家督及財産讓與契約履行ノ件

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大審院民事判決録（民録）2輯3巻73頁

上告論旨第一点は本件甲第一号証は上告人に於て菅谷家の相続を為すべき順位たりしに当時幼年たりしより仮に被上告人をして菅谷家の戸主たらしめ上告人が丁年に達すると同時に上告人が戸主と為るべきことを上告人の最近親たる実兄市村源太郎と被上告人並に親族と協議決定したるものにして市村源太郎は上告人の最近親にして実家の戸主たるが故上告人を代表したるものたることは其議定の性質上当然の事とす。 故に上告人は甲第一号証の契約に付、第三者にあらずして全く要約者の地位にあるものなるに原院が上告人は本件契約に関し全く第三者の地位にあるを以て訴権を有せざるものと裁判したるは法則を不当に適用したる不法の判決なりと云ふ[いう]に在り

同第二号は上告人は甲第一号証に付、要約者にあらずと論下すべきものと仮定するも甲第一号は合意に依り新に権利義務を創設したるものにあらずして親戚協議の上決定したる所謂親族会の決議書なるを以て其旨趣に於ける亨益者たる上告人に於て訴権を有する当然の道理とす。

本件甲第一号証の如きものにして効方なしとせば親族会の決議なるものは凡で無効のものと論定せざるを得ざるに至るべし豈[あに]斯の如きの理あらんや此点よりずるも原判決は法則を不当に適用したるものと云ふ[いう]に在り

依て右二個の点を審案するに合意は当事者及び其承継人の間にあらざれば効力なしとは普通の原則なりと雖[いえども]も此原則たるや絶対的のものにあらず。 或場合には例外として第三者に効力を及ぼすことなきにあらず。 而して[しこうして]戸主が家族の利益を計るべきは当然のことにして其利益の為め或者と契約を為すときは家族が殆んど代表せられたると同一の効力ありて契約の利益を当然亨受す。 可きものとするは我国の慣例なれば。 従て戸主は勿論家族も亦[また]其契約に基き権利を訴求し得べきは論を俟たざる所にして這は[こは]実家の戸主と他家に縁組したる家族との問に於ける関係に付ても亦[また]然りとす。 故に本件の如く上告人の実家戸主たる市村源太郎が上告人の利益を計り被上告人と締結したる契約に基く権利を上告人より被上告人に対し訴求し得べきは当然ことなるに原院は甲第一号証の契約に関し上告人は全く第三者なるを以て訴権を有せざるものと判決したるは法則を不当に適用したる裁判にして破毀を免れざるものとす。 依て民事訴訟法第四百四十七条第一項に従ひ原判決を破毀し同第四百四十八条第一項に従ひ更に弁論及裁判を為さしむる為め本件を原院に差戻すを以て至当とす。 （判旨第一、二点）

但し右に依り原判決を破毀する以上は自余の上告論旨に対し遂一説明を要せざるものとす。