明治二十八年第一〇六六號
明治二十八年九月二十七日宣告
◎判决要旨
代價ノ多少ハ盜贓故買罪ヲ成立スルノ要素ニアラス從テ其代價ヲ明示セサル判决ハ不法ニアラス
右苅谷久四郎カ盜贓故買被告事件ニ付明治二十八年八月十四日名古屋控訴院ニ於テ岐阜地方裁判所ノ判决ニ對スル被告ノ控訴ヲ審判シ原判决ハ之ヲ取消ス被告久四郎ヲ盜贓故買三罪アリトシ一ノ重キ第二ノ罪ニ從ヒ重禁錮一年六月罰金十圓ニ處シ監視六月ニ付ス押収品中假下ニ係ル手拭九筋ハ柳原伊太郎ニ還付シ其他ハ各差出人ニ還付スト言渡シタル第二審ノ判决ニ服セス被告人ハ上告ヲ爲シタルニ因リ刑事訴訟法第二百八十三條ノ式ヲ履行シ判决ヲ爲スコト左ノ如シ
上告要旨ハ上告人カ間宮柳吉大河内鈵太郎ヨリ買受ケタル物件ハ其贓物タルノ情ヲ知テ之ヲ買受ケタルニ非ス然ルニ岐阜警察署ニ於テ脅迫壓制ノ取調ヲ受ケタルヨリ是非ノ辨別モナク不實ノ陳述ヲ爲シ其後公判廷ニ於テ眞個任意ノ事實ヲ陳述スルモ前キニ警察署ノ壓制ニ成立タル聞取書アルヲ以テ不當ノ裁判ヲ受ケタルモノナリ又百歩ヲ讓リ情ヲ知テ贓物ヲ買受ケタルモノト假定スルモ刑法第三百九十九條盜贓故買ノ罪ニ該當セス同第四百一條物件故買ノ罪ニ該當スヘキモノナリ何トナレハ柳吉鈵太郎等カ竊取セシ贓物ナルモ之ヲ他人ニ賣却セントスルニ盜贓品ト明言セハ之ヲ買受ル者ナシ若シ買受ル者アラハ盜贓品ナルヲ以テ代價ノ低減スルモノナレハ其盜贓タル事實ヲ告ル理由ナシ故ニ之ヲ買受ル者ニ於テ或ハ不正品ナラント推知スルモ盜贓品ナルコトヲ知ラサルハ當然ナレハナリ况ンヤ上告人カ毫モ贓物ナルコトヲ知ラサルニ於テオヤ原控訴院ハ是等ノ事實ヲ審究セス單ニ立會檢事ノ請求ノミヲ採リ有罪ノ判决ヲ爲シタルハ違法ナリト云フニ在ルモ◎要スルニ裁判官ノ職權ニ屬スル事實ノ認定證憑ノ取捨ヲ非難スルニ過キスシテ上告適法ノ理由ナキモノトス』其辯明書ノ要旨ハ第一本件第一審判文中ニ前記茶格子縞双子織一反及ヒ手拭九筋ヲ代價凡ソ七十錢ニテ自宅ニ於テ右鈵太郎ヨリ買受タルモノナリトアルニ第二審判文ニハ第一審ノ相被告人タル大河内鈵太郎カ柳原伊太郎方ヨリ竊取シタル手拭九筋ヲ盜贓タルノ情ヲ知リナカラ自宅ニ於テ右達太郎ヨリ買受タル者ナリトアリテ前記茶格子縞双子織一反ハ何等ノ處分モ爲サス又其理由モ掲ケサルハ如何ナル次第ナルヤ且上告人ハ同時ニ双子織一反ト手拭九筋ヲ束ネ代價七十錢ニテ買受ケ該物件ハ何レモ其儘上告人ノ手ニアルニモ拘ハラス双子織ト手拭トヲ區別シ手拭九筋ハ柳原伊太郎ニ還付スト言渡サレ双子織一反ハ被害者ニ還付スルノ言渡ナキハ違法ニシテ事實及法律ニ依リ其理由ヲ明示セサルモノナリト云フニ在ルモ◎被告カ大河内達太郎ヨリ買受タル贓物ハ第一審ニ於テ双子織一反及手拭九筋ノ二品ナリト認メタルモ第二審ニ於テハ手拭九筋ノ一品ノミヲ故買シタリト認メ双子織一反ヲ故買セシ事實ナシト爲シタルモノナレハ其物品ニ付何等ノ處分ヲ爲サヽルハ當然ニシテ又其理由ヲ示スノ必要ナシ而シテ右物品ハ公廷ニ現在セサルヲ以テ別ニ還付ノ言渡ヲ爲スヘキモノニ非ス且原判决ニ手拭九筋ノミヲ故買シタリト認メタルニ被告ニ於テ其他ニ尚ホ双子織一反ヲモ故買シタリト論告スルハ自巳ノ利益ニ反スル論旨ナルヲ以テ上告ノ理由トナラス』第二差押物件ハ證憑ノ一部ナレハ之ヲ公廷ニ出シ取調ヲ爲シ被告人ニ示シ辯解ヲ爲サシムヘキモノナルニ原院ニ於テ相被告人苅谷市三郎ノ差押物件ハ市三郎ニ示シ辯解ヲナサシメラレシニ上告人久四郎方ヨリ差押ノ物件ハ一モ被告ニ示シ辯解ヲモ爲サシメサリシノミナラス本件斷罪ノ證憑トセラレシ第一審公判始末書柳原伊太郎奥村市十郎高坂ルイノ各盜難届書等ニ付テハ被告人ニ意見アルヤ否ヤノ問モナクシテ有罪ノ判决ヲ爲シタルハ違法ナリト云フニ在ルモ◎本案ニ付差押物件ヲ證憑ニ供シタルモノナシ而シテ市三郎方ヨリノ差押物件ハ原公廷ニ現在セシモ被告久四郎ノ差押物件ハ一モ公廷ニ現在セサルヲ以テ被告ニ示シ辯解ヲ爲サシメサリシハ當然ナリ又本件ノ證憑ト爲シタル第一審公判始末書柳原伊太郎奥村市十郎高坂ルイノ盜難届書等ニ對シ辯解ハナキヤト訊問シタルニ被告人久四郎ハ別ニ申立ルコトナシト答ヘタル旨公判始末書ニ明記スル所ナレハ原裁判上毫モ違法ノ點ナシ』第三原院ニ於テ言渡シタル第二審ノ判决ハ其主文ノ朗讀ノミニ止マリ判决ノ理由ハ言渡ト同時ニ朗讀セス又口頭ニテ其要領ヲモ告ケラレサリシハ違法ナリト云フニ在ルモ◎公判始末書中ニ「別紙ノ通リ判决言渡ヲ爲シ云々」ト記載シアリテ判决書全部ヲ朗讀シタルモノナルヤ明瞭ナリ』第四原判文ニ被告ハ間宮柳吉大河内鈵太郎ヨリ絹糸類及ヒ手拭等ヲ買受ケタリト言渡サレシモ買受ノ代價ハ幾許ナルヤ其金額ヲ記載セサルハ違法ナリ刑ノ言渡ヲ爲スニハ事實及法律ニ依リ其理由ヲ明示スヘキモノナレハ本件ノ如キハ其賍物ノ價格ヲ掲ケ何々ノ物件ヲ代金何程ニテ買受タルヲ以テ盜賍故買ナリト記載スヘキニ原院カ故買ニ必要ナル代價ヲ擧示セサルハ事實理由ヲ明示セサルナリト云フニ在ルモ◎盜賍故買ノ犯罪ハ賍物ナルコトヲ知テ之ヲ買受ケタルニ因リ成立スルモノニシテ其代價ノ多少ハ犯罪ノ成否ニ關係ナキモノナレハ其金額ヲ擧示スルノ必要ナシ故ニ代價ヲ記載セサルヲ違法ト云フコトヲ得ス』第五原判文ニ「是ヨリ先キ被告久四郎ハ明治十六年十一月二十六日及ヒ同二十三年四月十六日同二十四年七月七日何レモ賭博罪ニ依リ各重禁錮罰金ノ刑ニ處セラレタリト言渡サレタルモ二十三年四月十六日ハ闕席判决ヲ受ケタル迄ニテ其判决ニ對シ故障ノ申立ヲ爲シ而シテ二十四年七月七日對審判决ヲ受ケ該刑ヲ執行セシモノナレハ一ノ犯罪ニ付其闕席判决マテヲ前科ニ加重セラルヘキ理由ナキノミナラス被告久四郎ノ年齡ニ於ケルモ亦全一年ノ増違アリシハ何レノ齟齬ニ出タルヤ要スルニ不法ノ判决ナリト云フニ在ルモ◎被告カ賭博罪ニ依リ三回處刑ヲ受ケタル事實ハ前科調書ニ明瞭ナレハ原判决上錯誤アルコトナシ其年齡ハ被告ニ於テ四十八歳九月生ト供述シタルニ依リ記載セシモノナリ假令其年齡ニ一年ノ差異アリトスルモ丁年未丁年ノ區別アル如ク刑ノ輕重ニ關係アルニ非サレハ之ヲ以テ上告ノ理由ト爲スコトヲ得ス』第六原判文ニ被告ヲ盜賍故買三罪アリト認メラレタルモ前ニ陳述セシ如ク盜賍タルノ情ヲ知テ故買セシモノニ非ス且被告ハ元來生糸仲買商ヲ營業トシ其營業ノ物品タル生糸ヲ買受タルモノナレハ公商ノ賣買ニシテ法律ノ制裁ヲ受クヘキモノニ無之假リニ賍物タルノ情ヲ知テ故買セシトスルモ柳吉鈵太郎等カ自ラ盜品ナリト告クヘキ理由ナケレハ刑法第三百九十九條ニ該當スヘキモノニ非スシテ擬律ノ錯誤ナリト云フニ在ルモ◎盜賍タルノ情ヲ知ラスト陳述シ漫ニ事實ノ認定ヲ非難スルニ過キス既ニ盜賍故買ノ所爲アル上ハ其公商ナルト否トニ依リ犯罪ノ有無ヲ判スベキノ理由ナシ』第七判决言渡ハ最モ緊要ノモノニシテ一字一點モ麁略ニスヘキモノニ非ス殊ニ前科年齡ノ如キハ刑ノ輕重ニ關係アルモノナルニ原判决ハ前ニ上申スル如ク種々ノ齟齬アルハ要スルニ不法ノ裁判ナリト云フニ在ルモ◎前ニ説明スル如ク原判决上一モ違法ト認ムヘキノ點ナキニ因リ上告論旨ハ總テ適法ノ理由ナキモノトス
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ從ヒ本件上告ハ之ヲ棄却ス
明治二十八年九月二十七日大審院第二刑事部公廷ニ於テ檢事岩田武儀立會宣告ス
明治二十八年第一〇六六号
明治二十八年九月二十七日宣告
