雑報

時效期間起算日に就て
上告人奈良縣宇智郡五條町大字五條大和物産株式會社清算人久保久平外三名代理人廣岡宇一郎氏被上告人奈良郡磯城郡香久山村大字吉補岡橋治衛門代理人森脇駒次郎氏の約束手形金請求事件に就き時效期間の初日は期日より起算すべきや將又其翌日より起算すべきやに就き問題は生じたり先づ上告理由より之を記載せん(第一點)原裁判は期間の計算法を不當に適用したるものとす原院認定の事實に依れば本訴約束手形の滿期日は明治三十年七月二十一日にして本訴提起の日は明治三十三年七月二十一日なりとす而して原院は之を以て三年の時效完成に係るものと裁判したり然れども凡そ期間を定むるに年を以てするときは初日は之を算入せず而して暦に從ひ之を起算し最後の年に於て其起算日に應當する日の前日を以て滿了となすを法則とす故に本訴に於ては期間の初日たる三十年七月二十一日を算入せずして七月二十二日より起算し三ケ年目の應當日即ち三十三年七月二十二日の前日三十三年七月廿一日を以て期間滿了の日と爲さゞる可らず本訴提起の日は决して振出人に係る時效完成の時と云はざるなり之を要する原院の裁判は民法第百四十條を適用せず同第百四十三條第二項を不當に適用したる違法あるものとす(第二點)期間の起算は初日を算入せずとは民法第百四十條第一項の規定する所なることは第一點記載の如し假りに同條第二項を適用して原判决の如く滿期日より起算するものとするも猶不法を免かれずと信ず何となれば民法第百四十條第二項は期間が午前零時より始まるべき場合に適用すべき特例なるを以て若し該項を適用せんとする時は之を適用すべき特別なる理由を付せざるべからず然るに原判决は同等の理由を付せずして時效に罹りたるものなりと判决したるは理由不備の不法あり云々と云ふにあり而して右上告理由に對する被上告代理人森脇駒次郎氏の答辯は左の如し(第一點)單に民法第百四十條を正面より之を觀察するときは或は上告所論の如けん然れども消滅時效なるものは權利を行使することを得る時より進行を始む可きものにして本件約束手形の滿期日は原判决の認定したる如く明治三十年七月廿一日なりとすれば即ち明治三十年七月廿一日零時より上告人に對しては權利の行使をなし得るの始期と云はざる可からず果して然りとすれば本件手形は民法第百四十條但書に恰當する所のものにして且約束手形に就ては商法百四十三條に依り三年の時效は滿期日より起算す可きものと規定せり是に由て之を見れば本院が明治三十年七月廿一日より三年の時效を起算し三ケ年目の應當日即明治三十三年七月廿一日の前を以て時效完成の時となしたるは上告論旨の如く毫も不法の理由あることなし(第二點)民主法第百四十條の規定と但書と共に一條文を組成するものなれば苟も同條を適用せんとせば常に但書の事由の生じたるとき即ち期間進行の零時より始むる本件約束手形の如きものに付ては別段説明を要せず只單に手形の場所なることを言説せば滿期日即ち零時より當日午後十二時迄の間を指示するものなれば勿論零時を以て期間進行の始期たることは誠に明瞭なることゝす却て手形なるものは滿期日に付零時より後ちに權利行使の時を定めんとすれば特別の合意を要す可きものとす故に原判决が手形の滿期日を明治三十年七月廿一日と限定し之れより三年の時效を起算し明治三十三年七月廿日を以て時效完成の時となしたるは相當の裁判なりと云ふに在り