◎判决要旨
私訴上告申立ノ期間ハ判决言渡ノ日ヨリ三日ニシテ民事訴訟法第五十條ノ如キ特別ノ規定ナク且之ヲ準用スヘキ規定ナシ從テ右期間經過後ノ上告加入申立ハ不適法ナリ
(參照)然レトモ總テノ共同訴訟人ニ對シ訴訟ニ係ル權利關係カ合一ニノミ確定ス可キトキニ限リ左ノ規定ヲ適用ス」共同訴訟人中ノ或ル人ノ攻撃及ヒ防禦ノ方法(證據方法ヲ包含ス)ハ他ノ共同訴訟人ノ利益ニ於テ效ヲ生ス」共同訴訟人中ノ或ル人カ爭ヒ又ハ認諾セサルトキト雖モ總テノ共同訴訟人カ悉ク爭ヒ又ハ認諾セサルモノト看做ス
共同訴訟人中ノ或ル人ノミカ期日又ハ期間ヲ懈怠シタルトキハ其懈怠シタル者ハ懈怠セサル者ニ代理ヲ任シタルモノト看做ス」然レトモ懈怠シタル共同訴訟人ニハ其懈怠セサリシ場合ニ於テ爲ス可キ總テノ送達及ヒ呼出ヲ爲スコトヲ要ス其懈怠シタル共同訴訟人ハ何時タリトモ其後ノ訴訟手續ニ再ヒ加ハルコトヲ得(民事訴訟法$第五十條)
公訴私訴上告人 山木政吉
辯護人 信岡雄四郎
上告加入申立人 株式會社駿東實業銀行
右法定代理人 長倉誠一郎
私訴被上告人 山木クニ
右政吉カ私印私書僞造行使詐欺取財被告事件及ヒ之ニ附帶スル私訴ニ付明治三十三年三月十日東京控訴院ニ於テ公訴ニ付テハ原判决ヲ取消シ被告政吉ヲ重禁錮二年六月罰金貳拾圓監視六月ニ處シ押收書類ヲ差出人ニ還付シ私訴ニ付テハ民事原告人山木クニ請求ノ通リ被告政吉株式會社駿東實業銀行間ノ地所抵當登記及ヒ被告政吉加藤直吉間ノ地所家屋抵當登記ノ取消ヲ命シ私訴費用ヲ被告政吉外共同被告間ニ分擔セシムル旨ヲ言渡シタル判决ニ對シ被告政吉ヨリ上告ヲ爲シ又長倉誠一郎ハ本件私訴ニ關スル原判决ニ依レハ本件ハ政吉ト駿東實業銀行トニ對シ權利關係カ合一ニ確定スヘキ事件ナルコト甚タ明カナルヲ以テ民事訴訟法第五十條第四項ノ規定及ヒ法理上當然ノ論結ニ依リ上告期間經過後ト雖モ政吉ノ私訴上告ニ加入シ得ヘシトノ理由ヲ以テ明治三十三年四月五日其申立ヲ爲シタリ因テ刑事訴訟法第二百八十三條ノ式ヲ履行シ判决スル左ノ如シ
被告政吉ノ公訴上告趣意ハ被告ハ私印私書僞造行使詐欺取財ヲ爲シタルコトナキニ原院ハ其罪アリトセラレ又改印抵當ハ山木クニノ承諾シタルモノナルコト證據上明白ナルニ原院カ之ヲ反對ニ斷セラレタルハ違法ナリト云フニ在レトモ◎右ハ原院ノ職權ニ屬スル事實ノ認定採證ノ當否ヲ論爭スルニ過キサルヲ以テ上告適法ノ理由ナシ
辯護人信岡雄四郎ノ擴張書第一點ハ原判决中「第三被告ハ亦山木クニノ承諾ヲ經ス云々山木クニ名下其他要部ニ前記僞造印ヲ押捺シ云々」又「第四被告ハ亦々前同樣山木クニノ承諾ヲ經ス云々同人名下其他要部ニ前記僞造印ヲ押捺シ云々」ト掲ケ其證憑ノ部ニ「以上第一乃至第四ノ事實ニ就テハ山木クニノ依頼若クハ承諾ヲ經タルニアラスシテ被告カ擅ニ爲シタル行爲ナリトノ點ヲ除キ其他ハ總テ被告ノ當公廷ニ於ケル其旨ノ自供ニ依リ明確ナリ」ト示サレタリ左スレハ被告カ自ラ山木クニノ印(原判决ノ僞造印ト認定シタルモノ)ヲ押捺シタル事實モ亦被告ノ自供アルニ似タリ然ルニ原院公判始末書ヲ査閲スルニ被告ハ第三ノ事實ニ關シテハ「印ハクニニ押シテ貰