明治二十八年第四百六十八號
明治二十九年三月十九日第一民事部判决
◎判决要旨
- 一 後見監督人ノ設置ハ現行法ノ規定セサル處ナレトモ親族協議ノ上ハ之ヲ設置スルヲ得ベシ故ニ其協議アリタル場合ニ尚之レカ設置ヲ否認セル判决ハ不法ナリ
上告人 吉田ハル 外三名
訴訟代理人 鴨志田直 鈴木充美 中島又五郎 吉田ハル訴訟代理人
岡村輝彦被上告人 喜多ミツ 外一名
右當事者間ノ後見監督人設置故障排除請求事件ニ付東京控訴院カ明治二十八年十月二日言渡シタル判决ニ對シ上告人ヨリ判部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シタリ
理由
上告論旨第二ハ原判文第二段ニ「以上ノ三點ヲ要スルニ云々後見監督人ノ撰定ヲ必要トスルノ事實アリト認ムルヲ得ス」トアリ抑本件爭訴ノ原因ハ後見人タル星野儀三郎ハ後見人タルノ職務ヲ盡サス反テ被後見人ニ對シ不利ヲ與フルノ事蹟アリト云フニ出タルモノニシテ其主タル爭點ハ後見人タル儀三郎ハ未タ彼後見人ノ財産目録ヲ調製シタルコトモナク其殖利法ヲ定メタルコトモナク又毎年度ノ管理ノ状況ヲ親族會ニ報告シタルコトモナク又其財産ヲ他人ノ隨意管理ニ放任シ自ラ其處置ヲ爲シタルコトナキ等ハ則チ後見人タル者ノ任務ヲ畫サヽルモノナリト反覆辯明シテ後見監督人ヲ設置スルノ必要ヲ論爭シタリ即チ辯論調書及申立書第四第五項ニ詳カナリ然ルニ原院ハ數點ノ申立中僅々三點ニ對シ説明ヲ與ヘ起訴ノ原因タル最モ緊要ノ爭點ニ對シ何等ノ説明ヲモ與ヘスシテ唯タ他ノ三點ノミニ就キ後見監督人ノ撰定ヲ必要トスル事實アリト認メスト判决シタルハ則チ緊要ナル爭點ニ對シ判决ナキ不法ノ裁判タルヲ免レスト云フニ在リ按スルニ民事訴訟法第二百三十六條第二號ノ規定ニ從ヘハ判决ニハ當事者ノ口頭演述ニ基キ殊ニ其申立ヲ表示シテ事實及爭點ノ摘示ヲ掲ケヘキモノトス而シテ原判决事實摘示ノ部ニハ上告代理人ヨリ原院ニ提出シタル明治二十八年九月二十日付申立書ト題スル書面中第一項乃至第三項ノ攻撃ヲ掲ケアルモ第四項第五項ノ攻撃ハ之ヲ掲ケス而シテ原院辯論調書ヲ査閲スルモ右第四、五項ノ攻撃趣旨ヲ陳述シタル跡ナシ該調書中「控訴代理人事實陳述云々却テ被後見人ニ不利ノ行爲有之ノミナラス常藏ヲ廢嫡スルコトニモ同意ヲ表シタル程ニテ其他常藏ニ不利ノ行爲少ナカラスシテ云々」トアルノミニシテ此記載ヲ以テ右第四五項ノ事實ノ演述アリタルモノトスルヲ得ス又前述申立書カ原院調書ニ附録トシテ表示シアルニモ在ラサルヲ以テ要スルニ右第四五項ノ事實ハ原院ニ於ケル口頭辯論中顯ハレサルモノト爲サヽルヲ得ス而シテ原院カ口頭辯論ニ顯ハレサル事實ニ付判斷ヲ下スコト能ハサルヤ勿論ナレハ本上告論旨ハ採用スルニ由ナシ
其第五ハ原判文第二段中ニ「廢嫡ノコトハ常藏養父吉兵衛ノ生存中實母タル控訴人「ハル」ト協議ノ上處理シタル事柄ナルコトハ乙第一二號證ニ依リテ明カニシテ儀三郎カ之ニ同意ヲ表シタリトスルモ是素ヨリ相當ノ行爲ナリ」トアリ凡ソ家督相續權ハ子タル者ノ身分ニ屬スル權利ナルヲ以テ正當ノ理由アルニアラサレハ父母ト雖モ之ヲ廢嫡シ得ヘキ權利ナキハ我邦古來ノ慣習ナルニ乙第一號證ニハ只單ニ一家ノ都合ニ依ルトノミアリテ毫モ正當ノ理由ナク且之ニ親戚トシテ連署シタル藤倉五兵衛若林源兵衛ハ喜多家ノ親族ニアラス喜多家ニハ上告人等ヲ除クノ外ハ他ニ親戚ナシトハ被上告人モ明言スル所ナルヲ以テ五兵衛源兵衛ハ親戚ト詐稱シ區役所ヲ欺キタルモノニ付基本文ニ「親戚協議ノ上」トアルモ亦虚構ノ事實ナル「明カナリ乙第一二號證ニ喜多喜兵衛吉田「ハル」ノ記名調却アルモ熟レモ吉兵衛「ハル」等ノ自署捺印ニアラス故ニ該二證ハ勿論被上告人ノ擧證中乙第四號公正證書ノ成立ヲ認ムルノ外ハ全然之ヲ否認シ廢嫡ノ不法ヲ主張シ上告人ヨリ被上告人「ミワ」ニ係リ本訴ト同時ニ相續權囘復ノ訴訟ヲ提起シタル次第ナレハ吉兵衛「ハル」等カ協議ノ上廢嫡シタルモノナルヤ否ヤ及ヒ其當否ハ相續權囘復ノ訴訟ニ於テ决定スヘキ事柄ニシテ本按ニ於テハ之ヲ决定シ得ル筋合ノモノニアラス然ルニ原院カ「廢嫡ノコトハ常藏養父吉兵衛カ生存中實母タル控訴人「ハル」ト協議ノ上處理シタル事柄ナルコトハ乙第一二號證ニ依テ明カニシテ議三郎カ之ニ同意ヲ表シタリトスルモ是素ヨリ相當ノ行爲ナリ」ト判示シタルハ其「明カニシテ」ヨリ上文ハ法理ニ背キ本案上决定シ得可カラサルコトヲ叨リニ判决ノ理由トセシモノニテ「儀三郎カ」以下ハ後見人ハ專ラ幼者ノ權利ヲ保護シ苟モ其權利ヲ害スヘカラストノ原則ニ違背セリ故ニ原判决ハ法則ニ背キ不法ニ事實ヲ確定シタル違法ノ裁判タルコトヲ免カレスト云フニ在レトモ原院辯論調書ニ「控訴代理人認否申立一乙一二三號證ハ認ムルモ本訟トナリテ初メテ區役所ニアルコトヲ知リタリ」トアリ上告人カ後見監督人ヲ設置セムトスル原因ノ一タル被上告人儀三郎ニ於テ常藏廢嫡ニ同意シタリトノ攻撃ニ對シ原院カ上告人ノ認ムル乙一二號證ニ依リ廢嫡ノコトハ常藏養父吉兵衛ト實母「ハル」トノ協議ニ出テタルモノニシテ儀三郎ノ干與セサル所ナレハ上告人ノ攻撃カ不當ナリトノ趣旨ヲ説明シタレハトテ法則ニ背キ事實ヲ確定シタルモノト云フヲ得ス
其第六ハ原判文第二段中ニ「喜多家所有ノ炭礦鐵道株悉皆即チ二十枚ヲ被控訴人「ミワ」ノ所有ニ書替タルコトハ甲第八九號證ニ依リテ明カナルモ喜多家ニハ數萬圓ノ財産アルヲ以テ之ニ因リテ同家ノ財産ヲ「ミワ」ト幼者常藏トノ両人ニ折半スルノ契約ヲ無視シ被後見人ノ不利ヲ謀リタルモノト云フヲ得ス「トアリ然ルニ上告人カ原院ニ差出シタル申立書第三項ノ控訴點即チ被上告人等ノ主張スル所ニ依レハ喜多家ノ財産ハ本分二家ニ於テ折半ス可キモノナルヲ以テ常藏亡父ノ代ヨリ所有シ來レル炭礦鐵道株二十株ハ十株ハ常藏十株ハ「ミワ」ノ所有ニ書換ヘサル可カラサルニ明治二十八年二月中而モ常藏ト「ミワ」カ相續爭ノ訴訟中該株券全部ヲ「ミワ」ノ所有ニ書換フルニ當リ被上告人儀三郎カ其證人ト爲リタルハ被後見人常藏ノ利益ヲ害シ「ミワ」ヲ賛助シタル不當ノ行爲ナリト論告シタル點ニ對シテハ該株券ノ代價ニ相當スヘキ金何千圓ヲ株券書換ノ際常藏ニ與ヘタリトノ事實カ又ハ他ノ財産ヲ充テタリトノ事實カヲ擧ケ毫モ幼者ノ不利ヲ謀リタルニアラスト説明スルニアラサレハ判决ノ理由完キモノト云フヲ得ヘカラス然ルニ原院カ「喜多家ニハ數萬圓ノ財産アルヲ以テ之ニ因リテ同家ノ財産ヲ「ミワ」ト幼者常藏トノ両人ニ折半スルノ契約ヲ無視シ被後見人ノ不利ヲ謀リタルモノト云フヲ得ス」ト判示シタルハ控訴點ノ主要ニ達セサル不充分ノ辯駁ニ過キスシテ毫モ判决ノ理由トハ爲ラサルナリ依テ原判决ハ裁判ニ理由ヲ付セサルノ不法アルヲ免カレスト云フニ在レトモ原院カ認ムル所ニ依レハ喜多家ニハ數萬圓ノ財産アル以上ハ炭礦鐵道株二十枚ヲ「ミワ」ノ所有ニ書換ヘタリトテ他ノ財産ヲ以テ右株券ノ價額ニ充テ本分家ノ間ニ折半スルヲ得ヘケレハ株券名義書換ノ行爲ヲ以テ直チニ常藏ノ利益ヲ害シタルモノニアラストノ原判决ノ趣旨ハ不十分ナル説明ニアラス即チ原判决ハ理由ヲ缺クモノニアラス
其第一ハ原判文第一段ニ「後見監督人ノ設置ヲ認メタル法則ハ未タ曾テ之アラサルヲ以テ錘特ノ契約ニ依ルニアラサレハ後見人ノ職務ニ干與スル後見監督人ノ設置ヲ承認セシムルノ權利ナシ」トアリ然レトモ幼者ノ親族ハ後見人ヲ監督スルノ權利アリ又義務アルハ親族ノ關係上自ラ存スル所ノ法則ナルヲ以テ親族一同協議ノ上幼者ノ利益保護ノ爲メ必要アリテ後見監督人ヲ設置スルハ親族固有ノ權利ヲ特定ノ人ニ委スルニ外ナラサレハ假令法則ノ之ヲ認メタルモノナシトスルモ又之カ特別ノ契約ナシトスルモ法律上之カ制限若クハ禁止ナキ以上ハ條理上毫モ妨ケナキノミナラス固ヨリ當然ノ處分ナリ現行法ニ於テハ幼者保護ノ方法未タ完ク備ハラサルヲ以テ後見人ノ任務モ畫然法律ノ規定ナク又特別ノ契約ナシト雖モ普通後見人タル者ノ法則ニ依テ支配セラレサルヲ得ス是レ即チ條理ノ然ラシムル所ナリ然レハ幼者保護ノ方法完備セサル今日ニ在テ幼者ノ爲メ其必要ニ迫リ後見監督人ヲ設置スルモ亦然リ假令法則若クハ契約ナシト雖モ條理上之ヲ設置シ得サルノ謂ハレナシ既ニ條理上之ヲ設置シ得ヘシトセハ後見人ニ於テ故ナク拒障シ得ヘキモノニアラサルヲ以テ之ヲ承認セサルヲ得サルハ當然ノコトナリ然ルヲ前文ノ如キ判决ヲ下シタルハ即チ條理ニ背キタル裁判ナリト云ヒ』其第四ハ原判文第一段ニ「後見監督人ノ設置ヲ認メタル法則ハ未タ曾テ之アラサルヲ以テ云々」トアリ此判定ノ不法ナルコトハ既ニ上告第一點ニ於テ明カナリ其法則ニ關シ一二ノ判例ヲ擧ケンニ東京控訴院民事第一部明治二十四(子)第二十一號高野誠之助對嘉志村藤右衛門外二名ノ控訴事件ニ付同院カ言渡シタル判文ニ「凡ソ高野家ノ親屬タル者ハ後見人タル控訴人ヲ監督スルノ權利ヲ有スルコトハ當事者カ自ラ甲第一號證第二條ニ於テ明カニ認メシ所ナリ加之特別ノ後見監督人ヲ置カサル以上ハ高野家ノ親族タル者ニ後見人ヲ監督スルノ權利アリ又義務アルコトハ親族ノ關係上自ラ存スル所ノ法則ナリトス」トアリ又大審院第一民事部明治二十八年第二百三十六號上告事件ノ判文中ニ「後見人ノ外更ニ之カ監督タルヘキ者ヲ定ムルハ格別」トアリテ我邦ノ裁判上ニテハ後見人ノ外ニ監督者ヲ設置シ得ルコトハ自然法則ト看做サレ來レルヲ以テ原院カ斯ル法則ナシトセシハ不法タルヲ免レスト云フニ在リ案スルニ後見人ノ任務ヲ監督スル爲メ後見監督人ヲ設置スルヲ得ルコトハ現行法律ニ於テ之ヲ規定シタルモノナシト雖モ親族ノ協議ニ出ツルモ尚ホ之ヲ設置スルコトヲ得サルノ法則モ亦存スルコトナシ然レハ被後見人ノ利益保護ノ爲メ之ヲ設置スルコトニ付親族ノ協議アルニ於テハ法律上其協議ヲ實行スルコトヲ得ルモノトセサル可カラス然ルニ原院カ「(前畧)後見監督人ノ設置ヲ認メタル法則ハ未タ曾テ之アラサルヲ以テ特別ノ契約ニ依ルニアラサレハ被控訴人等ニ對シ法律上幼者ノ代理人タル後見ノ職務ニ干與スル後見監督人ノ設置ヲ承認セシムルハ控訴人等ニ其權利ナキモノトス」ト判定シタルハ法則ニ反スルモノト云フヘシ然レトモ本件ハ元來被上告人星野儀三郎カ喜多常藏ノ後見人ナルニ常藏ノ不利トナル行爲ヲ爲シタリトノコトヲ原因トシテ後見監督人ノ設置ヲ承認セシメンコトヲ請求スルモノナリ然レハ原院カ其判文第二項ニ於テ常藏ノ不利ヲ圖リタル儀三郎ノ行爲ナリト上告人ノ主張スル點ニ對シ一々理由ヲ附シテ其然ラサルコトヲ説明シ上告人請求ノ原因ヲ排斥シタル以上ハ其判文第三項ニ於テ上告人等(控訴人等)ハ必要ノ場合ニ於テ後見監督人ヲ選定スル權利アルモ本件ニ於テハ一定ノ申立ノ如キ請求ヲ爲スコトヲ得サルモノト判定シタルハ相當ニシテ畢竟スルニ原判决ハ破毀ノ理由アルモノニアラス
