讓與地所取戻及讓與登記取消請求ノ件
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大審院民事判決録（民録）2輯3巻88頁
明治二十九年第三十二號
明治二十九年三月廿三日第二民事部判决
◎判决要旨
- 一 婦ハ其夫ト共棲スヘキ義務アルモノナレハ其夫家ヲ立出タルハ自己ノ任意ニアラスト主張スル婦ハ之カ立證ヲ爲スノ責任アリ（判旨第四點）
第一審 廣島地方裁判所尾道支部
第二審 廣島控訴院
上告人 秋穗ハル
訴訟代理人 小島忠里
被上告人 秋穗伊太郎
右當事者間ノ讓與地所取戻及讓與登記取消請求事件ニ付廣島控訴院カ明治二十八年十一月二日言渡シタル判决ニ對シ上告代理人ヨリ全部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シタリ
判决
本件上告ハ之ヲ棄却ス
理由
上告第一點ハ原裁判所カ原告タル被上告人ニ擧證ノ責任アルコトヲ顧ミス被告タル上告人ノ證據ヲ排斥シテ被上告人ノ請求ヲ是認シタルハ擧證ノ責任ヲ顛倒シタル不法ノ判决ナリト云フニ在レトモ此論告ノ理由ナキコトハ同第三點第四點ノ論告ニ對スル説明ニ依リ自ラ了解シ得ヘキヲ以テ特ニ説明ヲ與フルノ要ナシ
同第二點ハ原判决理由ノ第一段ニ於テ「控訴人ニ於テ本訴地所ハ控訴人カ不釣合ニモ拘ハラス二十六年年長ナル被控訴人ノ妻トナルコトヽナリタルヨリ被控訴人ニ於テ控訴人ノ行末ヲ保護スル爲メ之ヲ讓與スルノ約束ヲ爲シ控訴人ハ該證ニ基キ讓與ヲ受ケタルモノナリト云フモ毫モ其確證ナキノミナラス該陳述ハ事實ニ適シタルモノト認メ難シ」ト判决シタルハ上告人カ原裁判所ニ於テ乙第六號證ヲ以テ證明シタルコトヲ遺脱シテ不當ニ事實ヲ認定シタル不法ノ判决ナリト云フニ在レトモ乙第六號證ハ當事者間ニ成立シタル地所讓渡證書ニシテ此證書ノ成立ニ就テハ當事者間ニ於テ毫モ爭ナキ所ナリ而シテ原判决ニ於テ其讓與ノ原因ニ關スル上告人ノ主張ハ確證ナキノミナラス事實ニ適シタルモノト認メ難シト説示セシ上ハ乃チ上告人カ乙第六號證ヲ以テ證明シタリト云ヘル事實ハ自ラ排斥ヲ受ケタルヤ明白ナレヤ原判决上特ニ乙第六號證ニ對スル證明ナシトテ之ヲ以テ證明シタル事實ヲ遺脱シテ不當ニ事實ヲ確定シタル不法アリト謂フヲ得ス
同第三點ハ原判决理由ノ第二段ニ於テ「之ニ反シテ養嗣子ヲ有スル者ハ老後ノ事ヲ慮リ家督ヲ養嗣子ニ讓渡スルニ先チ豫メ家産ノ幾分ヲ其妻ノ所有名義ニ書換ヘ置クハ世上往々之アル所ナレハ米國ニ留學中ナル被控訴人ノ養子哲一郎カ歸國ノ上ハ被控訴人等夫婦ハ老年ニ至リ難儀ヲ感スルコトアルモ圖リ難シト思慮シ被控訴人ハ控訴人ト申合ノ上本訴地所ヲ夫婦養老ノ資ニ充テンカ爲メ讓與名義ヲ以テ控訴人ノ所有名義ニ書換タリトノ被控訴人ノ陳述ハ事實ナリト認ムルニ足レリ」ト判决シタルハ此事實ノ主張者タル被上告人カ民事訴訟法第二百十三條第二百十八條第二百十九條及第二百二十條等ノ法意ニ違背シテ證據方法ヲ申出サルニモ拘ハラス原裁判所カ想像ヲ以テ事實ヲ認定シタルモノニシテ證據法理ニ違背シタル不法ノ判决ナリト云フニ在レトモ婚姻契約ヲ以テ互ニ財産ノ贈典ヲ爲スカ如キハ世間其例小シトセス然レトモ結婚後夫婦間ニ於テ田畑宅地山籔等十筆ノ地所ヲ讓與スルカ如キハ元來異常ノ事ニ屬スルモノト云ハサルヲ得ス故ニ是等ノ事實ト養子哲一郎米國ニ留學中ナル情况等ニ徴シテ原裁判所カ被上告人ノ陳述ヲ事實ト認定シ而シテ養嗣子ヲ有スル者カ老後ノ事ヲ慮リ家督ヲ養嗣子ニ讓渡スニ先チ家産ノ幾分ヲ其妻ノ所有名義ニ書換ヘ置クハ世上絶無ノ事ニアラサル旨説示シタルニ外ナラサレハ乃チ此事實認定上上告人所論ノ如キ不法ナシトス
同第四點ハ原判决理由ノ第三段ニ於テ「控訴人ニ於テ乙第一乃至第五號證及乙第十乃至第十二號證ニ依リ被控訴人ハ控訴人ヲ牛尾爲之助方ヘ預ケタルニ付控訴人ハ同人方ニ逗留シタルモノナリト云フモ乙第一乃至第四號證ハ控訴人ト該證記名ノ者トノ間ニ於テ何時ニテモ作爲シ得ヘキモノナレハ被控訴人ニ對シ何等ノ効力ヲモ有セス乙第五號證及乙第十乃至第十二號證ニ據ルモ被控訴人ニ於テ控訴人ヲ牛尾爲之助方ヘ預ケタルモノト認ムルニ由ナシ既ニ被控訴人ニ於テ控訴人ヲ牛尾爲之助方ヘ預ケタルモノニアラストスル以上ハ被控訴人カ主張スル如ク控訴人ニ於テ擅ニ被控訴人家ヲ出テタルモノト認メサルヲ得ス」ト判决シタルハ擧證ノ責任ヲ顛倒シタル不法ノ判决ナリト云フニ在レトモ婦ハ元來其夫ト共棲スヘキ義務アル者ナルカ故ニ其夫家ヲ立出タルハ自己任意ノ行爲ニアラスト主張スル上告人ニ於テ先ツ其主張ノ事實ヲ證明スヘキ責アリトス是レ固ヨリ立證上當然ノ順序ニシテ原裁判所カ上告人ニ擧證ノ責任ヲ負ハシメタルヲ以テ亦其責任ヲ顛倒シタル不法アリト云フヲ得ス（判旨第四點）
同第五點ハ原判决理由ノ末段ニ於テ「然ラハ則チ控訴人ハ擅ニ其夫タル被控訴人家ヲ出テ去リ被控訴人カ控訴人ト共ニ養老ノ資ニ充テンカ爲メ控訴人ノ所有名義ニ爲シタル本訴地所ヲ他人ニ賣却セントシタル者ナルニ付被控訴人ニ於テ控訴人ニ係リ本訴ノ請求ヲ爲スハ其當ヲ得タルモノトス」ト判决シタルハ第一離婚シタルニアラスシテ一時夫ノ家ヲ去リタル事實ハ贈與解除ノ理由トナラサルカ故ニ不法ノ判决ナリ第二夫婦養老ノ資ニ供スル地所ヲ賣却シテ得タル金錢ヲ以テ其資ニ供スルハ地所ヲ以テ其資ニ供スルト其理ニ於テ異ナルコトナキヲ以テ地所ヲ他人ニ賣却セントシタル事實モ亦贈與解除ノ理由トナラサルカ故ニ不法ノ判决ナリ擅ニ夫ノ家ヲ去リタル事實及本訴地所ヲ他人ニ賣却セントシタル事實ハ上告人之ヲ認メサルハ勿論ナリト云フニ在レトモ原判决ハ本件係爭地所ヲ以テ被上告人カ夫婦養老ノ資ニ充テンカ爲メ讓與名義ヲ以テ上告人ノ所有名義ニ書換ヘタルモノト事實ヲ確定シ上告人主張ノ如ク贈與ノ事實ヲ認メサルカ故ニ之ニ對シ其認定ノ事實ハ贈與解除ノ理由トナラストノ攻撃ハ原判旨ニ副ハサル論告ト謂ハサルヲ得ス依テ此論告モ亦其理由ナシトス
上來説明ノ如ク本件上告ハ一モ適法ノ理由ナキヲ以テ民事訴訟法第四百三十九條第一項ニ依リ之ヲ棄却ス可キモノトス