ヒ云々」「クニ方ニ於テ同人ニ押捺シテ貰ツタノテス」ト申立又第四ノ事實ニ關シテハ「クニニ印ヲ押サシタノテス「クニノ宅ニ參リ押シテ貰ッタノテス「夫レカラクニニ印ヲ押シテ貰ッタノテス」ト申立第三及第四ノ事實ニ就テハ獨リ山木クニノ承諾アリシノミナラス捺印モ亦同人カ之ヲ爲シタリト供述セルコト頗ル明ナリ右ハ理由ノ齟齬ニシテ且ツ刑事訴訟法第二百三條ニ違背シタル不法ノ判决ナリト云フニ在レトモ◎原判决ニ「以上第一乃至第四ノ事實ニ就テハ山木クニノ依頼若クハ承諾ヲ經タルニアラスシテ被告カ擅ニ爲シタル行爲ナリトノ點ヲ除キ其他ハ云々」ト説明シタルハ則チ被告ニ於テ擅ニ爲シタル行爲ニアラスシテクニノ依頼若クハ承諾ニ由リテ爲シタル行爲ナル旨抗辯シタル事實ヲ明示シタルモノナレハ其クニカ捺印シタリトノ陳述ノ如キハ固ヨリ原院ノ認ムル所ニシテ被告ニ於テ自ラ捺印シタルコトヲ自供セル旨ヲ説示シタルニ非サルコトハ原判文上自カラ明瞭ナルヲ以テ原判决ハ所論ノ如キ違法ナシ
第二點ハ原判决ハ第三ノ事實ニ就キ「其他自己所有ノ市街宅地二筆建家一棟土藏一棟ヲ抵當トナシ云云」ト示シ被告カ加藤直吉ニ對シテ抵當トナシタル不動産中ニハ被告ノ所有物ヲ包含スルコトヲ認定シタリ然レハ右借用證書中被告ノ所有物ヲ抵當トナシタル點ニ就テハ私書僞造行使ノ罪モ詐欺取財ノ罪モ共ニ成立スルコトナキハ固ヨリ論ヲ俟タス然ルニ原院カ毫モ此區別ヲ認メス法律適用ノ部ニ於テモ「右第二乃至第四ニ掲ケタル借用證書ヲ僞造行使シタル各所爲ハ何レモ同法第二百十條第一項第二百十二條ニ」ト判决シ右借用證書全部カ僞造ナル事ヲ斷定シ又右證書記載ノ金額タル千二百圓ヲ加藤直吉ヨリ騙取シタルモノト認メタルハ理由ノ齟齬ニシテ又裁判ニ理由ヲ附セサルモノト謂フヘキナリト云フニ在レトモ◎原判决ノ認ムル所ニ依レハ被告ハ擅ニ山木クニノ所有地所建物ヲ抵當トナシ同人ヲ以テ抵當貸主兼保證人ト爲シタル金錢借用證書ヲ作成シ之ヲ以テ加藤直吉ヲ欺キ金錢ヲ騙取シタル事實ナレハ右抵當中ニ自己所有ノ地所建物ヲ加ヘタレハトテ其借用證書ノ僞造タルヘキハ勿論且直吉ヨリ受取リタル金千二百圓ハ欺罔ノ結果之ヲ得タルモノナレハ全部之ヲ騙取シタルモノト云ハサルヘカラス故ニ原判决ハ所論ノ如キ不法ノ判决ニアラス
第三點ハ原院檢事ハ第一審判决カ第五(第六ノ誤ナラン)ノ事實ニ就キ判决主文ニ於テ無罪ヲ言渡サヽリシハ違法ナリト論告シタルニ原院カ此點ニ就キ何等ノ説明判决ヲモ與ヘサルハ請求ヲ受ケタル事項ヲ判决セサルモノニシテ少クトモ裁判ニ理由ヲ付セサル違法アリト信スト云フニ在レトモ◎第一審判决書ニ第六トシテ掲ケタル點ハ同審ニ於テ無罪ノ判决ヲ爲シタルモノニシテ被告ノ控訴中ニ包含セス而シテ原院公判始末書ヲ閲スルニ檢事ハ右ノ點ニ付別ニ控訴ヲ爲シテ判决ヲ求メタルニアラスシテ單ニ意見ヲ陳述シタルニ過キサルヲ以テ原院カ之ニ對シ説明ヲ爲シ判决ヲ與ヘサルモ不法トセス
