五年(れ)第一五一三號
明治三十五年十一月十一日宣告
◎判决要旨
- 一 被告人闕席シタリトテ辯護人ヲ以テ辯護スルノ權利ヲモ抛棄シタルモノニ非ス從テ苟クモ辯護人ヲ選定シアル以上ハ辯護人ヲ呼出サスシテ審理ヲ爲スヲ得ス(判旨第四點)
- 一 第一、二審兩級ニ於ケル主文ノ判定竝ニ其基本タル犯罪事實及ヒ刑ノ適用ニシテ全然符合スル場合ニ於テハ第二審裁判所ハ第一審判决ヲ認可シ控訴ヲ棄却スヘキモノトス而シテ第一審判决ノ憑據トナリタル證憑ハ適法ナリヤ否ヤ又其證憑ハ果シテ犯罪事實ノ確定ニ適切ナリヤ否ヤノ如キハ之ヲ問フノ要ナシ(同上)
右睹博被告事件ニ付明治三十五年七月四日名古屋控訴院ニ於テ言渡シタル判决ニ對シ被告等ヨリ上告ヲ爲シタリ依テ刑事訴訟法第二百八十三條ノ定式ヲ履行シ判决スルコト左ノ如シ
上告趣意第一ハ原院ニ於テ唯一ノ證據トセラレタル巡査ノ逮捕及ヒ告發調書ニハ「川瀬一郎宅裏ノ道路ヲ通行スルニ該家中ニ多人數ノ勝敗ヲ爭ヒ居ル聲ノ屋外ニ聞ユルヲ以テ裏戸ノ下ノ間隙ヨリ彳ミテ家中ノ摸樣ヲ見ルニ云々」ト在リ又檢證調書ニハ「四疊間北方壁ノ破損所ヨリ金圓ニ代用スル駒札ヲ賭シ丁半ト唱フル博奕ヲ爲シ居ル最中ヲ現認シ云々」トアリテ現ニ同一巡査ノ見認タリト云フ場所ニ於テ兩者既ニ齟齬セリ又逮捕及ヒ告發調書ニ於テ巡査カ賭博ヲ認メタリト云フ人タル中三谷清助南谷徳太郎藤詰覺三郎川瀬喜三郎川瀬てうハ其場ニ居合セサルコト又川瀬修明ハ居合セタルモ睹博ニ關與セサルコトニ確定シタリ斯ノ如ク巡査ノ申立ハ虚僞ナルコト歴々タルニ付採用セラルヘキモノニ非スト原院ニ於テ抗辯シタルニモ拘ハラス其之ヲ採用セラレタル理由ヲ付セサリシハ裁判ニ理由ヲ付セラレサルノ違法アリト云フニ在レトモ◎判决ニハ罪トナルヘキ事實及證據ニ依リ之ヲ認メタル理由ト法律適用ノ理由ヲ明示スレハ足レルモノニシテ被告ノ抗辯ニ對シ一々説明スルヲ要セス
第二ハ原院カ犯罪ヲ認定セラレタル原料ハ二個ナリ(一)ハ巡査ノ逮捕及告發調書ナリ該調書ハ前項所陳ノ如ク一切不實ノ申告ニテ採用スヘキモノニアラス(二)ハ川瀬修明カ訊問調書ナリ修明カ警察署ノ訊問ニ對シテハ上告人等カ睹博ニ關シタルモノヽ如ク申立居ルモ第一審公判廷ニ於テハ巡査カ此者等モ居リタルナラント云ハレタル迄テアリマスト答ヘ居リ甚タ其要領ヲ得サルニ付原院ニ於テ更ニ修明ヲ證人トシテ訊問セラレンコトヲ申立タルモ採用セラレス右ノ要領不明ナル二個ノ書類ヲ認定ノ原料ト爲シ犯罪ヲ認定シタルハ法則ヲ不當ニ適用シタルモノナリト云フニ在レトモ◎本論旨ハ原院ノ職權ニ屬スル採證ノ當否ヲ批難スルモノニシテ上告適法ノ理由トナラス
第三ハ原判决理由ニ「本件ノ參考記録ナル木代與次郎外一名賭博被告事件ノ記録中云々」トアレトモ本件參考記録ニ木代與次郎ナルモノナシ之レ審理ヲ盡サレサルカ故ニ此錯誤ヲ生セリト云フニ在レトモ◎木代與次郎外一名トアルハ木代覺三郎外一名ノ誤記ナルコトハ記録自體ニ徴シテ明確ナレハ其錯誤ハ以テ原判决ヲ破毀スルノ原由トナラス
