明治二十九年第一〇八一號
明治二十九年十一月二十日宣告
◎判决要旨
(判旨第二點) 合名會社ノ支配人ハ自己ノ所管ニ係ル事項ニ付テハ訴訟上ノ特別委任ヲ受クルヲ以テ會社ノ爲メニ告訴ヲ爲スノ權能ヲ有ス
(判旨第九點) 民事原告人ニシテ法人ナルトキハ證人ヲ訊問スルニ際シ其法人ヲ組成スル各箇人トノ身分上ノ關係(刑事訴訟法第百二十三條)ヲ調査スルノ要ナシ
(參照)左ニ記載シタル者ハ證人ト爲ルコトヲ許サス但宣誓ヲ爲サシメスシテ事實參考ノ爲メ其供述ヲ聽クコトヲ得」第一民事原告人」第二民事原告人及被告人ノ親屬但姻族ニ付テハ婚姻ノ解除シタルトキト雖モ亦同シ」第三民事原告人及被告人ノ後見人又ハ此等ノ者ノ後見ヲ受クル者」第四民事原告人及ヒ被告人ノ雇人又ハ同居人(刑事訴訟法第百二$十三條)
右詐欺取財私書僞造行使被告事件ニ付明治二十九年十月四日大阪控訴院ニ於テ被告ノ控訴ヲ審理ノ末第一審判决ヲ取消シ更ニ被告ヲ重禁錮二年六月罰金十圓監視六月ニ處シタル判决ニ對シ被告ヨリ上告ヲ爲シタルニ依リ刑事訴訟法第二百八十三條ノ式ヲ履行シ審判スルコト左ノ如シ
上告趣旨ノ第一ハ本件ノ主要トスル電信秘語ハ所謂商店ニ用ユル符合暗號ニシテ日本固有ノ私文書ノ性質ヲ有スルモノニ非ス故ニ其中繼紙ヲ以テ私文書僞造罪ヲ構成セサルハ勿論ナリ
然ルニ原院カ刑法第二百十條第一項ニ問擬シ處斷セラレシハ不法ナリト云フニ在レトモ◎原判文ヲ査スルニ被告ハ三井銀行神戸支店名義ノ暗號爲替電信ヲ僞造シ以テ三井銀行大阪支店ヨリ金二千圓ヲ騙取センコトヲ企テ神戸三井銀行ヨリ大阪三井銀行宛ノ暗號爲替電信ヲ電報頼信紙ニ認メ之ヲ同支局ニ投シタルモノニシテ原院ハ即チ其所爲ヲ私文書僞造罪ト認メ刑法第二百十條第一項ニ問擬シタルモノナレハ原判决ハ决シテ不法ニアラス』其第二第三ハ原判决ニ於テ三井銀行ノ雇人ニシテ訴訟無能力者ナル岩下清周ノ告訴状ヲ斷罪ノ證料ニ供セラレシハ不法ナリト云フニ在レトモ◎訴訟記録ヲ査スルニ岩下清周ナルモノハ合名會社三井銀行大阪支店ノ支配人ニシテ自己ノ所轄中ニ係ル事件ニ付テハ訴訟上ノ特別委任ヲ受ケ居ルコト勿論ノコトナルヘケレハ同人ノ提出シタル告訴状ヲ斷罪ノ證料ニ供シタルハ素ヨリ相當ノコトナリトス』其第四ハ抑モ本件ハ申告罪ニシテ幼者畧取誘拐罪ノ如ク被害者等ノ告訴ヲ待テ始メテ其犯罪ノ成立スヘキモノナリ然ルニ被害者三井高保ノ告訴ナク斯ル無効ノ告訴状ノミナレハ本件ハ當然公訴不受理ノ判决ヲ與ヘラルヘキモノナルニ原判决爰ニ出テサリシハ不法ナリト云フニ在レトモ◎本件犯罪ノ如キハ親告罪ニアラサレハ被害者等ノ告訴ヲ待テ受理スヘキモノニアラス故ニ本件告訴状ノ効力如何ニ關セス本論旨ハ法律ノ誤解ニ出テタルモノナレハ適法上告ノ理由トナルヘキモノニアラス』其第五ハ證人和田ハル參考人原田紋吉ノ各豫審調書ヲ見ルニ告訴人タル岩下清周トノ關係ノ有無ヲ訊問シタルコトナシ然ハ則該調書ハ無効ノモノナルニ之ヲ以テ斷罪ノ用ニ供セシハ不法ナリト云フニ在レトモ◎岩下清周ハ支