其第三ハ原判文前段ノ理由ニ依レハ後見監督人ハ特別ノ契約ニ依ルニアラサレハ之ヲ設置スルヲ得サルモノヽ如ク説明シ後段ノ理由ニ依レハ必要ノ場合ニ於テハ之ヲ設置スルヲ得ヘキモノト説明セリ之レ則チ前後理由ニ齟齬アル判决ナリ何トナレハ前段ノ如ク特別ノ契約アルニアラサレハ設置スルヲ得サルモノトセハ如何ニ必要ノ場合アリトスルモ契約ナキ限リハ設置スルヲ得サルヘシ又後段ノ如ク必要ノ場合ニ於テハ之ヲ設置スルノ權利アリトセハ特別ノ契約ヲ要セサルモノトナレリ之ヲ換言セハ後見監督人ノ設置ハ契約ニ依テ成立スルモノトセハ場合ノ必要如何ヲ要セス又場合ノ必要ニ依テ成立スルモノトセハ特別契約ノ要ナキニ至レハナリ然ルニ原院ハ一事實ニ對スル判决ニ於テ一ハ特別契約ノ有無ヲ必要トシ一ハ場合ノ必要如何ヲ要シタルハ即チ理由ニ齟齬アル不法ノ裁判ナリト云フニ在リ前項ニ於テ説明シタル如ク原判文第一項ノ説明ハ法則ニ反シタルモノナリト雖モ其第二項以下ノ説明ノミニ由リ原判决ノ相當ナルコトヲ了解スルニ足ル然レハ其前後ノ説明相觸ルヽ所アルモ以テ原判决ヲ破毀スルニ足ラス
以上説明ノ如ク本件上告ハ一モ適法ノ理由ナキヲ以テ民事訴訟法第四百三十九條第一項ニ依リ之ヲ棄却スヘキモノトス
明治二十八年第四百六十八号
明治二十九年三月十九日第一民事部判決
◎判決要旨
- 一 後見監督人の設置は現行法の規定せざる処なれども親族協議の上は之を設置するを得べし。
故に其協議ありたる場合に尚之れが設置を否認せる判決は不法なり。
上告人 吉田はる 外三名
訴訟代理人 鴨志田直 鈴木充美 中島又五郎 吉田はる訴訟代理人
岡村輝彦被上告人 喜多みつ 外一名
右当事者間の後見監督人設置故障排除請求事件に付、東京控訴院が明治二十八年十月二日言渡したる判決に対し上告人より判部破毀を求むる申立を為したり。
理由
上告論旨第二は原判文第二段に「以上の三点を要するに云云後見監督人の撰定を必要とするの事実ありと認むるを得ず。」とあり抑本件争訴の原因は後見人たる星野儀三郎は後見人たるの職務を尽さず反で被後見人に対し不利を与ふるの事蹟ありと云ふに出だるものにして其主たる争点は後見人たる儀三郎は未だ彼後見人の財産目録を調製したることもなく其殖利法を定めたることもなく又毎年度の管理の状況を親族会に報告したることもなく又其財産を他人の随意管理に放任し自ら其処置を為したることなき等は則ち後見人たる者の任務を画さざるものなりと反覆弁明して後見監督人を設置するの必要を論争したり。
即ち弁論調書及申立書第四第五項に詳かなり。
然るに原院は数点の申立中僅僅三点に対し説明を与へ起訴の原因たる最も緊要の争点に対し何等の説明をも与へずして唯た他の三点のみに就き後見監督人の撰定を必要とする事実ありと認めずと判決したるは則ち緊要なる争点に対し判決なき不法の裁判たるを免れずと云ふに在り按ずるに民事訴訟法第二百三十六条第二号の規定に従へは判決には当事者の口頭演述に基き殊に其申立を表示して事実及争点の摘示を掲げへきものとす。
