竊盜ノ件
平易表示にする
大審院刑事判決録（刑録）1輯2巻63頁
明治廿八年第九二一號
明治廿八年九月十七日宣告
◎判決要旨
借用證書ハ有形有價ノ動産ナリ
第一審 京都地方裁判所宮津支部
第二審 大阪控訴院
被告人 瀬尾周藏
明治廿八年七月三日大阪控訴院ニ於テ右周藏ニ對スル竊盜被告事件ノ控訴ヲ審理シ本件控訴ハ之ヲ棄却スト言渡シタル判決ヲ不當トシ被告ハ上告ヲ爲シ原院檢事長林誠一ハ答辯書ヲ差出シタリ因テ刑事訴訟法第二百八十三條ノ定式ヲ履行シ審理スル處
上告趣意書第一點ハ原院ニ於テハ被告カ下小田利右衛門ト同宿中安達勝藏ヨリ同人ニ宛タル金二十圓ノ借用證書ヲ竊取シタルモノト認定シタレトモ被告ハ勝藏ニ對シテ負債アルモノニアラサレハ之ヲ竊取スルモ何等ノ利益ナシ且被告ハ豫テ利右衛門ノ番頭同樣ニ立働クモノニシテ他ノ書類等モ同人ヨリ預リ居ルモノナルヲ以テ或ハ夫等ニ混シテ被告ノ手ニ渡リタルモノナルヘク決シテ被告ニ利益ナキ他人ノ證書ヲ竊取スル如キ愚ヲ爲サヽルナリ」第二點ハ右借用證書ニ付テハ官ヨリ差押ヲ受ケタルニアラスシテ被告ヨリ進ンテ呈出シタルモノナリ亦テ被告カ竊取ノ意思ニアラスシテ全ク他物ニ混シテ偶々被告ノ手ニ渡リタルモノナルコトヲ證スヘシト云ウニ在レトモ◎畢竟事實ノ認定ヲ批難スルニ止マリ上告適法ノ原由トナラス』第三點ハ竊取罪ヲ構成スルニハ其物件ハ有形ノ動産タラサルヘカラス然ルニ本件ハ借用證書ナレハ則チ有形ノ動産ニアラスシテ一片紙ナレハ之ヲ竊取シタリトスルモ盜罪ヲ成立セサルモノナリト云フニ在レトモ◎該證書ハ固ヨリ有價有形ノ動産ナレハ之ヲ無形又ハ無價ノ物ト爲スヲ得ス』辯護士上告趣意辯明書第一點ハ第一審判決證據列記ノ部ニ「其事實ハ被告及安達勝藏ノ供述並ニ豫審調書云々」トアレハ第一審ハ勝藏ノ豫審調書ヲ以テ有罪ノ證據ニ供シタルモノト爲サヽルヘカラス然ルニ一件記録中勝藏ノ豫審調書アルコトナシ即チ第一審ハ虚無ノ證據ヲ採テ有罪ノ判決ヲ下シタル不法ノ裁判ナルニ原院ニ於テ控訴棄却ノ言渡ヲ爲シ第一審判決ヲ是認シタルハ不法ナリト云フニ在レトモ◎右記載ノ体ハ聊カ允當ナラサルノ嫌アルモ勝藏ニ於テハ甞テ豫審ノ取調ヲ受ケタルコトナク從テ其調書アルコトナケレハ右ハ被告及勝藏ノ供述並ニ被告ノ豫審調書ト云フノ意旨ニシテ即チ其供述ハ被告及勝藏ニ係リ調書トアルハ被告ノミノ調書ヲ指シタルモノト解スヘキヲ以テ第一審判決ハ採證上不法ノ廉アルコトナシ從テ原院ノ判決モ不法アリトセス』第二點ハ本件竊盜被告事件ハ明治廿八年四月五日檢事ヨリ豫審判事ニ對シ被告安達勝藏瀬尾周藏ノ二名ヲ共犯人トシテ起訴アリ而シテ證人下小田利右衛門ノ豫審調書ハ同年同月十二日付ナルヲ以テ豫審判事カ右證人ヲ訊問スルニ當リテハ必ス被告二名ニ對スル宣誓ノ式ヲ履行セシメサルヘカサス然ルニ右證人豫審調書ニ屬スル宣誓書ニハ「瀬尾周藏竊盜被告事件ニ付良心ニ從ヒ云々誓フ」トノミアリテ相被告安達勝藏ニ對スル證人ノ宣誓ヲ爲サシメサリシハ違法ノ措置タルヲ免レス然ルニ同人ノ豫審調書ヲ採テ有罪ノ證據ト爲シタルハ不法ナリト云フニ在レトモ◎右豫審調書ヲ檢スルニ「問其方ハ被告瀬尾周藏安達勝藏ト刑事訴訟法第百二十三條ノ關係又第百二十四條ノ規定ニ觸ルヽモノニハアラサルカ此時判事ハ該條ヲ讀聞シタリ答左樣ノコトナシ判事曰然ラハ瀬尾周藏外一人竊盜被告事件ニ付證人トシテ訊問ス答拜承此時式ニ依リ宣誓ス」ト明記シアリ即チ右宣誓ハ被告二名ニ對シテ爲シタルモノニシテ其宣誓書ニ勝藏ノ氏名ナキハ只之ヲ畧記シタルニ過キサルヲ以テ手續上毫モ違法ノ廉アルコトナシ從テ原院カ右調書ヲ採テ證據ト爲シタルモ不法ニアラス因テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ從ヒ判決スルコト左ノ如シ
本件上告ハ之ヲ棄却ス
明治廿八年九月十七日大審院第二刑事部公廷ニ於テ檢事岩野新平立會宣告ス
