明治二十八年第二百五十八號
明治二十九年三月十七日第一民事部判决
◎判决要旨
- 一 養嗣子アル場合ニ於テ家政ノ便宜上養母カ中繼相續ノ權アルヤ否ハ事實ニアラスシテ法律上ノ問題ナリ(判旨第二點)
- 一 養嗣子カ先代ノ相續ヲ爲スヘキハ普通ノ法則ナリ
- 一 養母カ養嗣子ニ先タチ先代ノ相續ヲ爲スハ變例ノ處分ナリ(以上判旨第三、四點)
- 一 未成年者ハ完全ノ能力ヲ有セストノコトハ事實上ノ問題ニアラスシテ法律上ノ推定ナリ(判旨第六點)
右當事者間ノ相續權囘復請求事件ニ付大阪控訴院カ明治二十八年四月十七日言渡シタル判决ニ對シ上告人ヨリ一部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シ被上告人ハ上告棄却ノ申立ヲ爲シタリ
立會檢事岩田武儀ハ意見ヲ陳述シタリ
判决
本件上告ハ之ヲ棄却ス
上告ニ係ル訴訟費用ハ上告人之ヲ負擔ス可シ
理由
上告第一點ハ乙第三號證(養嗣子送入籍御引換願)ハ被上告人カ養子ナリヤ養嗣子ナリヤヲ定ムルニ足ル證據ニシテ其成立ノ當否ハ原院カ認メテ本件爭點ノ第一トセラレタリ而シテ上告人ハ此證書ノ成立カ正當眞正ナルコトヲ證明スルカ爲メ當時ノ戸長鈴木定七ヲ證人トシテ喚問セラレンコトヲ申請シタリ然ルニ原院ハ他ニ此點ニ對スル上告人ノ立證方法ナキニモ拘ハラス此申請ヲ斥ケラレタリ右ハ民事訴訟法第二百七十四條ヲ不當ニ適用シタル違法ノ裁判ナリト云フニ在リ仍テ原判决ヲ案スルニ原裁判所カ本件被上告人笠松大吉ハ笠松敬藏ノ養嗣子タルヤ將タ養子タルヤノ爭點ニ付テ爲シタル判斷ハ乙第三號ノ書證及ヒ近藤欣平ノ證言並ニ同書面ニ連署セル笠松龜太郎ノ當時未成年者タリシ事實ニ基キタルモノニシテ結局乙第三號證ハ先代敬藏死亡後ニ作成シタルモノトス心證ヲ得タルモノナリ既ニ此證書ニシテ敬藏死亡ノ後ニ至リ他人ノ作成ニ係ルモノナリトノ心證ヲ得タル以上ハ該書面ノ成立ニ關係ナキ戸長ヲ訊問スルノ必要ナキモノトス故ニ如斯場合ニ在テハ證人喚問ノ申請ニ拘ハラス既ニ裁判ヲ爲スニ熟スルモノトシテ判决スルモ之カ爲メ原判决破毀ノ理由ヲ生セス乃チ上告ハ適法ノ理由ナキモノトス
第二點ハ被上告人カ養嗣子ナリト假定スルモ家政ノ便宜上養母カ養子ニ先タチテ相續スルハ正當ナル旨ヲ爭點ノ一トシテ申立タリ然ルニ原院カ此爭點ヲ看過セラレタルハ不當ニ事實ヲ遺脱シタルモノナリト云フニ在レトモ抑適法ノ養嗣子アル場合ニ於テ家政ノ便宜上養母ニ於テ中繼相續ノ權アルヤ否ヤハ事實ニアラスシテ純然タル法律上ノ問題トス故ニ事實ヲ遺脱シタリトノ論告ハ其當ヲ得ス若シ夫レ此法律上ノ論旨ニ付テハ説明ヲ與ヘストノ趣旨ナリトセン乎是亦上告ノ理由ナキコトハ第三點ノ説明ニ就テ知ルヘシ(判旨第二點)
第三點及第四點ハ養嗣子ノ弱年其他一家ノ安寧幸福ヲ計ルニ適當ナル事由アリテ親族一同異議ナキトキハ母カ養嗣子ニ先タチテ相續スルコトヲ得ルハ世間普通ノ事例ニシテ適法ノ例規ナリ而シテ上告人カ家政ノ必要上親族等ノ恊議ニ依リ亡失ノ跡ヲ相續シ爾來數年間一ノ紛議アリタルコトナキハ爭ナキ事實ナリ然ルニ原院ハ被上告人カ養嗣子ナリトノ一事ヲ理由トシテ上告人ノ相續ヲ不當トセラレタリ右ハ法則ヲ不當ニ適用シタルモノナリト云フニ存レトモ原判决ニ於テハ既ニ第一點ニ於テ説明スル所ノ如ク被上告人カ養嗣子タル事實ヲ確定シ而シテ敬藏死亡ノ際養嗣子タル身分ヲ保有スル以上ハ法律上當然其家督相續人タルヘキ權利ヲ有スルモノナルヲ以テ正當ノ事故アリテ之ヲ廢嫡スルトキハ格別漫リニ其養嗣子タル身分ヲ變動セシムルコトヲ得サルハ勿論ナリ云々ノ説明アリテ養嗣子アル場合ニ於テハ養嗣子ノ相續スルヲ以テ本邦普通ノ法則ト爲シ上告論旨ニ所謂養母カ養嗣子ニ先タチテ相續スルコトアルカ如キハ之ヲ變例ノ處分ト見タルコト明白トス而シテ本院ニ於テモ全ク原院ト意見ヲ同フシ本件ノ如キ場合ニ於テハ當然養嗣子ノ相續スルヲ以テ法則ト爲スカ故ニ法則ヲ不當ニ適用シタルモノナリトノ上告ハ其理由ナキモノトス(判旨第三、四點)
第五點ハ乙第三號證即チ養嗣子送入籍御引換願ニアル日附ノ正否ハ本按訴訟ヲ斷スル唯一ノ爭點ナリ而シテ原判决ノ説明ニ曰ク「乙第十二號證ヲ閲スルニ他ニ日付ノ順序ニ依ラス綴込ミタルモノアルモ各受付ノ月日番號等記載アリテ假令綴込ノ順序ヲ失スルモ其受付ヲ爲シタル時日ハ之ヲ知リ得ヘキニ獨リ養子送入籍御引換願ト記載アル事項ニ付テハ受付ヲ爲シタル時日番號ノ記載ナキニヨリ果シテ乙第三號證ハ其日付ノ當日ニ受付タルモノト認ムルコトヲ得ス」トアリテ獨リ乙第三號證ノミ受付ヲ爲シタル時日番號ノ記載ナキモノヽ如ク説明セラレタリト雖モ上告人カ乙第十二號證ヲ見ルニ綴込ノ順序ヲ顛倒シタル上ニ受付ノ時日番號ヲ記載セサルモノ數多アリ一例ヲ擧クレハ明治二十一年ノ部中ニモ明治十九年三月二十日付木村宗右衞門寄留御届ト記載アレトモ受付ノ時日番號ヲ記載シタル所ナシ果シテ然ラハ綴込ノ順序ヲ失シタル事項ニシテ受付ノ時日番號ノ記載ナキモノハ獨リ乙第三號證ノミナルヲ以テ乙第三號證ハ其日付ノ當日ニ受付ケタルモノト認ムルコトヲ得スト云フ原判决ハ架空ノ辭柄ヲ構ヘテ不當ニ事實ヲ確定シタル不法アリト云フニ在レトモ論告ノ主旨ハ畢竟原判所ノ心證判斷ニ對スルモノタルノミナラス原判决ニ於テハ乙第三號證ハ受付ノ月付番號ナキカ爲ニ書面日付ノ當日ニ受付ケタルモノト認ムルコトヲ得スト判斷シタルモノナレハ上告論旨ニ謂ヘル如ク之ト同シク受付ノ日付番號ナキモノアリトスレハ論理上等シク裁判所ノ信認セサルモノタルヘシトノ斷定ヲ爲シ得ヘシ故ニ若シ原判决ニ於テ同時ニ受付ノ日付番號ナキ書面ヲ採テ或事實ヲ斷定シタル場合ニ於テハ少クモ論理ノ齟齬ヲ生ス可シト雖モ全ク本件ニ關係ナキ他ノ書面ニ於テ同一ノ闕點アルモノアリト云フヲ以テ原裁判所ノ判斷ノ違法タル可キ理ナキヲ以テ是亦上告ノ理由ナキモノトス
第六點ハ原院ハ乙第三號證成立ノ日時ヲ否認スルニ當リ被上告人ノ實兄タル笠松龜太郎ノ署名捺印ハ其完全ナル承諾ニ出テタルモノト認メ難キヲ一ノ理由トセリ然レトモ笠松龜太郎ハ被上告人カ亡敬藏ノ養子トナル以前ヨリ戸主タルモノニシテ且當時已ニ能力ヲ有スル者ナルコトハ當事者雙方ノ認ムル處ナリ故ニ被上告人モ笠松龜太郎カ乙第三號證ニ署名捺印シタルハ完全ナル承諾ニ出テタルモノニアラスト主張シタルコトナシ然ルニ原院カ當事者ノ申立テサル事實ヲ臆測シテ乙第三號證成立日時ヲ否認スルノ材料ニ供シタルハ是亦法律ニ違背シテ事實ヲ確定シタルモノナリト云フニ在レトモ凡ソ未丁年者ハ完全ノ能力ヲ有セストハ事實ノ問題ニアラスシテ法律上ノ推定トス故ニ既ニ其未丁年者タル事實ニ付テ爭ヒナキ限リハ裁判所ハ此事實ニ基キ法理上ノ斷定ヲ下スコトハ職權上當然爲シ得ヘキ所ニシテ必スシモ當事者ノ演述ヲ要セス殊ニ法理上ノ辯論ノ如キハ調書ニ記載シテ明確ニス可キ限リニ在ラサルモノナルカ故ニ當事者ノ申立サル事實ヲ臆測シテ事實ヲ確定シタリトノ論旨ハ上告ノ理由ナキモノトス(判旨第六點)
