◎判决要旨
(判旨第三點)衆議院議員選擧法罰則補則第二條ニ所謂選擧權ノ施行ヲ妨害シタル者トハ其妨害ノ爲メ全然選擧ヲ施行スルコト能ハサリシ塲合並ニ選擧權ヲ施行スルモ其施行ヲ妨害セシ塲合ヲ包含ス
(參照)第一條ニ記載シタル目的ヲ以テ選擧人ヲ脅迫シ拐引シ若クハ其往來ノ便ヲ妨ケ若クハ詐欺ノ手段ヲ以テ其選擧權ノ施行ヲ妨害シタル者ハ衆議院議員選擧法第九十二條ノ例ニ依リ處斷ス(衆議院員選擧法罰$則補則第二條第一項)
(判旨第四點)數人共犯ノ塲合ニ於テ各被告人ニ對スル證據ハ之ヲ區別スルノ必要ナク斷罪ノ資料ニ供シタルモノヲ明示スルヲ以テ足ル
(判旨第八點)衆議院議員選擧法罰則補則ハ選擧人ノ自由任意ノ選擧權ノ施行ヲ妨害スル者ヲ罰スルノ趣旨ニシテ其投票セントスル者ノ被選擧權ヲ有スルト否トハ問フ所ニ非ス
右岩次郎外一名ニ對スル衆議院議員選擧法罰則違犯被告事件ニ付明治三十一年六月十三日名古屋控訴院ニ於テ言渡シタル判决ニ服セス被告ヨリ上告ヲ爲シタルニ依リ裁判所構成法第四十九條ニ則リ刑事訴訟法第二百八十三條ノ定式ヲ履行シ審理スルコト左ノ如シ
被告岩次郎上告趣意書第一點ハ明治三十一年三月衆議院議員總選擧ニ際シ被告兩名カ愛知縣第二區議員候補者小室重弘ヲシテ當選セシメン爲メ運動ニ從事シタルハ事實ニシテ同郡松葉村大字篠原ノ有權者カ反對候補者井上信八ノ爲メノ運動者ニ誘導セラレ初志ヲ飜シ小室重弘ニ對スル恩義ヲ忘却シ井上信八ニ投票セントスルヲ聞キ被告長三郎ハ選擧ノ爲メニ設ケタル荒子支部ヨリ被告岩次郎ハ八幡支部ヨリ篠原ニ至リ偶然相逢フテ共ニ其不心得ヲ諭シ初志ノ如ク小室ヲ投票セシメントシタルニ相違ナキモ被告岩次郎外數名ノ共有地ヲ篠原外一ケ所ヘ道路敷地ニ貸與シアルヲ奇貨トシ此敷地返還ヲ促スヲ以テ篠原有權者ヲ脅サンコトヲ被告兩名ニ於テ共謀シタルコトハ實ニ曾テアラサル所ナリ然ルニ此共謀ノ事實ヲ推知スヘキ材料ハ毫末モ之レアラサルニ原院カ空中樓閣ヲ畫クト等シキ相像ヲ以テ事實斯ノ如シト認定セラレタルハ如何ニ事實ノ認定ハ裁判官ノ權内ナリト云フモ如此架空ノ認定ハ决シテ法ノ許ス所ニ非スト云フニ在レトモ◎右ハ原承審官ノ職權ニ屬スル事實ノ認定ニ服セス漫リニ不服ヲ唱フルニ過キスシテ上告適法ノ理由トナラス』第二點ハ被告岩次郎カ道路敷地トシテ貸與シタル地ニ數本ノ杭ヲ打込ミ若シ選擧有權者等ニシテ被告岩次郎ノ意ニ從ハサレハ明日ヨリ通行ノ便ヲ失スルノ状ヲ示シタリト云フニ在ルモノヽ如シ然レトモ被告岩次郎ハ此行爲ヲ以テ篠原有權者ノ决意ヲ動カシ小室重弘ヲ投票セシメント欲シタルニ非ス篠原有權者カ明治廿九年ノ風水災ノ爲メニ小室ノ盡力ニ因リ租税ノ免除ヲ得ナカラ或ル利益ノ爲メニ小室ニ對スル恩義ヲ忘レ明治三十年十二月下旬議會解散ノ後チ小室カ選擧區民ニ對スル報告演説ノ席ニ於テ小室ヲ投票スヘシトノ誓ヲ破リ初志ヲ變シ俄然反對候補者タル井上信八ニ投票セントスルヲ視テ再三再四利ノ爲メ恩ヲ忘ルヘカラスト説ケトモ更ニ之ヲ聽キ入レサルヲ以テ憤慨措ク能ハスシテ當時篠原ト被告岩次郎等トノ間ニ起リ居リタル道路敷地ニ關スル紛議ヲ思ヒ出テ時ト塲合ノ嫌ヒナク之ヲ取戻サン爲メ暗夜深更ニ數本ノ杭ヲ打込ミタルモノニシテ聊カ篠原有權者ニ對シ求ムル所アリタル爲メニ爲シタルニ非ス然ルニ原院ニ於テ明日ヨリ通行ノ便ヲ失スル状況ヲ示シ脅迫シ云々ト云ヒ法律記載ノ脅迫ナル語ヲ用ヒテ其脅迫ノ事實ヲ明示セス是レ事實理由不備ノ裁判ナリト云フニ在レトモ◎原院ハ被告岩次郎ハ斯程懇請スルニ聞入レ呉レサル上ハ自分モ此後徳義ヲ省ミサル處置ニ出ツヘシト言捨テ憤怒ノ状ヲ示シテ其便ヲ立去リ而シテ被告長三郎ハ豫謀ノ如クニ席ニ止リ有權者一同ニ對シ今鈴村カ徳義ヲ破ルト云ヒ立去リタルハ大字八熊ヨリ篠原及自分字ヘ借受ケ居ル道路敷地ノ返還ヲ要求スルモ知ルヘカラスト云ヒ云々同夜該道ニ杭數本ヲ打込ミ云々被告ノ意ニ從ハサレハ明日ヨリ通行ノ便ヲ失スル状況ヲ示シタルハ即チ脅迫ナリト認メタルモノナレハ單ニ脅迫ナリト云ヒ其脅迫タル事實ヲ明示セスト云フヘカラス本論旨ハ謂ハレナシ』其第三點ハ衆議院議員選擧法罰則補則第二條ハ前條ノ目的ヲ以テ脅迫シ拐引シ道路ノ便ヲ妨ケ以テ選擧權ノ施行ヲ妨害シタル所爲ヲ罰スルノ法條ナリ故ニ脅迫アルモ選擧權ノ施行ニ妨害ノ事實ナキ以上ハ同條ノ罪ハ成立セサルナリ又拐引スルモ道路ノ便ヲ妨クルモ單ニ夫等ノ事實ノミヲ以テ同條ヲ適用スルコト能ハサルナリ元來刑罰ノ目的ハ公私ノ利益ヲ害スル者ヲ懲戒スルニアルヲ以テ強迫拐引アルモ選選權施行ノ上ニ害ナキニ於テハ之ニ刑罰ヲ加フルノ要ナキハ勿論ナリ之ヲ從テ罰スルノ法條アルノ筈ナシ故ニ衆議院議員選擧法罰則補則ノ第二條ハ強迫拐引道路ノ便ヲ妨ケ且ツ夫等ノ爲ニ選擧權施行ノ上ニ妨害アリタル塲合ニ始テ之ヲ罰スルモノナルコトハ法文ノ上ヨリ見ルモ法意ノ上ヨリ論スルモ明カナル所ナリ然ルニ原院ノ認メタル所ハ勿論本件ノ事實トシテ單ニ強迫ト稱スルコトノアリタルノミニシテ選擧權施行ノ上ニハ更ニ何ノ害ヲモ生セサリシテモナリ故ニ原院ノ認メラレタル事實ハ則チ法律ノ罰セサル行爲ニシテ無罪ノ判决ヲ下サヽルヘカラサルナリ然ルニ此事實ヲ認テ有罪ノ判决ヲ下サレタルハ不法ノ裁判タルヲ免レスト云フニ在レトモ◎同補則第二條ニ選擧權ノ施行ヲ妨害シタル者ハ云々トアルハ其妨害ノ爲メ全ク選擧ヲ施行スルコト能ハサリシ塲合ハ勿論結局選擧權ヲ施行セシモ苟モ其施行ヲ妨害スル所爲アル以上ハ犯情ニ輕重ノ差アルヘキモ其犯罪ノ成立スルハ當然ナレハ本論旨ハ上告適法ノ理由ナシ』其第四點ハ原院カ區別ナク被告兩名ニ對スル被告事件ノ證憑トシテ掲ケラレタル森竹三郎吉岡彦右衛門ノ豫審調書ハ則證人ノ證言ナリ此二人ノ證人ハ被告岩次郎及第一審ニ於テ暴行罪ニ依リ共同被告タリシ河村敏太郎ノ二人ニ對スル證人ニシテ被告山田長三郎ニ對スル證人ニアラサルコトハ森竹三郎吉岡彦右衛門ノ宣誓書ニ記載スル所及同人等カ豫審調書ヲ見ルモ山田長三郎ニ對シ證人ノ資格關係ヲ取調タル事跡ナキニ徴シテ明カナリ然ルニ此證言ヲ採テ以テ被告長三郎カ斷罪ノ證ト爲セシハ法律ニ違背シタル不法ノ裁判ナリト云フニアレトモ◎證據ヲ明示スルニ當リ各被告人ニ對スルモノヲ一々區別スルノ必要ナク其斷罪ノ資料トセシモノヲ別示スルヲ以テ足ル故ニ原院カ長三郎ニ對シ斷罪ノ資料ニ供スルコト能ハサルモノヲ列擧スルモ之ヲ以テ直チニ長三郎ニ對スル證據トナシタルト云フヘカラス即チ竹三郎ノ豫審調書全部及ヒ彦右衛門ノ豫審調書全部ハ岩次郎ニ對スル證據ニシテ彦右衛門ノ第三回豫審調書ノミ長三郎ニ對シテ其身分等ノ關係ヲ取糺シ訊問シアレハ其調書ハ長三郎ニ對シ適法ノ證據タルコト明白ナルヲ以テ即チ其部分ハ長三郎ニ對スル證據トセシニ外ナラス且本論旨ハ被告長三郎ニ對スル採證ニ付云々スルモノニシテ被告岩次郎ノ上告論旨トシテハ全ク許スヘカラサルモノトス旁本論旨ハ上告適法ノ理由トナラス』其第五點ハ前項記載スル證人森竹三郎吉岡彦右衛門ノ供述ヲ採テ以テ被告長三郎カ斷罪ノ證ト爲シ能ハサルコトハ論ヲ待タサル處ナルカ故ニ原判决ニ掲ケタル證據中被告長三郎ニ對スル證ハ被告長三郎カ第二審公廷供述ノ一アル處ノミ而シテ被告長三郎カ第二審公廷ノ供述ハ事實非認ノ申立ノミニシテ自白ト稱スヘキモノアルニアラス從テ被告長三郎ニ對シテハ一モ適法ノ證據タルヘキモノ即チ刑事訴訟法第九十條ニ掲ケタル被告人ノ自白官吏ノ檢證調書證據物件證人及ヒ鑑定人ノ供述アルニアラサルヲ以テ被告長三郎ニ對シ證據徴憑十分ナリト判斷ヲ下サレタルハ法律ニ違背シタル不法ノ裁判ナリト云フニ在リテ◎被告長三郎ニ對スル言渡ニ對シ其不法ヲ論スルニ外ナラサレハ被告岩次郎ノ上告論旨ト爲スコトヲ得ス(判旨第三點)(判旨第四點)