◎判決要旨
代価の多少は盗贓故買罪を成立するの要素にあらず。
従て其代価を明示せざる判決は不法にあらず。
右苅谷久四郎が盗贓故買被告事件に付、明治二十八年八月十四日名古屋控訴院に於て岐阜地方裁判所の判決に対する被告の控訴を審判し原判決は之を取消す被告久四郎を盗贓故買三罪ありとし一の重き第二の罪に従ひ重禁錮一年六月罰金十円に処し監視六月に付す押収品中仮下に係る手拭九筋は柳原伊太郎に還付し其他は各差出人に還付すと言渡したる第二審の判決に服せず被告人は上告を為したるに因り刑事訴訟法第二百八十三条の式を履行し判決を為すこと左の如し
上告要旨は上告人が間宮柳吉大川内鈵太郎より買受けたる物件は其贓物たるの情を知で之を買受けたるに非ず。
然るに岐阜警察署に於て脅迫圧制の取調を受けたるより是非の弁別もなく不実の陳述を為し其後公判廷に於て真個任意の事実を陳述するも前きに警察署の圧制に成立たる聞取書あるを以て不当の裁判を受けたるものなり。
又百歩を譲り情を知で贓物を買受けたるものと仮定するも刑法第三百九十九条盗贓故買の罪に該当せず同第四百一条物件故買の罪に該当すべきものなり。
何となれば柳吉鈵太郎等が窃取せし贓物なるも之を他人に売却せんとするに盗贓品と明言せば之を買受る者なし。
若し買受る者あらば盗贓品なるを以て代価の低減するものなれば其盗贓たる事実を告る理由なし。
故に之を買受る者に於て或は不正品ならんと推知するも盗贓品なることを知らざるは当然なればなり。
況んや上告人が毫も贓物なることを知らざるに於ておや原控訴院は是等の事実を審究せず単に立会検事の請求のみを採り有罪の判決を為したるは違法なりと云ふに在るも◎要するに裁判官の職権に属する事実の認定証憑の取捨を非難するに過ぎずして上告適法の理由なきものとす。』其弁明書の要旨は第一本件第一審判文中に前記茶格子縞双子織一反及び手拭九筋を代価凡そ七十銭にて自宅に於て右鈵太郎より買受たるものなりとあるに第二審判文には第一審の相被告人たる大川内鈵太郎が柳原伊太郎方より窃取したる手拭九筋を盗贓たるの情を知りながら自宅に於て右達太郎より買受たる者なりとありて前記茶格子縞双子織一反は何等の処分も為さず又其理由も掲げざるは如何なる次第なるや、且、上告人は同時に双子織一反と手拭九筋を束ね代価七十銭にて買受け該物件は何れも其儘上告人の手にあるにも拘はらず双子織と手拭とを区別し手拭九筋は柳原伊太郎に還付すと言渡され双子織一反は被害者に還付するの言渡なきは違法にして事実及法律に依り其理由を明示せざるものなりと云ふに在るも◎被告が大川内達太郎より買受たる贓物は第一審に於て双子織一反及手拭九筋の二品なりと認めたるも第二審に於ては手拭九筋の一品のみを故買したりと認め双子織一反を故買せし事実なしと為したるものなれば其物品に付、何等の処分を為さざるは当然にして又其理由を示すの必要なし。
而して右物品は公廷に現在せざるを以て別に還付の言渡を為すべきものに非ず、且、原判決に手拭九筋のみを故買したりと認めたるに被告に於て其他に尚ほ双子織一反をも故買したりと論告するは自己の利益に反する論旨なるを以て上告の理由とならず』第二差押物件は証憑の一部なれば之を公廷に出し取調を為し被告人に示し弁解を為さしむべきものなるに原院に於て相被告人苅谷市三郎の差押物件は市三郎に示し弁解をなさしめられしに上告人久四郎方より差押の物件は一も被告に示し弁解をも為さしめざりしのみならず本件断罪の証憑とせられし第一審公判始末書柳原伊太郎奥村市十郎高坂るいの各盗難届書等に付ては被告人に意見あるや否やの問もなくして有罪の判決を為したるは違法なりと云ふに在るも◎本案に付、差押物件を証憑に供したるものなし、而して市三郎方よりの差押物件は原公廷に現在せしも被告久四郎の差押物件は一も公廷に現在せざるを以て被告に示し弁解を為さしめざりしは当然なり。
