社説

權利株の賣買に就て
世に所謂權利株とは株式會社の發起人が其の設立を發揮したるときに發行する證券にして應募者たるものが單に證據金を拂ふたるに止まり未だ法定の金額を拂込まざるものを謂ふ是を以て此の種の申込たる未だ全く之が所持者に株主たるの權利を附與するものに非ず故に其の實價は頗る薄弱なるものにして多くは之が應募者に投機的手段を〓らすの途を與ふることは吾人日常の實驗に徴して之を知るに餘りあり羣言すれば其の設立せらるべき會社にして前途頗る有望ならむか無暗に之を買集めて更に之を高價に賣却せむとし若し又反對に其景氣頗る面白からざるものあらむか曾て己れが買受けたる行爲の無效を主張し從て不當利得の名の下に賣買代金の返還を請求せむとするものなり是を以て所謂權利株の賣買なるものは徃々不正者流の間に行はれ頗る實業社會の信用を撹亂するの虞あり故に舊商法典は明文を以て之が讓渡を禁じ(第百八十條)新商法典も亦其第百四十九條但書以下に於て同一の玉意を規定せり何となれば若し夫れ之を許さむか所謂經濟上の詐欺手段は頻りに行はれて誠實なる者は當に其の弊に堪へざるものあるべきを以てなり
論者或は曰く舊商法第百八十條は株式の讓渡を〓ずるの規定なり本段に所謂權利株の讓渡にまでの其の適用を及ぼすべきものに非ずと然りと雖も熟々右第百八十條の規定は所謂發揮の事業株式の申込をして射利の目的に歸せざらしめむか爲めに規定せられたるものにして詐欺の防遏を目的とする公益規定なるを以て權利株即ち豫約株の讓渡の場合にも其の適用を爲すべきものと論定するを妥當とす(明治三十二年二月二十八日以來大審院判例參照)權利株の賣買の無效なると斯の如し然らば即ち之が代金は賣主之を取戻すことを得べきや買主は所謂不當利得を爲したりと謂ふべきや民法第七百三條の正面より解すれば固より積極の斷定を附せざるべからずと雖も其の第七百八條本文の規定あるを以て吾人は到底賣買代金の取戻を請求することは能はずと論决するものなり然るに前示大審院の判决は反對の解釋を取り其理由を掲げて曰く「不法なる行爲に因りて爲したる給付を取戻し得ざるが爲めには其行爲の性質が給付を爲したる者又は當事業雙方に關して醜汚なること例へば賭博の如き又は金錢を授受して他人の致死を約するが如きものならざるべからず登記前に係る株式の讓渡は最初の讓渡人に關しては概して醜汚の行爲なるべしと雖とも讓受人に關して此事實を推定するの失當なるや論なし盖し登記前の株式の讓渡は其性質として當然醜汚なるものに非ずして商法第百八十條の規定に依り無效たるに過ぎざるを以てなり云々と吾人は該判决理由を讀で醜汚云云の所に至り頗っ空漠要領を得ざるの感なくむば非ず夫れ法律行爲の無效の定めむには前提問題とし先づ其の行爲の合法なるや不法なるやを决せざるべからず合法にも非ず不法にも非ず別に一種の醜汚なる性質あるを會得するに苦しむなり若し之を以て不法と同一なりとせむか宜しく讓渡代金の取戻を爲すを得ずと論ぜざるべからず反之合法と同一なりとせむか之れが取戻を請求するを得るや固より論なし
抑も一の法律行爲の不法なることは其行爲が明かに直接に法文に違反するか又は公の秩序善良の風俗に反する事項を目的とする場合にあり然り面して本段の場合に於ける權利株の讓渡は明に舊商法第百八十條及び新商法第百四十九條但書の規定中に含するものとせば該讓渡の不法なること疑なく從て其の代金は不法の原因の爲め給付せられたるものなれば其の返還を請求することを得ざることと固より當然のことなり吾人は此の點に關して本年四月十一日東京控訴院が下したる裁判に左祖せざるを得ず今該裁判の理由を摘録して以て讀者の一考を煩さむ
(上畧)右行爲は登記前に爲したる株式の讓渡にして法律の禁止するものなることは舊商法第百八十條の法意即ち射利の目的を以て株式申込を爲すの害毒を防止するのを趣旨にて登記前に爲したる株式の讓渡を無效と爲したる理由に徴し明白なり而して禁止法若くは善良の風俗に反する事項に基きて給付を爲したる者は不法の原因の爲めに給付を爲したる者に外ならず斯る給付をなしたる者は其給付の返還に付き法律上の保護を求むるの訴〓を有せずに故に之が返還を請求するの權なし盖し法律は違法の行爲を爲したる者を該行爲に因て生じたる損害に付き保護するものに非ざればなり云々