被告長三郎ノ上告趣意第一點第三點第四點ハ被告岩次郎ノ上告趣意第一點第三點第四點ト同一ナレハ右ニ對スル説明ニ依リ上告適法ノ理由ナキコトヲ了解スヘシ』其第二點ハ被告長三郎カ選擧有權者ヲ脅迫セシトハ被告岩次郎カ澤田八十右衛門宅ヲ立去リタル後有權者一同ニ對シ今鈴村カ徳義ヲ破ルト云ヒ立去リタルハ大字八熊ヨリ篠原及ヒ自分字ヘ借受ケ居ル道路敷地ノ返還ヲ要求スル意ナルヤモ知ルヘカラス然ルトキハ村方一般ノ困難トナルヘキニ付此處曲ケテモ鈴村ノ依頼ニ應シ小室ヲ投票シ呉レヨト云ヒタルニアルモノヽ如シ然レトモ被告長三郎ハ吉岡彦右衛門ヨリ道路敷地ノコトニ付口ヲ開キタルヨリ之ニ應シタルモノニシテ又其道路敷地ハ被告長三郎カ居村荒子モ共ニ借用シ日々使用スル處ナルノミナラス被告長三郎ハ荒子ノ總代ヲ勤メ己レカ支配スル道路ニ係ルヲ以テ若シ返還セサルヘカラサルコトヽナルニ於テハ居村ノ困難ハ勿論己レカ職責ノ上ニ於テ村民ニ對シ相濟マサルカ故ニ彦右衛門ノ道路敷地ニ杞憂ヲ懷キ申出シタル該話ニハ之ニ應シテ以テ斯ルコトノ生セサランコトヲ欲シ篠原有權者カ初志ノ如ク小室ニ投票シ呉レテハ如何ト勸誘シタルニ過キス要スルニ原院カ認メラレタル所ノ事實ハ勸誘ノ言タルヲ得ヘキモ之ヲ以テ篠原有權者ヲ脅迫シタルノ言ト爲スニ足ラス況ヤ長三郎ハ自村ノ利益ヲ失ハサラン爲メニ其希望ヲ述タルニ過キサルニ於テオヤ凡脅逼ト稱シ得ルニハ少クモ恐怖ノ念ヲ生セシムルモノナラサルヘカラサルニ前掲ノ言語ハ篠原有權者ヲ恐怖セシムルニ足ルモノナラス現ニ直ニ篠原有權者ハ今更井上投票ノ决定ヲ動カスコト能ハスト答タルニ徴シテ毫モ恐怖ノ念ヲ生セシメサリシ言語ナリシコトヲ證スルニ餘リアリ然ルニ原院カ此言ヲ執テ以テ法律ノ所謂脅逼ニ當ルト判斷セラレタルハ不法ノ裁判ナリト云フニアレトモ◎原院ハ本件ノ所爲ヲ岩次郎ト共謀ニ出テタルモノト認メアルヲ以テ原院カ認タル事實中現ニ被告カ爲シタル所爲ノミヲ採テ云々スルハ其判旨ニ副ハサルモノナレハ本論旨ノ前段ハ上告適法ノ理由トナラス脅逼セラレタル者ヲシテ恐怖ノ念ヲ生セシメタルヤ否ハ事實ニシテ其有無ヲ判定スルハ原承審官ノ職權ニ屬ス而シテ原院ハ脅逼シテ選擧權施行ヲ妨害シタリト爲シタル上ハ其事實アリシコトヲモ認メタルヤ明カナリ要スルニ本論旨後段ノ趣旨ハ原院ノ事實認定ニ對スル論難ニ歸スルヲ以テ上告適法ノ理由トナラス』其第五點ハ岩次郎上告趣旨第五點ト同一ニシテ被告長三郎ニ對シテハ彦右衛門ノ第三回豫審調書ハ適法ノ證據ニシテ加フルニ原院公廷ニ於ケル被告等ノ供述アリ原院ハ之レニ依テ事實ノ認定ヲ爲シタルモノナレハ本論旨ハ畢竟スルニ原院ノ事實認定ヲ非難スルニ歸スルヲ以テ上告適法ノ理由トナラス』辯護人元田肇高木益太郎ノ辯明第一點ハ本件ノ豫審終結决定正本ハ被告人又ハ愛知縣典獄ニ送達シタルモノニアラス即チ其送達受領者ノ欄ニハ同典獄又ハ其代理者ノ記名捺印ナク只鈴木門平ノ署名捺名アルノミ而シテ送達状ノ記載ニ依リテハ鈴木門平ノ果シテ官吏ナルヤ否ヲ確認スル能ハスト雖トモ職員録ト其名下ノ捺印ニヨレハ同人ハ同監獄書記ヲ奉スル人ナルコトヲ知リ得タリ然トモ書記ハ同監獄ノ首長ニアラス又其肩書ニ典獄代理ノ記載ナキヲ以テ典獄ヲ代表シテ之レカ送達ヲ受ケタルモノト認