又本件の証憑と為したる第一審公判始末書柳原伊太郎奥村市十郎高坂るいの盗難届書等に対し弁解はなきやと訊問したるに被告人久四郎は別に申立ることなしと答へたる旨公判始末書に明記する所なれば原裁判上毫も違法の点なし。』第三原院に於て言渡したる第二審の判決は其主文の朗読のみに止まり判決の理由は言渡と同時に朗読せず又口頭にて其要領をも告げられざりしは違法なりと云ふに在るも◎公判始末書中に「別紙の通り判決言渡を為し云云」と記載しありて判決書全部を朗読したるものなるや明瞭なり。』第四原判文に被告は間宮柳吉大川内鈵太郎より絹糸類及び手拭等を買受けたりと言渡されしも買受の代価は幾許なるや其金額を記載せざるは違法なり。
刑の言渡を為すには事実及法律に依り其理由を明示すべきものなれば本件の如きは其賍物の価格を掲げ何何の物件を代金何程にて買受たるを以て盗賍故買なりと記載すべきに原院が故買に必要なる代価を挙示せざるは事実理由を明示せざるなりと云ふに在るも◎盗賍故買の犯罪は賍物なることを知で之を買受けたるに因り成立するものにして其代価の多少は犯罪の成否に関係なきものなれば其金額を挙示するの必要なし。
故に代価を記載せざるを違法と云ふことを得ず。』第五原判文に「是より先き被告久四郎は明治十六年十一月二十六日及び同二十三年四月十六日同二十四年七月七日何れも賭博罪に依り各重禁錮罰金の刑に処せられたりと言渡されたるも二十三年四月十六日は闕席判決を受けたる迄にて其判決に対し故障の申立を為し、而して二十四年七月七日対審判決を受け該刑を執行せしものなれば一の犯罪に付、其闕席判決までを前科に加重せらるべき理由なきのみならず被告久四郎の年齢に於けるも亦全一年の増違ありしは何れの齟齬に出だるや要するに不法の判決なりと云ふに在るも◎被告が賭博罪に依り三回処刑を受けたる事実は前科調書に明瞭なれば原判決上錯誤あることなし其年齢は被告に於て四十八歳九月生と供述したるに依り記載せしものなり。
仮令其年齢に一年の差異ありとするも丁年未丁年の区別ある如く刑の軽重に関係あるに非ざれば之を以て上告の理由と為すことを得ず。』第六原判文に被告を盗賍故買三罪ありと認められたるも前に陳述せし如く盗賍たるの情を知で故買せしものに非ず、且、被告は元来生糸仲買商を営業とし其営業の物品たる生糸を買受たるものなれば公商の売買にして法律の制裁を受くべきものに無之仮りに賍物たるの情を知で故買せしとするも柳吉鈵太郎等が自ら盗品なりと告ぐへき理由なければ刑法第三百九十九条に該当すべきものに非ずして擬律の錯誤なりと云ふに在るも◎盗賍たるの情を知らずと陳述し漫に事実の認定を非難するに過ぎず既に盗賍故買の所為ある上は其公商なると否とに依り犯罪の有無を判すべきの理由なし。』第七判決言渡は最も緊要のものにして一字一点も麁略にすべきものに非ず殊に前科年齢の如きは刑の軽重に関係あるものなるに原判決は前に上申する如く種種の齟齬あるは要するに不法の裁判なりと云ふに在るも◎前に説明する如く原判決上一も違法と認むべきの点なきに因り上告論旨は総で適法の理由なきものとす。
右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条に従ひ本件上告は之を棄却す
明治二十八年九月二十七日大審院第二刑事部公廷に於て検事岩田武儀立会宣告す