判决例

◎約束手形金請求上告事件
民事訴訟用印紙法第十一條に所謂裁判所とは廣義に用ゐたるものにして必すしも各審級を指示したるものにあらす左れは第一審に於ける訴訟に貼用すへき印紙に不足あるも上級審に於て之を加貼するときは固より有效たるを失はす
前頃の不足印紙加貼の如きは特別委任を要せさる訴訟行爲なるを以て訴訟代理人か特に委任を受けすして爲すも有效なりとす
上告人富山縣婦負郡杉原村大宇深谷村平民農黒田九郎平訴訟代理人辯護士修藤義彦氏被上告人富山縣富山市大鍜冶町平民代書業山本爲次郎訴訟代理人辯護士上村豐間の明治三十四年(ナ)第一一二號約束手形金請求上告事件に付大阪控訴院民事第一部裁判長石川正判事安井璞久田濟衆榊原周治郎高木成則の五氏は判决すること左の如し
(主文)本件上告は之を棄却す、上告に關する訴訟費用は被上告人の負擔とす
(理由)上告理由第三點(上告理由追加)は本件は金六拾圓の請求たり故に被上告人か督促手續により第一審區裁判所に支拂命令の發布を求め上告人か之に異議を申立て更に通常訴訟として繋屬するに當りては明治二十三年法律第六十五號第二條第七條に依り印紙二圓二十錢を貼用すへき筈なるに本件記録を調査するに僅に印紙一圓五十錢を貼用せるのみ乃同法第十一條の規定によりて無效の書類なり然るに原裁判所は之を省みす該訴訟を有效なりとし本案の判决を與へたるは違法なりと云ふにあり
上告理由第三點補充論旨は被上告代理人は第一審の訴訟書類に其印紙の貼用不足なりし事を認め補貼すへき旨を申立御院は之を許容せられたるも被上告代理人は第三審に屬する訴訟行爲の委任を受けたるのみ第一審に關する印紙を補貼すへき權能なけれは其補貼は效力を有せす又よし該補貼を有效なりとするも本案上告論旨の理由あること明白にして是被上告人の過失に依るものなるか故に被上告人に於て訴訟費用を償ふの責は之を免るゝを得すと云ふにあり
依て案するに本件訴額は六十圓なるを以て民事訴訟用印紙法に依り第一審に於て二圓二十錢の印紙を貼用するを要す然るに第一審裁判所は單に一圓二十錢の印紙を貼用せしめたる不法あるは上告論旨の如くなるも同法第十一條に依り不足の印紙を加貼し書類を有效ならしむるを得るものとす而して同條所謂裁判所とは各審級を指示したるに非す其上級審と下級審とを問はす廣義に用ゐたるものなれは不足印紙を加貼するは必しも各審級に限るものにあらす而して不足印紙加貼の如きは特別委任を要せさる訴訟行爲の一なれは上級審に於ける訴訟代理人に於て之を爲すも素より有效なり去れは上告代理人か當審に於て第一審の不足印紙を加貼したるは其手續に於て毫も欠缺する所なく第一審の書類を有效ならしめたるものとす然れとも第一審裁判所に於て相當印紙を貼用せさりしは被上告人の過失にして本上告は右の過失に基因す依て上告に關する訴訟費用は被上告人に於て負擔すへきを相當とす云々