ムルヲ得ス果シテ然ラハ右送達ハ訴訟法ノ規定ニ違反スルモノニシテ則其効ナク從テ右决定ハ確定シタルモノニ非サルナリ然ルヲ未確定ノ决定ニ基キ公判ヲ開キタルハ不法ナルニ付原裁判ノ破毀ヲ求ムト云フニ在レ共◎監獄署ノ首長即チ典獄ニ送達スヘキモノヲ監獄書記ニ於テ受領シタル以上ハ其代理事務上受領シタルモノナルコト明白ニシテ特ニ代理タル旨ヲ記載セサルモ之ヲ不法ト云フヘカラス況ヤ實際豫審終結决定正本ヲ受ケ異議ナク第一二審ノ公判ヲ經タル今日ニ在テハ原判决ニ對スル上告ノ理由トナスヘキモノニ非サルニ於テオヤ』其第二點他人ニ衆議院議員ノ投票ヲ得セシムルノ目的ヲ以テ選擧人ノ選擧權施行ヲ妨害シタル罪アリト判定センニハ其得セシメントシタル人ニ衆議院議員被選擧權ヲ有スルコトヲ明示セサルヘカラス然ルニ原判决ハ本件ニ付小室重弘ニ被選擧權アリシコトヲ明示セスシテ衆議院議員法罰則補則第二條ヲ適用シタルハ理由不備ノ裁判ナリト云ニ在レ共◎衆議院議員選擧法罰則補則ハ違犯者ノ選擧人タルト被選擧人タルトヲ問ハス選擧人カ自由任意ニ選擧權ヲ施行スルヲ妨害スル者ヲ罰スルモノナレハ假令選擧人ニ於テ被選擧權ヲ有セサル者ヲ有權者ト誤信シテ投票セントスル塲合ニ在テモ之ヲ妨害スルニ於テハ本罰則ノ制裁ヲ免カルヘキニアラサルカ故ニ其被選擧人カ果シテ被選擧權ヲ有スルヤ否ハ犯罪成立ニ必要ナル事項ニアラス又被選擧權ヲ有セサル者カ自ラ投票ヲ得ンカ爲メ或ハ其者ニ投票ヲ得セシメンカ爲メ本罰則ニ禁シタル不正手段ヲ行フタルトキモ選擧人カ自由任意ニ其權利ヲ施行スルコトヲ妨害セラレタルコトハ一ナリ要スルニ選擧權ヲ施行シテ投票スルト投票ノ結果投票ヲ得タル者カ當選スルヤ否ヤトハ全ク別問題ニ屬ス本則ノ目的ハ即選擧人ヲシテ選擧權ヲ行施シテ投票ヲ爲スヲ妨害スル者ヲ罰スルニ在リトス旁原判决ニ於テ候補者タル小室重弘カ果シテ被選擧權ヲ有スルヤ否ヤノ事實ヲ明示セサルモ理由不備ノ不法アリト云フヘカラス(判旨第八點)
辯護人元田肇ノ上告趣意擴張ノ趣旨ハ衆議院議員選擧法罰則第二條ニ脅迫トアルハ暴行又ハ選擧人ノ身體若クハ財産ニ對シ非常ノ危害ヲ及ホシ又ハ及ホスヘシト選擧人ニ畏怖ヲ生セシメタルノ行爲アルヲ要ス之レ同法第九十條同罰則補則第一條ヲ對照シ明白ナルノミナラス明治三十一年敕令第百七十號ヲ發布シタル立法者ノ意思ニ照シテ爭フ可ラサルモノト思料ス然ルニ原判决文ニハ第一段ニ或ハ脅迫シ或ハ誘導シトアルノミニシテ原院カ脅迫ト云フハ如何ナル事實ナルカノ説明ナク又第二段ニハ書面ヲ送リタル事道路ニ杭ヲ打タル事ヲ記載シアレトモ之レ勅令第百七十號第三條第三項ニ該當スルモノニ過キス故ニ此點ヨリスルモ該判决ハ破毀スヘキ不法アルモノトスト云フニ在レトモ◎衆議院議員選擧法罰則補則第二條ニ脅逼云々トアルハ敢テ暴行又ハ身體財産ニ非常ノ危害ヲ及ホスヘシトノ畏怖ヲ生セシムル行爲ヲ必要トスルモノニ非ス如何ナル行爲ト雖モ苟モ選擧權ヲ有スル者ヲ脅逼シテ其權利行施ヲ妨害スレハ足ル而シテ脅逼トハ如何ナル事實ナルカノ説明ナシトノ點ニ付テハ岩次郎ノ上告趣意
第二點ニ對スル説明ニ依テ了解スヘシ又書面ヲ送リタル事道路ニ杭ヲ打タル事等ハ總括シテ本罰則ニ謂フ處ノ脅逼ト稱スヘキ事實ナリト認メタルモノナレハ勅令第百七十號ノ如キハ原判决ノ當否ヲ判定スルニ付テハ關係ナシ
右ノ理由ニ依リ刑事訴訟法第二百八十五條ノ規定ニ從ヒ判决スルコト左ノ如シ
本件上告ハ之ヲ棄却ス
明治三十一年十一月一日大審院聯合部公廷ニ於テ檢事岩野新平立會宣告ス
◎判決要旨
(判旨第三点)衆議院議員選挙法罰則補則第二条に所謂選挙権の施行を妨害したる者とは其妨害の為め全然選挙を施行すること能はざりし場合並に選挙権を施行するも其施行を妨害せし場合を包含す
