私書僞造行使詐欺取財ノ件

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大審院刑事判決録（刑録）7輯5巻89頁

被告両名の上告趣意は原判決は違法なり。 詳細は拡張書を以て弁明すべしと云ふ[いう]に在りて被告霊順の拡張趣旨を要するに第一は第一審判決には裁判費用の内四十七円五十三銭は被告宝貫の負担とし金五十八円五十四（四は六の誤ならん若し判決謄本に四とあらば其誤写に外ならず）銭は被告宝貫霊順の連帯負担とすとあり。 而して[しこうして]検事の控訴は私印盗用の点のみに限れり然るに原判決に於て公訴裁判費用は被告両名の連帯負担とする旨を言渡したるは刑事訴訟法第二百六十五条に背き不利益に第一審判決を変更したるの不法ありと云ふ[いう]に在れども◎第一審判決及び第二審判決共に被告等が辞令書を偽造行使したる事実を認め第一審判決は其偽造を為すに付、法主光瑩の印影を盗用したる点を不問に付したるを以て之を失当なりとして原院に於て検事より附帯控訴を為したるものなれば其控訴は事件全部に及ぶものなるを以て論旨の如く公訴裁判費用の負担に付、被告の不利益に第一審判決を変更したりとするも違法にあらず。

第二は原判決に依れば被告霊順は第一及第六乃至[ないし]第十二の犯罪に加効し被告宝貫は其他に第二乃至[ないし]第五の犯罪に加効したるものなり。 而して[しこうして]公訴裁判費用は全部に付て生じたるものなるに両名に全部の負担を命じ共犯にあらざる部分の費用をも連帯せしめたるは違法なりと云ふ[いう]に在り◎依て訴訟記録を査閲するに公訴裁判費用中証人福村智浄菊池起堂仁料了悟安井祐岳宮島良応永井恭道稲葉嵓の出頭旅費日当合計金五十八円五十六銭は被告宝貫霊順両名に対する第一第六乃至[ないし]第十二の事件に関するものなるを以て被告両名に連帯負担せしむべきも証人永田専浄中条是信大道円籌宮島昇道木村秀雄中山治兵衛片岡香言の出頭旅費日当合計金四十七円五十三銭は被告宝貫と第一審に於ける他の相被告との事件にして被告霊順に関係なきものなれば宝貫のみに負担せしむべきに原判決は公訴裁判費用は被告宝貫霊順の連帯負担となし被告霊順の負担と為すべからざる公訴裁判費用を負担せしめたるは失当にして被告霊順に付ては上告は其理由あるものとす。

第三は印影盗用の点に付ては検事の起訴なきものなるに原院は検事より此点に対して為したる控訴を援用し盗用罪ありとしたるは不法なりと云ふ[いう]に在り◎。 然れども[しかれども]私書偽造行使詐欺取財の訴名を以て起訴したるときは其偽造手段たる印影盗用の点に付ても起訴ありたること勿論なるを以て起訴以外の事件を判決したるの違法なしとす

第四前段は本件の辞令書は初めより存在するものにして其中の一部を削り去り他の氏名を記入したるは変造なるに之れを偽造なりと判決したるは違法なりと云ふ[いう]に在り◎依て按ず[あんず]るに被告等の行為は大谷派本願寺法主光瑩の署名捺印及日附の記入ある真正の辞令書中既に記載ある受令者の氏名を削り他の氏名を記入したるものにして発送先不明に付、未だ受令者の手に達し居らざるも既に受令者の氏名法主の署名捺印及日附の記載ある以上は有効に成立したる辞令書なりと云はざるべからず。 然らば其辞令書中の受令者の氏名を変換したる所為は文書の変造にして偽造にあらざるに原院が之れを偽造なりとして処断したるは失当にして上告は其理由あるものとす。』其後段は光瑩の印は初めより押捺しありて殊更に盗み来りて押捺したるにあらざるに之れを私印盗用なりとしたるは擬律の錯誤なりと云ふ[いう]に在りて◎前段に説明する如く被告等が利用したる辞令書は真正に成立したるものなるを以て其辞令書中の光瑩の印影は正当に押用せられ被告等が不正に押捺使用したるものと云ふ[いう]を得ざれば原判決に盗用罪ありとしたるは失当にして上告は其理由あるものとす。

第五は第一及第六乃至[ないし]第十二の所為に付、霊順は宝貫の命令に従ひ辞令書の或る文字を削り之に他の文字を記入したるものにして従犯たるに外ならざるに之れを正犯なりとして処断したるは擬律の錯誤なりと云ふ[いう]に在れども◎原院の認むる所に依れば被告両名は共に虚偽の辞令書を作製し金円を騙取[へんしゅ]したるものなれば正犯として処罰したるは相当なり。

第六は被告霊順が宝貫の共犯なりしことは原判決に掲挙しある証拠中一も之れを見るべきものなきに共犯なりとしたるは証拠に依らずして事実を認定したるの不法ありと云ふ[いう]に在れども◎原判決に掲挙したる証拠に依り共犯の事実を認めたるものなることは判文上明かなれば本論旨は畢竟[ひっきょう]原判文所載の証拠に付、原院と解釈を異にするものに外ならず。 而して[しこうして]証拠の解釈は原院の職権に属するを以て之を論難するも上告の理由とならず

被告宝貫の拡張書を要するに第一は原判決の第二の事実たる片岡香言の辞令書は小塩祐憲が富士沢信誠と協議の上香言に下付したるものなることは祐憲の予審調書並に法廷に於ける申立に依り明にして被告は毫も[ごうも]関係したることなきに被告宝貫を有罪なりと誤認したるは失当なりと云ふ[いう]に在りて◎原院の職権に属する事実の認定採証の当否を論難するに外ならざれば上告の理由とならず』第二は本件の発議者は祐憲信誠の両人にして辞令書の如きも右両人にあらざれば自由に取扱ふことを得ず。 被告は信誠等が本願寺の上局の人人と協議の上本願寺の負債消却の為め尽力せよと命じたるを以て之を信じ取扱ひたるまでなり。 然るに右両名は証拠十分なるに之を無罪とし独り被告を有罪とせしは失当なり。 又中島教悟も被告同様運動を命ぜられたるものなるを以て原院に於て同人の喚問を申請したるに之れを採用せざりしは不法なりと云ふ[いう]に在れども◎証人喚問の申請を許否するは原院の職権に属するを以て之を聴許せざりしとて違法なりとするを得ず。 其他の論旨は原院の職権に属する事実の認定採証の当否を批難するものにして適法の理由なし。』第三は仮りに被告に詐欺取財の罪ありとすれば祐憲信誠は主犯にして被告は従犯に過ぎざることは諸証に依り明かなるに其主犯を無罪とし被告のみを有罪と誤認したるは失当なりと云ひ第四は原判決の第三第四の事実の金百三十円は義嵒に於て受取り被告に百二十円を渡し被告は之を祐憲に渡したるものなるに被告一人にて百三十円を詐取したるものとせしは誤認なり。 又第五第六の事実の如きも是信良応より合計金百八十円を有山斎逸に渡し同人は被告に九十円を渡し残り九十円は斎逸が取得したるものなり。 殊に是信記名の辞令書は記名の儘祐憲より受取り之を斎逸に渡し九十円は祐憲に渡したる事実なるに原院に於ては被告が金額百八十円を詐取したるものと判決せしは不当なり。 其他交付の手続に付ても被告に於ては毫も[ごうも]偽造又は詐取の行為なして云ふ[いう]に在りて◎以上は事実の認定採証の当否を批難するに外ならざれば上告適法の理由なし。』第五は本件の辞令書は希望者ある都度祐憲より受取りし時既に光瑩と記載ある下に捺印あり被告は信誠等が上局の人人と協議の上下付せしものと信じ取扱ひたるものにして盗用したるにあらずと云ふ[いう]に在りて◎被告霊順の拡張第四後段に対し説明する如く原判決は此点に於ては失当なるを以て重ねて説明するの要なし。』第六は本件の辞令書は大谷派本願寺と其末寺との間に行れる免状なりとす。 刑法第二百十三条に依れば官の免状偽造行使すら一月以上一年以下の重禁錮に処するのみならず附加監視なし。 何そ私の免状偽造を官の免状偽造より重く罰するの理あらんや之に依て観れば私の免状偽造に付ては刑法に罰するの正条なきものとすべきに原院が刑法第百十条第二項を適用したるは擬律の錯誤なりと云ふ[いう]に在れども◎刑法第二百十条第二項に「其余の私書」とあるは第一項の「権利義務に関する証書」に対する文詞にして総で権利義務に関せざる私書を包含するものなれば其私書が免状の如き効用あればとて之を除外するを得ず。 故に原院が刑法第二百十条第二項の所謂「其余の私書」として処断したるは相当なり。 但本件を偽造なりとしたる点の失当なることは被告霊順拡張第四前段に対する説明の通』第七は本願寺末寺僧侶にして辞令書を受くるには僧綱僧位補授規則ありて菓子料又は運動費を以て受令することを禁ぜり然るに本件の受令者は右規則に違犯したるものにして共に罰せらるべく被告の行為は詐欺取財にあらざるに被告のみを詐欺取財の罪ありとして処罰したるは違法なりと云ふ[いう]に在れども◎被告等が辞令書を変造し之に因りて金円を騙取[へんしゅ]したる事実を認定しある以上は被告に詐欺取財の罪あること明かなり。 而して[しこうして]被告等の交付したる辞令書を受けたる者の行為が正当ならずとするも前述の如く被告の行為が詐欺取財罪を構成する上は同法条を適用すべきは当然なり。 故に原院が刑法第三百九十条を適用処断したるは相当なりとす。