第七點ハ原院ハ上告人カ笠松家ヲ相續シタル事實ヲ以テ被上告人ノ身分ヲ變動シタリトスルカ如シ然レトモ假令原院認定ノ如ク被上告人ハ亡敬藏ノ養嗣子ナリトスルモ之カ爲ニ上告人ノ相續カ被上告人ノ養嗣子タル身分ヲ變動スルモノニアラス何トナレハ上告人カ相續シタル事實ハ毫モ被上告人カ笠松家ノ家督相續人タル位置ヲ失ハシムルモノニアラサレハナリ換言スレハ被上告人ハ亡敬藏死亡前家督相續人タリシナランニハ今日ト雖モ依然家督相續人ニテ其身分全ク相同シキナリ然ルニ原院ハ上告人ノ相續ヲ以テ直チニ被上告人ノ家督相續人タル位置ヲ動カシタルモノト速斷シ被上告人ノ請求ヲ許容シタルハ不法ノ判决ナリト云フニ在レトモ亡敬藏ノ相續人タルト被上告人ノ相續人タルトハ其自分ノ同シカラサルコトハ別ニ辯明ヲ要セサル所ニシテ上告ノ理由ナキコト亦自ラ明カナル所トス
第八點ハ前項論述ノ如ク被上告人ノ笠松家ノ家督相續人タルノ事實ハ(若シアリトスレハ)上告人ノ相續ニ何等ノ關係ナキモノナルノミナラス乙第三號證ハ上告人ニ於テ作製シタリトハ一モ證憑ナク又被上告人ニ於テモ上告人ノ作製シタルモノナリト主張シタルコトナシ然ルニ原院カ輕々シク上告人カ乙第三號證ヲ作製シテ被上告人ノ養嗣子タル身分ヲ剥奪シタリト判定シ去リタルハ法律ニ違背シテ事實ヲ確定シタルモノナリト云フニ在レトモ笠松家ノ相續人タル身分ヲ保有セシムルト其當ニ相續スヘキ時期ニ於テ相續セシムルトノ間ニ於テ事實上及ヒ法律上ノ差異アルコトハ特ニ説明ヲ要セサル所タリ又乙第三號證ノ作成云々ニ付テハ既ニ亡敬藏ノ意思ニ因テ成立セサルモノト斷定シタル以上ハ其書面ノ何人ノ手ニ成リタルヤノ如キハ本件ニ於テ特ニ之ヲ審究スルノ必要ナキヲ以テ原判决ニ於テモ特ニ此事實ヲ斷定セス又上告人若クハ被上告人ニ於テ作成シタルモノトノ主張アリシコトノ記載ナシ結局上告ハ適法ノ理由ナキモノトス
以上説明ノ如ク本件上告ハ一モ適法ノ理由ナキヲ以テ民事訴訟法第四百五十二條ニ依リ之ヲ棄却スヘキモノトス
明治二十八年第二百五十八号
明治二十九年三月十七日第一民事部判決
◎判決要旨
- 一 養嗣子ある場合に於て家政の便宜上養母が中継相続の権あるや否は事実にあらずして法律上の問題なり。
(判旨第二点)
- 一 養嗣子が先代の相続を為すべきは普通の法則なり。
- 一 養母が養嗣子に先たち先代の相続を為すは変例の処分なり。
(以上判旨第三、四点)
- 一 未成年者は完全の能力を有せずとのことは事実上の問題にあらずして法律上の推定なり。
(判旨第六点)
右当事者間の相続権回復請求事件に付、大坂控訴院が明治二十八年四月十七日言渡したる判決に対し上告人より一部破毀を求むる申立を為し被上告人は上告棄却の申立を為したり。
立会検事岩田武儀は意見を陳述したり。
判決
本件上告は之を棄却す
上告に係る訴訟費用は上告人之を負担す可し
理由
上告第一点は乙第三号証(養嗣子送入籍御引換願)は被上告人が養子なりや養嗣子なりやを定むるに足る証拠にして其成立の当否は原院が認めて本件争点の第一とせられたり。
而して上告人は此証書の成立が正当真正なることを証明するか為め当時の戸長鈴木定七を証人として喚問せられんことを申請したり。
然るに原院は他に此点に対する上告人の立証方法なきにも拘はらず此申請を斥けられたり右は民事訴訟法第二百七十四条を不当に適用したる違法の裁判なりと云ふに在り。
仍て原判決を案するに原裁判所が本件被上告人笠松大吉は笠松敬蔵の養嗣子たるや将た養子たるやの争点に付て為したる判断は乙第三号の書証及び近藤欣平の証言並に同書面に連署せる笠松亀太郎の当時未成年者たりし事実に基きたるものにして結局乙第三号証は先代敬蔵死亡後に作成したるものとす。
心証を得たるものなり。
