明治二十八年第六十九號
明治二十八年十月三十日第二民事部判决
◎判决要旨
- 一 一家ニ於テ先代ノ長女ト養子タル男子存在シ互ニ相續權ヲ爭フトキハ養子ニ於テ長女ヲ措キ先ツ自己ニ相續ヲ得タル確證ヲ擧クルノ責任アリ(判旨第一點)
- 一 未丁年者ニシテ後見人ナキモノニ付テハ裁判所ニ於テ調査ヲ爲シ普通智識アルモノト認ムルトキハ訴訟能力者トシテ其訴訟ヲ進行スルコトヲ得(判旨第三點)
- 一 訴訟手續ノ違背ヲ以テ上告理由トナスニハ民事訴訟法第四百三十六條規定ノ外ハ特ニ無効トナルヘキ重要ナル場合又ハ當事ノ利害ニ關係ヲ有スル場合ナラサルヘカラス(判旨第四點)
- 一 判决主文ニ包含スヘキ事項ハ其判决理由ニヨリ會得スヘキモノトス(判旨第五點)
(參照)裁判ハ左ノ場合ニ於テハ常ニ法律ニ違背シタルモノトス 第一、規定ニ從ヒ判决裁判所ヲ構成セサリシトキ 第二、法律ニヨリ職務ノ執行ヨリ除斥セラレタル判事カ裁判ニ參與シタルトキ但忌避ノ申請又ハ上訴ヲ以テ除斥ノ理由ヲ主張シタルモ其効ナカリシトキハ此限ニ非ス 第三、判事カ忌避セラレ且忌避ノ申請ヲ理由アリト認メタルニ拘ハラス裁判ニ參與シタルトキ、第四、裁判所カ其管轄又ハ管轄違ヲ不當ニ認メタルトキ 第五、訴訟手續ニ於テ原告若クハ被告カ法律ノ規定ニ從ヒ代理セラレサリシトキ 第六、訴訟手續ノ公行ニ付テノ規定ニ違背シタル口頭辯論ニ基キ裁判ヲ爲シタルトキ 第七、裁判ニ理ヲ由セサルトキ(民事訴訟法第四百三十六條)
上告人 岡村貞雄 外三名
被上告人 岡村イシ 外三名
訴訟代理人 飯田宏作
右當事者間ノ不法相續廢棄並ニ登記取消名前引直請求事件ニ付長崎控訴院カ明治二十七年十一月十四日言渡シタル判决ニ對シ上告代理人ヨリ全部破毀ヲ求ムル申立ヲ爲シ被上告代理人ハ上告棄却ノ申立ヲ爲シタリ
立會檢事岩野新平ハ意見ヲ陳述シタリ
判决
本件上告ハ之ヲ棄却ス
上告ニ係ル訴訟費用ハ上告人之ヲ負擔スヘシ
理由
上告論旨第一點ハ本件ハ相續權ノ爭ニ非スシテ訴名ノ如ク己ニ爲シタル相續カ不法ナルヤ否ヤノ爭ニ外ナラサレハ其相續ヲ不法トシテ取消ヲ求ムル所ノ被上告人ニ擧證ノ責アルハ當然ノ順序ナリトス然ルニ原院ニ於テハ此擧證ノ順序ヲ誤リ上告人ニ於テ其相續ノ權利アルコトヲ立證スヘキ責任アルモノトシ結局上告人カ相續スヘキ權利アリトノ立證不充分ナリトノ理由ニ依リ上告人ノ相續ヲ取消スヘキモノナリト判决セラレタルハ擧證ノ責任ヲ誤リ隨テ理由不備ヲ免カレサル不法ノ裁判ナリト云フニ在リ依テ按スルニ本件ハ不當相續廢棄ノ訴訟ニ係リ被上告人岡村「イシ」ハ本訴岡村家先代健太ノ長女ニシテ健太ニハ他ニ實子ナカリシコトハ上告人ノ認ムル所ナリ然ラハ被上告人「イシ」ハ當然岡村健太ノ推定相續人タルヘキモノナルヲ以テ既ニ其長女「イシ」ノ他ニ實子ナキ事實ニシテ爭ナキ以上ハ被上告人ハ別ニ立證ヲ爲スヲ要セス之ニ反シ上告人岡村貞雄ノ地位ニ在テハ元來他家ヨリ養子トシテ入籍シ亡健太ノ相續ヲ爲シタルモノナルニ付キ其正當ノ理由アリ人養子トナリ「イシ」ヲ措テ己レカ相續權ヲ得タルモノナラハ之カ確證ナカルヘカラス然ルニ上告人ハ原院ノ信用ヲ措クニ足ルヘキ充分ナル證據ヲ擧ケサリシ故ニ原院ハ貞雄カ正當ニ相續ヲ爲シタル證據ナシトシ上告人貞雄ノ相續ノ不當ヲ認メタルハ敢テ擧證ノ責任ヲ顛倒シタルモノニ非ス故ニ原判决ハ上告人所論ノ如キ不法ノ點ナシ(判旨第一點)
其第二點ハ上告人ハ乙第一號證ニ記載アル所ノ「私儀長男健太病死仕候ニ付云々養子仕度」トノ文字ハ亡健太ノ相續ヲナサシムル爲メ養子ト爲シ度トノ意思ナルコト又「岡村ミハ養子ニ遣シ度」トアル文字ハ死者ハ養子ヲ爲スコト能ハスト誤解シタルヨリ最高尊屬親タル「ミハ」ノ養子ト爲セハ即チ健太ノ養子ト同一ナリトノ意思ヨリシテ前後相齟齬セシコトヲ記載シタルモ其意趣ハ互ニ「ミハ」ノ養子ニ非スシテ健太ノ相續ヲ爲サシムル爲メナルヲ以テ宜ク其合意ノ性質及ヒ目的ニ適合スル意義且雙方ノ意思ヲ推尋シテ之カ解釋ヲ爲サゝルヘカラス若シ又第一審判决ノ如ク之ヲ「ミハ」ノ養子ナリト解セシカ「ミハ」ハ非戸主ナレハ己レノ爲メニ養子ヲ爲スヘキモノニ非ス且「健太病死仕候ニ付云々」トアル文字ハ全ク解スヘカラス殆ト其意思ノアル所ヲ知ルヘカラサル無効ノ文字トナラント主張シタルニ原院ハ之ニ對シ何等ノ理由ヲモ付セス乙第一號證ニ據レハ貞雄ハ亡岡村松平ノ妻「ミハ」ノ養子ト爲リタル迄ニテ云々ト論定セラレタルハ右證書中ニ貞雄ヲ養子ト爲シタルハ長男死去ニ付其跡相續ノ爲メ養子トシタルコトノ記載アル明文ニ基ク立證ニ對シ何等ノ理由ヲモ示サス上告人ノ主張ヲ排斥シタルモノニシテ理由不備ノ裁判ナリト云フニ在ルモ證書ノ解釋ハ原院ノ職權ニ屬スヘキモノニシテ原院ハ乙第一號證ニ付テハ上告人貞雄ハ「ミハ」ノ養子トナリタル迄ノモノト解釋シテ其説明ヲ付シタレハ敢テ理由不備ト云フヲ得ス元來當事者カ證據上ニ付キ個々陳述スル事情ノ如キハ裁判所ハ之ニ對シ一々判定スル責任ナシ故ニ上告其理由ナシ
