◎判决要旨
有罪ノ判决ヲ爲シタルトキハ控訴ノ理由アリタルト否トニ拘ラス訴訟費用ハ其全部ヲ負擔セシム
右源藏カ恐喝取財被告事件ノ控訴ニ付明治廿八年六月廿八日大阪控訴院ニ於テ原判决ヲ取消シ更ニ被告ヲ重禁錮三年罰金三十圓監視一年ニ處ス押収ノ書類ハ各差出人ニ還付ス公訴裁判費用ハ被告ノ負擔トスト言渡シタル判决ニ對シ被告ヨリ上告ヲ爲シタルニ付刑事訴訟法第二百八十三條ノ式ヲ履行シ判决スルコト左ノ如シ
上告趣意第一點ハ被告ハ山本兵太ニ對シ後見解除ノ不當ナルヲ責メ先キニ後見ヲ解除シタルハ被告ノ知ラサリシモノナリトノ證明書ヲ交付シ呉度曾テ同人ヘ貸渡シ置キタル金八
圓ノ返濟ヲ受度トノ掛合ヲ爲シ該證書ト金額トヲ請取タル事實ナルコトハ第一審第二審ノ判決理由中認メラレタル所ナルニ拘ハラス被告カ兵太ヲ恐喝シ同人等ヨリ金百八十圓ヲ騙取シタルモノトシ刑法第三百九十條ヲ適用シタルハ理由ノ齟齬アル裁判ナリ况ンヤ金員ヲ騙取シタルコトナキニ於テオヤト云フニ在リ◎然レトモ原判文ニハ「後見届ノ不當ヲ責メ曩ニ後見人タリシ際ノ證明書ヲ交付セヨト要セシモ兵太ノ肯セサリシヨリ茲ニ憤怒ノ状ヲ示シ云々」トアリテ其以下ニ金員ヲ騙取セシ始末ヲ詳記シタルモノナレハ毫モ理由ノ齟齬アルコトナシ
又騙取シタルコトナシトノ事ハ原院ノ職權ニ屬スル事實ノ認定ヲ非難スルニ過キスシテ上告理由トスルヲ得サルモノトス
同第二點ハ斷罪ノ證據ニ供スルモノハ被告人ニ示シテ辯解ヲ爲サシムヘキコトハ刑事訴訟法ノ規定スル所ナリ然ルニ原院ハ證人草地六太郎ノ豫審調書及ヒ被告ノ前科表ハ讀聞ケタルコトナク又之ヲ示シタルコトナキニ拘ハラス證據ニ供シタル不法アリト云フニ在リ◎然レトモ原院公判始末書ニハ「裁判長曰本件ノ證據ハ今差出シタル押収ノ證據及ヒ巡査遠藤安太郎ノ始末聽取書山本兵太杉山惣太郎草地春三草地大太郎（中略）及ヒ被告ノ各豫審調書已決犯罪表第一審公判始末書等ナルカ此等ノ書類ハ別ニ讀聞カサストモ承知カ將タ讀聞ヲ求ムルヤ答巡査ノ復命書定本勝太郎井上淺太郎福島彦四郎山本兵太等ノ調書ヲ御讀聞セアリタシ」トアリテ他ノ證據書類ノ朗讀ヲ必要トセサル旨ヲ申立タル事跡アルノミナラス猶ホ裁判長ハ先ニ證據トスヘキ告知ヲ爲シタル各證據書類ニ付辯解ヲ爲シ又利益ト爲ルヘキ證據アラハ差出スコトヲ得ル旨ヲ告知セシコトヲ記載セリ故ニ原判決ハ被告人ニ示サヽル證據ヲ以テ罪證ニ供シタル等ノ不法アリト云フヲ得ス』同第三點ハ被告ハ利益ナル證據集取ノ爲メ公判開廷ノ延期ヲ求メタルニ原院ハ之ヲ採用セスシテ直チニ公判ヲ進行セリ是刑事訴訟法ノ規定ニ反シタル不法ナリト云フニ在リ◎然レトモ右ノ延期ヲ許可スルト否トハ全ク原院ノ職權ニ屬スルヲ以テ是亦上告理由トナスヲ得ス』同第四點ハ原院ハ被告ノ控訴ヲ理由アリトシ第一審判決ヲ取消シタルニ拘ハラス公訴裁判費用ノ全部ヲ被告ニ負擔セシメタルハ不當ナリト云フニ在リ◎然レトモ刑事訴訟法第二百一條ニハ「被告人有罪ト爲リタルトキハ裁判所ノ職權ヲ以テ公訴ニ關スル訴訟費用ノ全部又ハ一部ヲ負擔スヘキ言渡ヲ爲スヘシ免訴又ハ無罪ノ言渡アリタル塲合ニ於テハ云々」トアルノミニシテ則チ有罪ノ判決ヲ爲シタル塲合ニ於テハ控訴ノ理由アリタルト否トニ拘ハラス訴訟費用ノ全部ヲ負擔セシムルヲ得ヘキモノナレハ原判決ハ此點ニ付テモ不法アルコトナシ』同第五點ハ被告ニ犯罪ナキハ勿論ナリト雖モ萬一之アリトスルニ於テハ刑法第三百九十條第二項ニ依リ處斷セラルヘキモノナルニ同條第一項ニ依リタルハ擬律錯誤ノ裁判ナリト云フニ在リ◎然レトモ原院カ認メタル事實ハ單ニ恐喝シテ金圓ヲ騙取シタリト云フニ在ルヲ以テ右第一項ヲ適用シタルハ相當ナリトス』上告趣意擴張第一ハ被告ハ金員ヲ騙取シタルモノニ非ス又其目的ニ非サリシコト明瞭ナリトテ之カ理由ヲ縷述シ以テ原院ノ認メタル事實理由ヲ非難スルニ過キス』同第二ハ原判決ニ於テ單ニ「三名ヲ恐喝シ金員ヲ騙取セント企圖シ云々」ト記シタルノミニシテ其證據及ヒ必要ナル理由ヲ示サヽルハ理由不備ノ裁判ナルノミナラス被告ハ兇器ヲ携帶シタルコトナク又恐喝ニ渉ル如キ言語ヲ用ヒタルコトナシト云フニ在リ◎然レトモ恐喝取財タル事實理由及ヒ其證據ハ原判文上明記セル處ナルヲ以テ固ヨリ裁判ニ理由ヲ付セサルモノト云フヲ得ス其他ハ原院ノ職權ニ屬スル事實ノ認定ヲ非難スルモノナレハ何レモ上告理由トスルヲ得ス
辯護士高木益太郎上告趣意擴張論旨ハ斷罪ノ證據ハ一々之ヲ明示セサル可カラサルモノナルニ原判文證據列記ノ部ニハ漠然押収ノ書類トノミアリテ如何ナル書類ナルヤ指示セサル不法アリト云フニ在リ◎然レトモ一件記録中押収書類目録アリ又公判始末書ニ依レハ裁判長ハ押収書類ヲ被告ニ示シ辯解ヲ爲サシメタル旨ヲ記載セリ故ニ該判決書中ニ謂フ所ノ押収書類トハ右ノ書類ヲ指シタルコト明瞭ナルヲ以テ證據ヲ明示セサル不法アルモノト云フヲ得ス
右ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ニ依リ本件上告ハ之ヲ棄却ス
明治廿八年九月十七日大審院第二刑事部公廷ニ於テ檢事岩野新平立會宣告ス
◎判決要旨
有罪の判決を為したるときは控訴の理由ありたると否とに拘らず訴訟費用は其全部を負担せしむ
右源蔵が恐喝取財被告事件の控訴に付、明治廿八年六月廿八日大坂控訴院に於て原判決を取消し更に被告を重禁錮三年罰金三十円監視一年に処す押収の書類は各差出人に還付す公訴裁判費用は被告の負担とすと言渡したる判決に対し被告より上告を為したるに付、刑事訴訟法第二百八十三条の式を履行し判決すること左の如し
上告趣意第一点は被告は山本兵太に対し後見解除の不当なるを責め先きに後見を解除したるは被告の知らざりしものなりとの証明書を交付し呉度曽て同人へ貸渡し置きたる金八
円の返済を受度との掛合を為し該証書と金額とを請取たる事実なることは第一審第二審の判決理由中認められたる所なるに拘はらず被告が兵太を恐喝し同人等より金百八十円を騙取したるものとし刑法第三百九十条を適用したるは理由の齟齬ある裁判なり。
況んや金員を騙取したることなきに於ておやと云ふに在り◎。
然れども原判文には「後見届の不当を責め曩に後見人たりし際の証明書を交付せよと要せしも兵太の肯せざりしより茲に憤怒の状を示し云云」とありて其以下に金員を騙取せし始末を詳記したるものなれば毫も理由の齟齬あることなし
又騙取したることなしとの事は原院の職権に属する事実の認定を非難するに過ぎずして上告理由とするを得ざるものとす。
同第二点は断罪の証拠に供するものは被告人に示して弁解を為さしむべきことは刑事訴訟法の規定する所なり。
然るに原院は証人草地六太郎の予審調書及び被告の前科表は読聞けたることなく又之を示したることなきに拘はらず証拠に供したる不法ありと云ふに在り◎。