配人タルノ資格ヲ以テ告訴ヲ提出セシモ民事原告本人ニアラス故ニ豫審判事カ同人トノ關係ノ有無ヲ訊問セサルハ相當ニシテ之ヲ訊問セサルヲ以テ該證書ヲ無効ト論スルヲ得ス』其第六ハ原院ニ於テ證人和田ハル參考人原田紋吉ノ各豫審調書ヲ證據ニ供スル時ハ岩下清周ノ告訴状ハ從テ無効ナリ何トナレハ一ハ三井高保ヲ被害者トシ一ハ岩下清周ヲ告訴人即チ被害者トナシタルハ前後矛盾シタル理由齟齬アリ依テ何レヨリ見ルモ不法ヲ免レサル裁判ナリト云フニ在レトモ◎一件記録ヲ査スルニ三井高保ハ三井銀行合名會社員ノ一人ナレハ本件被告事件ニ付被害者ノ一人タルニ相違ナシ而シテ岩下清周ハ同會社支店ノ支配人タル資格ヲ以テ告訴状ヲ提出シタルモノタレハ高保ノ被害者タルノ故ヲ以テ該告訴状ノ効力ニ影響ヲ及ホスヘキノ理由ナケレハ本論旨モ亦相立タス』其第八ハ本件ノ暗號爲替電信ハ犯罪供用ノ物件ナルニ原院ニ於テ應禁物トシテ沒收セラレタルハ擬律錯誤ナリト云フニ在レトモ◎僞造文書ハ法律ニ於テ其作成ヲ禁シタルモノナレハ原院カ之ヲ禁制物トシテ處斷シタルハ相當ノコトナリトス』其第九ハ原判文中被告カ詐欺取財ノ罪ハ實質上ノ一罪ニシテ二罪ニアラサルニ云々ト判决シ置ナカラ法律適用ノ部ニ於テ二罪ノ如ク各別ニ擬律シタルハ事實ノ理由ト法律ノ適用トヲ誤リタル不法ノ判决ナリト云フニ在レトモ◎原判文ヲ閲スルニ本件ハ文書僞造罪ト詐欺取財罪ト想像上ノ二罪併發シタルモノナルニ付各之ニ對スル相當ノ法條ヲ適用シ而シテ刑法第三百九十條第二項ニ照シ重キ文書僞造ノ所爲ヲ實質上ノ一罪トナシタルモノナリ而シテ其想像上ノ二罪ニ對シ共ニ相當ノ法條ヲ適用スルハ其輕重ヲ比較スル爲メニシテ共ニ之ヲ實施セシメントノ判旨ニアラス故ニ原判决ハ毫モ不法ノ廉ナシ』其第十ハ原判文事實理由中ニ「被告庄吉ハ云々源三郎ハ其電信到着ノ日限ヲ計リ」トアリテ其電信トハ何ヲ指シタルモノナルヤ判明セス尚其末文ニ至リ「之ヲ同支店ニ交付シ云々」トアリテ「之ヲ」トハ如何ナル物ヲ指シタルヤ是又明瞭ナラス即チ理由不備ノ判决ナリト云フニ在レトモ◎其電信トハ被告カ電報原書ヲ僞造シタル神戸支店名義ノ暗號爲換電信ヲ指シ而シテ之ヲ同支店ニ交付シトアル「之ヲ」ノ字ハ上文ヲ承ケ來リ金二千圓ノ請取證ヲ指シタルコト原判文上明瞭ナレハ原判决ハ理由不備ノ判决ト云フヲ得ス(判旨第二點)
辯護人高木益太郎辯明書ノ第一ハ本件記録ヲ調査スルニ民事原告人タル合名會社三井銀行ノ社員ハ三井八郎右衞門三井元之助三井高保三井八郎次郎三井守之助ノ五名ナルコトハ登記簿上顯著ノ事實ナリ而シテ證人和田ハルノ豫審調書ヲ見ルニ民事原告人中獨リ三井高保トノ干係如何ヲ調査シタルノミニシテ證人ト民事原告人ナル合名會社三井銀行トノ關係ヲ調査シタルモノニアラス故ニ同人ノ證人資格調査ハ不適式ナルヲ以テ該調書ハ其効力ヲ有セサルモノナリ然ルニ原院カ之ヲ斷罪ノ證料トセシハ不法ナリト云フニ在レトモ◎凡ソ民事原告人カ法人ナル塲合ニ於テハ證人ノ資格ヲ調査スルニ際シ其證人ニ對シ法人ヲ組成スル各個人ト刑事訴訟法第百二十三條ノ關係有無ヲ訊問スルノ要ナシ故ニ本件ノ證人タル和田ハルノ豫審調書中合名會社ノ社員全體ノ關係ヲ訊問セサルハ素ヨリ當然ノコトニシテ之ヲ以テ該調書ノ効力ニ影響ヲ及ホスヘキモノニアラス故ニ原院カ資テ以テ斷罪ノ證料トセシハ不法ニアラス』其第二ハ原院ノ審理ハ前後二回ニシテ第一回ノ公判ト第二回ノ公判トハ裁判官ニ變更アリシモノナレハ假令第二回ニ於テ第一回ノ公判始末書ヲ朗讀シタリトスルモ證據調ハ之ヲ更新スヘキハ勿論ナリ然ルニ原院ニ於テハ第二回ノ際取調ヘサル電信原書送達紙請取書等ヲ以テ判决ノ證料トナシタルハ不法ナリト云ヒ」被告擴張書ノ第一ハ第二回公判ノ際列席判事ニ異動アルニモ不拘辯論ヲ更新セスシテ直チニ續行セシタルハ口頭審理ノ原則ニ背キタルモノナリト云フニ在レトモ◎原公判始末書ヲ閲スルニ第一回ノ部ニ於テ適式ノ證據調ヲ爲シタル旨ノ記載アリ而シテ第二回ノ部ニ於テ被告竝ニ檢事辯護人ノ意見ヲ聽キ其意見ナキニ依リ前回ノ公判始末書ヲ朗讀シ以テ之カ更新ヲ爲サヽルモノナレハ原院ノ審理手續竝ニ採證上ニ於テ不法ノ廉アルコトナシ』其第三竝ニ上告趣旨第七及上告擴張書ノ第四第五ノ要ハ原院ノ公判始末書ニヨレハ被告ハ事發覺前被害者ニ首服シタルモノナレハ減等ヲ與ヘラルヘキモノナリトノ事實ヲ主張シタル事明瞭ナリ然ルニ原院ハ此爭點ニ對シ判决ヲ遺脱シタルハ違法ノ判决ナリト云フニ在レトモ◎被告カ事發覺前被害者ニ首服シタルモノナルカ否ヤノ事實ヲ審究シ其事實ニシテ若シ法律上ノ減等ヲ與フヘキモノニアラサルトキモ尚ホ之ヲ判文上ニ掲載スルヲ要スヘキモノニアラス故ニ原判文上之カ掲載ナキヲ以テ請求ヲ受ケタル事件ニ對シ判决ヲ遺脱シタルモノト云フヲ得ス(判旨第九點)
被告庄吉擴張書第二ハ原院ニ於テ證據ニ供セラレタル豫審調書中ニ被告ニ關スルノ一部ハ無効ナリ何トナレハ被告ノ調書ハ都合十二回ナルニ一件記録中第七回目以下六回ノ調書ハ不足セリ斯ル不完全ナル調書ヲ以テ斷罪ノ證トセシハ不法ナレハナリト云フニ在レトモ◎一件記録中被告ノ豫審調書ハ明治二十八年十月二十五日ヨリ翌二十九年一月二十八日ニ至リ都合二十回アリテ本論旨ト其事實ヲ異ニセリ畢竟スルニ本論旨ハ記録調査ノ誤リト認ムルノ外ナケレハ素ヨリ上告ノ理由トナラス』其第三ハ本件ニ付私書僞造行使事件ノ起訴ナキニ原院カ請求ヲ受ケサル事件ニ對シ判决ヲ與ヘタルハ不當ナリト云フニ在レトモ◎一件記録ニ依ルニ本件ノ詐欺取財犯ハ明治二十八年十月二十五日私書僞造行使犯ハ同年十一月十三日ニ於テ檢事片岡泰一ヨリ豫審判事ニ宛タル豫審請求書アリテ何レモ適法ニ起訴セラレタルモノナレハ原院カ私書僞造行使罪ニ對シ判决ヲ與ヘタルハ相當ニシテ本論旨ハ謂レナキノ上告ナリトス
右ノ理由ニ付刑事訴訟法第二百八十五條ニ從ヒ本件上告ハ之ヲ棄却ス
明治二十九年十一月二十日大審院第一刑事部公廷ニ於テ檢事藤堂融立會宣告ス
明治二十九年第一〇八一号
明治二十九年十一月二十日宣告
◎判決要旨
