明治二十八年第一三六三號
明治二十八年十二月二日宣告
◎判决要旨
官吏収賄罪ハ官吏人ノ囑託ヲ受ケ報酬トシテ金品ヲ収受シ若クハ其契約ヲ爲スニ因テ成立ス故ニ其囑託ヲ受クルニ當リ収受若クハ契約ノ事實ナキ以上ハ事後ニ至リ金品ノ贈與ヲ受クルコトアルモ刑法上罪トシテ論スヘキニアラス
（參照）官吏人ノ囑託ヲ受ケ賄賂ヲ収受シ又ハ之ヲ聽許シタル者ハ一月以上一年以下ノ重禁錮ニ處シ四圓以上四拾圓以下ノ罰金ヲ附加ス（刑法第二百八＄十四條一項）
右官文書僞造行使不正逮捕監禁僞證賄賂収受詐欺取財誣告被告事件福岡地方裁判所ノ判决ニ對スル被告及ヒ檢事ノ控訴ニ付明治二十八年十月二十九日長崎控訴院ニ於テ審理ノ末被告ニ對スル原判决中有罪ノ部分ヲ取消シ被告ヲ重禁錮三年附加罰金三拾圓ニ處シ収賄金六百圓ヲ追徴ス被告カ官文書僞造行使ノ點ニ對スル本院檢事ノ付帶控訴及被告カ詐欺取財誣告ノ點ニ對スル原檢事ノ控訴ハ之ヲ棄却ス押収物件ハ各差出人ニ還付シ公訴裁判費用ハ被告ニ於テ長ハルト連帶負擔スヘシト言渡シタル有罪ノ部分ニ對シ被告ハ上告ヲ爲シ原判决ノ破毀ヲ要求シ相手方原院檢事長大島貞敏ハ上告理由ナキ旨ノ答辯書ヲ差出シタリ
大審院ニ於テ刑事訴訟法第二百八十三條ノ定式ヲ履行シ審理ヲ遂クル處
上告趣意ノ要旨第一點ハ原院カ斷罪ノ證憑ニ供セラレタル證人安武昌夫市原正治野見山俊一ノ宣誓書ニハ單ニ良心ニ從ヒ宣誓スヘキ旨ノ明記アリテ果シテ被告何某ノ如何ナル事件ニ對シ宣誓シタルヤ得テ知ルヘカラス然ルニ原院カ如斯不法ノ宣誓ニ對スル證人調書ヲ採テ有罪ノ證憑ト爲シタルハ不當ナリト云フニ在レトモ◎右各調書ヲ査閲スルニ安武昌夫市原正治ノ調書ニハ「山本謹太郎カ詐欺取財事件ニ付證人トシテ調ルカラ宣誓セヨ此時宣誓書ヲ讀聞セタル上署名捺印セシム」ト記載シアリ又野見山俊一ノ調書ニモ「山本謹太郎カ詐欺取財外一罪被告事件ニ付證人トシテ調ル旨ヲ告ケ宣誓書ヲ讀聞セ署名捺印セシメタル旨」ノ記載アリ左レハ其宣誓書ニ特ニ被告ノ人名件名ヲ記載セサルモ之ヲ不法ノ宣誓ト云フコトヲ得ス隨テ原院カ是等證人ノ供述ヲ斷罪ノ資料ニ供シタルハ不法ニ非ス
其第二點ハ證人山本龜吉池田岩吉ノ調書ニハ山本謹太郎外二名詐欺取財事件ニ付訊問スヘキ旨明記アリ此時已ニ不法逮捕強訊等ノ起訴アリタルニ拘ハラス右二罪ノ點ニ付テハ宣誓ヲ爲サシメス而シテ其調書ニハ詐欺取財事件以外ノ事項ヲ訊問シ現ニ詐欺取財事件ニ對シ無罪ヲ言渡シナカラ右調書ヲ採テ斷罪ノ證憑ニ供シタルハ不當ナリト云フニ在レトモ◎本案ノ如キ互ニ相關係スル事件ニ在テハ甲件ニ付法律ノ規定ニ抵觸スナキコトヲ認メ宣誓セシメタル證人ノ供述ヲ乙件ノ證憑ニ供スルモ决シテ不法ニ非ス要スルニ此論旨ハ原院ノ職權ニ屬スル證據ノ判斷ニ對シ漫ニ苦情ヲ訴フルニ過キス上告適法ノ理由トナラス
其第三點ハ證人中川ヒサヨナル者ハ一件記録中曾テ斯ル氏名ノ者アルコトナシ又證人安武昌夫市原正治野見山俊一ノ調書ハ原院カ有罪ト認メタル事項ニ對シテハ被告ニ不利ナル申立ノ以ヲ見ルヘキモノアルコトナシ又證人池田岩吉ノ調書ハ只不法逮捕ヲ受タリトノ申立ニ過キスシテ被告ノ命令ニ出タリトノ點ニ付テハ一言ノ申立モナシ其他原院カ明町シタル證憑ハ勿論一件記録中被告ノ指揮命令ニ出タリトノ證據ノ端緒タモアルコトナシ然ルニ右等ノ調書ヲ採リ池田岩吉ニ對スル不法逮捕ノ罪アリト認メタルハ越權不法ノ判决ナリト云フニ在リ◎因テ訴訟記録ヲ査閲スルニ明治二十七年九月二十四日附證人中田ヒサヨノ調書アリ原判决ニ中川ヒサヨノ豫審調書トアルハ即チ此調書ヲ指シタルモノニシテ中川トアルハ中田ノ誤記ナルコト明瞭ナリ餘ハ原院ノ職權ニ屬スル證據ノ採擇事實ノ認定ヲ批難スル論旨ニシテ固ヨリ上告適法ノ理由トナラス