(参照)第一条に記載したる目的を以て選挙人を脅迫し拐引し若くは其往来の便を妨げ若くは詐欺の手段を以て其選挙権の施行を妨害したる者は衆議院議員選挙法第九十二条の例に依り処断す(衆議院員選挙法罰$則補則第二条第一項)
(判旨第四点)数人共犯の場合に於て各被告人に対する証拠は之を区別するの必要なく断罪の資料に供したるものを明示するを以て足る。
(判旨第八点)衆議院議員選挙法罰則補則は選挙人の自由任意の選挙権の施行を妨害する者を罰するの趣旨にして其投票せんとする者の被選挙権を有すると否とは問ふ所に非ず
右岩次郎外一名に対する衆議院議員選挙法罰則違犯被告事件に付、明治三十一年六月十三日名古屋控訴院に於て言渡したる判決に服せず被告より上告を為したるに依り裁判所構成法第四十九条に則り刑事訴訟法第二百八十三条の定式を履行し審理すること左の如し
被告岩次郎上告趣意書第一点は明治三十一年三月衆議院議員総選挙に際し被告両名が愛知県第二区議員候補者小室重弘をして当選せしめん為め運動に従事したるは事実にして同郡松葉村大字篠原の有権者が反対候補者井上信八の為めの運動者に誘導せられ初志を翻し小室重弘に対する恩義を忘却し井上信八に投票せんとするを聞き被告長三郎は選挙の為めに設けたる荒子支部より被告岩次郎は八幡支部より篠原に至り偶然相逢ふて共に其不心得を諭し初志の如く小室を投票せしめんとしたるに相違なきも被告岩次郎外数名の共有地を篠原外一け所へ道路敷地に貸与しあるを奇貨とし此敷地返還を促すを以て篠原有権者を脅さんことを被告両名に於て共謀したることは実に曽てあらざる所なり。
然るに此共謀の事実を推知すべき材料は毫末も之れあらざるに原院が空中楼閣を画くと等しき相像を以て事実斯の如しと認定せられたるは如何に事実の認定は裁判官の権内なりと云ふも如此架空の認定は決して法の許す所に非ずと云ふに在れども◎右は原承審官の職権に属する事実の認定に服せず漫りに不服を唱ふるに過ぎずして上告適法の理由とならず』第二点は被告岩次郎が道路敷地として貸与したる地に数本の杭を打込み若し選挙有権者等にして被告岩次郎の意に従はざれば明日より通行の便を失するの状を示したりと云ふに在るものの如し。
然れども被告岩次郎は此行為を以て篠原有権者の決意を動かし小室重弘を投票せしめんと欲したるに非ず篠原有権者が明治廿九年の風水災の為めに小室の尽力に因り租税の免除を得ながら或る利益の為めに小室に対する恩義を忘れ明治三十年十二月下旬議会解散の後ち小室が選挙区民に対する報告演説の席に於て小室を投票すべしとの誓を破り初志を変し俄然反対候補者たる井上信八に投票せんとするを視で再三再四利の為め恩を忘るべからずと説けども更に之を聴き入れざるを以て憤慨措く能はずして当時篠原と被告岩次郎等との間に起り居りたる道路敷地に関する紛議を思ひ出で時と場合の嫌ひなく之を取戻さん為め暗夜深更に数本の杭を打込みたるものにして聊が篠原有権者に対し求むる所ありたる為めに為したるに非ず。
然るに原院に於て明日より通行の便を失する状況を示し脅迫し云云と云ひ法律記載の脅迫なる語を用ひて其脅迫の事実を明示せず是れ事実理由不備の裁判なりと云ふに在れども◎原院は被告岩次郎は斯程懇請するに聞入れ呉れざる上は自分も此後徳義を省みざる処置に出づべしと言捨で憤怒の状を示して其便を立去り。
