外国判例
米國
法學士 譯
◎夫婦別居の契約に關する件
(事實)原告なる妻は被告夫と別居することを約し其代り被告より或る生命保險證券の讓渡を得ることを契約したり
(判定)斯かる契約は公安を破るものとして無效なり
(評論)從來公安法に基いて論せらるべき夫婦間の別居の契約に關する判决は公安とは如何なるものなるかといふ解釋の分るゝと同じく殆んど歸一することなかりき、英國に於ては遂に下の如き寛大なる主義を採用したり即ち「直接にして過去の別居に關する契約のみは有效ならざれども單に別居すといふ約束は約因として有效にして法律上強行せらるべきものなり」と 米國に於ては別居の契約は一般に公安を害するものとして判决せられたり、併し直接に別居を目的とし又は既に行はれたる別居の繼續を目的とする法律行爲は之に對する他の有效なる約因ありし故を以て之を將來又は偶然に成立すべき別居の契約と區別し其效力を認められたり、而して本件は此米國の規則を一層嚴重ならしむる傾向を示すものなり
本件の事實たる原告は或る生命保險證券の讓渡を受くることを條件として其夫と別居するの契約をなしたるものにして法廷は凡て別居の契約は當事者が既に別居したるにあらざれば無效なりとの理由を以て斯かる契約は行はるべからざるものなりと判决したり、此判决は妻の約束が別居となさんとする無效の約束なりとの理由のみにより支持せられ得べきものにして其の契約が他の有效なる約因を含めて別居を目的とせる普通の契約なることは判决中に之を認めたり、此主義は實に現世紀迄英國普通法上に認められたる意見にして其宗教裁判所の意見たるの故を以て稍一般に行はれたる觀念なりしが實際に於ては普通法及び衡平法上共に別居の權仲を以て他の有效なる約束を無效にするものと爲さゞりしなり、從前妻は契約能力なきものなりしにより斯かる契約には必ず第三者の立入ることを要せしが後妻が契約能力を得るに及びて單獨に斯かる契約を結ひたり、以是本件判决に表はれたるが如く直接の別居を目的とするものゝ外別居の契約を全く無效とするの主義は普通法竝びに一般に米國に於て採用せられたる主義に反するものと謂はざる可からず
米國一般の意見としては別居を條件とする契約は假令其條件たる別居の約束自身は行はるべからざるものとするも其契約の效力を認むるを以て穩當とす、結婚者が合意上別居することを許さるゝ以上は夫たる者が妻の生計を支ふるの義務を負ふことを認むるは最も正當なり、法律は正當の理由を見出したる場合には別居を許可すべし然れども別居をなさんとする者は別居せんとするに當り必ず十分の理由を提出せざる可からず、公安の上より論ずれば婚姻なるものは容易に解かるべきものにあらざるや論なし然れども別居せんとする當事者間に別居の契約をなすことを認むるも爲めに法廷は婚姻の結合を輕んじたるものと謂ふべからず、法廷は之によりて再び夫婦の同居することを禁ずるものにあらず又英國流の極端主義を取りて當事者の一方と他人との結婚を禁ずるものにもあらず唯夫が別居によりて妻の生計を支ふる義務を負へる約束を有效ならしめんとするに在るのみ