其第四點ハ賄賂罪ハ專ラ贈與者ノ意思ニ依ルヲ正當トス今贈與者即チ證人山本與平中村早苗ノ證言ニ徴スルモ事後ノ報酬タリシハ爭フヘカラサルノ事實ナリ加之被告カ犯罪搜査ハ其職務上ノ確信ニ依リ適法ニ且ツ熱心ニ從事シタルモノニシテ與平ノ囑託ヲ待テ着手シ若クハ其囑托ニ基クモノニ非ス且ツ其搜査ハ决シテ不正ノ處分ヲ目的ト爲シ若クハ與平カ囑托アリト假定スルモ不正ノ處分ニ對スル囑托ニ非スシテ只與平カ衷心喜ヲ表スルノ意思ニテ贈與シタリト云フニ過キサレハ収賄罪ヲ搆成セス原判决ハ此點ニ於テ擬律錯誤アルヲ免カレスト云フニ在リ◎因テ審按スルニ官吏収賄罪ハ官吏タル者人ノ囑託ヲ受ケ其囑託ニ應スルノ報酬トシテ現ニ金品ノ贈與ヲ受ケ若クハ其贈與ノ約束ヲ爲スニ因テ成立スルモノニシテ人ノ囑託ヲ受クルニ當リ金品ノ授受若クハ約束ヲ爲サヽルモノハ縱令爾後贈與ヲ受クルモ刑法上罪トシテ論ス可キモノニ非ス今原判决ヲ査閲スルニ「（前畧）被害者與志介ノ養子與平ハ先キニ數々被告謹太郎ニ加害者ノ搜査ヲ囑託シタルニ今謹太郎カ數名ノ者ヲ加害者トシテ檢事局ニ送致シ搜査ニ力ヲ盡スヲ見テ之ヲ徳トシ明治廿六年三月十八九日頃福岡市船町ノ謹太郎寄留所ニ於テ其謝禮トシテ金三百圓ヲ贈與シ尚又同月廿三四日頃謹太郎カ該犯罪搜査ノ勞ヲ慰セン爲メ温泉ニ行クト聞キ費用ヲ要スルモノト察知シ前同一ノ謝禮トシテ前同所ニ於テ金三百圓ヲ贈與シタルニ被告謹太郎ハ共ニ之ヲ収受シタリ」トアリテ被告カ金圓ノ贈與ヲ受クル前ニ於テ與平ヨリ數々加害者搜査ノ囑託ヲ受ケタル事實アルモ其囑託ヲ受クルノ當時豫メ後日ノ贈與ヲ暗默ニモ約束シタル事實ナシ唯被告ハ其職務上受ク可カラサルモノヲ受ケタリト云フニ過キス然ルニ原院カ之ヲ刑法第二百八十四條第一項ニ問擬シ處罰シタルハ即チ擬律ノ錯誤ニシテ此論旨ハ其理由アリトス
其第五點ハ原院カ有罪ト認メタル第二ノ不法逮捕強訊監禁等ノ點並ニ第三ノ不法逮捕ノ點ニ付テハ其各被告人カ自己辯護ノ方法トシテ種々申立タル外證人ノ資格アル者ノ證言ノ以テ徴スヘキモノアルコトナシ又第一審判决ハ各罪共二等ノ酌減ヲ與ヘラレタルニ原院ハ單ニ其酌量減輕ヲ不當トスルトノ附帶控訴ヲ採リ酷刑ニ處シタルハ事件ノ事情ニ適セス旦ツ不當ノ附帶控訴ヲ採用シタルモノニシテ最モ不當ノ判决ナリト云フニ在リテ◎前段ハ證據ノ採擇ニ對スル批難ニ過キス後段ハ檢事ハ刑ノ輕キニ失スルヲ理由トシ控訴ヲ爲スコトヲ得ルモノナレハ原院カ其控訴ヲ理由アリトシ之ヲ採用シタルハ决シテ不法ニ非ス
其第六點ハ第四僞證ノ點ニ付原院ノ認ル處ニ依レハ被告ハ中村敬照ヲ教唆シ敬照ハ更ニ長ハルヲ教唆シ僞證セシメタルノ事實ト爲レリ然ラハ教唆者ニ對スル教唆ニシテ刑法第百五條ノ教唆者ニ非ス加之原院ノ認ムル事實ニ依レハ信二郎カ有罪ノ處分ヲ受クルニ於テハ當時熱心搜査中ノ使用ノ便ヲ欠クヲ以テ引續キ其搜査ヲ爲サントスルヲ以テ直接ノ目的ト爲シ曲庇ハ不得已結果即チ其末ニ屬スルモノナレハ刑法上論スル所ノ由庇ヲ直接ノ目的ト爲スモノト其所爲大ニ異ナリ然ルニ此事實ニ對シ有罪ヲ言渡シタルハ擬律ノ錯誤ナリ酌量減輕ニ對スル不法ノ附帶控訴ヲ採用シタルハ前第五ニ申立タル所ニ同シト云フニ在レトモ◎原院ハ被告ヲ以テ教唆者ノ教唆者ト認メタルニ非サルコトハ其判文ニ照シテ明瞭ナルノミナラスハルヲシテ信二郎ヲ曲庇セシメ刑ヲ免カレシメント圖リ中村敬照ニ僞證囑託ノ事ヲ教唆シタル上ハ其罪責ヲ免カルヽコトヲ得サルモノトス檢事ノ附帶控訴ノ點ニ付テハ前段ノ説明ニ依リテ了解ス可シ
