外國判例

◎本夫の復讐事件
社友 木村誠次郎
姦夫に對する本夫の殺傷は之を宥恕することを得
過ぐる五月の交「イブリー」市の彩色請負業エミール博士を訪問せり博士は病家よりの急速來診の依頼者來れりと信じ自ら來りて戸扉を開くや訪問者は其携帶する『ヴイトリオール』(藥品)罎を彼れの面部に投げ付けたるを以て滿顏忽ち劇藥の浸す所となれり
キルスツは昨日を以て「セーヌ」重罪裁判所に殺人未遂犯として出廷せり何となれば設令ひ博士は腐爛劑の爲めに痛く燒焦せられたりと雖も右眼の明を失ひたるのみにて生命に異状なかりしを以てなり公判に於て被告は其所爲の辯護として久しき以前より妻の貞操に付て嫌疑を懷きしが頗るクールトール博士の擧動に怪しむべき點多く而も其疑念の確證を發見せるに@038791;てや憤怒の情念抑ゆる能はず卒然復讐手段に訴へたる所以を申述せり是に於て辯論の結果被告犯罪の時に當りては業に已にキルスツ婦人とクールトール博士との間に祕密の交情轉々濃厚なるものありし事實を證明し得るに至れり
辯護士アンリー、ロベール氏は以上の事由に基き被告の爲めに有力なる辯護の勞を採られたり陪審官等は此可憐なる欺かれたる本夫に對しては今日迄『ヴイトリオール』投付の獨占權を有せし幾多の遺棄せられたる妻女に對すると同樣の寛典を與へんことを欲し特に正當宥恕の途の取りキルスツは放免せらるゝに至りたり(昨年九月十四日發通信)