而して原判決事実摘示の部には上告代理人より原院に提出したる明治二十八年九月二十日付申立書と題する書面中第一項乃至第三項の攻撃を掲げあるも第四項第五項の攻撃は之を掲げず。
而して原院弁論調書を査閲するも右第四、五項の攻撃趣旨を陳述したる跡なし。
該調書中「控訴代理人事実陳述云云却て被後見人に不利の行為有之のみならず常蔵を廃嫡することにも同意を表したる程にて其他常蔵に不利の行為少ながらずして云云」とあるのみにして此記載を以て右第四五項の事実の演述ありたるものとするを得ず。
又前述申立書が原院調書に附録として表示しあるにも在らざるを以て要するに右第四五項の事実は原院に於ける口頭弁論中顕はれざるものと為さざるを得ず。
而して原院が口頭弁論に顕はれざる事実に付、判断を下すこと能はざるや勿論なれば本上告論旨は採用するに由なし。
其第五は原判文第二段中に「廃嫡のことは常蔵養父吉兵衛の生存中実母たる控訴人「はる」と協議の上処理したる事柄なることは乙第一二号証に依りて明かにして儀三郎が之に同意を表したりとするも是素より相当の行為なり。」とあり凡そ家督相続権は子たる者の身分に属する権利なるを以て正当の理由あるにあらざれば父母と雖も之を廃嫡し得べき権利なきは我邦古来の慣習なるに乙第一号証には只単に一家の都合に依るとのみありて毫も正当の理由なく、且、之に親戚として連署したる藤倉五兵衛若林源兵衛は喜多家の親族にあらず。
喜多家には上告人等を除くの外は他に親戚なしとは被上告人も明言する所なるを以て五兵衛源兵衛は親戚と詐称し区役所を欺きたるものに付、基本文に「親戚協議の上」とあるも亦虚構の事実なる「明かなり。
乙第一二号証に喜多喜兵衛吉田「はる」の記名調却あるも熟れも吉兵衛「はる」等の自署捺印にあらず。
故に該二証は勿論被上告人の挙証中乙第四号公正証書の成立を認むるの外は全然之を否認し廃嫡の不法を主張し上告人より被上告人「みわ」に係り本訴と同時に相続権回復の訴訟を提起したる次第なれば吉兵衛「はる」等が協議の上廃嫡したるものなるや否や及び其当否は相続権回復の訴訟に於て決定すべき事柄にして本按に於ては之を決定し得る筋合のものにあらず。
然るに原院が「廃嫡のことは常蔵養父吉兵衛が生存中実母たる控訴人「はる」と協議の上処理したる事柄なることは乙第一二号証に依て明かにして議三郎が之に同意を表したりとするも是素より相当の行為なり。」と判示したるは其「明かにして」より上文は法理に背き本案上決定し得可からざることを叨りに判決の理由とせしものにて「儀三郎が」以下は後見人は専ら幼者の権利を保護し苟も其権利を害すべからずとの原則に違背せり。
故に原判決は法則に背き不法に事実を確定したる違法の裁判たることを免がれずと云ふに在れども原院弁論調書に「控訴代理人認否申立一乙一二三号証は認むるも本訟となりて初めて区役所にあることを知りたり」とあり上告人が後見監督人を設置せむとする原因の一たる被上告人儀三郎に於て常蔵廃嫡に同意したりとの攻撃に対し原院が上告人の認むる乙一二号証に依り廃嫡のことは常蔵養父吉兵衛と実母「はる」との協議に出でたるものにして儀三郎の干与せざる所なれば上告人の攻撃が不当なりとの趣旨を説明したればとて法則に背き事実を確定したるものと云ふを得ず。
