誣告ノ件
平易表示にする
大審院刑事判決録（刑録）5輯1巻38頁
明治三十一年第一二六一號
明治三十二年一月二十七日宣告
◎判决要旨
押收手續ノ違法ナルト否トニ拘ラス法廷ニ顯ハレタル物件ヲ採テ斷罪ノ資料ニ供スルハ事實裁判所ノ職權ニ屬ス
第一審 盛岡地方裁判所
第二審 宮城控訴院
被告人 篠崎仁太郎
辯護人 田澤鎭太郎
右誣告被告事件ニ付明治三十一年十二月八日宮城控訴院ニ於テ言渡シタル判决ニ對シ被告ハ上告ヲ爲シタルニ依リ刑事訴訟法第二百八十三條ノ定式ヲ履行シ判决スル左ノ如シ
上告趣意第一點ハ原告ニ於テ被告ハ山本松之助ニ恨ミアリテ前田熊藏ノ名ヲ籍リテ岩手縣警察署ニ郵便ヲ以テ松之助ニ對スル告訴状ヲ呈出シ私書僞造行使及ヒ誣告罪ヲ犯シタリト認定セラレタルモ被告ハ元來此行爲ニ關與セス又假ニ原院ノ認定シタル如キ事實アリトスルモ司法省ノ達ニ裁判ニ係ル書類ヲ郵便ニテ差出スモノハ燒棄スヘシトアレハ即郵便ニテ差出シタル本件ノ告訴状ハ無效ナルヲ以テ誣告罪ヲ構成セス然ルニ原判决ニ有罪ト認メタルハ違法ナリト云フニ在リ◎然レトモ人民ヨリ警察署ニ差出ス書面ヲ郵便ニ付スルコトハ之ヲ禁スル規定ナキヲ以テ本件ノ告訴状ハ郵便ニ付シテ提出シタル故ヲ以テ無效ト爲スヘキモノニアラス上告論旨ニ所謂司法省違ハ裁判所ニ提出スル訴訟書類ニ關スルモノナルヲ以テ警察署ニ差出シタル本件告訴状ニ關スル論旨ニ付テハ右司法省達ノ效力如何ハ之レヲ説明スルノ要ナシ要スルニ本件ノ事實ハ誣告罪ヲ構成セストノ論旨ハ適法ノ理由ナシ又被告ハ本件ノ事實ニ關與セストノ論旨ハ原院ノ職權ニ屬スル事實ノ認定ヲ批難スルニ過キサルヲ以テ上告ノ理由ト爲スヲ得ス』第二點ハ告訴状ハ前田熊藏ノ名ヲ以テ差出シタルモノナレハ假リニ其告訴ハ被告カ爲シタルモノトスルモ告訴ノ效ナシ故ニ原判决ハ違法ナリト云フニ在リ◎然レトモ自己ノ名ヲ以テスルト他人ノ名ヲ以テスルトヲ論セス苟クモ人ヲ罪ニ陷ルヽノ目的ヲ以テ犯罪タルヘキ無實ノ事ヲ當該官廳ニ告クルトキハ即誣告罪ヲ構成スヘク必スシモ告訴ノ形式ヲ備フルヲ要セサルモノトス故ニ原判决ハ適法ニシテ上告論旨ハ理由ナシ
第三點ハ私書僞造ノ點モ第一點ニ於テ論述シタル司法省達ノ生存スル限リハ郵便ニテ岩手縣警察署ニ差出シタル書面ハ燒棄スヘキ無效ノモノナルニ依リ是亦私書僞造罪ヲ構成セスト云フニ在ルヲ以テ◎其論旨ノ理由ナキコトハ前第一點ニ對スル説明ニ依リ了解スヘシ
辯護人田澤鎭太郎ノ擴張第一點ハ被告人ノ手帳ハ非現行犯タル本件ニ付巡査カ擅ニ押收セシモノナルヲ以テ原判决ニ之レヲ證據トシテ採用シタルハ違法ナリト云フニ在レトモ◎假令巡査カ違法ニ本件ノ手帳ヲ押收シタリトスルモ之レカ爲メ其手帳カ證據力ヲ失フヘキ理由ナキヲ以テ押收ノ違法アルト否トニ論ナク苟クモ法廷ニ顯ハレタル物件ヲ採テ斷罪ノ資料ト爲スハ事實裁判所ノ職權ニ屬ス故ニ原判决ニ右ノ手帳ヲ證據トシテ採用シタルハ違法ニ非ス』第二點ハ本件ノ告訴状ハ申告者カ其被害事實ヲ記載シタルニアラサルヲ以テ告訴状ト云フヘカラス然レハ訴訟記録中告訴状アルコトナキニ原判决證據列記ノ部ニ告訴状ト掲ケタルハ虚無ノ證據ヲ採リタル違法アリト云フニ在リ◎然レトモ原判决ニハ誣告ニ係ル告訴状ハ明示シアレハ正當ナル告訴状アルカ如ク記載シタルニアラスシテ告訴状ト題スル誣告ノ書面ヲ證據ト爲シタルコト明瞭ナリ故ニ原判决ハ上告論旨ノ如キ違法アルコトナシ
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法其二百八十五條ニ依リ本件上告ハ之レヲ棄却ス
明治三十二年一月廿七日大審院第二刑事部公廷ニ於テ檢事岩野新平立會宣告ス
