明治二十八年第七四六號
明治二十八年九月二十七日宣告
◎判决要旨
公訴ヲ提起スルニハ現行犯ノ外總テ一定ノ被告人ヲ指定スルヲ要ス而シテ其公訴ノ提起ハ書面ニ依ラサルヘカラス（判旨第一點）
大審院ノ判例ニ對スル批難ハ上告ノ理由トナラス（判旨第二點）
明治二十八年五月十八日大阪控訴院ニ於テ右直哉松太郎ニ對スル詐欺取財尚直哉ニ對スル僞造紙幣ノ情ヲ知テ取受シタル被告事件ノ控訴ヲ審理シ被告八板直哉ニ對スル原判决ヲ取消シ直哉カ第一乃至第六ノ詐欺取財事件及僞造紙幣ノ情ヲ知テ取受シタル事件ノ公訴ハ之ヲ受理セス被告松野松太郎ニ對スル原判决ヲ取消シ松太郎カ第一乃至第六ノ詐欺取財事件ノ公訴ハ之ヲ受理セス押収ノ書類等ハ總テ差出人ニ還付スト言渡タル判决ヲ不當トシ原院檢事長林誠一ハ上告ヲ爲シ對手人直哉松太郎ハ答辯書ヲ差出サス因テ刑事訴訟法第二百八十三條ノ定式ヲ履行シ檢事及辯護士ノ辯明ヲ聽キ審理ヲ遂クル處
上告趣意書第一點ハ本件ニ就テハ檢事ヨリ被告ニ對シ合法ノ起訴状ヲ以テ公訴提起シアラスト假定スルモ是レ起訴ヲ爲サヽルノ意ニアラス畢竟第一審裁判所檢事并豫審判事カ本官ト同ク斯ル共犯者ノ塲合ニ於テ故ヲ檢事ヨリ起訴状ノ提出ヲ要セストノ法律解釋ヨリ生シタルニ過キスシテ固ヨリ檢事起訴ヲ爲サヽルノ意ニアラス豫審判事不告ナルニ審理スルノ意ニアラサルコトハ一件記録ニ徴シテ炳然タリ抑檢事カ公訴提起ニ付テハ法律上別ニ形式ヲ要スルモノニアラス其意ヲ受訴判事ニ承認セシムレハ足ルモノトス故ニ刑事訴訟法ハ犯罪アリト思料スルトキハ檢事ニ之ヲ起訴スヘキコトヲ命スルモ豫審調書等ノ如ク其起訴ノ方法ニ就キ形式ヲ要スルノ明文ナキニアラスヤ是レ即公訴提起ノ方法タル受訴判事ヲシテ適法ノ起訴ニ係ルヤ否ヤ事實ヲ認メシムルニ止ルモノナレハ苟モ最初訴ヲ受ケタル判事ト公訴提起シタル檢事ノ間ニ正當ノ起訴トシテ合意アリタル以上ハ單ニ起訴状ノ有無ヲ以テ已ニ實行シタル起訴權及裁判權ヲ無効ニ歸スルノ理アランヤ本件ノ如キハ而モ豫審判事カ被告等ヲ平床權太郎等ノ共犯者ト認メ之ヲ檢事ニ通知シ檢事ハ己ニ事件ニ對シ起訴シアレハ審理上一事實ノ發見ニ止マルモノト認メ之ヲ承了シ次テ發付セル令状ノ執行ヲ命シ豫審取調ノ結了ヲ告クルヤ其决定ニ付意見ヲ付シ其終結决定ノ確定ヲ經テ公判ヲ求メ第一審公廷ノ開クルヤ其犯罪ノ事實ヲ證明シ刑ノ適用ヲ請求シタルニアラスヤ如此原告官タル檢事ニ在テハ公訴提起ノ實行ヲ爲シ居ルコトノ事蹟火ヲ見ルヨリ明カナルニモ拘ラス強テ檢事ノ起訴ナキモノト認定シタルハ所謂法理ヲ誤リタルノ結果ニシテ破毀ノ原由アルモノト信ス
第二明治二十八年二月二十二日被告福岡與右衛門ニ對スル大審院ノ斷例ニ照セハ現行犯ノ塲合ニ於テハ被告人ノ誰タルコトヲ認知セサルモ之カ豫審ニ着手シ得ルヲ以テ一見處分上困難ナキカ如シト雖トモ未タ必シモ然ラサルモノアリ爰ニ其要ヲ掲ケンニ司法警察官ハ現行犯アルニ當リテハ被告人ノ誰タルヲ認知セサルモ刑事訴訟法第百四十七條ノ規定ニ從ヒ之カ假豫審ヲ爲シ證憑書類ニ意見書ヲ添ヘ速ニ之ヲ所轄檢事ニ送致スルヲ要ス此塲合ニ於ケル司法警察官ノ假豫審タルヤ所謂假處分ニシテ事件ノ檢事ニ移ルヤ特例ノ性質ハ一變シテ常例ニ復シタリト爲サヽル可ラス何トナレハ現行犯ノ特例トハ他ナシ一時ノ便宜法ニシテ永久繼續スルノ理ナク即司法警察官ハ檢事ニ許シタル職務ヲ假リニ行ヒ檢事ハ豫審判事ニ屬スル處分ヲ爲シ豫審判事ハ檢事ノ起訴ナクシテ公訴ヲ受理シ專ラ一時モ猶豫ス可ラサル迅速ヲ主トスル要務ヲ處理シ得ル初歩ノ一段落ヲ云フニ過キスシテ既ニ初歩ノ一段落ヲ處理シ了レハ常時即チ非現行ノ手續ニ復スルノ當然ナレハナリ常例ニ復シタリトセンカ最早特別手續ノ適用ヲ許サス此ニ於テ大審院斷例ノ如クセハ檢事ハ常時手續ニ從ヒ一定ノ人ヲ指定セサレハ起訴スルヲ得ス隨テ其事件ハ空ク檢事ニ於テ握留スル所トナリ正當ナル豫審ニ付スルヲ得サルニ至ル凡ソ事本末アラサルナシ假豫審ニシテ既ニ之ヲ爲シ得タルニ不拘正當豫審ハ却テ之ヲ爲シ能ハストセハ是本末ヲ誤リ輕重ヲ轉倒シタルモノトス豈此理アル可ケンヤ抑現行犯假豫審ノ性質タルヤ最モ敏達ヲ要シ一度時機ヲ失スレハ回復スヘカラサルガ如キ主要ノ一部ヲ處理シテ豫審全體ヲ結了スルモノニ非ルコトハ既ニ説キシカ如シ隨テ假豫審ニ在テハ豫審全體ヲ結了セサルノ結果トシテ被告人ノ誰タルヲ認知スルヲ得サルノ塲合多キヲ常トス是刑事訴訟法第百四十七條第二項ノ設ケアル所以ナリ而シテ其全體ヲ結了スルノ責任ハ豫審判事ヲ措テ他ニアルノ理ナシ若シ被告人ヲ發見セサルノ一事ヲ以テ徒ラニ豫審ノ進行ヲ書類ヲ檢事ニ送付スルニ止メ正當ナル豫審ニ付セストセハ常ニ豫審全體ノ結了ヲ見ル能ハサルニ至ラン換言スレハ不完全ナル豫審ニテ終ラサルヲ得ス如何トナレハ警察官ニ許シタル豫審ハ總テノ證言ニ宣誓ナキノミナラス呼出ニ應スルト否ヤモ自由ニ任セアルヲ以テナリ然ルモ尚一定ノ人ヲ指定スルヲ要スト爲ス誤解モ甚タシク迂モ亦極マレリト云フヘシ然ラハ宜ク豫審判事ニ與フルニ自由ノ運動ヲ爲スノ充分ナル餘地ヲ以テセサル可ラスコノ精神ヲ貫カントセハ現行非現行ニ論ナク公訴ノ提起ハ事件ニ在リテ人ニ存セスト解釋スルノ當然タル信シテ疑ハサルナリ大審院斷例ノ如ク一定ノ人ヲ指定セサレハ公訴提起ノ効ナシトセハ公判ニ在テハ公訴不受理ノ判决ヲ爲シ更ニ公訴提起ノ道アルカ故ニ獨リ被告人ノミ違法アル手續ノ下ニ永ク拘禁セラルル等非常ノ不幸ヲ見ルノミニシテ敢テ公益ヲ害スルノ甚タシキニ至ラスト雖トモ豫審ニ於テハ實ニ恐ル可キノ結果ヲ生スルニ至ル深ク顧ミサル可ラス抑モ豫審ニ在テ被告人ヲシテ免責セシムルモノ免訴ノ决定アルノミ公判ノ如ク公訴不受理ノ判决ノ如キモノアルコトナシ既ニ免訴ノ决定ヲ受ケ確定スルヤ再ヒ公訴ヲ提起スルヲ得サルヤ論ヲ竢タス然ルニ現今ノ實况ヲ觀察スルニ豫審判事檢事ニシテ大審院ノ斷例ニ反對スルノ意見ヲ有スル者大部分ヲ占メ現ニ豫審判事ヨリ共犯ニ付テハ檢事ニ通知シタルノミニテ豫審ニ着手シ居ルモノ少シトセス若シ大審院ノ斷例ニ據ランカ豫審判事ハ免訴ノ决定ヲ爲スノ一事アルノミ又今後ト雖トモ共犯ニ付テハ檢事ノ起訴ヲ要セサルノ意見ヲ有スルモノ其痕ヲ絶ツコト期ス可ラス何トナレハ豫審判事ハ其見ル所ニ從ヒ共犯ニ付キ起訴ヲ要セストセハ新ニ檢事ノ起訴スルヲ俟タス豫審ヲ終結スレハナリ此塲合ニ於テ訴訟關係人ヨリ抗告ヲ爲シ抗告審ハ大審院ノ斷例ヲ墨守シ公訴ノ提起ナキモノトシテ免訴ノ决定ヲ與ヘンカ最早公訴提起ノ道ナク共犯ノ事實如何ニ明白ナルモ被告人ヲシテ法網ヲ脱セシムルノ止ムヲ得サルニ至ル實ニ既往將來其危險測ル可ラス大審院ハコノ危險ヲ侵スモ尚ホ斷例ヲ固執スルヤ宜ク公益上ノ利害ニ鑒ミ輕々看過スルナク法理ノ存スル所ヲ看破シテ速ニ斷例ヲ更正アランコト希望シテ止サルナリ起訴又豫審ノ手續ヲ爲スカ爲メ時効ヲ中斷スルコトハ刑事訴訟法第十一條ニ規定スル所トス然ルニ大審院斷例ノ如クセハ共犯中ノ一名發覺スレハ他ノ共犯ニ對シテモ時効中斷ノ効アルモ共