其第六は原判文第二段中に「喜多家所有の炭礦鉄道株悉皆即ち二十枚を被控訴人「みわ」の所有に書替たることは甲第八九号証に依りて明かなるも喜多家には数万円の財産あるを以て之に因りて同家の財産を「みわ」と幼者常蔵との両人に折半するの契約を無視し被後見人の不利を謀りたるものと云ふを得ず。
「とあり。
然るに上告人が原院に差出したる申立書第三項の控訴点即ち被上告人等の主張する所に依れば喜多家の財産は本分二家に於て折半す可きものなるを以て常蔵亡父の代より所有し来れる炭礦鉄道株二十株は十株は常蔵十株は「みわ」の所有に書換へざる可からざるに明治二十八年二月中而も常蔵と「みわ」が相続争の訴訟中該株券全部を「みわ」の所有に書換ふるに当り被上告人儀三郎が其証人と為りたるは被後見人常蔵の利益を害し「みわ」を賛助したる不当の行為なりと論告したる点に対しては該株券の代価に相当すべき金何千円を株券書換の際常蔵に与へたりとの事実が又は他の財産を充てたりとの事実かを挙け毫も幼者の不利を謀りたるにあらずと説明するにあらざれば判決の理由完きものと云ふを得べからず。
然るに原院が「喜多家には数万円の財産あるを以て之に因りて同家の財産を「みわ」と幼者常蔵との両人に折半するの契約を無視し被後見人の不利を謀りたるものと云ふを得ず。」と判示したるは控訴点の主要に達せざる不充分の弁駁に過ぎずして毫も判決の理由とは為らざるなり。
依て原判決は裁判に理由を付せざるの不法あるを免がれずと云ふに在れども原院が認むる所に依れば喜多家には数万円の財産ある以上は炭礦鉄道株二十枚を「みわ」の所有に書換へたりとて他の財産を以て右株券の価額に充で本分家の間に折半するを得べければ株券名義書換の行為を以て直ちに常蔵の利益を害したるものにあらずとの原判決の趣旨は不十分なる説明にあらず。
即ち原判決は理由を欠くものにあらず。
其第一は原判文第一段に「後見監督人の設置を認めたる法則は未だ曽て之あらざるを以て錘特の契約に依るにあらざれば後見人の職務に干与する後見監督人の設置を承認せしむるの権利なし。」とあり。
然れども幼者の親族は後見人を監督するの権利あり又義務あるは親族の関係上自ら存する所の法則なるを以て親族一同協議の上幼者の利益保護の為め必要ありて後見監督人を設置するは親族固有の権利を特定の人に委するに外ならざれば仮令法則の之を認めたるものなしとするも又之が特別の契約なしとするも法律上之が制限若くは禁止なき以上は条理上毫も妨げなきのみならず固より当然の処分なり。
現行法に於ては幼者保護の方法未だ完く備はらざるを以て後見人の任務も画然法律の規定なく又特別の契約なしと雖も普通後見人たる者の法則に依て支配せられざるを得ず。
是れ。
即ち条理の然らしむる所なり。
然れば幼者保護の方法完備せざる今日に在で幼者の為め其必要に迫り後見監督人を設置するも亦然り仮令法則若くは契約なしと雖も条理上之を設置し得ざるの謂はれなし既に条理上之を設置し得べしとせば後見人に於て故なく拒障し得べきものにあらざるを以て之を承認せざるを得ざるは当然のことなり。
然るを前文の如き判決を下したるは。
即ち条理に背きたる裁判なりと云ひ』其第四は原判文第一段に「後見監督人の設置を認めたる法則は未だ曽て之あらざるを以て云云」とあり此判定の不法なることは既に上告第一点に於て明かなり。
