法曹叢談
贋物の四光
狡烏あり。一日孔雀の美を眺め、欽羨措く能はず竊に一の落毛を捨ふて之を插み、揚々として美を羣鴉に觀す、羣鴉之を惡む也。相共に狡烏を啄む既にして插毛脱し、烏は依然たる烏なるのみ。羣鴉見て之れを嘲ふ。是れ幼時之を乳姆に聞く所、暦々猶ほ耳に存す。頃者日本辯護士協會總會名古屋市に於て擧行さる。會員の集まるもの殆ど數百名、會後東陽館舘に於て懇親の宴を張る、席撤して密に馬首を新地に立直すもの三々伍々、某なるものあり、某樓に登り、自ら天下の名士磯部四郎と稱し、妄りに尊大當る可からず、樓之を信じ歡待頗る勗む。是に於て則益々得意、傲然人を睥睨して威一樓を壓す。既にして樓主惴々として進み、懇願するに義太夫一齣を惠まんことを以てす。盖し磯部君や、四光の名斯界に轟き、遠く金城々下に及べるもの也。某是に於て殆ど語の出づるものなし。然れども其是に應ぜざらんか、樓主の疑ふ所とならんかを恐るゝ也。則ち意を决して平生口にする所の@042566;淨瑠璃お柳の一節を唸る。其聲嗄れ調亦頗る陋、再び耳にす可からず。樓主乃ち其器にあらざるを覺り、竊に女中をして、新聞に由つて知れる君の旅舘品忠に通電して君の有無を問ふ。時に君在舘す。旅舘の女中、其先方の新地なるを見て、故らに君を引ひて電話口に呼び、以て大に粹を估ふ。君已を得ず自ら器械を耳にし、始め其樓の一埒を聞き、答へて曰く『磯部は俺れだきさま方に居るのは多分俺れの乾兒だらう』是に於て虚裝忽ち發れ、樓の某を遇する極めて薄し。某猶ほ事の破れたるを知らざる也、俄に禮遇の下りたるを見て、不滿措く能はず、盤觸れば盤を蹴り、杯觸れば杯を碎く等亂暴狼藉を極め僅に餘忿を漏らすと、某の痴や到底狡烏の愚に及ばざるものあり。
依頼人の擬玉
古簑破笠、弊褐短袴にして累々たる一野夫あり、一日某辯護士の事務所を叩いて、委するに某事件を以てす。某報酬金額を議するに當つて、喃々その窮状を訴へて、只管哀を告げ、苟も其額の低ならんことを願ふ。某氏乃ち之を信ずる也、極めて其額を廉にし、殆ど義侠的に之を認諾す、後日其事件公判あり、某氏辯論最も努む。既にして顧みて傍聽席を見るに、一紳士あり婆裟として其衣上下悉く絹綾にして輝くが如し。〓視すれば何ぞ圖らん曩の一野夫らなんとは、某氏心私に某謀られたるを怒れども今や如何ともすべからず後にして彼は某村第一の豪富なることを聞き、舌を捲いて某健吝なるに驚く。