社説

訴訟印紙改正法案
民事訴訟用印紙法改正案は議會に提出せられ今や衆議院の委員付托と爲れり其運命如何は固より未た知るべからざるも其影響する所の大なるを以て東京辯護士會は會議の末滿場一致反對の决議を爲し京都辯護士會も亦反對の决議を爲し檄文を四方に傳へて同志を糾合するに至れり想ふに全國の辯護士會は固より國民の多數は相竸ふて本案に反對を表するならん
抑々國家が個人の權利を保護すべきは今更論ずるまでもなし若し能ふ可くんば權利の毀損を囘復し若くは其抂屈を伸張し當然亨受すべき實を全ふするに一信半絲の費用を徴收せず無料にて其處分を爲すを希はざるべからず然ども社會の事情は之を許さず且つ國民も自已の權利を保護せん爲め自から充分の力を用ひざるべからざるの理由あり乃ち訴訟費用を自辯し又は辯護士の謝儀等を負擔せざるべからず盖し太古は言はず英國の如き五六百年前に於ては訴訟費用は素より辯護士の報酬も之を受けざるを以て依頼人は巳むを得す其法服の頭巾の背後に垂れたる中へ投入し以て寸志を表せしと云ひ傳ふる如く訴訟の費用は一毛半絲を要せざりしも人文の開くるに從ひ世務の錯雜を來たし竟に今日の如く巨額の費用を要せざるべからざるに至りしものにて吾人は今各國の例證を一々枚擧せざるも概ね斯の如き歴史を有するは信じて疑はざる所なり
夫れ然り然らば則訴訟に要する一切の費用は洵に巳むを得ざる事由に起因し而して已むを得ざる事由に起因したるものは成るべく因て生ずる苦痛を輕減するの方針を取らざるべからず是れ國家が國民を保護するに於て須臾も遺忘すべからざる義務たればなり然るに今囘の民事訴訟印紙法改正案の如き從來既に輕からざる費用に重ぬるに更に二倍以上數倍の數位を加へ殆ど當事者の負擔に堪えざるの觀あり若し國庫の收入を謀る一面より言ば啻に此増加を歡迎するのみならず所謂る多少益々辯ずべきも之が爲に當事者の苦痛を感じ其影響の及ぶ所權利の毀損を囘復し其抂屈を信張する能はざるべきを思へば其利害得失果して奈何ぞや政府は之を以て國民の堪え得べき所と爲すか資産家は盖し堪え得べし然とも中人以下は實に堪え得ざるなり假令事の行掛り上敢て權利の囘復伸張を謀り其目的を達すとするも目的を達すると同時に一の實益を收むる能はざらん又政府は之を以て國民は權利の毀損抂屈に甘ぜざるものと爲すか資産家は盖し實益の有無を〓はざるべし然ども中人以下は實益なし爲め泣て權利を抛棄すべきなり而して天下資産家は僅小にして中小以下は多し况んや資産家と雖も唯目から負擔に堪ると云ふに過ぎざるをや然らば則此改正案は多數の國民に苦痛を與へ權義の平衡保持を妨害するものに非らずして何ぞ而も政府委員の言に據れば其將に得んとする所の金額は凡そ一百萬圓に過ぎず一百萬圓を以て國民多數の權利を失はしむるは豈に廉價の甚しきものならずや吾人は此理由あるが故を以て此改正案に對し絶對的反對せざるを得ず
若し夫れ此改正に依て將に生ぜんとする數弊を擧れば權利抛棄の結果所謂る三百的代言者流をして跋扈せしめ壯士の徒輩をして横暴を恣にせしめ將た訴訟の困難を豫想するの餘り貸借上不便を來たし金融に圓滑を缺く等の事を生ずるに至らん吾人は此等の點よりも亦社會の爲め本案に反對せざるを得ず想ふに衆議院に於る委員諸氏も少しく意を注ぐ所あらば此等の弊害を見る敢て難きにあらず况や其本講に入り貴衆兩院議長の卓上に登るに於をや吾人は其通過せざるを信じて疑はずと雖も萬一を慮り此に數言を述る斯の如し當局の人其れ諸を思へ