詐欺取財ノ件

平易表示にする 原文表示にする

大審院刑事判決録（刑録）3輯10巻29頁

右ヱス、セベリム詐欺取財被告事件ニ付明治三十年十月一日東京控訴院ニ於テ横濱地方裁判所ノ判决ニ對スル被告ノ控訴ヲ審理シタル末棄却ノ判决ヲ爲シタルニ服セス被告ハ上告ヲ爲シタリ

大審院ニ於テ刑事訴訟法第二百八十三條ノ定式ヲ履行シ審理スル左ノ如シ

上告趣意書ノ要旨ハ原判决ハ被告カ他人ノ依頼ヲ取ケテ金員借受ノ周旋ヲ爲シ其報酬トシテ金參圓餘ヲ受取タルハ欺罔騙取ノ行爲ナリト云フモ被告カ受取リタル金員ハ勞力ノ報酬トシテ得タルモノニシテ即チ當事者カ合意授受シタル金員ナレハ决シテ法律ノ禁制スル所ニ非サルハ論ヲ竢タス本件被告ハ積極的ニ他人ヲ欺罔スル手段ヲ講シタルニアラスシテ任意ニ贈ラレシ金員ヲ受取リタルニ外ナラサルノミナラス他人ニ或ル事ノ周旋ヲ託スルニ多少ノ報酬ヲ與フルハ當然ニシテ本件ノ如キ僅々三圓ノ金員ハ周旋ノ實費ニ充當スルモ尚不足ヲ生スルニアラスヤ果シテ然ランカ積極的欺罔ノ所爲存セサルヲ以テ刑法ノ所謂詐欺取財ヲ構成スル條件ニ欠クル所アルモノナリ然ルニ原院カ以上ノ事實ヲ認メナカラ刑法第三百九十條ニ問擬シタルハ擬律錯誤ノ判决ナリト云フニ在リ◎然レトモ原判决認定ノ事實ヲ約スレハ被告ハ他ノ相被告三名ト申合セ被告ハ他人ニ金錢ヲ貸スノ資力ナク又金融ヲ爲スノ信用ナキニ拘ハラス身外國人ニシテ本邦人カ其事情ニ通セサルヲ幸トシ金主トナリ他三名ハ被告ノ資金ヲ周旋スルモノヽ如ク裝ヒ原島小一郎ニ對シ金壹萬二千圓ヲ貸與スト欺ハリ共謀者代ル々種々ノ口實ヲ設ケテ小一郎ヨリ數回ニ金百數十圓ヲ騙取シタル事實ナリ而シテ被告カ論スル金三圓ハ右騙取金員中ノ一部ニシテ名ヲ被告ヘノ土産代リニ藉リ小一郎ヲシテ差出サシメ騙取シタルモノニ係レリ原判决ハ被告カ謂フカ如キ金員借入レノ周旋ヲ委託セラレ之レカ報酬トシテ合意上授受シタル金員ナリト認メタルコト决シテ之ナシ要スルニ本論旨ハ原判决ノ認メサル事實ヲ掲ケ來リテ原判决ノ認メタル事實ト爲シ以テ原判决ヲ批難スルニ在レハ固ヨリ上告ノ理由ト爲ルヘキニアラス

右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ則リ判决スル左ノ如シ

本件上告ハ之ヲ棄却ス

明治三十年十一月四日大審院第一刑事部公廷ニ於テ檢事岩田武儀立會宣告ス