犯悉ク發覺セサルモノ及一人ノ犯罪ニ係ル時ハ被告人ノ氏名不分明ナレハ如何ナル重大事件ト雖トモ時効中斷ノ道ナキニ至ル畢竟同條ノ注意タル被告人ノ誰タル不分明ナルモ此等手續ヲ爲シ以テ時効ヲ中斷シ公益ヲ保護スルニ外ナラサル可シ大審院斷例ノ如キハ法理ニ悖リ公益ヲ顧ミサルノ甚シキモノトス亦斷例更正ヲ求ムルノ理由ナリトス以上ノ如ク法理ヨリ論スルモ事實ヨリ觀ルモ一定ノ人ヲ指定セサルヲ理由トシ公訴提起ノ効ナシトシ公訴不受理ノ判决ヲ爲シタル原判决ハ不當ヲ免レサルニ付之ヲ破毀シ併セテ斷例ノ更正アランコトヲ希望スト云フニ在リ◎因テ右第一點ニ付キ審究スルニ公訴ノ目的ハ刑事訴訟法第一條ニ明記スル如ク犯罪ヲ證明シ刑ヲ適用スルニ在ルモノナレハ現行犯ニ對スル特別ノ塲合ノ外必スヤ一定ノ被告人ヲ指示シテ起訴セサルヘカラサルモノナルヲ以テ共犯者タルト否ニ拘ラス檢事カ指示シテ起訴セサル者ニ對シ判决スヘキモノニアラス而シテ其公訴ノ有無ハ固ヨリ重要ノ事柄ナルヲ以テ必スヤ鄭重ノ書面ヲ要スヘキコト勿論ナレハ獨リ判事檢事ノ意思合同ノ事跡アルノミヲ以テ直ニ公訴ノ起リタルモノト爲スヲ得ス』第二點ハ上告人於テ本院ト法律ノ見解ヲ異ニシ前段初段ニ説明シタル如キ本院從來ノ斷例ヲ不當ナリトシ之カ變更ヲ求ムルト云フニ在リテ◎本院ノ斷例ニ對スル批難ニ過キサレハ之ニ對シ説明スル限ニアラス」以上上告論旨ハ不相立因テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ從ヒ判决スルコト左ノ如シ（判旨第一點）（判旨第二點）
本件上告ハ之ヲ棄却ス
明治二十八年九月廿七日大審院第二刑事部公廷ニ於テ檢事岩野新平立會宣告ス
明治二十八年第七四六号
明治二十八年九月二十七日宣告
◎判決要旨
公訴を提起するには現行犯の外総で一定の被告人を指定するを要す。
而して其公訴の提起は書面に依らざるべからず。
（判旨第一点）
大審院の判例に対する批難は上告の理由とならず（判旨第二点）
明治二十八年五月十八日大坂控訴院に於て右直哉松太郎に対する詐欺取財尚直哉に対する偽造紙幣の情を知で取受したる被告事件の控訴を審理し被告八板直哉に対する原判決を取消し直哉が第一乃至第六の詐欺取財事件及偽造紙幣の情を知で取受したる事件の公訴は之を受理せず被告松野松太郎に対する原判決を取消し松太郎が第一乃至第六の詐欺取財事件の公訴は之を受理せず押収の書類等は総で差出人に還付すと言渡たる判決を不当とし原院検事長林誠一は上告を為し対手人直哉松太郎は答弁書を差出さず因で刑事訴訟法第二百八十三条の定式を履行し検事及弁護士の弁明を聴き審理を遂くる処
上告趣意書第一点は本件に就ては検事より被告に対し合法の起訴状を以て公訴提起しあらずと仮定するも是れ起訴を為さざるの意にあらず。
畢竟第一審裁判所検事並予審判事が本官と同く斯る共犯者の場合に於て故を検事より起訴状の提出を要せずとの法律解釈より生じたるに過ぎずして固より検事起訴を為さざるの意にあらず。
予審判事不告なるに審理するの意にあらざることは一件記録に徴して炳然たり抑検事が公訴提起に付ては法律上別に形式を要するものにあらず。
其意を受訴判事に承認せしむれば足るものとす。