既に此証書にして敬蔵死亡の後に至り他人の作成に係るものなりとの心証を得たる以上は該書面の成立に関係なき戸長を訊問するの必要なきものとす。
故に如斯場合に在ては証人喚問の申請に拘はらず既に裁判を為すに熟するものとして判決するも之が為め原判決破毀の理由を生ぜず乃ち上告は適法の理由なきものとす。
第二点は被上告人が養嗣子なりと仮定するも家政の便宜上養母が養子に先たちて相続するは正当なる旨を争点の一として申立たり。
然るに原院が此争点を看過せられたるは不当に事実を遺脱したるものなりと云ふに在れども抑適法の養嗣子ある場合に於て家政の便宜上養母に於て中継相続の権あるや否やは事実にあらずして純然たる法律上の問題とす。
故に事実を遺脱したりとの論告は其当を得ず。
若し夫れ此法律上の論旨に付ては説明を与へずとの趣旨なりとせん乎是亦上告の理由なきことは第三点の説明に就て知るべし(判旨第二点)
第三点及第四点は養嗣子の弱年其他一家の安寧幸福を計るに適当なる事由ありて親族一同異議なきときは母が養嗣子に先たちて相続することを得るは世間普通の事例にして適法の例規なり。
而して上告人が家政の必要上親族等の協議に依り亡失の跡を相続し爾来数年間一の紛議ありたることなきは争なき事実なり。
然るに原院は被上告人が養嗣子なりとの一事を理由として上告人の相続を不当とせられたり右は法則を不当に適用したるものなりと云ふに存れども原判決に於ては既に第一点に於て説明する所の如く被上告人が養嗣子たる事実を確定し、而して敬蔵死亡の際養嗣子たる身分を保有する以上は法律上当然其家督相続人たるべき権利を有するものなるを以て正当の事故ありて之を廃嫡するときは格別漫りに其養嗣子たる身分を変動せしむることを得ざるは勿論なり。
云云の説明ありて養嗣子ある場合に於ては養嗣子の相続するを以て本邦普通の法則と為し上告論旨に所謂養母が養嗣子に先たちて相続することあるが如きは之を変例の処分と見たること明白とす。
而して本院に於ても全く原院と意見を同ふし本件の如き場合に於ては当然養嗣子の相続するを以て法則と為すか故に法則を不当に適用したるものなりとの上告は其理由なきものとす。
(判旨第三、四点)
第五点は乙第三号証即ち養嗣子送入籍御引換願にある日附の正否は本按訴訟を断する唯一の争点なり。
而して原判決の説明に曰く「乙第十二号証を閲するに他に日付の順序に依らず綴込みたるものあるも各受付の月日番号等記載ありて仮令綴込の順序を失するも其受付を為したる時日は之を知り得べきに独り養子送入籍御引換願と記載ある事項に付ては受付を為したる時日番号の記載なきにより果して乙第三号証は其日付の当日に受付たるものと認むることを得ず。」とありて独り乙第三号証のみ受付を為したる時日番号の記載なきものの如く説明せられたりと雖も上告人が乙第十二号証を見るに綴込の順序を顛倒したる上に受付の時日番号を記載せざるもの数多あり一例を挙くれば明治二十一年の部中にも明治十九年三月二十日付木村宗右衛門寄留御届と記載あれども受付の時日番号を記載したる所なし。
果して然らば綴込の順序を失したる事項にして受付の時日番号の記載なきものは独り乙第三号証のみなるを以て乙第三号証は其日付の当日に受付けたるものと認むることを得ずと云ふ原判決は架空の辞柄を構へて不当に事実を確定したる不法ありと云ふに在れども論告の主旨は畢竟原判所の心証判断に対するものたるのみならず原判決に於ては乙第三号証は受付の月付番号なきか為に書面日付の当日に受付けたるものと認むることを得ずと判断したるものなれば上告論旨に謂へる如く之と同じく受付の日付番号なきものありとすれば論理上等しく裁判所の信認せざるものたるべしとの断定を為し得べし。