而して被告長三郎は予謀の如くに席に止り有権者一同に対し今鈴村が徳義を破ると云ひ立去りたるは大字八熊より篠原及自分字へ借受け居る道路敷地の返還を要求するも知るべからずと云ひ云云同夜該道に杭数本を打込み云云被告の意に従はざれば明日より通行の便を失する状況を示したるは。
即ち脅迫なりと認めたるものなれば単に脅迫なりと云ひ其脅迫たる事実を明示せずと云ふべからず。
本論旨は謂はれなし』其第三点は衆議院議員選挙法罰則補則第二条は前条の目的を以て脅迫し拐引し道路の便を妨げ以て選挙権の施行を妨害したる所為を罰するの法条なり。
故に脅迫あるも選挙権の施行に妨害の事実なき以上は同条の罪は成立せざるなり。
又拐引するも道路の便を妨ぐるも単に夫等の事実のみを以て同条を適用すること能はざるなり。
元来刑罰の目的は公私の利益を害する者を懲戒するにあるを以て強迫拐引あるも選選権施行の上に害なきに於ては之に刑罰を加ふるの要なきは勿論なり。
之を。
従て罰するの法条あるの筈なし。
故に衆議院議員選挙法罰則補則の第二条は強迫拐引道路の便を妨げ且つ夫等の為に選挙権施行の上に妨害ありたる場合に始で之を罰するものなることは法文の上より見るも法意の上より論するも明かなる所なり。
然るに原院の認めたる所は勿論本件の事実として単に強迫と称することのありたるのみにして選挙権施行の上には更に何の害をも生ぜざりしてもなり。
故に原院の認められたる事実は則ち法律の罰せざる行為にして無罪の判決を下さざるべからざるなり。
然るに此事実を認で有罪の判決を下されたるは不法の裁判たるを免れずと云ふに在れども◎同補則第二条に選挙権の施行を妨害したる者は云云とあるは其妨害の為め全く選挙を施行すること能はざりし場合は勿論結局選挙権を施行せしも苟も其施行を妨害する所為ある以上は犯情に軽重の差あるべきも其犯罪の成立するは当然なれば本論旨は上告適法の理由なし。』其第四点は原院が区別なく被告両名に対する被告事件の証憑として掲げられたる森竹三郎吉岡彦右衛門の予審調書は則証人の証言なり。
此二人の証人は被告岩次郎及第一審に於て暴行罪に依り共同被告たりし川村敏太郎の二人に対する証人にして被告山田長三郎に対する証人にあらざることは森竹三郎吉岡彦右衛門の宣誓書に記載する所及同人等が予審調書を見るも山田長三郎に対し証人の資格関係を取調たる事跡なきに徴して明かなり。
然るに此証言を採で以て被告長三郎が断罪の証と為せしは法律に違背したる不法の裁判なりと云ふにあれども◎証拠を明示するに当り各被告人に対するものを一一区別するの必要なく其断罪の資料とせしものを別示するを以て足る。
故に原院が長三郎に対し断罪の資料に供すること能はざるものを列挙するも之を以て直ちに長三郎に対する証拠となしたると云ふべからず。
即ち竹三郎の予審調書全部及び彦右衛門の予審調書全部は岩次郎に対する証拠にして彦右衛門の第三回予審調書のみ長三郎に対して其身分等の関係を取糺し訊問しあれば其調書は長三郎に対し適法の証拠たること明白なるを以て、即ち其部分は長三郎に対する証拠とせしに外ならず、且、本論旨は被告長三郎に対する採証に付、云云するものにして被告岩次郎の上告論旨としては全く許すべからざるものとす。
旁本論旨は上告適法の理由とならず』其第五点は前項記載する証人森竹三郎吉岡彦右衛門の供述を採で以て被告長三郎が断罪の証と為し能はざることは論を待たざる処なるが故に原判決に掲げたる証拠中被告長三郎に対する証は被告長三郎が第二審公廷供述の一ある処のみ。
而して被告長三郎が第二審公廷の供述は事実非認の申立のみにして自白と称すべきものあるにあらず。
従て被告長三郎に対しては一も適法の証拠たるべきもの。