故に刑事訴訟法は犯罪ありと思料するときは検事に之を起訴すべきことを命ずるも予審調書等の如く其起訴の方法に就き形式を要するの明文なきにあらずや是れ即公訴提起の方法たる受訴判事をして適法の起訴に係るや否や事実を認めしむるに止るものなれば苟も最初訴を受けたる判事と公訴提起したる検事の間に正当の起訴として合意ありたる以上は単に起訴状の有無を以て己に実行したる起訴権及裁判権を無効に帰するの理あらんや本件の如きは而も予審判事が被告等を平床権太郎等の共犯者と認め之を検事に通知し検事は己に事件に対し起訴しあれば審理上一事実の発見に止まるものと認め之を承了し次で発付せる令状の執行を命じ予審取調の結了を告ぐるや其決定に付、意見を付し其終結決定の確定を経で公判を求め第一審公廷の開くるや其犯罪の事実を証明し刑の適用を請求したるにあらずや如此原告官たる検事に在ては公訴提起の実行を為し居ることの事蹟火を見るより明かなるにも拘らず強で検事の起訴なきものと認定したるは所謂法理を誤りたるの結果にして破毀の原由あるものと信ず。
第二明治二十八年二月二十二日被告福岡与右衛門に対する大審院の断例に照せば現行犯の場合に於ては被告人の誰たることを認知せざるも之が予審に着手し得るを以て一見処分上困難なきが如しと雖とも未だ必しも然らざるものあり爰に其要を掲げんに司法警察官は現行犯あるに当りては被告人の誰たるを認知せざるも刑事訴訟法第百四十七条の規定に従ひ之が仮予審を為し証憑書類に意見書を添へ速に之を所轄検事に送致するを要す。
此場合に於ける司法警察官の仮予審たるや所謂仮処分にして事件の検事に移るや特例の性質は一変して常例に復したりと為さざる可らず何となれば現行犯の特例とは他なし。
一時の便宜法にして永久継続するの理なく即司法警察官は検事に許したる職務を仮りに行ひ検事は予審判事に属する処分を為し予審判事は検事の起訴なくして公訴を受理し専ら一時も猶予す可らざる迅速を主とする要務を処理し得る初歩の一段落を云ふに過ぎずして既に初歩の一段落を処理し了れば常時即ち非現行の手続に復するの当然なればなり。
常例に復したりとせんか最早特別手続の適用を許さず此に於て大審院断例の如くせば検事は常時手続に従ひ一定の人を指定せざれば起訴するを得ず。
随で其事件は空く検事に於て握留する所となり正当なる予審に付するを得ざるに至る凡そ事本末あらざるなし仮予審にして既に之を為し得たるに不拘正当予審は却て之を為し能はずとせば是本末を誤り軽重を転倒したるものとす。
豈此理ある可けんや抑現行犯仮予審の性質たるや最も敏達を要し一度時機を失すれば回復すべからざるが如き主要の一部を処理して予審全体を結了するものに非ることは既に説きしが如し。
随で仮予審に在ては予審全体を結了せざるの結果として被告人の誰たるを認知するを得ざるの場合多きを常とす。
是刑事訴訟法第百四十七条第二項の設けある所以なり。
而して其全体を結了するの責任は予審判事を措で他にあるの理なし。
若し被告人を発見せざるの一事を以て徒らに予審の進行を書類を検事に送付するに止め正当なる予審に付せずとせば常に予審全体の結了を見る能はざるに至らん換言すれば不完全なる予審にて終らざるを得ず。
如何となれば警察官に許したる予審は総ての証言に宣誓なきのみならず呼出に応すると否やも自由に任ぜあるを以てなり。
然るも尚一定の人を指定するを要すと為す誤解も甚たしく迂も亦極まれりと云ふべし。
然らば宜く予審判事に与ふるに自由の運動を為すの充分なる余地を以てせざる可らずこの精神を貫かんとせば現行非現行に論なく公訴の提起は事件に在りて人に存せずと解釈するの当然たる信じて疑はざるなり。