第四點ハ山木クニ第一回豫審調書ヲ査閲スルニ「於茲判事ハ山木政吉ノ云々被告事件ニ付キ事實參考ノ爲メ訊問スル旨ヲ告ケ宣誓セシメタリ」トアルカ故ニ同人ヲシテ宣誓セシメタルコト明ナルニ宣誓書ノ附添ナキハ違法ナリ且ツ刑事訴訟法第百二十三條ニ該當スルモノニハ宣誓ヲ命スルコトヲ得サルハ同條ノ明ニ規定スル所ナルニ參考人タル山木クニニ宣誓ヲ爲サシメタルハ違法ナリト謂ハサル可カラス然ルニ原院カ同人ノ豫審調書ヲ證據トシテ採用シタルハ不法ナリト云フニ在レトモ◎右山木クニノ調書ニハ事實參考ノ爲メ訊問スル旨記載アルノミナラス宣誓書ノ添附ナキニ依レハ宣誓セシメタルニ非サルヤ明カナリトス故ニ調書中宣誓セシメタリトアルハ誤記ニ係ルコト固ヨリ疑ヲ容レサルヲ以テ之カ爲メ該調書ヲ違法ナリト云フヘカラス隨テ原院カ之ヲ證據トシテ採用シタルモ不法トセス
第五點ハ證人岡野喜太郎ハ明治三十二年十月二十日豫審判事ノ取調ヲ受ケタルモノナルコトハ同人豫審調書ノ冐頭ニ於テ之ヲ認ムルコトヲ得ヘシ然ルニ其宣誓書ハ同年同月二十一日ニ於テ作成セラレタルモノナルコトハ其日附ニヨリ明カナリ左スレハ同人ノ宣誓書ハ取調ノ翌日作成セラレタルモノニシテ果シテ本件ニ付之ヲ爲シタルモノナルヤ否ヲ知ルニ由ナシ殊ニ宣誓書ニハ被告人ノ氏名及件名ヲ記載セス且ツ調書ト宣誓書トノ間ニ契印ナキヲ以テ益本件ノ宣誓書ナリト斷定スルコトヲ得ス隨テ之ヲ日附ノ誤記ナリトスルハ甚タ不當ナリト信ス然ルニ原院カ此違法無效ナル豫審調書ヲ判决ノ資料ニ供シタルハ不法ナリト云フニ在レトモ◎訴訟記録ヲ査閲スルニ證人岡野喜太郎ニ對スル呼出状ニハ明治三十二年十月二十一日裁判所ニ出頭スヘキ旨記載シアリテ調書ニ添附セル同人ノ宣誓書亦同日附ナルニ參照スレハ其調書ニ二十日トアルハ二十一日ノ誤記ナルコト固ヨリ明瞭ナレハ之ヲ以テ取調ノ翌日宣誓セシメタルト云フヲ得サルハ勿論又宣誓書ニハ被告人ノ氏名件名等ヲ記載スヘシトノ規定ナク且調書ト宣誓書トノ間ニ契印ナキモ既ニ調書ニ添附シアルニ依レハ其調書ニ記載シタル訊問ヲ受クルニ際シ宣誓シタルコト疑ヒナキヲ以テ本論旨亦相立タス
第六點ハ原判决ニ參與シタル判事大熊米太郎氏ハ東京控訴院判事ニ非サルコト明ナルニ判决原本ニ代理ノ肩書モナク宛モ控訴院判事ノ如クニシテ判决ヲ爲シタルハ違法ナリト云フニ在レトモ◎控訴院判事差支アル場合ニ於テ地方裁判所判事ヲシテ代理セシムルヲ得ルハ裁判所構成法第三十六條ノ規定スル所ナリ而シテ判决原本ニ特ニ代理ナル旨ヲ記載スヘシトノ規定ナケレハ之ヲ記載セサルモ固ヨリ不法トセス
被告政吉ノ私訴上告趣意ハ公訴上告ト同一ノ理由ニ依リ私訴判决モ亦破毀セラルヘキモノナリト云フニ在レトモ◎公訴上告趣意ノ理由ナキコト前説明ノ如クナルヲ以テ私訴上告趣意トシテモ亦其理由ナキモノトス
辯護人ノ私訴ニ關スル擴張書ハ登記ノ取消ハ私訴ノ目的トナルヘキモノニ非ス刑事訴訟法第二條ニ曰ク「私訴ハ犯罪ニ因リ生シタル損害ノ賠償贓物ノ返還ヲ目的トスルモノニシテ民法ニ從テ被害者ニ屬ス」ト而シテ登記ノ取消カ損害賠償ニ非ス又贓物ノ返還ニモ非サルコト甚タ明ナリ或ハ之ヲ損害賠償ノ一部ナリト論スル者アレトモ損害賠償ハ既ニ生シタル損害ヲ填補スルノ謂ヒナルニ登記ノ取消ハ則チ損害未生以前ノ原状ニ回復スルモノナルヲ以テ之ヲ損害賠償ナリト論定スルコト能ハサルハ殆ト疑ヲ容レス且ツ民法第四百十七條ニ依レハ損害賠償ハ別段ノ意思表示ナキトキハ金錢ヲ以テ其額ヲ定ムヘキモノナリ而シテ私訴ハ民法ニ從フヘキモノナルカ故ニ之ヲ損害賠償ト云フヘカラサルコト益々明確ナリ然ルニ原院カ抵當登記取消ノ請求ヲ私訴トシテ受理審判シタルハ違法ナリ其他ハ總テ公訴上告趣意擴張書ヲ援用スト云フニ在レトモ◎損害賠償ハ必スシモ金錢ニ限ルモノニ非ス而シテ本件抵當登記取消ノ如キハ則チ損害回復ノ手段ナレハ損害賠償ノ一方法ニ外ナラサルヲ以テ私訴トシテ請求シ得ヘキモノナリ故ニ原院カ其請求ヲ受理審判シタルハ違法ニアラス其他公訴上告趣意ノ理由ナキコトハ前説明ノ如クナルヲ以テ重ネテ説明セス長倉誠一郎ノ上告加入申立ニ付審案スルニ刑事訴訟法第二百七十一條ニ上告申立ノ期間ハ判决言渡アリタル日ヨリ三日トストアリテ民事訴訟法第五十條ノ如キ特別ノ規定ナク且之ヲ準用スヘキ規定モ亦之アルコトナシ而シテ右加入申立ハ上告期間經過後ニ係ルヲ以テ其申立ハ不適法ナリトス
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ本件被告政吉ノ公私訴ノ上告及長倉誠一郎ノ上告加入申立ハ總テ之ヲ棄却ス
私訴費用ハ上告人政吉ノ負擔トス但上告加入申立ニ關スル費用ハ申立人タル誠一郎ニ於テ之ヲ負擔スヘシ
明治三十三年四月九日大審院第二刑事部公廷ニ於テ檢事岩野新平立會宣告ス
◎判決要旨
私訴上告申立の期間は判決言渡の日より三日にして民事訴訟法第五十条の如き特別の規定なく、且、之を準用すべき規定なし。
従て右期間経過後の上告加入申立は不適法なり。
(参照)。
然れども総ての共同訴訟人に対し訴訟に係る権利関係が合一にのみ確定す可きときに限り左の規定を適用す」共同訴訟人中の或る人の攻撃及び防禦の方法(証拠方法を包含す)は他の共同訴訟人の利益に於て効を生ず。」共同訴訟人中の或る人が争ひ又は認諾せざるときと雖も総ての共同訴訟人が悉く争ひ又は認諾せざるものと看做す。
共同訴訟人中の或る人のみか期日又は期間を懈怠したるときは其懈怠したる者は懈怠せざる者に代理を任じたるものと看做す。」。
然れども懈怠したる共同訴訟人には其懈怠せざりし場合に於て為す可き総ての送達及び呼出を為すことを要す。
其懈怠したる共同訴訟人は何時たりとも其後の訴訟手続に再ひ加はることを得。
(民事訴訟法$第五十条)
公訴私訴上告人 山木政吉
弁護人 信岡雄四郎
上告加入申立人 株式会社駿東実業銀行
右法定代理人 長倉誠一郎
私訴被上告人 山木くに
右政吉が私印私書偽造行使詐欺取財被告事件及び之に附帯する私訴に付、明治三十三年三月十日東京控訴院に於て公訴に付ては原判決を取消し被告政吉を重禁錮二年六月罰金弐拾円監視六月に処し押収書類を差出人に還付し私訴に付ては民事原告人山木くに請求の通り被告政吉株式会社駿東実業銀行間の地所抵当登記及び被告政吉加藤直吉間の地所家屋抵当登記の取消を命じ私訴費用を被告政吉外共同被告間に分担せしむる旨を言渡したる判決に対し被告政吉より上告を為し又長倉誠一郎は本件私訴に関する原判決に依れば本件は政吉と駿東実業銀行とに対し権利関係が合一に確定すべき事件なること甚た明かなるを以て民事訴訟法第五十条第四項の規定及び法理上当然の論結に依り上告期間経過後と雖も政吉の私訴上告に加入し得べしとの理由を以て明治三十三年四月五日其申立を為したり。
