雑報
◎一字千金の禍
一字千金二千金三千世界の寶ぞとは天神記に於ける近松の社會觀なるが實にこの頃一字の誤寫の爲め測らぬ損害を招きたる實例あること不思議でも何でもなし畢竟自家の疎漏より出でたることなるが他山の石として各自に注意なるの外なし法律は數字を書するに壹貳參等の大文字を用ゆべしと規定したるに從はざりし身の破滅なりと自分には諦めるより仕方はなかるべし茲に東京府北豐島郡巣鴨町大字巣鴨三丁目廿六番地宮本小一より神奈川縣横濱市尾上町四丁目八十七番地吉永良延に係る地上權設定假登記抹消請求事件あり原告の申立に由れば被告は明治三十四年三月十三日東京區裁判所の假處分命令に基き東京府東京市京橋區築地二丁目十一番地市街宅地四百八十八坪の内西北隅なる六十七薪五合に對し爲したる地上權設定の假登記抹消の手續を爲すへし訴訟費用は被告の負擔とすとの判决を求むと云ふに在りて被告は原告の訴を却下すとの判决を求むと一定の申立を爲せり而して被告は本案の辯論に入るに先ち訴状の一定の申立及原因には東京市京橋區築地三丁目十一番地(中畧)に爲したる地上權設定の假登記は不當なるか故に之か抹消の手續を爲すべしとの主旨の記載ありしに口頭辯論に於ては東京市京橋區築地二丁目十一番地(中畧)に爲したる地上權設定の假登記は不當なるか故に之が抹消手續を爲すべしと主張するは訴の原因を變更するものなりとの異議を述へたり依て東京地力裁判所民事第四部は訴の原因を變更したる者とて原告の訴を棄却せり其理由は訴状一定の申立及ひ原因には東京市京橋區築地三丁目十一番地(中畧)に爲したる地上權設定の假登記は不當なるか故に之か抹消手續を求むとの主旨の記載あり然るに口頭辯論に於ては東京市京橋區築地二丁目十一番地(中畧)に爲したる地上權設定の假登記は不當なるが故に之か抹消手續を求むと主張するが故に原告は訴の原因を變更したるものとす原告は是れ誤字なり訴訟の目的物の實體は築地二丁目十一番地なるか故に訴の原因を變更するものにあらずと云ふと雖二丁目と三丁目とは固より同一物にあらず元來訴訟提起の主意は訴状に依りて之を認むへきものにして之を變更したるときは形式上別箇のものなりと見るべきを相當とするか故に訴の原因を變更したるものと認め被告は本案の辯論前に異議を述へたるに依り民事訴訟法第百九十五條第二項第三號に依り原告か變更したる新訴は不適法なり』と