其第七點ハ明治廿六年二三月頃金五百圓二口ヲ與平ヨリ騙取シタリ又ハ賄賂収受シタリトノ點ニ付テハ内第一回ノ五百圓ニ對シテハ元來訴追ナク豫審决定書ニモ决定シアラス又第一審公判始末書ニ徴スルモ原檢事ノ訴追ナキコト明ナリ然ルニ原二審ニ於テ立會檢事ヨリ突然騙取又ハ賄賂トシテ収受セリトノ論告アリタルニ付原院ハ本案ノ判决ヲ與ヘス直ニ公訴提起ナキ不法ノ論告ナリトノ理由ヲ以テ棄却スヘキハ當然ナルニ假令無罪ヲ言渡シタリト雖トモ公訴事件トシテ本案ノ審理ヲ爲シ判决シタルハ不當ナリト云フニ在リテ◎無罪ノ判决ニ對スル批難ナレハ以テ上告ノ理由ト爲スコトヲ得ス
被告ハ尚ホ上告趣意追申書ヲ差出シタルモ右ハ前趣意書中ノ訂正並ニ原院檢事長答辯ニ對スル辯駁ニ係ルヲ以テ別ニ辯明ヲ與ヘス
以上辯明シタル如ク上告論旨第一點乃至第三點及第五點乃至第七點ハ其理由ナキモ第四點ハ其理由アルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十六條第二百八十七條ニ則リ之ニ關スル原判决ノ部分ヲ破毀シ本院ニ於テ直チニ判决スルコト左ノ如シ
右
山本謹太郎
被告カ山本與平ヨリ賄賂トシテ二回ニ合計金六百圓ヲ収受シタリトノ點ハ法律上罪ト爲ラサルヲ以テ刑事訴訟法第二百二十四條ニ依リ無罪餘ハ原判决ノ通リルヲ以テ刑事訴訟法第二百二十四條ニ依リ無罪餘ハ原判决ノ通リ
明治二十八年第一三六三号
明治二十八年十二月二日宣告
◎判決要旨
官吏収賄罪は官吏人の嘱託を受け報酬として金品を収受し若くは其契約を為すに因で成立す。
故に其嘱託を受くるに当り収受若くは契約の事実なき以上は事後に至り金品の贈与を受くることあるも刑法上罪として論すべきにあらず。
（参照）官吏人の嘱託を受け賄賂を収受し又は之を聴許したる者は一月以上一年以下の重禁錮に処し四円以上四拾円以下の罰金を附加す（刑法第二百八＄十四条一項）
右官文書偽造行使不正逮捕監禁偽証賄賂収受詐欺取財誣告被告事件福岡地方裁判所の判決に対する被告及び検事の控訴に付、明治二十八年十月二十九日長崎控訴院に於て審理の末被告に対する原判決中有罪の部分を取消し被告を重禁錮三年附加罰金三拾円に処し収賄金六百円を追徴す被告が官文書偽造行使の点に対する本院検事の付帯控訴及被告が詐欺取財誣告の点に対する原検事の控訴は之を棄却す押収物件は各差出人に還付し公訴裁判費用は被告に於て長はると連帯負担すべしと言渡したる有罪の部分に対し被告は上告を為し原判決の破毀を要求し相手方原院検事長大島貞敏は上告理由なき旨の答弁書を差出したり。
大審院に於て刑事訴訟法第二百八十三条の定式を履行し審理を遂くる処
上告趣意の要旨第一点は原院が断罪の証憑に供せられたる証人安武昌夫市原正治野見山俊一の宣誓書には単に良心に従ひ宣誓すべき旨の明記ありて果して被告何某の如何なる事件に対し宣誓したるや得て知るべからず。