因で刑事訴訟法第二百八十三条の式を履行し判決する左の如し
被告政吉の公訴上告趣意は被告は私印私書偽造行使詐欺取財を為したることなきに原院は其罪ありとせられ又改印抵当は山木くにの承諾したるものなること証拠上明白なるに原院が之を反対に断せられたるは違法なりと云ふに在れども◎右は原院の職権に属する事実の認定採証の当否を論争するに過ぎざるを以て上告適法の理由なし。
弁護人信岡雄四郎の拡張書第一点は原判決中「第三被告は亦山木くにの承諾を経す云云山木くに名下其他要部に前記偽造印を押捺し云云」又「第四被告は亦亦前同様山木くにの承諾を経す云云同人名下其他要部に前記偽造印を押捺し云云」と掲げ其証憑の部に「以上第一乃至第四の事実に就ては山木くにの依頼若くは承諾を経たるにあらずして被告が擅に為したる行為なりとの点を除き其他は総で被告の当公廷に於ける其旨の自供に依り明確なり。」と示されたり左すれば被告が自ら山木くにの印(原判決の偽造印と認定したるもの)を押捺したる事実も亦被告の自供あるに似たり。
然るに原院公判始末書を査閲するに被告は第三の事実に関しては「印はくにに押して貰ひ云云」「くに方に於て同人に押捺して貰ったのでず」と申立又第四の事実に関しては「くにに印を押さしたのでず「くにの宅に参り押して貰ったのでず「夫れからくにに印を押して貰ったのでず」と申立第三及第四の事実に就ては独り山木くにの承諾ありしのみならず捺印も亦同人が之を為したりと供述せること頗る明なり。
右は理由の齟齬にして且つ刑事訴訟法第二百三条に違背したる不法の判決なりと云ふに在れども◎原判決に「以上第一乃至第四の事実に就ては山木くにの依頼若くは承諾を経たるにあらずして被告が擅に為したる行為なりとの点を除き其他は云云」と説明したるは則ち被告に於て擅に為したる行為にあらずしてくにの依頼若くは承諾に由りて為したる行為なる旨抗弁したる事実を明示したるものなれば其くにか捺印したりとの陳述の如きは固より原院の認むる所にして被告に於て自ら捺印したることを自供せる旨を説示したるに非ざることは原判文上自から明瞭なるを以て原判決は所論の如き違法なし。
第二点は原判決は第三の事実に就き「其他自己所有の市街宅地二筆建家一棟土蔵一棟を抵当となし云云」と示し被告が加藤直吉に対して抵当となしたる不動産中には被告の所有物を包含することを認定したり。
然れば右借用証書中被告の所有物を抵当となしたる点に就ては私書偽造行使の罪も詐欺取財の罪も共に成立することなきは固より論を俟たず。
