雑報

鑛毒事件破毀の理由
野口春藏外三十二名に係る鑛毒事件か大審院に於て破毀せられたることは前號に記載したる所なるか破毀の理由は左の如し
(前略)依て按するに刑法第百三十七條の兇徒嘯集罪は多衆か現に官廳に喧閙し官吏に強迫し又は村市を騷擾し其他暴動を爲したることゝ其暴動は多衆共同の意志に基くことに依りて成立するを以て多數の人か此等暴動行爲を爲すも其行爲たる個々別々のものにして暴動者間に意志の合同なきに於ては其行爲は他の刑名に觸るゝことありとするも兇徒嘯集罪を構成せさるや明かなり然とも兇徒嘯集罪は多衆か其共同の意思を以て暴動行爲を爲すに依りて成立する者なれは暴動を爲さんとする多衆の意志は必すしも其集合の初に於て存在することを要せす多衆か暴動を爲すの目的を以て集合したるにあらす又集合當時に於て多衆間に何等暴動を爲すの意思なしとするも其後に至り其間に暴動の意志を生し共同して暴動を爲したる時は兇徒嘯集罪は完全に成立すへし隨て其根原に於て平穩なる多衆集合と雖も多衆の意志如何に依り何時にても兇徒嘯集に變することを得へく又其集合か擧て兇徒嘯集に變せさるも其一部人士の間に暴動の意志を生し現に暴動を爲したるときは其暴動に干與したる者等の間に於て兇徒嘯集罪の成立することを妨けさるものとす故に多數の人か現に暴動を爲したる場合に暴動に干與したる者か多衆にして其間に意志の合同あるに於ては兇徒嘯集罪は完全に成立すへし多衆間に暴動の豫議ありたるや否や暴動の意志多衆集合の初めより存在せしや否や暴動に干與したる者は集合したるものゝ全部なるや若くは其一部なるやは毫も犯罪の成立に影響を及ほすことなしとす而して本件の豫審終結决定書に依れは(中略)本件起訴の事實にして斯の如くなる以上は原院が檢事及被告等一部の控訴に依り本件兇徒嘯集事件の審理を爲すに當り被告等一行は果して郡役所警察署及川俣村に於て暴動を爲したるや否やを調査し被告等一行か暴動を爲したる事實ありとせは各個の場合に於て其暴動に干與したる者は多衆なるや否や其暴動は多衆共同の意志に出てたる者なるや否やを調査して公訴に係る兇徒聚衆罪の成立不成立を判定せさるべからす而して兇徒嘯集罪に在ては多衆間に暴動の豫謀ありて此豫謀に基き暴動行爲を决行したることを必要とせす暴動を爲したる瞬間に於て多衆間に意志の合同あるのみを以て足れりとするを以て原院は暴動に關する被告等の意志を認定するに當りては雲龍寺出發の當時に於て暴動の决意を爲したるや否やの事實を認むるのみを以て能事了れりとすることを得す必すや被告等一行の者か暴動を爲したる各個の場合に於て其間に意志の合同ありたるや否やを認めさるへからす又被告等一行の爲したる暴動か起訴の事實を其性質程度を異にするも其行爲にして苟も暴動行爲の範圍内に入るに於ては被告等に兇徒嘯集の所爲ありと認めさるへからさるは勿論被告等一行中に暴動行爲を爲す者ありて全體か之に干與せさりし場合と雖も之に干與したる者に對して兇徒聚集の所爲を認むるは毫も妨けなし蓋し本件に在ては前示の如く被告等の雲龍寺出發の當時より川俣村の退却當時に至るまての間に於ける被告等の所爲に對し兇徒聚集罪として起訴せちれたる者なれは原院は此間際に於ける被告等の行爲は自體に於て兇徒嘯集罪を構成するや否やを判斷するの職責あり原院の認めたる事實か起訴の事實に全然合致するや否やは固より之を問ふことを要せさるを以て被告等の一行に暴動行爲ありと認めたる以上は雲龍寺出發の當時に於て被告等一行に暴動の意志ありたることを認むること能はさるを理由として無罪を言渡し又は暴動行爲に干與したる者は被告等一行の一部にして全部にあらす被告等の爲したる暴動行爲は公訴事實に指示せる行爲と其性質程度を異にするを理由として被告等一行に暴動行爲なしと論斷し兇徒嘯集罪なしと裁判すること能はさる者とし若し之れありとせんか其裁判は理由不備の違法あることを免かれす何となれは各個の場合に於ける被告等一行の行爲か自體に於