私擅監禁飮食屏去ノ件
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大審院刑事判決録（刑録）6輯4巻12頁
明治三十三年れ第三七二號
明治三十三年四月五日宣告
◎判决要旨
刑法第三百二十三條ニ所謂「監禁制縛」トハ監禁若クハ制縛ノ法意ナリ
（參照）擅ニ人ヲ監禁制縛シテ毆打拷責シ又ハ飮食衣服ヲ屏去シ其他苛刻ノ所爲ヲ施シタル者ハ二月以上二年以下ノ重禁錮ニ處シ三圓以上三十圓以下ノ罰金ヲ附加ス（刑法第三百二十三條）
第一審 甲府地方裁判所
第二審 東京控訴院
右兩名ニ對スル私擅監禁飮食屏去因テ人ヲ疾病ニ致シタル被告事件ノ控訴ニ付明治三十三年三月十五日東京控訴院ニ於テ原判决ハ之ヲ取消ス被告兩名ヲ各重禁錮三月罰金十圓ニ處ス押收ノ郵便端書ハ差出人ニ還付ス公訴裁判費用ハ被告ノ負擔トスト言渡シタル判决ニ對シ被告兩名ヨリ上告ヲ爲シタリ因テ刑事訴訟法第二百八十三條ノ式ヲ履行シ判决スルコト左ノ如シ
被告兩名辯護人小川平吉上告趣意書ハ本件ニ付東京控訴院カ與ヘタル判决ハ事實ノ認定ヲ誤リ不法ニ法律ヲ適用シタル違法アリト云フニ在レトモ◎諸般ノ證憑ヲ綜合シテ事實ノ認定ヲ爲スハ原院ノ職權ニ屬スルヲ以テ原院ハ其判文ニ列擧セル諸般ノ證憑ヲ綜合シテ被告ハ雇人ハルヲ二日間擅ニ自家土藏内穀船ト稱スル箱ノ中ニ監禁シ其飮食物ヲ屏去シタル所爲アルモノト認メ其事實ニ對シ刑法第三百二十三條ヲ適用シタルモノニシテ毫モ違法ノ廉アルコトナシ
辯護人上告趣意擴張書ノ要旨第一ハ原判决ハ大屋ハル及ヒ被告ヤスノ供述ニ依リ本件事實ヲ認定シタレトモハルノ供述ニハ三日間監禁セラレタリトアリ又ヤスノ供述ニハハルカ土藏内ニ入リ居リシハ
二日間ナリトアリテ右二人ノ供述異ナリタルニ拘ハラス之ヲ證據ニ採リタルハ則チ裁判ノ理由ニ齟齬アル不法ノ裁判ナリ又ハルノ供述ニ三日間トアルモ何ヲ以テ二日間ト認定シタルヤ其理由明カナラス是レ刑事訴訟法第二百三條ニ反シタル不法ノ裁判ナリト云フニアレトモ◎諸般ノ證憑ヲ綜合シテ事實ヲ認ムルハ原院ノ職權ニ屬スルヲ以テ原院ハ大屋政次郎同ハル被告坊太郎ノ豫審調書竝ニ被告ヤスノ供述等ヲ綜合シテ被告カハルヲ監禁シ其飮食物ヲ屏去シタルハ明治三十二年六月二十三日二十四日ノ兩日間ナリト認定シタルモノニシテ其事實ヲ認メタル理由ハ之ヲ明示アルノミナラスハル及ヤスノ供述ニ多少異ナル所アリトスルモ之ヲ以テ理由ニ齟齬アリト云フヲ得ス』第二ハ刑事訴訟法第二百三條ノ精神ハ攻撃防禦ノ方法ヲモ包括スルノ意ニシテ重要ナル被告ノ主張及ヒ證據ニ對シテハ之ヲ排斥スルノ理由ヲモ説明セサルヘカラス本件ニ於テ大屋ハルハ精神病ヲ發シ發作ノ際ハ常ニ眠ヲ貪リ自カラ土藏内ニ入リ眠リタルモノナリト主張シ其證據トシテ證人志村友太郎參考人小林マサ同中野マサノ陳述及ハルノ陳述ノ幾部等歴々トシテ見ルヘキ確證ノ在ルニ拘ハラス原院カ是等利益ノ證據ニ付説明ヲ下スコトナク恰モ法廷ニ見ハレサリシモノヽ如ク單ニ有罪的證據ノミニ基キ判决ヲ下シタルハ違法ナリト云フニ在レトモ◎刑事訴訟法第二百三條第一項ハ刑ノ言渡シヲ爲スニハ罪トナルヘキ事實及ヒ之ヲ認メタル證憑ヲ明示スヘシトノ規定ニシテ攻撃防禦ノ方法ニ對シテモ是カ説明ヲ爲スヘシトノ法意ニアラサルヲ以テ原院カ罪ト爲ルヘキ事實及之ヲ認メタル證憑ヲ明示シタル上ハ被告ノ主張并ニ其主張ニ關スル證據ニ對シ説明ヲ與ヘサルモ違法ニアラス』第三ハ原判决ハ證據ヲ列記シタル後單ニ「以上列記ノ各證ヲ綜合シ其證憑ハ充分ナリトス」トノミ説明シタルハ刑事訴訟法第二百三條ノ「之ヲ認メタル理由ヲ明示シ」ト云ヘル規定ニ反シタル違法アルモノナリト云フニアレトモ◎原判文ヲ閲スルニ原院ハ其援用シタル各證憑ノ内容ヲ掲ケテ其理由ヲ明示シタル上其末文ニ右論結ヲ爲シタルモノナレハ刑事訴訟法第二百三條ノ規定ニ違背シタリト云フヲ得ス』第四ハ第一審判决原本ニ官署ノ契印ナキハ刑事訴訟法第二十條ニ反シタルモノニシテ判决原本タル效ナキモノナルニ原院カ之ヲ不問ニ付シタルハ違法ナリト云フニ在レトモ◎原院カ第一審判决ニ一ノ瑕瑾アルコトヲ認メ既ニ之ヲ取消シタル上ハ該判决ニ縱シ論旨ノ如キ違法ノ廉アリトスルモ之カ説明ヲ與フルノ要ナキヲ以テ本論旨ハ相立タス』第五ハ刑法第三百二十三條ニハ「監禁制縛シテ」トアルヲ以テ原院カ本件ノ如ク單ニ監禁ノミヲ爲シタル場合ニ該條ヲ適用シタルハ擬律ノ錯誤ナリト云フニ在レトモ◎刑法第三百二十三條ニ「監禁制縛シ」トアルハ「監禁若クハ制縛シテ」トノ律意ナルヲ以テ原院カ本件事實ニ對シ該條ヲ適用シタルハ擬律ノ錯誤ニアラス
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ本件上告ハ之ヲ棄却ス
明治三十三年四月五日大審院刑事第二部公廷ニ於テ檢事古賀廉造立會宣告ス
