明治二十八年第一四七四號
明治二十九年一月十七日宣告
◎判决要旨
（判旨第一點）婚姻事項ニ關シテハ親族ト雖モ證人タルノ資格ヲ有ス
（參照）證人ハ第二百九十七條第一號及ヒ第二百九十八條第四號ノ塲合ニ於テ左ノ事項ニ付キ證言ヲ拒ムコトヲ得ス（民事訴訟法第＄二百九十九條）
第一家族ノ出産、婚姻又ハ死亡（同條第＄一號）
左ニ掲クル者ハ證言ヲ拒ムコトトヲ得（民事訴訟法第＄二百九十七條）
原告若クハ被告又ハ其配偶者ト親族ナルトキ但姻族ニ付テハ婚姻ノ解除シタルトキト雖モ亦同シ（同條第＄一號）
（判旨第三點）僞證罪ノ成立ニハ事實ノ有無ヲ問ハス
（判旨第六點）民事訴訟法第百三十一條ノ規定ニ違フト雖モ其調書ハ無効ニアラス故ニ之ヲ斷罪ノ資料ニ供スルモ不法ナリトセス
（參照）辯論ノ進行ニ付テハ其要領ノミヲ調書ニ記載スヘシ」調書ニ記載シテ明確ニスヘキ諸件ハ左ノ如シ」第一自白、認諾、抛棄及和解」第二明確ニスヘキ規定アル申立及陳述
第三證人及鑑定人ノ供述但其供述ハ以前聽カサルモノナルトキ又ハ以前ノ供述ニ異ナルトキニ限ル」第四檢證ノ結果」第五書面ニ作リ調書ニ添付セサル裁判（判决、决定及命令）」第六裁判ノ言渡」附録トシテ調書ニ添付シ且調書ニ附録トシテ表示シタル書類ニ於ケル記載ハ調書ニ於ケル記載ニ同シ（民事訴訟法＄第百三十條）
前條第一號乃至四號ニ掲ケタル調書ノ部分ハ法廷ニ於テ之ヲ關係人ニ讀聞カセ又ハ閲覽ノ爲メ之ヲ關係人ニ示ス」調書ニハ前項ノ手續ヲ履ミタルコト及承諾ヲ爲シタルコト又ハ承諾ヲ拒ミタル理由ヲ附記ス可シ（民事訴訟法第＄百三十一條）
右僞證被告事件ニ付明治二十八年十一月二十六日大阪控訴院ニ於テ被告常太郎及ヒ大阪地方裁判所檢事ノ控訴ヲ審理ノ末同裁判所カ被告常太郎ヲ重禁錮十五日ニ處シ罰金二圓五十錢ヲ附加ス押収ノ物品ハ各差出人ニ還付スト言渡シタル判决ハ相當ニシテ被告常太郎ノ控訴ハ之ヲ棄却シ檢事ノ控訴ハ其理由アルニ付被告太吉郎ニ對スル判决ヲ取消シ更ニ被告太吉郎ヲ重禁錮十五日罰金二圓五十錢ニ處ス押収書類等ハ各差出人ニ還付スト言渡シタル判决ニ對シ被告兩名ハ上告ヲ爲シタリ
大審院ニ於テ刑事訴訟法第二百八十三條ノ定式ヲ履行シ審判スルコト左ノ如シ
上告趣旨ノ第一點ハ原院ニ於テ被告常太郎カ民事ノ證人トシテ瀬古丑太郎カ實妹ヤヱト結婚ヲ爲シタル事實ヲ隱秘シ僞證ヲ爲シタリトノ事實ヲ認メ有罪ノ判决ヲ與ヘタレトモ婚姻ヲ事實ナリトスルハ被告常太郎ハ其民事訴訟ノ原告瀬古丑太郎（妻ヤヱノ實兄ニ當ル）及ヒ被告瀬古チヱ瀬古太吉郎（チヱハヤヱノ實妹太吉郎ハヤヱノ叔父）ト姻族タリ然ラハ則被告常太郎ハ民事訴訟法第二百九十七條第一ノ親屬ニシテ假令證言ヲ拒絶セサル塲合ト雖モ民事訴訟法第三百十條第四號ニ該當シ參考人タルノ資格アルニ過キスシテ法律上證言ノ義務ヲ免カレ得ヘキ者ニ付之ヲ證人トシテ宣誓ヲ爲サシメタルハ不法ナリ不法ノ證人ハ法律之ヲ認メス又制裁ヲ加フ可キ者ニアラス然ルニ原院ハ其事實ヲ認メナカラ有罪ト爲シタルハ擬律錯誤ナリト云フニ在レトモ◎被告常太郎ハ瀬古丑太郎ヨリ瀬古チヱニ關スル