(判旨第二点) 合名会社の支配人は自己の所管に係る事項に付ては訴訟上の特別委任を受くるを以て会社の為めに告訴を為すの権能を有す。
(判旨第九点) 民事原告人にして法人なるときは証人を訊問するに際し其法人を組成する各箇人との身分上の関係(刑事訴訟法第百二十三条)を調査するの要なし。
(参照)左に記載したる者は証人と為ることを許さず。
但宣誓を為さしめずして事実参考の為め其供述を聴くことを得。」第一民事原告人」第二民事原告人及被告人の親属。
但姻族に付ては婚姻の解除したるときと雖も亦同じ。」第三民事原告人及被告人の後見人又は此等の者の後見を受くる者」第四民事原告人及び被告人の雇人又は同居人(刑事訴訟法第百二$十三条)
右詐欺取財私書偽造行使被告事件に付、明治二十九年十月四日大坂控訴院に於て被告の控訴を審理の末第一審判決を取消し更に被告を重禁錮二年六月罰金十円監視六月に処したる判決に対し被告より上告を為したるに依り刑事訴訟法第二百八十三条の式を履行し審判すること左の如し
上告趣旨の第一は本件の主要とする電信秘語は所謂商店に用ゆる符合暗号にして日本固有の私文書の性質を有するものに非ず。
故に其中継紙を以て私文書偽造罪を構成せざるは勿論なり。
然るに原院が刑法第二百十条第一項に問擬し処断せられしは不法なりと云ふに在れども◎原判文を査するに被告は三井銀行神戸支店名義の暗号為替電信を偽造し以て三井銀行大坂支店より金二千円を騙取せんことを企で神戸三井銀行より大坂三井銀行宛の暗号為替電信を電報頼信紙に認め之を同支局に投したるものにして原院は。
即ち其所為を私文書偽造罪と認め刑法第二百十条第一項に問擬したるものなれば原判決は決して不法にあらず。』其第二第三は原判決に於て三井銀行の雇人にして訴訟無能力者なる岩下清周の告訴状を断罪の証料に供せられしは不法なりと云ふに在れども◎訴訟記録を査するに岩下清周なるものは合名会社三井銀行大坂支店の支配人にして自己の所轄中に係る事件に付ては訴訟上の特別委任を受け居ること勿論のことなるべければ同人の提出したる告訴状を断罪の証料に供したるは素より相当のことなりとす。』其第四は。
抑も本件は申告罪にして幼者略取誘拐罪の如く被害者等の告訴を待で始めて其犯罪の成立すべきものなり。
然るに被害者三井高保の告訴なく斯る無効の告訴状のみなれば本件は当然公訴不受理の判決を与へらるべきものなるに原判決爰に出でさりしは不法なりと云ふに在れども◎本件犯罪の如きは親告罪にあらざれば被害者等の告訴を待で受理すべきものにあらず。
故に本件告訴状の効力如何に関せず本論旨は法律の誤解に出でたるものなれば適法上告の理由となるべきものにあらず。』其第五は証人和田はる参考人原田紋吉の各予審調書を見るに告訴人たる岩下清周との関係の有無を訊問したることなし然は則該調書は無効のものなるに之を以て断罪の用に供せしは不法なりと云ふに在れども◎岩下清周は支配人たるの資格を以て告訴を提出せしも民事原告本人にあらず。