其第三點ハ被上告人中岡村「イシ」ハ齡僅カニ十七年ニシテ未タ訴訟能力ヲ有セサルモノナリ而シテ此能力ノ欠缺ハ裁判所ノ職權ヲ以テ調査スヘキモノナリ故ニ上告人ヨリ妨訴ノ抗辯ヲ提起セサリシモ原院ハ民事訴訟法第四十五條ノ規定ニ從ヒ宜ク其能力ノ有無ヲ調査シ然ル後却下若クハ判决ヲ爲サゝルヘカラサルニ何等ノ取調モナク直ニ判决セラレタルハ訴訟手續ニ違背セル不法ノ裁判ナリト云フニ在ルモ民事訴訟法第四十三條ノ規定ニ依レハ原告若クハ被告カ自ラ訴訟ヲ爲シ又ハ訴訟代理人ヲシテ之ヲ爲サシムル能力ト法律上代理人ニ依レル訴訟無能力者ノ代表等ニ付テハ民法ノ規定ニ從フヘキモノタリ然ルニ現行法ニ於テ此規定ノ設アラサルニ依リ本件被上告人「イシ」ノ如キ未成年者ニシテ後見人ノ設ナキモノニ付テハ裁判所ハ其調査ノ上巳ニ齡十七年ニモ相成リ普通知識アルモノト認ムルトキハ訴訟能力者トシテ其訴訟ヲ進行セシムル事例ナリ而シテ其調査ニ關シテハ一定ノ方法及ヒ之ヲ調書ニ録取スヘキ規定アルニアラス故ニ一件記録中ニ之カ調査ニ爲シタル事跡ノ存スルナキモ訴訟無能力者タリシ情况ノ顯ハレサル限リハ其調査上訴訟能力ヲ有スルモノト認メ訴訟ヲ進行セシメタルモノト見做サゝル得ス依テ本論旨モ上告適法ノ理由ナシ(判旨第三點)
其第四點ハ被上告人ハ本訴ニ於テ上告人岡村貞雄及ヒ深川傳作ヲ共同被告人ト爲シ上告人貞雄ニ對シ不法相續取消ノ請求ヲ爲シ上告人傳作ニ對シ賣買登記取消所有名義書換請求ヲ爲シタルモノナリ然ルニ本件相續ノ取消ト地所賣買名義取消所有名義書換トハ二者別問題ニシテ右請求ハ民事訴訟法第四十八條ニ該當スヘキモノニ非サルヤ明カナリ葢シ本件相續取消ノ請求ハ被上告人「イシ」ハ先代健太ノ長女ニシテ相續權ヲ有スルニモ由ハラス貞雄カ相續シタルハ不法ナリトノコト又被上告人又藏勝藏及ヒ初平ハ共ニ「イシ」ノ親族ニシテ岡村家相續人撰定ニ付テハ協議ニ與ルヘキ權利義務アリ從テ不當相續ノ取消ヲ求ムヘキ權利アリトノ原因ニ基クモノナリ而シテ地所賣買取消所有名義書換請求ハ右地所ハ被上告人「イシ」カ先々代松平又ハ先代健太ヨリ相續スヘキモノナリシ故貞雄ト傳作トノ間ニ爲シタル地所賣買ハ不法ニシテ傳作ハ完全ニ所有權ヲ得タルモノニアラストノ事實上及ヒ法律上ノ原因ニ基ク請求ニシテ殊ニ右請求ニ關シテハ又藏外二名ハ毫モ權利義務ニ關係ナキモノナリ依テ右二個ノ請求ハ民事訴訟法第四十八條ノ第一號ニ於ケル權利共通若クハ義務共通ノ場合ニ非ス又其第二號ノ同一ナル事實上及ヒ法律上ノ原因ニ基ク請求又ハ義務ニモ非ス又其第三號ノ同種類ナル事實上及ヒ法律上ノ原因ニ基ク同種類ナル請求又ハ義務ニモ非サルコト分明ナリ右ノ筋合ナルニモ拘ハラス「イシ」又藏勝藏初平等共同原告ト爲リ上告人貞雄傳作ヲ共同被告人トシ本訴ヲ提起シタルハ起訴ノ手續不法ナルヲ以テ原院ニ於テハ被上告人ノ訴ヲ棄却セラルヘキニ事茲ニ出テスシテ之ヲ適法トセシハ民事訴訟法第四十八條ノ規定ニ違背スルノミナラス其他ノ訴訟手續ニモ違背スル不法ノ裁判ナリト云フニ在リ按スルニ本論旨ハ實