辯護人高木益太郎ノ證明書第一ハ明治三十五年四月七日第一審ニ於ケル開廷ノ第三囘公判始末書(記絡九五丁)ヲ閲スルニ其冐頭ニ被告及ヒ辯護人田代養次郎ハ出頭セサル旨ノ記載アリテ裁判長ハ被告竝ニ辯護人欠席ノ儘證人棈松榮吉ヲ訊問シ其供述ヲ聽取シタル事蹟アリ依テ記録ヲ調査スルニ第一審裁判所ハ辯護人ニ對シテ右期日呼出状ヲ發付シタルコトナク又被告ニ對スル期日呼出状ノ送達證書アレトモ其交付シタル書類表示ノ部ニハ「岐阜地方裁判所豫審判事區裁判所書記」トアルヲ以テ本件ニ付第一審公判廷ニ出頭スヘキ呼出状ノ送達アリタルモノト看做スヲ得ス故ニ右公判期日ニ被告及辯護人ノ出廷ナキハ其懈怠ナリト云フヲ得サルニ付結局第一審裁判所ハ訴訟干係人ニ對シ適式ノ呼出状ヲ送達セスシテ審理ヲ遂行シタル不法アルヲ免カレス左レハ右違法ノ審理ニ基ク證人榮吉ノ供述ハ亦無效ノモノナルニ第一審判决カ之ヲ斷罪ノ資料ニ供シタルハ採證ノ法則ニ違反セリ然ルニ原院カ此瑕疵ヲ看過シ違法ノ第一審判决ヲ認可セシハ是亦タ法則ニ背反シタル裁判ナリト云フニ在レトモ◎刑事訴訟法第十九條及ヒ民事訴訟法第百五十一條ニ依レハ執達吏カ送達ヲ爲シタル場合ニ於ケル送達證書ニハ事件ニ干與シタル判事又ハ裁判所書記ヲ記載スルヲ要セサルヲ以テ本件被告等ニ對スル送達證書ノ欄外ニ「岐阜地方裁判所豫審判事區裁判所書記」ト不動文字ヲ印刷シアリト雖モ其證書ノ内容ノ記載ニ於テ毫モ違法ノ點ナキ以上ハ右證書ハ適法ノモノニシテ被告等ニ對シテ正當ノ呼出アリタルモノトス從テ第一審ニ於ケル審理ハ此點ニ付テ瑕瑾ナシ辯護人田代養次郎ニ對スル呼出ニ就テハ訴訟記録ヲ査スルニ第一審ニ於ケル明治三十五年四月七日ノ公判開廷ノ際呼出状ヲ送達シタル形跡ノ見ルヘキモノナク又同人闕席ノ儘證人棈松榮吉ヲ審問シタルコトハ論旨ノ如シ右公判ニハ被告人闕席ヲ爲シ其儘審理ヲ續行シタルモノナルモ被告人闕席シタリトテ辯護人ヲ以テ辯護スルノ權利ヲモ抛棄シタルモノニアラサルヲ以テ苟モ辯護人ヲ選定シアル以上ハ辯護人ヲ呼出サスシテ審理ヲ爲スヲ得ス又公廷ニ於ケル證人審問ハ即チ公判ノ一部ナレハ辯護人ノ懈怠ニ歸スヘカラサル闕席ノ儘之ヲ行フハ被告人ノ辯護權ヲ無視スルモノト云ハサルヲ得ス依テ第一審ニ於テ辯護人ニ對シ呼出ヲ送達セスシテ闕席ノ儘證人ヲ審問シタルハ審理ノ手續ヲ誤リタルモノニシテ從テ其證言ハ無效ノモノナルニ之ヲ採用シタルノ失當ヲ免カレス然レトモ控訴ハ第一審判决ノ主文ニ表示セラレタル第一審裁判所ノ判定ヲ攻撃シ之ヲ廢棄若クハ變更スルヲ以テ目的トスルモノナレハ此點ニ關スル第二審ノ判定カ第一審ノ判决ト符合セサルトキハ第二審裁判所ハ第一審ノ判决ヲ不當ナリトシテ之レヲ取消サヽルヘカラス加之判决ノ主文ニ掲クル判定ノ依テ生スル犯罪事實ト刑ノ適用トハ主文ノ判定ト相俟テ判决ノ實質ヲ組成シ分離スヘカラサル關係ヲ有スルモノニシテ判决ノ基本トナリタル犯罪事實ト刑ノ適用トハ當然主文ノ判定中ニ包含セラルヽモノナレハ控訴ハ常ニ第二審裁判所ヲシテ一審裁判所ノ認定シタル犯罪事實ノ有無竝ニ適用シタル刑ノ當否ヲ審査セシムルノ效ヲ生スルモノニシテ第二審裁判所ト第一審裁判所ト犯罪事實ノ認定ヲ異ニシ又ハ刑ノ適用ニ關シテ此兩者間ニ相違ノ點アルニ於テハ第二審裁判所ハ第一審判决ヲ不當ナリトシテ之レヲ取消スコトヲ要スルハ勿論ナリトス然レトモ兩審級ニ於ケル主文ノ判定竝ニ其基本タル犯罪事實及刑ノ適用ニシテ全然相符合スルニ於テハ其判决ハ實質上相一致スルモノナレハ第二審裁判所ハ第一審判决ヲ認可シ控訴ヲ理由ナシトシテ棄却スルコトヲ要シ一審裁判所カ如何ナル證據ニ依リテ犯罪事實ヲ認メタルヤ一審判决ノ憑據トナリタル證