強盜傷人ノ件
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大審院刑事判決録（刑録）7輯5巻35頁
明治三十四年れ第六四八號
明治三十四年五月二十一日宣告
◎判决要旨
人ノ所有物ヲ竊取スルニ當リ其取還ヲ拒ク爲メ臨時暴行ヲ爲シタル者ハ強盜ヲ以テ論スヘキモノトス（刑法第三百八十二條）從テ其暴行ノ結果人ヲ傷シタルトキハ強盜傷人罪（刑法第三百八十條前段）ヲ構成ス
（參照）竊盜財ヲ得テ其取還ヲ拒ク爲メ臨時暴行脅迫ヲ爲シタル者ハ強盜ヲ以テ論ス（刑法第三百＄八十二條）
強盜人ヲ傷シタル者ハ無期徒期ニ處シ死ニ致シタル者ハ死刑ニ處ス（刑法第三＄百八十條）
第一審 松江地方裁判所西郷支部
第二審 廣島控訴院
右強盜傷人被告事件ニ付明治三十四年四月十日廣島控訴院ニ於テ原判决ヲ取消シ被告ヲ重懲役九年ニ處シ押收ノ證據物件ハ各所有者ニ還付シ公訴裁判費用二十三圓九十四錢ヲ被告ニ負擔セシムル旨言渡シタル判决ニ對シ被告ヨリ上告ヲ爲シタリ因テ刑事訴訟法第二百八十三條ノ式ヲ履行シ判决スルコト左ノ如シ
上告趣意書ノ要旨ハ本件棒炭ハ被告カ竊取シタルモノニアラスシテ竹山鶴造ト麥ノ取引上麥ノ代リトシテ受領スル約束ヲナシ居タル折柄清水竹三郎カ鶴造ノ炭ヲ運搬スルト聞キ同人ノ炭ト信シ之レヲ持去リタル迄ナリ又虎三郎ニ負傷セシメタルコトナク且原院ニ於テ證人訊問ノ申請ヲ採用セス單ニ證人清水竹三郎等ノ供述ノミヲ信シ被告ニ強盜ノ所爲アリト認定セラレタルハ不服ナリト云フニ在レトモ◎證人訊問ノ必要ナルヤ否ヤヲ甄別シテ其申請ヲ許否シ且證據ヲ取捨スルハ原院ノ職權ニ屬スルヲ以テ原院カ證人訊問ノ申請ヲ採用セス證人ノ證言ニ依リ被告ニ強盜ノ所爲アリト認定シタルハ不法ニアラス其他ハ原院ノ職權ニ屬スル事實ノ認定ヲ批難スルニ過キサルヲ以テ上告ノ理由トナラス
上告辯明書ノ要旨ハ原判决ニ援用シタル竹山鶴造ノ陳述ハ全ク虚僞ノ申立ニシテ本件ノ木炭ハ土江覺右衛門ノ所有ニアラスシテ鶴造ノ所有ナリトス然ルヲ清水虎次郎カ被告ヲ陷害スル爲メ鶴造覺右衛門ト相謀リ虚僞ノ申立ヲ爲サシメタルモノナリ又本件木炭カ何人ノ所有ナルヤハ姓不詳信太外六名及ヒ三島問屋ノ帳簿ヲ取調フレハ判明スヘキニ付其取調ヲ請求シタルニ原院カ之ヲ採用セス各證人ノ供述ノミニ依リ被告ノ所爲ヲ強盜ト認定シタルハ不法ノ判决ナリ又被告ハ前科アルニ拘ハラス原院カ初犯トシテ處分シタルハ違法ノ判决ナリト云フニ在レトモ◎證據調ノ程度ヲ定ムルハ原院ノ職權ニ屬スルノミナラス證據ノ取捨判斷ハ原院ノ職權ニ屬スルヲ以テ原院カ被告ノ爲シタル證據調ノ申請ヲ採用セス判文ニ列擧シタル各證人ノ供述ヲ斷證ニ供シ被告ノ所爲ヲ強盜ト認定シタルハ不法ニアラス又末段ハ被告ノ不利益ニ歸スヘキ論旨ナルヲ以テ被告ノ上告トシテハ適法ノ理由トナラス
