圖利自殺教唆ノ件
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大審院刑事判決録（刑録）2輯1巻75頁
明治二十八年第一四五六號
明治二十九年一月二十日宣告
◎判决要旨
刑法第三百二十一條ニ所謂「自己ノ利ヲ圖リ」トハ單ニ財産上ノ利益ヲ圖リタル塲合ノミヲ意味スルニアラス
（參照）自己ノ利ヲ圖リ人ヲ教唆シテ自殺セシメタル者ハ重懲役ニ處ス（刑法第三百二十一條）
第一審 長野地方裁判所
第二審 東京控訴院
被告人 井口エシ
辯護人 津田義治
右圖利自殺教唆被告事件ニ付明治二十八年十一月二十六日東京控訴院ニ於テ原判决ヲ取消シ被告ヲ重懲役九年ニ處シタル判决ニ對シ被告ヨリ上告ヲ爲シタルニ依リ刑事訴訟法第二百八十三條ノ定式ヲ履行シタルニ檢事應當融ハ附帶上告ヲ爲シタリ依テ同檢事辯護士津田義治ノ辯明ヲ聽キ判决スルコト左ノ如シ
上告趣意ノ要旨ハ被告ニハ毫モ教唆ノ事實ナク又タ何等ノ證據ナキニ原院カ教唆罪アリトシテ有罪ノ宣告ヲ爲シタルハ違法ナリト云ヒ」擴張要旨第一ハ被告ハ巳ニ五十餘歳ニシテ他ニ縁故ナク夫榮三郎ト結婚セシ以來苦樂ヲ共ニシ殊ニ病氣中ハ一層ノ慈悲心ヲ以テ之ヲ遇シタル事實ナレハ何ソ自殺ヲ教唆スルカ如キ戻虐ノ行爲アランヤト云ヒ」第二ハ被告ハ夫カ縊死ノ當夜外泊シ居タルハ掩フヘカラサル事實ニシテ現塲ヨリ逃ケ去タルニアラス故ニ自殺教唆ノ事實ナキヤ明カナルニ有罪ノ宣告ヲ爲シタルハ違法ナリト云フニ在リテ◎孰レモ原院ノ職權ニ屬スル事實ノ認定採證ノ當否ヲ論難スルモノニシテ上告適法ノ理由ナシトス』本院檢事附帶上告ノ要旨ハ刑法第三百二十一條ニ謂フ所ノ自己ノ利ヲ圖ルトハ財産上ノ利益ヲ目的トシタル塲合ヲ指稱スルモノナルニ原院カ本件ノ事實ニ本條ヲ適用シタルハ失當ニシテ第三百二十條ヲ適用スヘキモノナリト云フニ在レトモ◎刑法第三百二十一條ニ所謂利ヲ圖リトアルハ必スシモ財産上ノ利益ヲ企圖シタルモノニ限ルニアラス苟モ自殺人ノ死亡カ自己ノ利益トナルカ爲メ自殺ヲ教唆シタル者ニ至リテハ本條ニ問擬スヘキモノトス本件ハ被告ノ夫榮三郎カ病ニ罹リ常ニ病褥ノミニ在ルヲ以テ之ヲ嫌忌シ且自分ハ之ヲ看護スル爲メ他ニ出稼キヲ爲ス能ハス從テ糊口ニ差支フルヨリ自殺セシメント决意シ之ヲ教唆シタルモノニシテ原院カ刑法第三百二十一條ヲ適用シタルハ相當ニシテ上告ハ其理由ナシトス
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ本案上告ハ總テ之ヲ棄却ス
明治二十九年一月二十日大審院第二刑事部公廷ニ於テ檢事應當融立會宣告ス