即ち刑事訴訟法第九十条に掲げたる被告人の自白官吏の検証調書証拠物件証人及び鑑定人の供述あるにあらざるを以て被告長三郎に対し証拠徴憑十分なりと判断を下されたるは法律に違背したる不法の裁判なりと云ふに在りて◎被告長三郎に対する言渡に対し其不法を論するに外ならざれば被告岩次郎の上告論旨と為すことを得ず。
(判旨第三点)(判旨第四点)
被告長三郎の上告趣意第一点第三点第四点は被告岩次郎の上告趣意第一点第三点第四点と同一なれば右に対する説明に依り上告適法の理由なきことを了解すべし。』其第二点は被告長三郎が選挙有権者を脅迫せしとは被告岩次郎が沢田八十右衛門宅を立去りたる後有権者一同に対し今鈴村が徳義を破ると云ひ立去りたるは大字八熊より篠原及び自分字へ借受け居る道路敷地の返還を要求する意なるやも知るべからず。
然るときは村方一般の困難となるべきに付、此処曲けても鈴村の依頼に応し小室を投票し呉れよと云ひたるにあるものの如し。
然れども被告長三郎は吉岡彦右衛門より道路敷地のことに付、口を開きたるより之に応したるものにして又其道路敷地は被告長三郎が居村荒子も共に借用し日日使用する処なるのみならず被告長三郎は荒子の総代を勤め己れか支配する道路に係るを以て若し返還せざるべからざることとなるに於ては居村の困難は勿論己れか職責の上に於て村民に対し相済まざるが故に彦右衛門の道路敷地に杞憂を懐き申出したる該話には之に応して以て斯ることの生ぜさらんことを欲し篠原有権者が初志の如く小室に投票し呉れては如何と勧誘したるに過ぎず要するに原院が認められたる所の事実は勧誘の言たるを得べきも之を以て篠原有権者を脅迫したるの言と為すに足らず況や長三郎は自村の利益を失はさらん為めに其希望を述たるに過ぎざるに於ておや凡脅逼と称し得るには少くも恐怖の念を生ぜしむるものならざるべからざるに前掲の言語は篠原有権者を恐怖せしむるに足るものならず現に直に篠原有権者は今更井上投票の決定を動かずこと能はずと答たるに徴して毫も恐怖の念を生ぜしめざりし言語なりしことを証するに余りあり。
然るに原院が此言を執で以て法律の所謂脅逼に当ると判断せられたるは不法の裁判なりと云ふにあれども◎原院は本件の所為を岩次郎と共謀に出でたるものと認めあるを以て原院が認たる事実中現に被告が為したる所為のみを採で云云するは其判旨に副はざるものなれば本論旨の前段は上告適法の理由とならず脅逼せられたる者をして恐怖の念を生ぜしめたるや否は事実にして其有無を判定するは原承審官の職権に属す。
而して原院は脅逼して選挙権施行を妨害したりと為したる上は其事実ありしことをも認めたるや明かなり。
要するに本論旨後段の趣旨は原院の事実認定に対する論難に帰するを以て上告適法の理由とならず』其第五点は岩次郎上告趣旨第五点と同一にして被告長三郎に対しては彦右衛門の第三回予審調書は適法の証拠にして加ふるに原院公廷に於ける被告等の供述あり原院は之れに依て事実の認定を為したるものなれば本論旨は畢竟するに原院の事実認定を非難するに帰するを以て上告適法の理由とならず』弁護人元田肇高木益太郎の弁明第一点は本件の予審終結決定正本は被告人又は愛知県典獄に送達したるものにあらず。
即ち其送達受領者の欄には同典獄又は其代理者の記名捺印なく只鈴木門平の署名捺名あるのみ。
而して送達状の記載に依りては鈴木門平の果して官吏なるや否を確認する能はずと雖とも職員録と其名下の捺印によれば同人は同監獄書記を奉する人なることを知り得たり然とも書記は同監獄の首長にあらず。