然るに原院が毫も此区別を認めず法律適用の部に於ても「右第二乃至第四に掲げたる借用証書を偽造行使したる各所為は何れも同法第二百十条第一項第二百十二条に」と判決し右借用証書全部が偽造なる事を断定し又右証書記載の金額たる千二百円を加藤直吉より騙取したるものと認めたるは理由の齟齬にして又裁判に理由を附せざるものと謂ふべきなりと云ふに在れども◎原判決の認むる所に依れば被告は擅に山木くにの所有地所建物を抵当となし同人を以て抵当貸主兼保証人と為したる金銭借用証書を作成し之を以て加藤直吉を欺き金銭を騙取したる事実なれば右抵当中に自己所有の地所建物を加へたればとて其借用証書の偽造たるべきは勿論、且、直吉より受取りたる金千二百円は欺罔の結果之を得たるものなれば全部之を騙取したるものと云はざるべからず。
故に原判決は所論の如き不法の判決にあらず。
第三点は原院検事は第一審判決が第五(第六の誤ならん)の事実に就き判決主文に於て無罪を言渡さざりしは違法なりと論告したるに原院が此点に就き何等の説明判決をも与へざるは請求を受けたる事項を判決せざるものにして少くとも裁判に理由を付せざる違法ありと信ずと云ふに在れども◎第一審判決書に第六として掲げたる点は同審に於て無罪の判決を為したるものにして被告の控訴中に包含せず。
而して原院公判始末書を閲するに検事は右の点に付、別に控訴を為して判決を求めたるにあらずして単に意見を陳述したるに過ぎざるを以て原院が之に対し説明を為し判決を与へざるも不法とせず
第四点は山木くに第一回予審調書を査閲するに「於茲判事は山木政吉の云云被告事件に付き事実参考の為め訊問する旨を告げ宣誓せしめたり。」とあるが故に同人をして宣誓せしめたること明なるに宣誓書の附添なきは違法なり。
且つ刑事訴訟法第百二十三条に該当するものには宣誓を命ずることを得ざるは同条の明に規定する所なるに参考人たる山木くにに宣誓を為さしめたるは違法なりと謂はざる可からず。
然るに原院が同人の予審調書を証拠として採用したるは不法なりと云ふに在れども◎右山木くにの調書には事実参考の為め訊問する旨記載あるのみならず宣誓書の添附なきに依れば宣誓せしめたるに非ざるや明かなりとす。
故に調書中宣誓せしめたりとあるは誤記に係ること固より疑を容れざるを以て之が為め該調書を違法なりと云ふべからず。
随で原院が之を証拠として採用したるも不法とせず
第五点は証人岡野喜太郎は明治三十二年十月二十日予審判事の取調を受けたるものなることは同人予審調書の冒頭に於て之を認むることを得べし。
然るに其宣誓書は同年同月二十一日に於て作成せられたるものなることは其日附により明かなり。
左すれば同人の宣誓書は取調の翌日作成せられたるものにして果して本件に付、之を為したるものなるや否を知るに由なし。
殊に宣誓書には被告人の氏名及件名を記載せず且つ調書と宣誓書との間に契印なきを以て益本件の宣誓書なりと断定することを得ず。
随で之を日附の誤記なりとするは甚た不当なりと信ず。
