強盜殺人ノ件

平易表示にする 原文表示にする

大審院刑事判決録（刑録）5輯5巻83頁

甚三郎弁護人上原鹿造上告理由拡張書第一点は控訴事件に付ては控訴裁判所は公判開廷の際必す訴訟関係人を呼出すべきものなるにも拘はらず原院は本件に関しては第二回の公判開廷に際し弁護人に呼出状を発せざりしは訴訟手続に違背したる不法なりと云ふ[いう]にあり◎依て訴訟記録を検するに原院に於ては本件被告藤北安次郎の弁護人として弁護士梅田壮二を官撰し被告川合甚三郎は別に弁護士竹中鶴次郎を官撰し明治三十一年四月十二日附を以て其旨原院へ届出てたる書面ありて其後竹中の弁護人たることを解任したる事跡ある事なければ竹中は依然甚三郎の弁護人たりしものと為さざるべからず。 而して[しこうして]明治三十二年二月三日に至り被告安次郎より「自分儀強盗殺人被告事件に付き弁護士竹中鶴次郎を官撰被成下居候処本人病気に付き更に弁護士官撰被成下度此段奉願候也」との願書あるも前掲の如く竹中は甚三郎の弁護人にして安次郎の弁護人にあらせれば右安次郎の書面は甚三郎に対し何等の関係なき者なるに原院に於て同月七日弁護士柿崎欽吾を以て甚三郎の弁護人に官撰し続で第二回公判開廷の際竹中を呼出す事を為さずして柿崎欽吾のみを呼出し審理を遂けたるは刑事訴訟法第二百五十七条に違背したる者にして原判決は破毀すべき者とす。 既に此点に付、甚三郎に関する原判決を破毀する上は同人の他の上告論旨に対し一一説明するの必要なし。

安次郎上告趣意は被告は川合甚三郎と共に本件の罪を犯したる事なし。 然るに原院に於て被告を以て右甚三郎の共犯者と認め刑法第三百八十条に依て処断したるは不法なりと云ふ[いう]にあれども◎事実の認定を為すは原院の職権に属するを以て其認定を批難して上告の理由と為すを得ず。』弁護士平井恒之助上告趣意拡張書は上告人川合甚三郎上告拡張論旨第三点（同弁護士拡張書第二点の誤りならん」に演述する如く本件第二審公判の際には甚三郎の弁護人立会なし。 而して[しこうして]右は重罪裁判所を構成せざる違法ある者にして共犯人たる上告人安次郎に対しても又裁判を構成せざる違法ある者と思料すと云ふ[いう]にあり。 而して[しこうして]右甚三郎弁護士拡張書第二点は重罪事件に関しては必す弁護人を付し事件に立会はしめざるべからず。 然るに本件に関しては第一回の公判には弁護人を立会はしめたるも第二回続行期日には弁護

人の立会なくして公判を進行したるは刑事訴訟法第二百五十七条に違背したる不法ありと云ふ[いう]にあり◎因で審案するに原院に於て甚三郎弁護人として柿崎欽吾を官撰し之をして公判に立会はしめたる事は前掲甚三郎弁護人上告理由拡張書第一点に対し述べたる如くなれば原判決の瑕瑾は只甚三郎が専ら撰定したる弁護人竹中鶴次郎を呼出さざりしにあり即弁護人なくして重罪の公判を開き裁判構成を欠きたるにあらず。 仮りに甚三郎に付ては全く弁護人なかりしものとするも安次郎に付ては弁護人梅田壮二が出席して審理を受けたるものなれば安次郎に対する審判は毫も[ごうも]瑕瑾ある事なきを以て本論旨は不相立

右の理由により安次郎の上告に付ては刑事訴訟法第二百八十五条に従ひ之を棄却す甚三郎の上告に付ては同法第二百八十条に従ひ原判決甚三郎に関する部分を破毀し之を名古屋控訴院に移す

明治三十二年五月二十三日大審院第二刑事部公廷に於て検事奥宮正治立会宣告す