詐欺取材ノ件
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大審院刑事判決録（刑録）1輯1巻106頁
明治二十八年第八五七號
明治二十八年七月九日宣告
◎判决要旨
湯屋ニ遺忘シタル物品ハ暗默ノ寄託ナリ
第一審 福島地方裁判所
第二審 宮城控訴院
被告人 小山フキ
明治二十八年六月十一日宮城控訴院ニ於テ右フキニ對スル詐欺取財被告事件ノ控訴ヲ審理シ原判决ハ之ヲ取消ス被告小山フキヲ重禁錮三月ニ處シ罰金五圓ヲ附加シ六月ノ監視ニ付スト言渡シタル判决ヲ不當トシ被告ハ上告ヲ爲シ原院檢事長犬塚盛巍ハ答辯書ヲ差出シタリ因テ刑事訴訟法第二百八十三條ノ定式ヲ履行シ審理スル處
上告趣意書第一點ハ湯屋營業人ハ入浴者ノ所持品ニ對シ决シテ刑法第三百九十五條ニ云フ如キ委託ノ關係ヲ有スルモノニアラス假シ又委託ノ關係ヲ有スルモノトスルモ入浴者ニ於テ其所持品ヲ取落シタル儘立去リタル上ハ右ノ關係ハ直ニ消滅スヘキ筋合ヒナリ何トナレハ浴塲ハ誰人モ出入シ得ヘキ公塲所ナルヲ以テ其所ニ物品ヲ遺忘シタルハ道路若クハ屋外ニ之ヲ遺忘シタルト同一ノ結果ヲ生スレハナリ故ニ原院ニ於テ被告ノ所爲ヲ以テ委託物費消罪ニ問擬シタルハ擬律錯誤ナリ况ンヤ委託物費消罪アリトスルモ刑法第三百九十五條前段ニ問凝スヘキモノナルニ同條後段ニ問擬シタルハ最モ不法ナリト云フニ在レトモ◎湯屋見世番人タル者ハ入浴錢ノ収受ヲ兼テ入浴者所持品ノ見張ヲ爲スモノナレハ右物品ニ就テハ之ヲ暗默ノ寄託物ト做スヘキモノトス已ニ之ヲ寄託物ト看做ル上ハ寄託本人カ其物件ヲ持歸ルコトヲ遺忘シ其儘其塲ニ殘シ置キタルカ爲メ其性質ヲ變更セサルコト論ヲ俟タサレハ原院カ之ヲ自然ノ寄託物ト爲シタルハ相當ナリ而シテ又當時被告ニ詐欺ノ所爲アリタルコトハ原判文ニ明示スル如クナス上ハ之ニ對シ刑法第三百九十五條後段ヲ適用シタルハ是亦相當ニシテ不法ニアラス』第二ハ原院カ被告ニ於テ費消シタリトスル金員ハ被告自己ノ所有ナリト被告カ抗辯シタルモノニシテ原院ハ一言タリトモ被告ニ對シ其金員ノ始末ニ付訊問シタルコトナク又被告ニ對シ辯解ノ道ヲ與ヘスシテ無證據ノ事實ヲ確定シタルハ不法ナリト云フニ在レトモ◎公判始末書ヲ檢スルニ事實ノ訊問證據ノ取調等總テ充分ニ其手續ヲ盡シタル事跡アリテ上告論旨ノ如キ不法アルコトナシ而シテ無證據ノ事實ヲ確定シタリトノ論旨ハ裁判官ノ職權ニ對シ徒ラニ批難ヲ試ミルニ過キサルヲ以テ上告ノ原由トナルス因テ刑事訴訟法第三百八十五條ニ從ヒ判决スルコト左ノ如シ
本件上告ハ之ヲ棄却ス
明治二十八年七月九日大審院第二刑事部公廷ニ於テ檢事岩野新平立會宣告ス