然るに原院が此違法無効なる予審調書を判決の資料に供したるは不法なりと云ふに在れども◎訴訟記録を査閲するに証人岡野喜太郎に対する呼出状には明治三十二年十月二十一日裁判所に出頭すべき旨記載しありて調書に添附せる同人の宣誓書亦同日附なるに参照すれば其調書に二十日とあるは二十一日の誤記なること固より明瞭なれば之を以て取調の翌日宣誓せしめたると云ふを得ざるは勿論又宣誓書には被告人の氏名件名等を記載すべしとの規定なく、且、調書と宣誓書との間に契印なきも既に調書に添附しあるに依れば其調書に記載したる訊問を受くるに際し宣誓したること疑ひなきを以て本論旨亦相立たず
第六点は原判決に参与したる判事大熊米太郎氏は東京控訴院判事に非ざること明なるに判決原本に代理の肩書もなく宛も控訴院判事の如くにして判決を為したるは違法なりと云ふに在れども◎控訴院判事差支ある場合に於て地方裁判所判事をして代理せしむるを得るは裁判所構成法第三十六条の規定する所なり。
而して判決原本に特に代理なる旨を記載すべしとの規定なければ之を記載せざるも固より不法とせず
被告政吉の私訴上告趣意は公訴上告と同一の理由に依り私訴判決も亦破毀せらるべきものなりと云ふに在れども◎公訴上告趣意の理由なきこと前説明の如くなるを以て私訴上告趣意としても亦其理由なきものとす。
弁護人の私訴に関する拡張書は登記の取消は私訴の目的となるべきものに非ず刑事訴訟法第二条に曰く「私訴は犯罪に因り生じたる損害の賠償贓物の返還を目的とするものにして民法に。
従て被害者に属す」と。
而して登記の取消が損害賠償に非ず又贓物の返還にも非ざること甚た明なり。
或は之を損害賠償の一部なりと論する者あれども損害賠償は既に生じたる損害を填補するの謂ひなるに登記の取消は則ち損害未生以前の原状に回復するものなるを以て之を損害賠償なりと論定すること能はざるは殆と疑を容れず且つ民法第四百十七条に依れば損害賠償は別段の意思表示なきときは金銭を以て其額を定むべきものなり。
而して私訴は民法に従ふべきものなるが故に之を損害賠償と云ふべからざること益益明確なり。
然るに原院が抵当登記取消の請求を私訴として受理審判したるは違法なり。
其他は総で公訴上告趣意拡張書を援用すと云ふに在れども◎損害賠償は必ずしも金銭に限るものに非ず。
而して本件抵当登記取消の如きは則ち損害回復の手段なれば損害賠償の一方法に外ならざるを以て私訴として請求し得べきものなり。
故に原院が其請求を受理審判したるは違法にあらず。
其他公訴上告趣意の理由なきことは前説明の如くなるを以て重ねて説明せず長倉誠一郎の上告加入申立に付、審案するに刑事訴訟法第二百七十一条に上告申立の期間は判決言渡ありたる日より三日とすとありて民事訴訟法第五十条の如き特別の規定なく、且、之を準用すべき規定も亦之あることなし、而して右加入申立は上告期間経過後に係るを以て其申立は不適法なりとす。
右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条に依り本件被告政吉の公私訴の上告及長倉誠一郎の上告加入申立は総で之を棄却す
私訴費用は上告人政吉の負担とす。
但上告加入申立に関する費用は申立人たる誠一郎に於て之を負担すべし。
明治三十三年四月九日大審院第二刑事部公廷に於て検事岩野新平立会宣告す