其法則に関し一二の判例を挙けんに東京控訴院民事第一部明治二十四(子)第二十一号高野誠之助対嘉志村藤右衛門外二名の控訴事件に付、同院が言渡したる判文に「凡そ高野家の親属たる者は後見人たる控訴人を監督するの権利を有することは当事者が自ら甲第一号証第二条に於て明かに認めし所なり。
加之特別の後見監督人を置かざる以上は高野家の親族たる者に後見人を監督するの権利あり又義務あることは親族の関係上自ら存する所の法則なりとす。」とあり又大審院第一民事部明治二十八年第二百三十六号上告事件の判文中に「後見人の外更に之が監督たるべき者を定むるは格別」とありて我邦の裁判上にては後見人の外に監督者を設置し得ることは自然法則と看做され来れるを以て原院が斯る法則なしとせしは不法たるを免れずと云ふに在り案するに後見人の任務を監督する為め後見監督人を設置するを得ることは現行法律に於て之を規定したるものなしと雖も親族の協議に出づるも尚ほ之を設置することを得ざるの法則も亦存することなし。
然れば被後見人の利益保護の為め之を設置することに付、親族の協議あるに於ては法律上其協議を実行することを得るものとせざる可からず。
然るに原院が「(前略)後見監督人の設置を認めたる法則は未だ曽て之あらざるを以て特別の契約に依るにあらざれば被控訴人等に対し法律上幼者の代理人たる後見の職務に干与する後見監督人の設置を承認せしむるは控訴人等に其権利なきものとす。」と判定したるは法則に反するものと云ふべし。
然れども本件は元来被上告人星野儀三郎が喜多常蔵の後見人なるに常蔵の不利となる行為を為したりとのことを原因として後見監督人の設置を承認せしめんことを請求するものなり。
然れば原院が其判文第二項に於て常蔵の不利を図りたる儀三郎の行為なりと上告人の主張する点に対し一一理由を附して其然らざることを説明し上告人請求の原因を排斥したる以上は其判文第三項に於て上告人等(控訴人等)は必要の場合に於て後見監督人を選定する権利あるも本件に於ては一定の申立の如き請求を為すことを得ざるものと判定したるは相当にして畢竟するに原判決は破毀の理由あるものにあらず。
其第三は原判文前段の理由に依れば後見監督人は特別の契約に依るにあらざれば之を設置するを得ざるものの如く説明し後段の理由に依れば必要の場合に於ては之を設置するを得べきものと説明せり之れ則ち前後理由に齟齬ある判決なり。
何となれば前段の如く特別の契約あるにあらざれば設置するを得ざるものとせば如何に必要の場合ありとするも契約なき限りは設置するを得ざるべし又後段の如く必要の場合に於ては之を設置するの権利ありとせば特別の契約を要せざるものとなれり之を換言せば後見監督人の設置は契約に依て成立するものとせば場合の必要如何を要せず。
又場合の必要に依て成立するものとせば特別契約の要なきに至ればなり。
然るに原院は一事実に対する判決に於て一は特別契約の有無を必要とし一は場合の必要如何を要したるは。
即ち理由に齟齬ある不法の裁判なりと云ふに在り前項に於て説明したる如く原判文第一項の説明は法則に反したるものなりと雖も其第二項以下の説明のみに由り原判決の相当なることを了解するに足る。
然れば其前後の説明相触るる所あるも以て原判決を破毀するに足らず
以上説明の如く本件上告は一も適法の理由なきを以て民事訴訟法第四百三十九条第一項に依り之を棄却すべきものとす。