然るに原院が如斯不法の宣誓に対する証人調書を採で有罪の証憑と為したるは不当なりと云ふに在れども◎右各調書を査閲するに安武昌夫市原正治の調書には「山本謹太郎が詐欺取財事件に付、証人として調るから宣誓せよ此時宣誓書を読聞せたる上署名捺印せしむ」と記載しあり又野見山俊一の調書にも「山本謹太郎が詐欺取財外一罪被告事件に付、証人として調る旨を告げ宣誓書を読聞せ署名捺印せしめたる旨」の記載あり左れば其宣誓書に特に被告の人名件名を記載せざるも之を不法の宣誓と云ふことを得ず。
随で原院が是等証人の供述を断罪の資料に供したるは不法に非ず
其第二点は証人山本亀吉池田岩吉の調書には山本謹太郎外二名詐欺取財事件に付、訊問すべき旨明記あり此時己に不法逮捕強訊等の起訴ありたるに拘はらず右二罪の点に付ては宣誓を為さしめず。
而して其調書には詐欺取財事件以外の事項を訊問し現に詐欺取財事件に対し無罪を言渡しながら右調書を採で断罪の証憑に供したるは不当なりと云ふに在れども◎本案の如き互に相関係する事件に在ては甲件に付、法律の規定に抵触すなきことを認め宣誓せしめたる証人の供述を乙件の証憑に供するも決して不法に非ず要するに此論旨は原院の職権に属する証拠の判断に対し漫に苦情を訴ふるに過ぎず上告適法の理由とならず
其第三点は証人中川ひさよなる者は一件記録中曽て斯る氏名の者あることなし又証人安武昌夫市原正治野見山俊一の調書は原院が有罪と認めたる事項に対しては被告に不利なる申立の以を見るべきものあることなし又証人池田岩吉の調書は只不法逮捕を受たりとの申立に過ぎずして被告の命令に出だりとの点に付ては一言の申立もなし其他原院が明町したる証憑は勿論一件記録中被告の指揮命令に出だりとの証拠の端緒たもあることなし然るに右等の調書を採り池田岩吉に対する不法逮捕の罪ありと認めたるは越権不法の判決なりと云ふに在り◎因で訴訟記録を査閲するに明治二十七年九月二十四日附証人中田ひさよの調書あり原判決に中川ひさよの予審調書とあるは。
即ち此調書を指したるものにして中川とあるは中田の誤記なること明瞭なり。
余は原院の職権に属する証拠の採択事実の認定を批難する論旨にして固より上告適法の理由とならず
其第四点は賄賂罪は専ら贈与者の意思に依るを正当とす。
今贈与者即ち証人山本与平中村早苗の証言に徴するも事後の報酬たりしは争ふべからざるの事実なり。
加之被告が犯罪捜査は其職務上の確信に依り適法に且つ熱心に従事したるものにして与平の嘱託を待で着手し若くは其嘱托に基くものに非ず且つ其捜査は決して不正の処分を目的と為し若くは与平が嘱托ありと仮定するも不正の処分に対する嘱托に非ずして只与平が衷心喜を表するの意思にて贈与したりと云ふに過ぎざれば収賄罪を搆成せず原判決は此点に於て擬律錯誤あるを免がれずと云ふに在り◎因で審按ずるに官吏収賄罪は官吏たる者人の嘱託を受け其嘱託に応するの報酬として現に金品の贈与を受け若くは其贈与の約束を為すに因で成立するものにして人の嘱託を受くるに当り金品の授受若くは約束を為さざるものは縦令爾後贈与を受くるも刑法上罪として論す可きものに非ず今原判決を査閲するに「（前略）被害者与志介の養子与平は先きに数数被告謹太郎に加害者の捜査を嘱託したるに今謹太郎が数名の者を加害者として検事局に送致し捜査に力を尽すを見で之を徳とし明治廿六年三月十八九日頃福岡市船町の謹太郎寄留所に於て其謝礼として金三百円を贈与し尚又同月廿三四日頃謹太郎が該犯罪捜査の労を慰せん為め温泉に行くと聞き費用を要するものと察知し前同一の謝礼として前同所に於て金三百円を贈与したるに被告謹太郎は共に之を収受したり。」とありて被告が金円の贈与を受くる前に於て与平より数数加害者捜査の嘱託を受けたる事実あるも其嘱託を受くるの当時予め後日の贈与を暗黙にも約束したる事実なし。