憑ハ適法ノモノナルヤ其證憑ハ果シテ犯罪事實ヲ確定スルニ適切ナルヤ否ヤノ如キハ之レヲ不問ニ付セサルヘカラス蓋シ被告事件ノ覆審ニ關スル第二審裁判所ノ權限ハ第一審裁判所ト毫モ異ナル所ナキヲ以テ第二審裁判所ハ第一審ノ審理判决如何ニ拘ハラス別ニ新タニ事件全體ノ審理ヲ爲シ新タナル證憑ニ因リ實體上ヨリ被告事件ノ目的タル犯罪事實ノ有無ヲ確定スルノ職責ヲ有シ單ニ一審裁判所ニ援用セラレタル證據ヲ以テ其犯罪事實ヲ確定スルノ任務ヲ帶フルモノニアラス果シテ然ラハ假令第一審裁判所カ犯罪事實ヲ認メタル所以ノ憑據ニ關シテ失當ノ點アリトスルモ第二審ニ於ケル事實ノ認定カ同一結果ニ歸着スルニ於テハ此點ニ關スル一審判决ハ相當ニシテ控訴ハ理由ナキモノト謂ハサルヲ得ス何トナレハ第二審裁判所カ實體上ヨリ犯罪事實ノ有無ヲ確定スルノ職責ヲ有スルコト前示ノ如クナル以上ハ控訴ヲ以テ事實認定ノ不當ヲ主張スルコトヲ得ルニハ第一審裁判所ノ認定シタル事實カ實體事實ト相違スルコトヲ前提要件トスヘク苟クモ此要件ヲ欠クニ於テハ其控訴ハ理由ナシトシテ棄却セラルヘキハ理ノ當然ナルヲ以テナリ仰モ被告人其他ノ訴訟關係人カ第一審ニ於ケル證據ノ取捨判斷ヲ非難シテ第一審判决ヲ攻撃スルハ要スルニ判决ノ基本タル事實ノ認定ヲ覆ヘシ更ニ新事實ヲ基礎トシタル相當ノ判决ヲ受クルカ爲メニ外ナラス然ルニ第二審裁判所カ第一審ト同一ナル事實ヲ確定シタル以上ハ第一審ノ認定シタル事實ハ即チ實體ノ事實ニ適合シ到底之ヲ動カスコト能ハサリシモノト謂ハサルヘカラス第一審ノ認定シタル事實ニシテ實體上動カス能ハサルモノトセハ訴訟關係人カ控訴ニ依テ達セントスルノ目的ハ到底達シ得ヘカラサル筋合ニシテ此場合ニ於ケル訴訟關係人ノ控訴ハ全ク無益ニ屬シ結局理由ナキニ歸スヘキヤ明カナリ故ニ第一審ニ於ケル證據ノ取捨判斷ニ對スル非難ハ判决ノ基本タル事實ノ認定ヲ覆スコトヲ得ヘキ場合ハ格別然ラサレハ單獨ニテ第一審判决ヲ取消スヘキ控訴適法ノ理由トナラサルモノトス故ニ本案ニ於テハ前ニ述ヘタル如ク第一審判决カ無效ノ證言ヲ採用シタルノ失當アリト雖モ原院ハ事實ノ認定竝ニ法律及刑ノ適用ニ於テ第一審ト判定ヲ同フスルヲ以テ第一審判决ヲ相當ナリトシ控訴ヲ棄却シタルハ違法ノ判决ニ非ス』第二ハ原判决證據説明ノ部ニ巡査ノ逮捕告發調書ニ判示ニ同シキ記載アル云々ト掲ケ其認定ノ部ニ「茶碗骨牌ヲ使用シ」ト判示シアレトモ右告發調書ヲ視ルニ只骨子ヲ使用シテトノ記載アレトモ茶碗骨牌ヲ使用シテトノ記載ナシ然ラハ爰點ニ於テ原判决ハ虚無ノ記載ヲ證據ニ引用シタル不法アルモノナリト云フニ在レトモ◎逮捕告發調書ヲ査スルニ「現場ニ至リ三谷清助ノ前ニアル云々骨子二個茶碗一個骨牌八十枚駒札八百六枚ヲ押收シ」トアリ右物件ハ賭博ノ用ニ供シタルモノトシテ押收シタルコト明カナリ然ラハ告發書記載ノ趣旨ハ茶碗骨牌ヲ使用シタリト云フニ歸スレハ原判决ハ告發書ニ記載ナキ事項ヲ記載シアルモノトシテ證據トシタルノ違法アリト云フヲ得ス
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ本案上告ハ之ヲ棄却ス
明治三十五年十一月十一日大審院第一第二刑事聯合部公廷ニ於テ檢事小宮三保松立會宣告ス
明治三十五年(レ)第一五一三号
明治三十五年十一月十一日宣告
◎判決要旨
