立案書式
保釋願
府縣市町村第……番地
何監獄在檻 被告 某
被告人は農家に生れて中等の資産を有し郷里に在りては毎に若者の首座に推され家系の正しき家名の舊きは自然に郷閭の敬愛を受け未だ甞て刑事の制裁を蒙りたる事なきは勿論違警罪に處せられたる事もなきものに有之這般○○○○嫌疑事件は被告の不思議に堪へざる所なれども是は之れ目下御審理中に係るを以て公明なる法官閣下の御裁判を俟つの外なきも被告は家に在らざること一百有餘日に渉り當年八十餘歳の老父は其〓瞑なる思想より被告の入牢は生還の氣遣はしきを憂ひて神社佛閣に朝參暮詣只管に被告の無事を祈り家政を顧るとなく年少の妻は乳兒を抱て老父を慰籍するに疲れ親しく病の床に臥し乳兒は天與の美味を奪はれ肉落骨枯れて愈々病める生母を苦め傭奴虚に乘じて田を見ず畑を耕さず農家の最大收獲物を擧げて荒廢に委するものゝ如く其慘懷の光景は隣近同情の涙を寄する處となるも山間僻陬の地に在りては御牢屋入の人の世話を爲さば其罪已に及ぶの思を爲して所謂見殺にするの姿となれりとの通信を領し被告の必痛尋常の外に出で牢獄危座嚴肅を遵るの痛苦は如何之を忍ぶべくも必裡を襲撃する情緒は意馬と化して走り心猿と變じて天を仰ぎ悲運に慟哭する處今に於て利刄一揮流水を斷つの策を建てざれば家族は亡び資産は荒れ終に歸すべき家なきに到らんとす苦し被告に銀鞍白馬の貯あらば自然に放任して顧ざるべきも片田舍の資産中等なりと云ふも貴人一朝の饗に値せず併も僻陬の地之を護ること容易ならず伏して希くば博愛至仁なる法官閣下被告の本情に一片の慈仁を垂れ本件御審理中保釋出獄の恩典を降し往て家庭處理の自由を許容せられんこと伏て奉請願候也
明治……年……月……日
右 「拇印
某 ○
住所
保證人 某 ○印
何々豫審判事某殿