故に予審判事が同人との関係の有無を訊問せざるは相当にして之を訊問せざるを以て該証書を無効と論するを得ず。』其第六は原院に於て証人和田はる参考人原田紋吉の各予審調書を証拠に供する時は岩下清周の告訴状は。
従て無効なり。
何となれば一は三井高保を被害者とし一は岩下清周を告訴人即ち被害者となしたるは前後矛盾したる理由齟齬あり。
依て何れより見るも不法を免れざる裁判なりと云ふに在れども◎一件記録を査するに三井高保は三井銀行合名会社員の一人なれば本件被告事件に付、被害者の一人たるに相違なし。
而して岩下清周は同会社支店の支配人たる資格を以て告訴状を提出したるものたれば高保の被害者たるの故を以て該告訴状の効力に影響を及ぼすべきの理由なければ本論旨も亦相立たず』其第八は本件の暗号為替電信は犯罪供用の物件なるに原院に於て応禁物として没収せられたるは擬律錯誤なりと云ふに在れども◎偽造文書は法律に於て其作成を禁じたるものなれば原院が之を禁制物として処断したるは相当のことなりとす。』其第九は原判文中被告が詐欺取財の罪は実質上の一罪にして二罪にあらざるに云云と判決し置ながら法律適用の部に於て二罪の如く各別に擬律したるは事実の理由と法律の適用とを誤りたる不法の判決なりと云ふに在れども◎原判文を閲するに本件は文書偽造罪と詐欺取財罪と想像上の二罪併発したるものなるに付、各之に対する相当の法条を適用し、而して刑法第三百九十条第二項に照し重き文書偽造の所為を実質上の一罪となしたるものなり。
而して其想像上の二罪に対し共に相当の法条を適用するは其軽重を比較する為めにして共に之を実施せしめんとの判旨にあらず。
故に原判決は毫も不法の廉なし。』其第十は原判文事実理由中に「被告庄吉は云云源三郎は其電信到着の日限を計り」とありて其電信とは何を指したるものなるや判明せず尚其末文に至り「之を同支店に交付し云云」とありて「之を」とは如何なる物を指したるや是又明瞭ならず。
即ち理由不備の判決なりと云ふに在れども◎其電信とは被告が電報原書を偽造したる神戸支店名義の暗号為換電信を指し、而して之を同支店に交付しとある「之を」の字は上文を承け来り金二千円の請取証を指したること原判文上明瞭なれば原判決は理由不備の判決と云ふを得ず。
(判旨第二点)
弁護人高木益太郎弁明書の第一は本件記録を調査するに民事原告人たる合名会社三井銀行の社員は三井八郎右衛門三井元之助三井高保三井八郎次郎三井守之助の五名なることは登記簿上顕著の事実なり。
而して証人和田はるの予審調書を見るに民事原告人中独り三井高保との干係如何を調査したるのみにして証人と民事原告人なる合名会社三井銀行との関係を調査したるものにあらず。
故に同人の証人資格調査は不適式なるを以て該調書は其効力を有せざるものなり。
然るに原院が之を断罪の証料とせしは不法なりと云ふに在れども◎凡そ民事原告人が法人なる場合に於ては証人の資格を調査するに際し其証人に対し法人を組成する各個人と刑事訴訟法第百二十三条の関係有無を訊問するの要なし。
