判决例

◎辯護士謝金請求事件
原告東京市淺草區西鳥越町三番地平民辯護士三谷退藏より被告同市下谷區竹町八番地平民亡清水豐春家督相續人現今東京市本郷區湯島天神町一丁目百二番地山口擧直方同居平民無職業清水キヤウ間の明治三十四年(ワ)第八六六號謝金請求事件に付東京地方裁判所第三民事部裁判長嘉山幹一判事平佐榮太郎須賀喜三郎の三氏は判决する左の如し
(主文)原告の請求を棄却す、訴訟費用は原告の負擔とす
(事實)原告は被告は原告に對し金四百圓を支拂ふべし訴訟費用は被告の負擔とすとの判决ありたしと一定の申立を爲し且保證を立つるを以て假執行の宣言ありたしと申立て其事實として被告の亡夫清水豐春が東京市下谷區竹町八番地第二號市街宅地五百九十坪四合八勺を所有し居たるに乘し訴外人渡邊宗義なる者清水豐春の委任を受けたりと詐稱し同人の私印私書を僞造し明治三十二年一月廾三日右地所を抵當として訴外人大木口哲より金三千圓を借受けるの契約を公正證書を以て締結し翌廾四日所轄登記所に於て右抵當の登記を了したり其後清水豐春は其事實を覺知したるを以て明治三十二年二月十日原告に訴訟代理の委任を爲し原告は其委任に基き渡邊宗義に對し私印私書僞造行使の告訴を爲し大木口哲に對しては不動産抵當登記取消請求の私正證書に基き不動産強制竸賣の手租を爲したるに付き清水豐春は明治三十二年三月廾七日又原告に訴訟代理の委任を爲し原告は其委任に基き大木口哲に對し強制竸賣停止の手續を爲し同時に同人に對し強制執行異議の訴訟を提起したり而して清水豐春は明治三十二年十九日に原告に對し前記不動産抵當登記取消請求事件及強制執行異議事件が其目的を達したる節は謝金として金四百圓を與ふべき旨を契約したり然るに渡邊宗義に對する私印私書僞造行使被告事件の裁判あるまで強制執行異議の訴訟は中止する旨の裁判所の命令ありしに依り訴訟は其侭に中止したるに明治三十三年九月一日清水豐春は死亡し明治三十四年一月十二日被告が其家督相續を爲したり而して被告は相手方たる大木口哲と和解し同年三月十八日強制竸賣申立を取下しめ及同月廾五日抵當登記を抹消せしめたり依て原告が被告の先代清水豐春より依頼せられたる目的は茲に於て全く達せられたるものにして其目的を達したるは縱令原告は直接に關係せざる和解に基くと雖ども其和解は原告が盡力したる訴訟の結果なるを以て原告は清水豐春の家督相續人たる被告より受取る權利あるものなり右の次第なるを以て被告に對し其支拂を請求したるも被告之に應ぜざるを以て本訴の提起に及びたりと陳述し以上の事實を立證する爲め甲第一號證を提出せり
被告は原告の請求を棄却す訴訟費用は原告の負擔とすとの判决ありたしと一定の申立を爲し原告の事實上の陳述は之を認むるも本件謝金契約は被告先代清水豐春が原告に對し大木口哲に係る執行異議の訴訟及不動産抵當登記取消の訴訟代理の委任を爲し若し原告の盡力により該訴訟が勝利の判决を受けたるならば成效謝金四百圓支拂ふべしと云ふにありて全く謝金の支拂は勝訴の判决あることを條件とするなり從て和解に依て訴訟が消滅したる場合の如きは當然被告より謝金を支拂ふの義務なし從て原告の請求に應ずる克はずと抗辯し甲第一號證の成立のみを認め且該證中の貴殿御盡力を以て該訴訟勝利の判决相受け候節は別に成效謝金四百圓差上可申候とある部分を立證方法として援用すと申立て若又假りに原告主張の如く和解の場合と雖ども原告が謝金を受取る權利ありとするも其場合は乃ち委任事務が中途に原告の責に歸す可らざる事由により終了したるものなるを以て原告は唯其委任事務を履行したる割合に於て謝金を受くべきもとのす然るに原告は該訴訟に就ては唯一囘口頭辯論の爲め裁判所に出頭したる迄なるを以て本件の如く原告が謝金全部を請求するは此點に於ても甚だ失當なりと抗辯せり而して裁判所は辯論を第一の抗辯に制限したり
(理由)安するに本件に於て當事者が其成立を爭はざる甲第一號證に依るに原告は清水豐春より訴訴代理委任を受けたるに依り手數兩として金一百圓を受取ることを得べき地位に在り而して手數料は要するに右委任に對する報酬に外ならざるを以て同證中に別に該訴訟勝利の判决を受けたるときは成效謝金四百圓を差上可申云々とあるは全く勝訴を條件とする特別の報酬と解釋するを正當とす况んや甲第一號證の記載の趣旨は明かに同一の解决を下すことを得べきに依り益其然る所以を確むるを得可し果して然らば勝訴判决にあらざる和解の場合の如きは假令其訴訟の目的が完全に達し得られたりとするも勿論原告は謝金の請求を爲すの權利なきものとす從て被告の第一の抗辯は其理由あるものとし此點に於て原告の請求を棄却するに足ると認むるを以て原告敗訴の判决を爲す可きものとて主文の如き判决を爲したり