謀殺未遂ノ件
平易表示にする
大審院刑事判決録（刑録）1輯1巻110頁
明治廿八年第七八八號
明治廿八年七月十六日宣告
◎判决要旨
飮酒酩酊ヲ以テ精神ノ喪失ト認ムルト否トハ承審官ノ事實認定ニ屬ス
（參照）罪ヲ犯ストキ知覺精神ノ喪失ニ因テ是非ヲ辨別セサル者ハ其罪ヲ論セス刑法第七十八條
第一審 凾館地方裁判所
第二審 凾館控訴院
被告人 伊丸岡久之助
辯護人 小澤元吉
右久之助カ謀殺未遂被告事件ニ付明治廿八年五月二十一日凾館控訴院ニ於テ凾館地方裁判所カ被告ノ所爲ヲ有罪ト認メ輕懲役六年二處ス「サーベル」一本ハ沒収スト言渡タル判决ニ對スル被告ヨリノ控訴ヲ審理シ本件控訴ハ之ヲ棄却ス公訴裁判費用ハ惣テ被告ニ於テ負擔スヘシト言渡タル第二審ノ判决ヲ不法ナリトシ被告ハ上告ヲ爲シ原控訴院檢事長山本昌行ハ答辯書ヲ差出シタリ因テ刑事訴訟法第二百八十三條ノ定式ヲ履行シ辯護人小澤元吉ノ辯論立會檢事安居修藏ノ意見ヲ聽キ判决スルコト左ノ如シ
上告要旨ノ第一點原院ニ於テ「多量ニ飮酒シ酩酊ノ末七右衛門ヲ殺害セント决意シ」ト判示シタルハ不法ナリ何トナレハ酩酊ハ昏醉ヲ意味シ昏醉ハ精神ノ喪失ヲ意味ス果シテ被告カ此間ニ於テ殺意ヲ决シタルモノトセハ刑法上被告ニ犯罪ノ責任ヲ負ハシムル能ハサレハナリ即チ原院ハ被告カ精神喪失中ノ行爲ナルコトヲ認メナカラ刑ノ言渡ヲ爲シタルハ不法ナリト云フニアレトモ◎飮酒酩酊ハ直ニ以テ精神ヲ喪失シタルモノト云フヲ得ス而シテ其精神喪失ノ如何ヲ判定スルハ承審官ノ職權ニアリテ他ヨリ容啄シ得可キモノニアラス原院判决ヲ閲スルニ其交中被告カ精神ノ喪失ヲ認メタルノ文旨ナシ要スルニ本論旨ハ原院ノ職權ニ屬スル事實ノ認定ヲ批難スルモノニ外ナラサルヲ以テ上告適法ノ理由ナシ』同第二點刑ノ言渡ヲ爲スニハ犯罪ノ證憑ヲ明示スヘキコトハ刑事訴訟法第二百三條ノ規定スル處ナリ原院ハ被告ノ所爲ヲ以テ謀殺ノ犯罪ナリト判斷シタルニ拘ラス其證憑トシテ採取シタル書類物件ハ共ニ柳谷七右衛門ヲ創傷シタルコトヲ立證スルニ足ルモ同人ヲ謀殺シタリト爲スニ付テハ毫モ證憑力ヲ有スルモノニアラス故ニ原院判决ハ謀殺罪ノ證憑ヲ明示セスシテ其罪ヲ認定シタル不法アリト云フニアレトモ◎原院判决ハ諸般ノ證憑ニ心證ヲ採リ事實ヲ認定シタルモノナルコトハ其判文ニ徴シ明白ナルニ依リ之ヲ批難スルノ論旨ハ以テ上告ノ理由トナスヲ得ス
同第三點原院ハ「サーベル」一本ハ沒収スト言渡シタル第一審判决ヲ是認セリ然レトモ犯人ノ所有ニ係リ又ハ所有主ナキトキノ外ハ之ヲ沒収スルヲ得ストハ法ノ規定スル處ナリ一件記録ニ依ルニ本件ノ「サーベル」一本ハ被告カ妻ノ先夫ノ所有ナリトアリ果シテ然ラハ先夫ノ相續人又ハ被告カ妻ノ所有ニ屬スヘキモノニシテ被告ニ其所有權ナキ物件ナルコト明カナルニ之ヲ沒収シタルハ法則ヲ適用セサル不法アリト云フニ在レトモ◎訴訟記録ヲ査スルニ被告カ豫審調書中該「サーベル」ハ被告カ妻ノ先夫ノ品ナルヲ妻ヨリ貰受ケタルモノナリトノ自供アルニ依リ原院カ之ヲ被告ノ所有品ナリト認メ沒収ノ言渡ヲ爲シタルハ相當ニシテ違法ニアラス以上ノ理由ナルヲ以テ刑事訴訟法第二百八十五條ノ規定ニ則リ本件上告ハ之ヲ棄却ス
明治廿八年七月十六日大審院休暇部公廷ニ於テ檢事安居修藏立會宣告ス