相續權爭論ノ民事訴訟ニ付大阪地方裁判所民事訟廷ニ於テ被告常太郎トヤヱトノ婚姻事項ニ付證言ヲ爲シタルコトハ其訊問調書ニ徴シテ明白ナリ然ラハ則民事訴訟法第二百九十九條ニ依ルニ婚姻事項ニ關シテ證言ヲ爲ス塲合ノ如キハ同法第二百九十七條第一號ニ記載セシ者ト雖モ猶且證言ヲ拒ムコトヲ得サル規定ナルニ付被告常太郎ハ其證言ヲ爲シタル事項ニ關シ證人トナル可キ資格アルコト勿論ナレハ事實ヲ隱蔽シテ僞證ヲ爲シタル上ハ固ヨリ有罪タルコトヲ免カレス故ニ原判决ハ决シテ擬律錯誤ニアラサルナリ（判旨第一點）
同第二點ハ婚姻ハ要式ノモノニ付妻トシテ送籍ヲ爲サヽル迄ハ法律上婚姻ヲ組成セス故ニ未タ送籍ヲ爲サヽル以前ノ事實ヲ以テ妻ニアラスト云フモ虚僞ノ陳述ニアラス隨テ僞證罪ヲ構成セス然ルニ原院カ僞證ト判决セシハ擬律錯誤ナリト云フニ在レトモ◎本論旨ハ要スルニ原院カ認定以外ノ事實ヲ以テ其認定セシ事實ヲ非難シ以テ擬律錯誤ナリト論スルモノナレハ上告ノ理由トナル可キモノニアラス
同第三點ハ僞證ハ實害ナケレハ之ヲ罰セサルハ法律ノ原則ナリ被告常太郎ノ證言ヲ假ニ僞證トスルモ其證言ニシテ裁判ヲ誤ラシムヘキ程度ニ達セサルトキハ實害ナキヲ以テ法律之ヲ罰ス可キ者ニアラス而シテ記録中民事ノ判决ハ被告ノ證言ニ依リ妻ニアラスト判决シタルニアラス只妻タル事實明白ナラスト云フニ止マリ之カ爲メ裁立ヲ誤ラシメタリト云フ可カラサルヲ以テ未タ僞證トシテ罰ス可キ程度ニ至ラサルニ原院カ僞證罪ト爲シタルハ法則ヲ不當ニ適用シタルモノナリト云フニ在レトモ◎苟モ僞證ヲ爲シタル上ハ其罪直チニ成立スルモノナレハ之カ爲メ實害ヲ生シタルト否トハ僞證罪ノ成否ニ關スルモノニアラス故ニ本論旨モ亦相立タス（判旨第三點）
同第四點ハ原院ニ於テ被告太吉郎ヲ僞證ノ囑託ヲ爲シタル者トシ刑法第二百二十五條ヲ適用セラレタレトモ同條ハ賄賂其他ノ方法ヲ以テスルコト法律上ノ要件ナリ然ルニ囑託ヲ爲セシニ付賄賂其他ノ方法ヲ以テシタル事實ヲ認メスシテ同條ヲ適用シタルハ擬律錯誤ナリ又賄賂其他ノ方法ヲ以テシタル事實ノ理由ヲ明示セサルハ即チ判决ニ理由ヲ付セサルモノナリト云フニ在レトモ◎原判文ヲ査閲スルニ「被告太吉郎ハ云々被告常太郎方ニ至リ同人ニ對シチヱノ姉ヤヱカ曾テ常太郎ト結婚セシ事實ヲ陳述スルニ於テハ右訴訟ノ不利トナル可キニ付之ヲ隱秘シ常太郎ハヤヱト式ヲ擧テ婚姻セサル旨僞證ヲ爲シ呉レ度ト囑託シタルヨリ被告常太郎ハ之ヲ諾シ云々」ト明示シアリテ即チ被告太吉郎ハ被告常太郎ニ對シ事情ヲ語リ利害ヲ説キ以テ爲證ノ承諾ヲ求メタルハ囑託ノ方法ニ外ナラサレハ原判决ハ擬律錯誤ニアラス又事實ノ理由ヲ付セサルモノニアラサルナリ
同第五點ハ被告太吉郎カ僞證ノ囑託ヲ爲シタリトスル證據ハ唯被告常太郎カ豫審第二回ノ調書中「親切上頼マレマシタ」ト云フニ過キス頼マレタリト云フハ囑託ヲ受ケタリト云フ迄ニシテ被告常太郎カ本心ヲ枉ケテ僞證ヲ爲スニ至ル丈ケノ賄賂又ハ其他ノ方法アルニアラス唯被告常太郎カ厚意ヲ以テ自ラ僞證シタルモノト解ス可キヲ以テ囑託ノ事實モ亦共ニ明瞭ナラス要スルニ太吉郎ノ所爲ハ法律上ノ要素ヲ闕キ犯罪架ヲ構成セサル事實ハ一件記録ニ明確ナルニ刑法第二百二十五條ヲ適用シタルハ不法ノ判决ナリト云フニ在テ◎要スルニ原承審官ノ職權ニ屬スル事實ノ認定ヲ非難スルニ過キサレハ上告ノ理由トナルヘキモノニアラス