故に本件の証人たる和田はるの予審調書中合名会社の社員全体の関係を訊問せざるは素より当然のことにして之を以て該調書の効力に影響を及ぼすべきものにあらず。
故に原院が資で以て断罪の証料とせしは不法にあらず。』其第二は原院の審理は前後二回にして第一回の公判と第二回の公判とは裁判官に変更ありしものなれば仮令第二回に於て第一回の公判始末書を朗読したりとするも証拠調は之を更新すべきは勿論なり。
然るに原院に於ては第二回の際取調へざる電信原書送達紙請取書等を以て判決の証料となしたるは不法なりと云ひ」被告拡張書の第一は第二回公判の際列席判事に異動あるにも不拘弁論を更新せずして直ちに続行せしたるは口頭審理の原則に背きたるものなりと云ふに在れども◎原公判始末書を閲するに第一回の部に於て適式の証拠調を為したる旨の記載あり。
而して第二回の部に於て被告並に検事弁護人の意見を聴き其意見なきに依り前回の公判始末書を朗読し以て之が更新を為さざるものなれば原院の審理手続並に採証上に於て不法の廉あることなし』其第三並に上告趣旨第七及上告拡張書の第四第五の要は原院の公判始末書によれば被告は事発覚前被害者に首服したるものなれば減等を与へらるべきものなりとの事実を主張したる事明瞭なり。
然るに原院は此争点に対し判決を遺脱したるは違法の判決なりと云ふに在れども◎被告が事発覚前被害者に首服したるものなるか否やの事実を審究し其事実にして若し法律上の減等を与ふべきものにあらざるときも尚ほ之を判文上に掲載するを要すべきものにあらず。
故に原判文上之が掲載なきを以て請求を受けたる事件に対し判決を遺脱したるものと云ふを得ず。
(判旨第九点)
被告庄吉拡張書第二は原院に於て証拠に供せられたる予審調書中に被告に関するの一部は無効なり。
何となれば被告の調書は都合十二回なるに一件記録中第七回目以下六回の調書は不足せり斯る不完全なる調書を以て断罪の証とせしは不法なればなりと云ふに在れども◎一件記録中被告の予審調書は明治二十八年十月二十五日より翌二十九年一月二十八日に至り都合二十回ありて本論旨と其事実を異にせり。
畢竟するに本論旨は記録調査の誤りと認むるの外なければ素より上告の理由とならず』其第三は本件に付、私書偽造行使事件の起訴なきに原院が請求を受けざる事件に対し判決を与へたるは不当なりと云ふに在れども◎一件記録に依るに本件の詐欺取財犯は明治二十八年十月二十五日私書偽造行使犯は同年十一月十三日に於て検事片岡泰一より予審判事に宛たる予審請求書ありて何れも適法に起訴せられたるものなれば原院が私書偽造行使罪に対し判決を与へたるは相当にして本論旨は謂れなきの上告なりとす。
右の理由に付、刑事訴訟法第二百八十五条に従ひ本件上告は之を棄却す
明治二十九年十一月二十日大審院第一刑事部公廷に於て検事藤堂融立会宣告す