大審院断例の如く一定の人を指定せざれば公訴提起の効なしとせば公判に在ては公訴不受理の判決を為し更に公訴提起の道あるが故に独り被告人のみ違法ある手続の下に永く拘禁せらるる等非常の不幸を見るのみにして敢て公益を害するの甚たしきに至らずと雖とも予審に於ては実に恐る可きの結果を生ずるに至る深く顧みざる可らず。
抑も予審に在で被告人をして免責せしむるもの免訴の決定あるのみ公判の如く公訴不受理の判決の如きものあることなし既に免訴の決定を受け確定するや再ひ公訴を提起するを得ざるや論を竢たず。
然るに現今の実況を観察するに予審判事検事にして大審院の断例に反対するの意見を有する者大部分を占め現に予審判事より共犯に付ては検事に通知したるのみにて予審に着手し居るもの少しとせず。
若し大審院の断例に拠らんか予審判事は免訴の決定を為すの一事あるのみ又今後と雖とも共犯に付ては検事の起訴を要せざるの意見を有するもの其痕を絶つこと期す可らず何となれば予審判事は其見る所に従ひ共犯に付き起訴を要せずとせば新に検事の起訴するを俟たず。
予審を終結すればなり。
此場合に於て訴訟関係人より抗告を為し抗告審は大審院の断例を墨守し公訴の提起なきものとして免訴の決定を与へんか最早公訴提起の道なく共犯の事実如何に明白なるも被告人をして法網を脱せしむるの止むを得ざるに至る実に既往将来其危険測る可らず大審院はこの危険を侵すも尚ほ断例を固執するや宜く公益上の利害に鑑み軽軽看過するなく法理の存する所を看破して速に断例を更正あらんこと希望して止さるなり。
起訴又予審の手続を為すか為め時効を中断することは刑事訴訟法第十一条に規定する所とす。
然るに大審院断例の如くせば共犯中の一名発覚すれば他の共犯に対しても時効中断の効あるも共犯悉く発覚せざるもの及一人の犯罪に係る時は被告人の氏名不分明なれば如何なる重大事件と雖とも時効中断の道なきに至る畢竟同条の注意たる被告人の誰たる不分明なるも此等手続を為し以て時効を中断し公益を保護するに外ならざる可し大審院断例の如きは法理に悖り公益を顧みざるの甚しきものとす。
亦断例更正を求むるの理由なりとす。
以上の如く法理より論するも事実より観るも一定の人を指定せざるを理由とし公訴提起の効なしとし公訴不受理の判決を為したる原判決は不当を免れざるに付、之を破毀し併せて断例の更正あらんことを希望すと云ふに在り◎因で右第一点に付き審究するに公訴の目的は刑事訴訟法第一条に明記する如く犯罪を証明し刑を適用するに在るものなれば現行犯に対する特別の場合の外必ずや一定の被告人を指示して起訴せざるべからざるものなるを以て共犯者たると否に拘らず検事が指示して起訴せざる者に対し判決すべきものにあらず。
而して其公訴の有無は固より重要の事柄なるを以て必ずや鄭重の書面を要すべきこと勿論なれば独り判事検事の意思合同の事跡あるのみを以て直に公訴の起りたるものと為すを得ず。』第二点は上告人於て本院と法律の見解を異にし前段初段に説明したる如き本院従来の断例を不当なりとし之が変更を求むると云ふに在りて◎本院の断例に対する批難に過ぎざれば之に対し説明する限にあらず。」以上上告論旨は不相立因で刑事訴訟法第二百八十五条に従ひ判決すること左の如し（判旨第一点）（判旨第二点）
本件上告は之を棄却す
明治二十八年九月廿七日大審院第二刑事部公廷に於て検事岩野新平立会宣告す