被告兩名辯護士高木益太郎カ辯明ノ論旨ハ民事訴訟法第百三十一條ニ「前條第一號乃至第四號ニ掲ケタル調書ノ部分ハ法廷ニ於テ之ヲ關係人ニ讀聞カセ又ハ閲覽ノ爲メ之ヲ關係人ニ示ス調書ニハ前項ノ手續ヲ履ミタルコト及ヒ承諾ヲ爲シタルコト又ハ承諾ヲ拒ミタル理由ヲ附記スヘシ」トノ規定アリ然ルニ大阪地方裁判所民事部ニ於ケル明治二十八年五月二十日付口頭辯論調書中ニ證人上野常太郎供述ノ部分ニ付テハ前掲ノ法廷ヲ踐ミタルモノニアラス依テ該調書ハ適法ノ成立ニアラサルヲ以テ原院カ之ヲ有効ノモノト認メ斷罪ノ資料ニ供シタルハ不法ナリト云フニ在リ◎因テ右調書ヲ査閲スルニ民事訴訟法第百三十一條ニ規定セシ手續ヲ履行シタリトノ事實ヲ見ルヘキモノナシト雖モ是唯該調書ノ不完全タルニ過キスシテ之カ爲メ無効トナルヘキモノニアラス故ニ原院カ之ヲ採テ以テ斷罪ノ資料ニ供シタルハ不法ニアラサルナリ（判旨第六點）
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ本案ノ上告ハ之ヲ棄却ス
明治二十九年一月十七日大審院第一刑事部公廷ニ於テ檢事岩野新平立會宣告ス
明治二十八年第一四七四号
明治二十九年一月十七日宣告
◎判決要旨
（判旨第一点）婚姻事項に関しては親族と雖も証人たるの資格を有す。
（参照）証人は第二百九十七条第一号及び第二百九十八条第四号の場合に於て左の事項に付き証言を拒むことを得ず。
（民事訴訟法第＄二百九十九条）
第一家族の出産、婚姻又は死亡（同条第＄一号）
左に掲ぐる者は証言を拒むこととを得。
（民事訴訟法第＄二百九十七条）
原告若くは被告又は其配偶者と親族なるとき。
但姻族に付ては婚姻の解除したるときと雖も亦同じ。
（同条第＄一号）
（判旨第三点）偽証罪の成立には事実の有無を問はず
（判旨第六点）民事訴訟法第百三十一条の規定に違ふと雖も其調書は無効にあらず。
故に之を断罪の資料に供するも不法なりとせず
（参照）弁論の進行に付ては其要領のみを調書に記載すべし。」調書に記載して明確にすべき諸件は左の如し」第一自白、認諾、放棄及和解」第二明確にすべき規定ある申立及陳述
第三証人及鑑定人の供述。
但其供述は以前聴かざるものなるとき又は以前の供述に異なるときに限る。」第四検証の結果」第五書面に作り調書に添付せざる裁判（判決、決定及命令）」第六裁判の言渡」附録として調書に添付し、且、調書に附録として表示したる書類に於ける記載は調書に於ける記載に同じ。
（民事訴訟法＄第百三十条）
前条第一号乃至四号に掲げたる調書の部分は法廷に於て之を関係人に読聞かせ又は閲覧の為め之を関係人に示す」調書には前項の手続を履みたること及承諾を為したること又は承諾を拒みたる理由を附記す可し（民事訴訟法第＄百三十一条）