然れども原院公判始末書には「裁判長曰本件の証拠は今差出したる押収の証拠及び巡査遠藤安太郎の始末聴取書山本兵太杉山惣太郎草地春三草地大太郎（中略）及び被告の各予審調書己決犯罪表第一審公判始末書等なるか此等の書類は別に読聞かさずとも承知が将た読聞を求むるや答巡査の復命書定本勝太郎井上浅太郎福島彦四郎山本兵太等の調書を御読聞せありたし」とありて他の証拠書類の朗読を必要とせざる旨を申立たる事跡あるのみならず猶ほ裁判長は先に証拠とすべき告知を為したる各証拠書類に付、弁解を為し又利益と為るべき証拠あらば差出すことを得る旨を告知せしことを記載せり。
故に原判決は被告人に示さざる証拠を以て罪証に供したる等の不法ありと云ふを得ず。』同第三点は被告は利益なる証拠集取の為め公判開廷の延期を求めたるに原院は之を採用せずして直ちに公判を進行せり是刑事訴訟法の規定に反したる不法なりと云ふに在り◎。
然れども右の延期を許可すると否とは全く原院の職権に属するを以て是亦上告理由となすを得ず。』同第四点は原院は被告の控訴を理由ありとし第一審判決を取消したるに拘はらず公訴裁判費用の全部を被告に負担せしめたるは不当なりと云ふに在り◎。
然れども刑事訴訟法第二百一条には「被告人有罪と為りたるときは裁判所の職権を以て公訴に関する訴訟費用の全部又は一部を負担すべき言渡を為すべし。
免訴又は無罪の言渡ありたる場合に於ては云云」とあるのみにして則ち有罪の判決を為したる場合に於ては控訴の理由ありたると否とに拘はらず訴訟費用の全部を負担せしむるを得べきものなれば原判決は此点に付ても不法あることなし』同第五点は被告に犯罪なきは勿論なりと雖も万一之ありとするに於ては刑法第三百九十条第二項に依り処断せらるべきものなるに同条第一項に依りたるは擬律錯誤の裁判なりと云ふに在り◎。
然れども原院が認めたる事実は単に恐喝して金円を騙取したりと云ふに在るを以て右第一項を適用したるは相当なりとす。』上告趣意拡張第一は被告は金員を騙取したるものに非ず又其目的に非ざりしこと明瞭なりとて之が理由を縷述し以て原院の認めたる事実理由を非難するに過ぎず』同第二は原判決に於て単に「三名を恐喝し金員を騙取せんと企図し云云」と記したるのみにして其証拠及び必要なる理由を示さざるは理由不備の裁判なるのみならず被告は兇器を携帯したることなく又恐喝に渉る如き言語を用ひたることなしと云ふに在り◎。
然れども恐喝取財たる事実理由及び其証拠は原判文上明記せる処なるを以て固より裁判に理由を付せざるものと云ふを得ず。
其他は原院の職権に属する事実の認定を非難するものなれば何れも上告理由とするを得ず。
弁護士高木益太郎上告趣意拡張論旨は断罪の証拠は一一之を明示せざる可からざるものなるに原判文証拠列記の部には漠然押収の書類とのみありて如何なる書類なるや指示せざる不法ありと云ふに在り◎。
然れども一件記録中押収書類目録あり又公判始末書に依れば裁判長は押収書類を被告に示し弁解を為さしめたる旨を記載せり。
故に該判決書中に謂ふ所の押収書類とは右の書類を指したること明瞭なるを以て証拠を明示せざる不法あるものと云ふを得ず。
右の理由なるを以て刑事訴訟法第二百八十五条に依り本件上告は之を棄却す
明治廿八年九月十七日大審院第二刑事部公廷に於て検事岩野新平立会宣告す