て兇徒嘯集罪を構成することを認むること能はさる場合にあらされは兇徒嘯集罪なしとして無罪を言渡すこと能はさるを以てなり依つて原判决文を閲するに本件兇徒嘯集罪に關する理由の外に被告野口春藏等か鑛毒被害の慘状に付(中略)云々とあり原院は起訴の事實并に檢事の論告に基き被告人等一行か雲龍寺出發の當時暴動を爲すの决意を爲したるや否やを以て本件主要の爭點となし之れを以て本件犯罪の成立不成立を决せんと試みたることを知り得へし而して原院は雲龍寺出發後に於ける諸般の状况に其き其當時被告人等一行に暴動の意志ありたることを認むる能はさる旨を判示したる後更らに雲龍寺出發後郡役所に於ける一行の行動に關し(中略)本件の證據方法中被告人等の間に斯る擧動を演せんとの豫想ありたることを見るへき者なしと判示したり右原院の認めたる事實に依れは野口春藏等の行爲は未だ以て兇徒嘯集罪を構成すへき暴動行爲なりとするに足らさるを以て原院が暴動行爲を以て目すへきにあらずと説明したるは相當なるも原院が豫め被告等間に暴動の决意ありたるや否やを以て暴動行爲の有無を判定するの標凖となしたることを知ることを得へし又館林警察署前に於ける行動に關しては(中略)端なく茲に衝突を惹起するに至りたることは(中略)之を認めたりと判示せり右原院に認めたる事實に依れば被告等一行が館林警察署及ひ川俣村に於ける行動は多衆の暴動行爲たること明かなり何となれは被告人等の一行か警察官の制止に拘らす多數一時に門内に進入し警察官か官吏の職務に抵抗したりとして引致したる川島民八外二名の返還を迫り強て警察官をして之を引渡さしめたるは其行爲の實質より見るときは明かに多衆が官廳に喧閙し官吏に強迫したるの行爲に該り又被告等の一行か道を開けと大聲疾呼しつゝ進行し警察官の警戒線に近き衝突を惹起するに至りたる所爲も亦多衆か警官吏に強迫するの行爲たるを失はさるを以てなり夫れ斯の如く原院の認めたる被告等一行の所爲にして多衆の暴動行爲たるの性質を帶ふるものとせは原院は暴動行爲に干與したる者の間に於て其當時意志の合同ありたるや否やを判斷し以て其行爲の兇徒聚集罪を構成するや否やを判定せさるへからす然るに警察署に於ける右被告人等一行の行爲に關し(中略)多衆暴動の决意に出てたる者と認むることを得すと説明し被告等一行の人が全部其行爲に干與し又被告等一行の者が其行爲を豫想するにあらされは兇徒聚集罪の成立に必要なる暴動行爲なき者の如く判示し暴動の豫謀と集合したる多衆全部の意志を以て暴動行爲の構成要件となしたるは兇徒嘯集罪の性質を明らめさる不法あるのみならす川俣村の行動に關しては(中略)暴動行爲と認むるを得すと説明し原院の認めたる被告等一行の行爲の外尚ほ被告等間に暴力に訴へ警察官の警戒線を破て前進せんとする強硬なる意志あるにあらされは暴動行爲なき者の如く判示したるは是れ又兇徒嘯集罪に必要なる暴動行爲の性質を誤認したるに外ならす(中略)原院か各場合に於ける被告等の行爲并に其意志の状態を判斷し本件犯罪の證憑は結局不充分なりと認めたる者なれは之に對して非難を試むるの餘地なしと然れとも原判决文に「如斯擧動を演せんとの豫想」と云ひ「多衆暴動の决意」と云ひ「多衆の集合力」と云ふは其意結局同一にして何れも暴動を爲さんとする所の豫め决定したる意志を意味するを原院は此意志は雲龍寺出發當時の状况に徴して之を認むることを得す被告等の郡役所警察署川俣に於ける行動も亦一として此意志の存在を推定せしむるに足らずとし以て雲龍寺出發當時に於て被告等多數間に暴動を爲すの决意ありたる者と認むること能はさるの點に論及し之を理由として無罪を言渡したる者なることは判文全體の主旨に徴して明かなれは原判决は上告論旨の如く理由不備の違法ある者にして破毀を免かれさる者とす(中略)又本件被告等の兇徒嘯集の件に關し原判决を破毀するに於ては被告春藏外二名に對する有罪の判决に影響を及ほすを以て原判决中の此部分も亦破毀せらるへし(下略)