唯被告は其職務上受く可からざるものを受けたりと云ふに過ぎず。
然るに原院が之を刑法第二百八十四条第一項に問擬し処罰したるは。
即ち擬律の錯誤にして此論旨は其理由ありとす。
其第五点は原院が有罪と認めたる第二の不法逮捕強訊監禁等の点並に第三の不法逮捕の点に付ては其各被告人が自己弁護の方法として種種申立たる外証人の資格ある者の証言の以て徴すべきものあることなし又第一審判決は各罪共二等の酌減を与へられたるに原院は単に其酌量減軽を不当とするとの附帯控訴を採り酷刑に処したるは事件の事情に適せず旦つ不当の附帯控訴を採用したるものにして最も不当の判決なりと云ふに在りて◎前段は証拠の採択に対する批難に過ぎず後段は検事は刑の軽きに失するを理由とし控訴を為すことを得るものなれば原院が其控訴を理由ありとし之を採用したるは決して不法に非ず
其第六点は第四偽証の点に付、原院の認る処に依れば被告は中村敬照を教唆し敬照は更に長はるを教唆し偽証せしめたるの事実と為れり然らば教唆者に対する教唆にして刑法第百五条の教唆者に非ず加之原院の認むる事実に依れば信二郎が有罪の処分を受くるに於ては当時熱心捜査中の使用の便を欠くを以て引続き其捜査を為さんとするを以て直接の目的と為し曲庇は不得己結果即ち其末に属するものなれば刑法上論する所の由庇を直接の目的と為すものと其所為大に異なり。
然るに此事実に対し有罪を言渡したるは擬律の錯誤なり。
酌量減軽に対する不法の附帯控訴を採用したるは前第五に申立たる所に同じと云ふに在れども◎原院は被告を以て教唆者の教唆者と認めたるに非ざることは其判文に照して明瞭なるのみならずはるをして信二郎を曲庇せしめ刑を免がれしめんと図り中村敬照に偽証嘱託の事を教唆したる上は其罪責を免がるることを得ざるものとす。
検事の附帯控訴の点に付ては前段の説明に依りて了解す可し
其第七点は明治廿六年二三月頃金五百円二口を与平より騙取したり。
又は賄賂収受したりとの点に付ては内第一回の五百円に対しては元来訴追なく予審決定書にも決定しあらず。
又第一審公判始末書に徴するも原検事の訴追なきこと明なり。
然るに原二審に於て立会検事より突然騙取又は賄賂として収受せりとの論告ありたるに付、原院は本案の判決を与へず直に公訴提起なき不法の論告なりとの理由を以て棄却すべきは当然なるに仮令無罪を言渡したりと雖とも公訴事件として本案の審理を為し判決したるは不当なりと云ふに在りて◎無罪の判決に対する批難なれば以て上告の理由と為すことを得ず。
被告は尚ほ上告趣意追申書を差出したるも右は前趣意書中の訂正並に原院検事長答弁に対する弁駁に係るを以て別に弁明を与へず
以上弁明したる如く上告論旨第一点乃至第三点及第五点乃至第七点は其理由なきも第四点は其理由あるを以て刑事訴訟法第二百八十六条第二百八十七条に則り之に関する原判決の部分を破毀し本院に於て直ちに判決すること左の如し
右
山本謹太郎
被告が山本与平より賄賂として二回に合計金六百円を収受したりとの点は法律上罪と為らざるを以て刑事訴訟法第二百二十四条に依り無罪余は原判決の通りるを以て刑事訴訟法第二百二十四条に依り無罪余は原判決の通り