又其肩書に典獄代理の記載なきを以て典獄を代表して之れが送達を受けたるものと認むるを得ず。
果して然らば右送達は訴訟法の規定に違反するものにして則其効なく。
従て右決定は確定したるものに非ざるなり。
然るを未確定の決定に基き公判を開きたるは不法なるに付、原裁判の破毀を求むと云ふに在れ共◎監獄署の首長即ち典獄に送達すべきものを監獄書記に於て受領したる以上は其代理事務上受領したるものなること明白にして特に代理たる旨を記載せざるも之を不法と云ふべからず。
況や実際予審終結決定正本を受け異議なく第一二審の公判を経たる今日に在ては原判決に対する上告の理由となすべきものに非ざるに於ておや』其第二点他人に衆議院議員の投票を得せしむるの目的を以て選挙人の選挙権施行を妨害したる罪ありと判定せんには其得せしめんとしたる人に衆議院議員被選挙権を有することを明示せざるべからず。
然るに原判決は本件に付、小室重弘に被選挙権ありしことを明示せずして衆議院議員法罰則補則第二条を適用したるは理由不備の裁判なりと云に在れ共◎衆議院議員選挙法罰則補則は違犯者の選挙人たると被選挙人たるとを問はず選挙人が自由任意に選挙権を施行するを妨害する者を罰するものなれば仮令選挙人に於て被選挙権を有せざる者を有権者と誤信して投票せんとする場合に在ても之を妨害するに於ては本罰則の制裁を免がるべきにあらざるが故に其被選挙人が果して被選挙権を有するや否は犯罪成立に必要なる事項にあらず。
又被選挙権を有せざる者が自ら投票を得んか為め或は其者に投票を得せしめんか為め本罰則に禁じたる不正手段を行ふたるときも選挙人が自由任意に其権利を施行することを妨害せられたることは一なり。
要するに選挙権を施行して投票すると投票の結果投票を得たる者が当選するや否やとは全く別問題に属す本則の目的は即選挙人をして選挙権を行施して投票を為すを妨害する者を罰するに在りとす。
旁原判決に於て候補者たる小室重弘が果して被選挙権を有するや否やの事実を明示せざるも理由不備の不法ありと云ふべからず。
(判旨第八点)
弁護人元田肇の上告趣意拡張の趣旨は衆議院議員選挙法罰則第二条に脅迫とあるは暴行又は選挙人の身体若くは財産に対し非常の危害を及ぼし又は及ぼすべしと選挙人に畏怖を生ぜしめたるの行為あるを要す。
之れ同法第九十条同罰則補則第一条を対照し明白なるのみならず明治三十一年勅令第百七十号を発布したる立法者の意思に照して争ふ可らざるものと思料す。
然るに原判決文には第一段に或は脅迫し或は誘導しとあるのみにして原院が脅迫と云ふは如何なる事実なるかの説明なく又第二段には書面を送りたる事道路に杭を打たる事を記載しあれども之れ勅令第百七十号第三条第三項に該当するものに過ぎず。
故に此点よりずるも該判決は破毀すべき不法あるものとすと云ふに在れども◎衆議院議員選挙法罰則補則第二条に脅逼云云とあるは敢て暴行又は身体財産に非常の危害を及ぼすべしとの畏怖を生ぜしむる行為を必要とするものに非ず如何なる行為と雖も苟も選挙権を有する者を脅逼して其権利行施を妨害すれば足る。
而して脅逼とは如何なる事実なるかの説明なしとの点に付ては岩次郎の上告趣意
第二点に対する説明に依て了解すべし。
又書面を送りたる事道路に杭を打たる事等は総括して本罰則に謂ふ処の脅逼と称すべき事実なりと認めたるものなれば勅令第百七十号の如きは原判決の当否を判定するに付ては関係なし。
右の理由に依り刑事訴訟法第二百八十五条の規定に従ひ判決すること左の如し
本件上告は之を棄却す
明治三十一年十一月一日大審院連合部公廷に於て検事岩野新平立会宣告す