右偽証被告事件に付、明治二十八年十一月二十六日大坂控訴院に於て被告常太郎及び大坂地方裁判所検事の控訴を審理の末同裁判所が被告常太郎を重禁錮十五日に処し罰金二円五十銭を附加す押収の物品は各差出人に還付すと言渡したる判決は相当にして被告常太郎の控訴は之を棄却し検事の控訴は其理由あるに付、被告太吉郎に対する判決を取消し更に被告太吉郎を重禁錮十五日罰金二円五十銭に処す押収書類等は各差出人に還付すと言渡したる判決に対し被告両名は上告を為したり。
大審院に於て刑事訴訟法第二百八十三条の定式を履行し審判すること左の如し
上告趣旨の第一点は原院に於て被告常太郎が民事の証人として瀬古丑太郎が実妹やゑと結婚を為したる事実を隠秘し偽証を為したりとの事実を認め有罪の判決を与へたれども婚姻を事実なりとするは被告常太郎は其民事訴訟の原告瀬古丑太郎（妻やゑの実兄に当る）及び被告瀬古ちゑ瀬古太吉郎（ちゑはやゑの実妹太吉郎はやゑの叔父）と姻族たり。
然らば則被告常太郎は民事訴訟法第二百九十七条第一の親属にして仮令証言を拒絶せざる場合と雖も民事訴訟法第三百十条第四号に該当し参考人たるの資格あるに過ぎずして法律上証言の義務を免がれ得べき者に付、之を証人として宣誓を為さしめたるは不法なり。
不法の証人は法律之を認めず又制裁を加ふ可き者にあらず。
然るに原院は其事実を認めながら有罪と為したるは擬律錯誤なりと云ふに在れども◎被告常太郎は瀬古丑太郎より瀬古ちゑに関する相続権争論の民事訴訟に付、大坂地方裁判所民事訟廷に於て被告常太郎とやゑとの婚姻事項に付、証言を為したることは其訊問調書に徴して明白なり。
然らば則民事訴訟法第二百九十九条に依るに婚姻事項に関して証言を為す場合の如きは同法第二百九十七条第一号に記載せし者と雖も猶、且、証言を拒むことを得ざる規定なるに付、被告常太郎は其証言を為したる事項に関し証人となる可き資格あること勿論なれば事実を隠蔽して偽証を為したる上は固より有罪たることを免がれず。
故に原判決は決して擬律錯誤にあらざるなり。
（判旨第一点）
同第二点は婚姻は要式のものに付、妻として送籍を為さざる迄は法律上婚姻を組成せず。
故に未だ送籍を為さざる以前の事実を以て妻にあらずと云ふも虚偽の陳述にあらず。
随で偽証罪を構成せず。
然るに原院が偽証と判決せしは擬律錯誤なりと云ふに在れども◎本論旨は要するに原院が認定以外の事実を以て其認定せし事実を非難し以て擬律錯誤なりと論するものなれば上告の理由となる可きものにあらず。
同第三点は偽証は実害なければ之を罰せざるは法律の原則なり。
被告常太郎の証言を仮に偽証とするも其証言にして裁判を誤らしむべき程度に達せざるときは実害なきを以て法律之を罰す可き者にあらず。
而して記録中民事の判決は被告の証言に依り妻にあらずと判決したるにあらず。
只妻たる事実明白ならずと云ふに止まり之が為め裁立を誤らしめたりと云ふ可からざるを以て未だ偽証として罰す可き程度に至らざるに原院が偽証罪と為したるは法則を不当に適用したるものなりと云ふに在れども◎苟も偽証を為したる上は其罪直ちに成立するものなれば之が為め実害を生じたると否とは偽証罪の成否に関するものにあらず。
