論説

刑の執行猶豫論
檢事 法學士 小山松吉
第一 緒論
條件附裁判制度は刑の執行猶豫の名を以て改正刑法草案の採用するところとなれり是れ實に刑事司法の大改革なり然らば則て其利害得失を攻究し以て職者の教を乞ふ亦無要にあらざるべし
條件附裁判の思想は近世に至り初めて顯はれたるにあらず羅馬時代に於て早く既に其犖光を放ち遠く千載を照らせるものあり有名なるシセロは曰く『社會は刑をして罪過より重大とならしめざることに注意し之れを避くるの方法を講ぜざるべからず』とセネカは曰く『法律の保持を以て任する者は犯人に刑を科するに先ち必ず戒告又は譴責を行ふべきものとす』と近世に至りポンネウイルドー、マルザニーは曰く『刑は國民の徳義的富力たる榮譽心の成立を減ずるものなるを以て社會は經濟上刑を科するを避けざるべからず』と英國の法曹マイヒウも亦言へり『光輝ある刑事司法の第一要義は輕微の犯罪の爲に人民を監獄に投ぜんよりは寧人民をして勉めて之に選からしむることを試むるにあり』と
更に各惰の法制を案するに條件附裁判の萠芽は遠く古代に於て之を發見することを得羅馬法及寺院法に『法律は笞杖を與ふる前に先づ戒告す』との原則あり寺院法に於ては一定の場合に在ては三囘の戒告を受けたる者にあらざれば之に對し寺院追放を命ずることを得ずとせり佛國法は古代より一千七百八十九年の革命に至るまで戒告制度を實行し後之を廢したるも英惰法は今日尚之を實行せり其他土耳其西班牙葡萄牙露西亞の法制中戒告制度の存在するを見る獨逸伊太利瑞西ヌシャーテル洲の刑法には譴責に處すとの規定あり譴責は戒告の性質を有するものとす
條件附裁判は一千八百六十年北米合衆國マツサチユセツト洲に於て試驗制度を實施したるに胚胎し八十七年英國の初犯者試驗法となり八十八年白國の條件附裁判に關する法律となり九十一年佛國の刑の加重減輕法となり瑞西ヌシヤーテル洲の刑法第六十九條となり諸國に行はるゝに至れり
豫は茲に條件附裁判制度の性質を詳説するの煩を避け八十八年の法律案が白國議院を通過したる情况及同法實施の成績を説明すべし庶幾くは以て本制度の一般を知るを得ん
第二 白國義院に於ける條件附裁判論
附 實施の成績
臼耳義に於ては一千八百八十八年五月三十一日假出獄幵條件附裁判に關する十箇條より成る法律を公布したり而して條件附裁判に關するものは左の二條なりとす
第九條 第一審及第二審の裁判所は一個又は數個の刑を言渡したる場合に於て主刑又は補助刑のみにて若くは主刑補助刑を併科したる結果六月以下の禁錮に該り且前に重罪又は輕罪の刑に處せられたることなきときは理由を附したる裁判决定を以て裁判所より定むる一定の期間判决の執行を猶豫することを得此期間は五年を超ゆることを得ず
豫猶を得たる者右の期間重罪又は輕罪の新判决を受けざるときは前の判决は消滅したるものとす
之に反する場合に於ては猶豫せられたる刑と後に言渡されたる刑とを併科す
第十條 本法實施の成蹟は毎年之を議院に報告すべし
八十八年五月三十日の法律案理由書を繙けば開卷第一左の語の特筆せらるゝを見る
刑事立法の問題は啻に犯罪者に科したる刑に依て之を懲@016750;するを目的とするのみにあらずして犯罪者を贖罪せしめ以て之を感化し再犯防止の方法を講ずるに在り
該法律案は司法大臣ル、ユーンより白國議院に提出せられ同時に其理由書は公にせられたり條件附裁判は當時實に刑事司法の大問題なり此問題に付白國司法省が全力を注ぎたる理由書の内容果して、如何理由書に曰く『般刑者中には或は言渡されたる刑に相當する痛苦を感ずる者あり或は啻に自己に於て痛苦を感ずるのみなざる併せて自己の不在中困苦に陷りたる家族に對する痛苦を感ずる者あり或は之に反し處刑は一の空式に過ぎずして監獄を以て完備したる旅舘と同視し一時の滯在を以て愉快となす者ありと雖も要するに監獄の拘禁は多數人に對しては自重心を有し及家族に對する愛情を相當に有する者より轉じて廉耻を思はず家族を顧みざる薄命者に墮落せしめ遂に犯罪より犯罪を累ぬるに至るべき關門なりと謂はざるべからず夫れ拘禁は稀に悔過遷善の效ありと雖も多くは徳義を頽敗せしめ再び罪を犯し易からしむ而して贖罪に對しては拘禁は常に必要に非ざるのみなざる拘禁の結果生ずべき徳義的觀念の壓抑は實に社會的危險として認むべき現象なりとす是を以て政府は六月を超過せざる自由刑の言渡を受けたる者に對し一定の期間更に罪を犯さゞるときは處刑判决は消滅したるものとすとの效力を以て刑の執行を猶豫する權利を裁判官に授與せざるべからずと思料す故に被告人は果して處刑判决に對する耻辱と其執行に對する恐怖に依り能く贖罪及懲@016750;の〓を擧ぐるに足るべきもの赤るや否やを鑑別するの地位に在る裁判官は能く之を審按し處刑の判决をなしたるのみにて贖罪懲@016750;の效を生ずべき被告人なりと認めたるときは之に對し一定の期間再び罪を犯さゞるべしとの條件附執行猶豫を言渡すべきものとす此期間を定むるには裁判官は被告の平素の行状道徳上の情態悔悟の程度を觀察するを要す本案は立法的改正の趣意を以て提出位たるものとす故に猶豫の許否權を全く裁判官が訴訟上得べき心證に一任して政府は之に對して毫も干渉を試むることなし抑々刑事司法に從事ずる裁判官は執行猶豫の言渡に付ては輕微の事件と雖も愼重の注意を要す裁判官は當に知るべし刑事司法に係るものは私益に關する輕微の事件と雖も立法者及政府より見るときは實に貴重なる利益にして且其範圍は廣大なることを又裁判官は當に知るべし彼等が恐るべき重大問題を處决するに當りても澹然として落々たる行爲は能く必要なる社會的利益を増進することあるも亦時に之を妨害するものなることを政府が裁判官を信任して彼等に新なる權利を授與したるは彼等をして巧妙なる運用に依り新制度を適當に實施することを明かにせざるべからざる地位に置たるものなり
何ぞ言辭の婉曲にして實際の運用を裁判官に求むるもの切なるや白國衆議院の中央部は政府案に贊成を表し中央部の名を以て部長トーニツサンは報告をさして曰く『本案は刑の言渡を受けたる者が猶豫の期間刑法に違背せざるときは處刑判决は消滅したるものと看做すとの動力を以て判决の執行を猶豫するの權能を裁判所に許與したるものにして實に大なる改革を吾人の面前に提出したりと謂はざるを得ず現今の立法權が未だ許與せざる重大なる權力を草案第九條が裁判官に委任したる以上は其權力を實行すべき場合を精密に規定するは最も必要なるべし於是乎二個の條件を具備するの要あり即ち執行猶豫を言渡すべき者は未だ曾て重罪輕罪の爲に處刑せられたることなき初犯者なること及言渡されたる刑期は六月以内なること是れなり吾人は現今の裁判宣告手續と相距ること遠き此改革を果して認許すべき乎本制度を深く研究するときは吾人は此問題に對し贊成を表するに躊躇せず歐州諸國の刑事統計に依れば二個の爭ふべからざる事實を證明することを得何ぞや曰く短期の刑は刑事裁判上薄弱なる效力を有するに過ぎず曰く自由刑は處刑者を隨落せしむる效果を呈し屡々自由刑に對する期望と相反する結果を生ずと是れなり夫れ自由刑は處刑者の徳義的感覺を壓抑し之をして自己の眼を以て自己を賎み公共心を滅却し再犯をなし易からしむるに至る是を拘禁短期なるにも拘らず處刑者早く墮落し且其家族の苦境に陷りたる場合に於て殊に多しとす果して然らば犯罪の爲に初めて裁判所に引致せられたる者に對し刑の言渡をなしたる場合に於て犯人悔過遷善し且其後の行爲に依り社會は彼に對し損害及危險を感ぜざることを證明するときは刑の執行をなさゞるべしと雖も若悛改せざるときは言渡したる刑を執行すべしとの脅赫の性質を判决に附與するは相當の方法にあらずや然れども一時の感情に激し初めて刑法を犯したる者に對しては監獄は必ず常に其門戸を閉鎖せざるべからずと云ふにはあらざるなり刑の執行の脅赫を附加せる判决が既に十分なる刑罰たることを顯はす以上は換言すれば判决より生ずる恐怖及耻辱の感覺が既に贖罪たるに十分なる以上は刑の直接の執行は必ずしも之を赦免すべからざるものにあらず而して法律が裁判官の公明正大なる品位に委任したる各事件に於て猶豫せられたる刑の執行せらるゝに至るべきや否やは繋て一時の期間に於ける處刑者自身の未來の行動如何に在りとす草案第九條は此期間の最長期を五年とせり然れども此期間を定めずして被猶豫者をして永久入獄の脅赫に恐怖せしむるは了解し難き條理〓るのみならず實に人道に反すと謂はざるを得ず何となれば此種の脅赫は刑罰其者よりは寧痛苦なるべければなり茲に第九條の意義に於て脅赫の效力あることを説明せん處刑者は知らん彼が更に刑法を犯すときは判决は執行せらるゝことを又第二の犯罪に依り科せられたる刑は直に執行せらるゝものなることを然らば則ち處刑者は自ら進で能く其身を修むるに至るべく單に以後决して刑法を犯さゞるべしとの保證をなしたる者よりも利害の切なるものあらん所謂條件附とは刑の執行の條件附なるの謂なり判决其者は條件に繋るにあらざるなり本案に付憲法問題を提出したる者ありたれども是れ不當なり假出獄の場合に於て國王の大權に影響なきが如く條件附裁判を實施するも大權事項に抵觸することなし執行猶豫を附加する判决の普通の刑を言渡すものと同く國王より宣告せらるゝものとす立法權の作用を以て刑の性質を變じ又は其執行を宣告若くは法律に依て定めたる條件の到來に繋らしむることは我憲法の條文に於て禁止するところにあらず而して國王の權利立法者の權利及裁判官の權利は各其權限内に於て行動し此れが爲に敢て犯さるゝことなし (未完)