被告宝貫の弁護人高木益太郎弁明書は大津地方裁判所予審掛の取調に係る仁科了悟中条是信宮島良応安井祐岳等の予審調書は皆有効のものにあらず。 何となれば一件記録に徴するに本件の管轄裁判所たりし京都地方裁判所予審判事より彦根区裁判所判事に向て右証人の訊問を嘱託したる事跡あれども（嘱託案参照）大津地方裁判所彦根支部予審掛に向て其嘱託を為したる事跡なし。 然るに同地方裁判所支部の予審掛は彦根区裁判所判事宛の嘱託を以て則ち大津地方裁判所支部に嘱託ありたるものと誤解し更に同支部より大津地方裁判所本部の予審判事に証人訊問の転嘱を為したるものなれども（記録一、三〇通知書参照）如斬転嘱を為し得ることは固より[もとより]法律の認めざる所なるのみならず更に嘱託を受けたることなき支部予審掛に於て転嘱を発し得るの権限なきや勿論なり。 尤も[もっとも]彦根区裁判所宛の嘱託書には

「。 但し該証人他へ転住し其住所判明し居候へは直ちに其所轄裁判所へ転嘱方取計相成度候」とあれども右証人は元来滋賀県高島郡広瀬村に住居したるものにして曽て彦根区裁判所管内より転住し来りたるものにあらず。 故に彦根区裁判所判事と雖[いえども]も右転住云云の嘱託条件に恰当せざる場合なるを以て転嘱をなすの権限を有せざるものと解せざるを得ず。 況んや曽て嘱託を受けざる大津地方裁判所支部の予審掛に於て之が復嘱をなすの権なきは論を俟たざるおや要するに右証人の訊問調書は管轄裁判所予審掛の嘱託に基つき成立したるものと認め難きを以て適法有効の予審調書にあらざるが故に之を罪証に供したる原裁判は不法なりと云ふ[いう]に在れども◎転嘱は嘱託の手続を簡便にする方法にして法律上嘱託の効力に於ては直接に嘱託したると転嘱したると一も異なる所なき筋合なれば転嘱を以て違法の措置と云ふ[いう]を得ず。 又本件に付、京都地方裁判所予審判事の嘱託書案に彦根区裁判所判事御中とあるは同区裁判所に大津地方裁判所支部の設置あるを以て略記したるに過ぎず。 故に同支部予審判事より転嘱したればとて嘱託の効なしとするを得ず。 又嘱託書に「他へ転住し其住所判明し居り候へは云云」の文詞は独り転住の場合のみに限らず証人の住所が他管轄内なるときをも指称したるものと認め得べければ右嘱託は適法にして原院が其嘱託に依り成立したる調書を証拠となしたるは違法にあらず。』同弁護人は相被告の論旨を援用する旨を陳述せり

右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十七条に依り原判決を破毀し本院に於て判決すること左の如し

右

土肥宝貫

野田霊順

原判決に認めたる事実に依り被告宝貫霊順が第一第六乃至[ないし]第十二宝貫が第三乃至[ないし]第五の権利義務に関せざる私書を変造行使したる所為は各刑法第二百十条第二項第二百十二条に該り同く詐欺取財の各所為は同法第三百九十条第一項第三百九十四条に該り孰れ[いずれ]も詐欺取財を為すに因り私書を変造行使したるものなるを以て同第三百九十条第二項に依り詐欺取財を重しとし尚ほ被告宝貫が第二の私書変造行使の所為は同第二百十条第二項第二百十二条に該り何れも数罪倶発なるを以て同第百条に照し犯情重き第十一の詐欺取財に依りて処断し被告宝貫を重禁錮一年三月罰金十円監視六月に被告霊順を重禁錮四月十五日罰金五円監視六月に処す

私印盗用の点は刑事訴訟法第二百二十四条に依り無罪とす。

押収の小刀は刑法第四十三条第二号第四十四条に依り押収の菊池起堂片岡香言桂井智広長沢法専中条是信宮島良応福井智亮永井泰道長沢宝麿福村智浄嵯峨崎実成華蔵閣行雅名義の各辞令書中変造に係る部分は刑法第四十三条第一号同第四十四条に依りて之を没収す其他の押収書類は刑事訴訟法第二百二条に依り各其差出人に還付す

公訴裁判費用の内金五十八円五十六銭は刑法第四十五条第四十七条に依り被告宝貫霊順をして連帯負担せしめ金四十七円五十三銭は同第四十五条に依り被告宝貫の負担とす。

明治三十四年五月三十一日於大審院第二刑事部公廷検事小宮三保松立会宣告す