故に若し原判決に於て同時に受付の日付番号なき書面を採で或事実を断定したる場合に於ては少くも論理の齟齬を生ず。
可しと雖も全く本件に関係なき他の書面に於て同一の闕点あるものありと云ふを以て原裁判所の判断の違法たる可き理なきを以て是亦上告の理由なきものとす。
第六点は原院は乙第三号証成立の日時を否認するに当り被上告人の実兄たる笠松亀太郎の署名捺印は其完全なる承諾に出でたるものと認め難きを一の理由とせり。
然れども笠松亀太郎は被上告人が亡敬蔵の養子となる以前より戸主たるものにして、且、当時己に能力を有する者なることは当事者双方の認むる処なり。
故に被上告人も笠松亀太郎が乙第三号証に署名捺印したるは完全なる承諾に出でたるものにあらずと主張したることなし然るに原院が当事者の申立てざる事実を臆測して乙第三号証成立日時を否認するの材料に供したるは是亦法律に違背して事実を確定したるものなりと云ふに在れども凡そ未丁年者は完全の能力を有せずとは事実の問題にあらずして法律上の推定とす。
故に既に其未丁年者たる事実に付て争ひなき限りは裁判所は此事実に基き法理上の断定を下すことは職権上当然為し得べき所にして必ずしも当事者の演述を要せず。
殊に法理上の弁論の如きは調書に記載して明確にす可き限りに在らざるものなるが故に当事者の申立さる事実を臆測して事実を確定したりとの論旨は上告の理由なきものとす。
(判旨第六点)
第七点は原院は上告人が笠松家を相続したる事実を以て被上告人の身分を変動したりとするが如し。
然れども仮令原院認定の如く被上告人は亡敬蔵の養嗣子なりとするも之が為に上告人の相続が被上告人の養嗣子たる身分を変動するものにあらず。
何となれば上告人が相続したる事実は毫も被上告人が笠松家の家督相続人たる位置を失はしむるものにあらざればなり。
換言すれば被上告人は亡敬蔵死亡前家督相続人たりしならんには今日と雖も依然家督相続人にて其身分全く相同しきなり。
然るに原院は上告人の相続を以て直ちに被上告人の家督相続人たる位置を動かしたるものと速断し被上告人の請求を許容したるは不法の判決なりと云ふに在れども亡敬蔵の相続人たると被上告人の相続人たるとは其自分の同じからざることは別に弁明を要せざる所にして上告の理由なきこと亦自ら明かなる所とす。
第八点は前項論述の如く被上告人の笠松家の家督相続人たるの事実は(若しありとすれば)上告人の相続に何等の関係なきものなるのみならず乙第三号証は上告人に於て作製したりとは一も証憑なく又被上告人に於ても上告人の作製したるものなりと主張したることなし然るに原院が軽軽しく上告人が乙第三号証を作製して被上告人の養嗣子たる身分を剥奪したりと判定し去りたるは法律に違背して事実を確定したるものなりと云ふに在れども笠松家の相続人たる身分を保有せしむると其当に相続すべき時期に於て相続せしむるとの間に於て事実上及び法律上の差異あることは特に説明を要せざる所たり。
又乙第三号証の作成云云に付ては既に亡敬蔵の意思に因で成立せざるものと断定したる以上は其書面の何人の手に成りたるやの如きは本件に於て特に之を審究するの必要なきを以て原判決に於ても特に此事実を断定せず又上告人若くは被上告人に於て作成したるものとの主張ありしことの記載なし。
結局上告は適法の理由なきものとす。
以上説明の如く本件上告は一も適法の理由なきを以て民事訴訟法第四百五十二条に依り之を棄却すべきものとす。