- 一 被告人闕席したりとて弁護人を以て弁護するの権利をも放棄したるものに非ず。
従て苟くも弁護人を選定しある以上は弁護人を呼出さずして審理を為すを得ず。
(判旨第四点)
- 一 第一、二審両級に於ける主文の判定並に其基本たる犯罪事実及び刑の適用にして全然符合する場合に於ては第二審裁判所は第一審判決を認可し控訴を棄却すべきものとす。
而して第一審判決の憑拠となりたる証憑は適法なりや否や又其証憑は果して犯罪事実の確定に適切なりや否やの如きは之を問ふの要なし。
(同上)
右睹博被告事件に付、明治三十五年七月四日名古屋控訴院に於て言渡したる判決に対し被告等より上告を為したり。
依て刑事訴訟法第二百八十三条の定式を履行し判決すること左の如し
上告趣意第一は原院に於て唯一の証拠とせられたる巡査の逮捕及び告発調書には「川瀬一郎宅裏の道路を通行するに該家中に多人数の勝敗を争ひ居る声の屋外に聞ゆるを以て裏戸の下の間隙より彳みて家中の摸様を見るに云云」と在り又検証調書には「四畳間北方壁の破損所より金円に代用する駒札を賭し丁半と唱ふる博奕を為し居る最中を現認し云云」とありて現に同一巡査の見認たりと云ふ場所に於て両者既に齟齬せり又逮捕及び告発調書に於て巡査が賭博を認めたりと云ふ人たる中三谷清助南谷徳太郎藤詰覚三郎川瀬喜三郎川瀬てうは其場に居合せざること又川瀬修明は居合せたるも睹博に関与せざることに確定したり。
斯の如く巡査の申立は虚偽なること歴歴たるに付、採用せらるべきものに非ずと原院に於て抗弁したるにも拘はらず其之を採用せられたる理由を付せざりしは裁判に理由を付せられざるの違法ありと云ふに在れども◎判決には罪となるべき事実及証拠に依り之を認めたる理由と法律適用の理由を明示すれば足れるものにして被告の抗弁に対し一一説明するを要せず。
第二は原院が犯罪を認定せられたる原料は二個なり。
(一)は巡査の逮捕及告発調書なり。
該調書は前項所陳の如く一切不実の申告にて採用すべきものにあらず。
(二)は川瀬修明が訊問調書なり。
修明が警察署の訊問に対しては上告人等が睹博に関したるものの如く申立居るも第一審公判廷に於ては巡査が此者等も居りたるならんと云はれたる迄てありますと答へ居り甚た其要領を得ざるに付、原院に於て更に修明を証人として訊問せられんことを申立たるも採用せられず右の要領不明なる二個の書類を認定の原料と為し犯罪を認定したるは法則を不当に適用したるものなりと云ふに在れども◎本論旨は原院の職権に属する採証の当否を批難するものにして上告適法の理由とならず
第三は原判決理由に「本件の参考記録なる木代与次郎外一名賭博被告事件の記録中云云」とあれども本件参考記録に木代与次郎なるものなし之れ審理を尽されざるが故に此錯誤を生ぜりと云ふに在れども◎木代与次郎外一名とあるは木代覚三郎外一名の誤記なることは記録自体に徴して明確なれば其錯誤は以て原判決を破毀するの原由とならず
弁護人高木益太郎の証明書第一は明治三十五年四月七日第一審に於ける開廷の第三回公判始末書(記絡九五丁)を閲するに其冒頭に被告及び弁護人田代養次郎は出頭せざる旨の記載ありて裁判長は被告並に弁護人欠席の儘証人棈松栄吉を訊問し其供述を聴取したる事蹟あり。