上告辯明追申書ハ原院カ援用シタル青木吉平ノ證言ハ事實ニ相違シ信用スルニ足ラサル申立ニシテ清水虎次郎ノ教唆ヲ受ケ爲シタルモノナルニ拘ハラス原院カ之レヲ斷證ニ供シ有罪ノ判决ヲ爲シタルハ違法ナリト云フニ在レトモ◎右ハ原院ノ職權ニ屬スル事實ノ認定採證ノ當否ヲ批難スルニ過キサルヲ以テ上告ノ理由トナラス
辯護人高窪喜八上告趣意擴張申立書ハ原判决ハ法則ヲ不當ニ適用シタル違法ノ判决ナリ何トナレハ原判决事實及理由ニヨレハ被告小次郎ハ竊盜ヲナシ其盜物ノ取還ニ際シ之レヲ拒クノ目的ヲ以テ暴行ヲ爲シ其結果虎次郎ニ對シテ傷害ヲ加ヘタリトアリ而シテ原判决ハ右ノ所爲ニ對シテ刑法第三百八十條前段ノ刑ヲ適用シタリ之レ著シキ擬律ノ錯誤ニシテ全ク其適用ヲ誤リタルモノトス蓋シ刑法第三百八十條ノ罪ヲ構成スルニハ必ス其傷害者カ法律上強盜タル名稱ヲ有スル者タルコトヲ要件トスルハ敢テ今更喋々ノ辯ヲ要セサル所トス然ルニ被告ハ决シテ強盜ニアラスシテ其所爲元來竊盜ナルモ盜物取還ヲ拒ミタルニヨリテ之レヲ論スルニ強盜ヲ以テスルノミ之レヲ論スルニ強盜ヲ以テスルノ一事ニヨリ直チニ被告ヲ目シテ強盜ナリト云フコト能ハス蓋シ論スルト云フコトハ畢竟強盜ト同樣ニ看做シ之ニ同樣ノ刑ヲ科スルト云フノ義ニ止マリ决シテ其所爲本來ノ性質ヲ強盜ナリトスルモノニアラサレハナリ加之同條ノ罪ヲ構成スルニハ殺傷ヲ行フ當時ニ強盜タル名稱ノ下ニアルモノナラサル可カラサルモノナルニ被告カ暴行ヲ爲シタル當時既ニ被告ハ強盜ナル名稱ノ下ニアリタルモノナリト言フコト能ハサルコトハ殆ント辯明ヲ要セサレハナリ要之被告ノ所爲ハ強盜人ヲ傷ケタルモノト言フコト能ハス然ルニ原判决カ同條ノ規定ヲ適用シタルハ失當ナリト信スト云フニ在レトモ◎刑法第三百八十二條ニハ「竊盜財ヲ得テ其取還ヲ拒ク爲メ臨時暴行脅迫ヲ爲シタルモノハ強盜ヲ以テ論ス」トアリテ人ノ所有物ヲ竊取スルニ當リ其取還ヲ拒ク爲メ臨時暴行ヲ爲シタル者ノ強盜ナルヤ論ナキヲ以テ其暴行ノ結果人ヲ傷シタルトキハ同法第三百八十條前段ノ強盜傷人罪ヲ構成スルハ勿論ナルヲ以テ原院カ本件被告ノ所爲ニ對シ刑法第三百八十條前段ヲ適用處斷シタルハ違法ニアラス
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ從ヒ本件上告ハ之レヲ棄却ス
明治三十四年五月二十一日大審院第二刑事部公廷ニ於テ檢事奧宮正治立會宣告ス