故に本論旨も亦相立たず（判旨第三点）
同第四点は原院に於て被告太吉郎を偽証の嘱託を為したる者とし刑法第二百二十五条を適用せられたれども同条は賄賂其他の方法を以てずること法律上の要件なり。
然るに嘱託を為せしに付、賄賂其他の方法を以てしたる事実を認めずして同条を適用したるは擬律錯誤なり。
又賄賂其他の方法を以てしたる事実の理由を明示せざるは。
即ち判決に理由を付せざるものなりと云ふに在れども◎原判文を査閲するに「被告太吉郎は云云被告常太郎方に至り同人に対しちゑの姉やゑか曽て常太郎と結婚せし事実を陳述するに於ては右訴訟の不利となる可きに付、之を隠秘し常太郎はやゑと式を挙で婚姻せざる旨偽証を為し呉れ度と嘱託したるより被告常太郎は之を諾し云云」と明示しありて、即ち被告太吉郎は被告常太郎に対し事情を語り利害を説き以て為証の承諾を求めたるは嘱託の方法に外ならざれば原判決は擬律錯誤にあらず。
又事実の理由を付せざるものにあらざるなり。
同第五点は被告太吉郎が偽証の嘱託を為したりとする証拠は唯被告常太郎が予審第二回の調書中「親切上頼まれました。」と云ふに過ぎず頼まれたりと云ふは嘱託を受けたりと云ふ迄にして被告常太郎が本心を枉けて偽証を為すに至る丈けの賄賂又は其他の方法あるにあらず。
唯被告常太郎が厚意を以て自ら偽証したるものと解す可きを以て嘱託の事実も亦共に明瞭ならず要するに太吉郎の所為は法律上の要素を闕き犯罪架を構成せざる事実は一件記録に明確なるに刑法第二百二十五条を適用したるは不法の判決なりと云ふに在で◎要するに原承審官の職権に属する事実の認定を非難するに過ぎざれば上告の理由となるべきものにあらず。
被告両名弁護士高木益太郎が弁明の論旨は民事訴訟法第百三十一条に「前条第一号乃至第四号に掲げたる調書の部分は法廷に於て之を関係人に読聞かせ又は閲覧の為め之を関係人に示す調書には前項の手続を履みたること及び承諾を為したること又は承諾を拒みたる理由を附記すべし。」との規定あり。
然るに大坂地方裁判所民事部に於ける明治二十八年五月二十日付口頭弁論調書中に証人上野常太郎供述の部分に付ては前掲の法廷を践みたるものにあらず。
依て該調書は適法の成立にあらざるを以て原院が之を有効のものと認め断罪の資料に供したるは不法なりと云ふに在り◎因で右調書を査閲するに民事訴訟法第百三十一条に規定せし手続を履行したりとの事実を見るべきものなしと雖も是唯該調書の不完全たるに過ぎずして之が為め無効となるべきものにあらず。
故に原院が之を採で以て断罪の資料に供したるは不法にあらざるなり。
（判旨第六点）
右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条に依り本案の上告は之を棄却す
明治二十九年一月十七日大審院第一刑事部公廷に於て検事岩野新平立会宣告す