依て記録を調査するに第一審裁判所は弁護人に対して右期日呼出状を発付したることなく又被告に対する期日呼出状の送達証書あれども其交付したる書類表示の部には「岐阜地方裁判所予審判事区裁判所書記」とあるを以て本件に付、第一審公判廷に出頭すべき呼出状の送達ありたるものと看做すを得ず。
故に右公判期日に被告及弁護人の出廷なきは其懈怠なりと云ふを得ざるに付、結局第一審裁判所は訴訟干係人に対し適式の呼出状を送達せずして審理を遂行したる不法あるを免がれず左れば右違法の審理に基く証人栄吉の供述は亦無効のものなるに第一審判決が之を断罪の資料に供したるは採証の法則に違反せり。
然るに原院が此瑕疵を看過し違法の第一審判決を認可せしは是亦た法則に背反したる裁判なりと云ふに在れども◎刑事訴訟法第十九条及び民事訴訟法第百五十一条に依れば執達吏が送達を為したる場合に於ける送達証書には事件に干与したる判事又は裁判所書記を記載するを要せざるを以て本件被告等に対する送達証書の欄外に「岐阜地方裁判所予審判事区裁判所書記」と不動文字を印刷しありと雖も其証書の内容の記載に於て毫も違法の点なき以上は右証書は適法のものにして被告等に対して正当の呼出ありたるものとす。
従て第一審に於ける審理は此点に付て瑕瑾なし。
弁護人田代養次郎に対する呼出に就ては訴訟記録を査するに第一審に於ける明治三十五年四月七日の公判開廷の際呼出状を送達したる形跡の見るべきものなく又同人闕席の儘証人棈松栄吉を審問したることは論旨の如し右公判には被告人闕席を為し其儘審理を続行したるものなるも被告人闕席したりとて弁護人を以て弁護するの権利をも放棄したるものにあらざるを以て苟も弁護人を選定しある以上は弁護人を呼出さずして審理を為すを得ず。
又公廷に於ける証人審問は。
即ち公判の一部なれば弁護人の懈怠に帰すべからざる闕席の儘之を行ふは被告人の弁護権を無視するものと云はざるを得ず。
依て第一審に於て弁護人に対し呼出を送達せずして闕席の儘証人を審問したるは審理の手続を誤りたるものにして。
従て其証言は無効のものなるに之を採用したるの失当を免がれず。
然れども控訴は第一審判決の主文に表示せられたる第一審裁判所の判定を攻撃し之を廃棄若くは変更するを以て目的とするものなれば此点に関する第二審の判定が第一審の判決と符合せざるときは第二審裁判所は第一審の判決を不当なりとして之れを取消さざるべからず。
加之判決の主文に掲ぐる判定の依て生ずる犯罪事実と刑の適用とは主文の判定と相俟て判決の実質を組成し分離すべからざる関係を有するものにして判決の基本となりたる犯罪事実と刑の適用とは当然主文の判定中に包含せらるるものなれば控訴は常に第二審裁判所をして一審裁判所の認定したる犯罪事実の有無並に適用したる刑の当否を審査せしむるの効を生ずるものにして第二審裁判所と第一審裁判所と犯罪事実の認定を異にし又は刑の適用に関して此両者間に相違の点あるに於ては第二審裁判所は第一審判決を不当なりとして之れを取消すことを要するは勿論なりとす。
然れども両審級に於ける主文の判定並に其基本たる犯罪事実及刑の適用にして全然相符合するに於ては其判決は実質上相一致するものなれば第二審裁判所は第一審判決を認可し控訴を理由なしとして棄却することを要し一審裁判所が如何なる証拠に依りて犯罪事実を認めたるや一審判決の憑拠となりたる証憑は適法のものなるや其証憑は果して犯罪事実を確定するに適切なるや否やの如きは之れを不問に付せざるべからず。
蓋し被告事件の覆審に関する第二審裁判所の権限は第一審裁判所と毫も異なる所なきを以て第二審裁判所は第一審の審理判決如何に拘はらず別に新たに事件全体の審理を為し新たなる証憑に因り実体上より被告事件の目的たる犯罪事実の有無を確定するの職責を有し単に一審裁判所に援用せられたる証拠を以て其犯罪事実を確定するの任務を帯ふるものにあらず。
果して然らば仮令第一審裁判所が犯罪事実を認めたる所以の憑拠に関して失当の点ありとするも第二審に於ける事実の認定が同一結果に帰着するに於ては此点に関する一審判決は相当にして控訴は理由なきものと謂はざるを得ず。
何となれば第二審裁判所が実体上より犯罪事実の有無を確定するの職責を有すること前示の如くなる以上は控訴を以て事実認定の不当を主張することを得るには第一審裁判所の認定したる事実が実体事実と相違することを前提要件とすべく苟くも此要件を欠くに於ては其控訴は理由なしとして棄却せらるべきは理の当然なるを以てなり。
仰も被告人其他の訴訟関係人が第一審に於ける証拠の取捨判断を非難して第一審判決を攻撃するは要するに判決の基本たる事実の認定を覆へし更に新事実を基礎としたる相当の判決を受くるか為めに外ならず。
然るに第二審裁判所が第一審と同一なる事実を確定したる以上は第一審の認定したる事実は。
即ち実体の事実に適合し到底之を動かずこと能はざりしものと謂はざるべからず。
第一審の認定したる事実にして実体上動かず能はざるものとせば訴訟関係人が控訴に依て達せんとするの目的は到底達し得べからざる筋合にして此場合に於ける訴訟関係人の控訴は全く無益に属し結局理由なきに帰すべきや明かなり。
故に第一審に於ける証拠の取捨判断に対する非難は判決の基本たる事実の認定を覆すことを得べき場合は格別然らざれば単独にて第一審判決を取消すべき控訴適法の理由とならざるものとす。
故に本案に於ては前に述べたる如く第一審判決が無効の証言を採用したるの失当ありと雖も原院は事実の認定並に法律及刑の適用に於て第一審と判定を同ふするを以て第一審判決を相当なりとし控訴を棄却したるは違法の判決に非ず』第二は原判決証拠説明の部に巡査の逮捕告発調書に判示に同じき記載ある云云と掲げ其認定の部に「茶碗骨牌を使用し」と判示しあれども右告発調書を視るに只骨子を使用してとの記載あれども茶碗骨牌を使用してとの記載なし。
然らば爰点に於て原判決は虚無の記載を証拠に引用したる不法あるものなりと云ふに在れども◎逮捕告発調書を査するに「現場に至り三谷清助の前にある云云骨子二個茶碗一個骨牌八十枚駒札八百六枚を押収し」とあり右物件は賭博の用に供したるものとして押収したること明かなり。
然らば告発書記載の趣旨は茶碗骨牌を使用したりと云ふに帰すれば原判決は告発書に記載なき事項を記載しあるものとして証拠としたるの違法ありと云ふを得ず。
右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条に依り本案上告は之を棄却す
明治三十五年十一月十一日大審院第一第二刑事連合部公廷に於て検事小宮三保松立会宣告す