體上ノ請求ニ毫モ關係ナク單ニ形式上即チ訴訟手續上ノ違背ヲ論難スルニ外ナラス是ヲ以テ一件記録ヲ査閲スルニ第一審以來第二審ノ口頭辯論ノ終ニ至ルマテ曾テ何人ヨリモ本論旨ノ如キ事項ヲ主張シタルコトナキノミナラス第一審ニ於テハ當事者ノ申立ニ因リ裁判所ハ不當相續廢棄請求ノ點ノミヲ分離シテ一分判决ヲ爲スヘキコトニ决シ双方一分判决ヲ受クルヲ相當ト認メ其辯論ヲ經判决ヲ受ケタル顛末ハ口頭辯論調書ニ徴シテ明カナリ抑訴訟手續ニ違背シタルヲ以テ上告ノ理由ト爲スニハ多少ノ制限アリテ如何ナル場合ト雖上告ノ理由ト爲シ得ヘキモノニ非ス訴訟手續ニ違背ニ付キ判决ニ影響ヲ及ホスト否ト當事者ニ利害ノ關係アルト否トヲ問ハス常ニ法律ニ違背シタルモノト爲シ絶對的ニ上告ノ理由ト爲シ得ヘキ事項ハ民事訴訟法第四百三十六條ニ規定スル所ナリ其他ノ訴訟手續ニ付テハ違背ニ依リ無効トナルヘキ事項ノ如キ重要ナル場合又ハ當事者ノ利害ニ關係ヲ有スル場合ノミ上告ノ理由ト爲スコトヲ得ヘキモ只訴訟手續ニ違フタリトノ一事ヲ以テ上告ノ理由ト爲スヲ得ス而シテ本論旨ノ如キハ第一二審ニ於テ主張シタルモ裁判所カ之ヲ不當ニ排斥シルニ非ス啻ニ主張セサルノミナラス當事者ノ双方カ共同訴訟ヲ是認シ不當相續廢棄請求ノ點ヲ分離シテ一分判决ヲ受クルヲ相當トシ第一二審ヲ經過シ今日ニ至リ本院ニ於テ初メテ不服ヲ唱フルモノニシテ殊ニ上告人ノ利害ニ關係ヲ有スル點ヲ見サレハ勿論上告適法ノ理由ナシ(判旨第四點)
其第五點ハ假リニ上告人貞雄ニ對スル相續取消ノ請求ト上告人傳作ニ對スル地所賣買取消所有名義書換請求ハ一ノ訴ニ於テ右兩名ヲ共同被告人トシテ提起シ得ヘキモノトスルモ上告人傳作ハ貞雄ノ相續ヲ取消スヘキ權利義務共ニ之ナキコトハ固ヨリ論ナシ原判文ニ於ケルモ傳作ニ於テ之ヲ取消スヘキ義務アルコトヲ毫モ示サレタルコトナシ然ルニ原院ハ「被告等(貞雄榮吾傳作)ハ原告請求ノ通リ被告岡村貞雄ノ相續ヲ取消スヘシ」ト言渡サレタル第一審判决ヲ認可シ控訴ヲ棄却セラレタルハ條理ニ反スルノミナラス又理由不備ノ瑕瑾ヲ免カレサル不法ノ裁判ナリト云フニ在ルモ元來判决主文ニ如何ナル事項ヲ包含スヘキヤハ其判决ノ理由ニ依リ之ヲ會得スヘキモノタリ而シテ本件ノ第一審判决ノ理由中ニハ毫モ上告人深川傳作ニ義務ヲ負ハシメタル事項アルニアラス然ラハ其主文ニ於テ「被告等ハ原告請求ノ通リ云々」トナルハ上告人ノ中岡村貞雄北村榮吾ノ兩人ヲ指シタルモノナルコト知ルヘシ况シテ其二項ニ「訴訟費用ハ被告岡村貞雄北村榮吾ニ於テ負擔スヘシ」トアルヲ以テ愈明カナリ况ヤ深川傳作ノ利害ニ關係ナキニ於テヲヤ故ニ本論旨モ上告適法ノ理由ナシ(判旨第五點)
其第六點ハ第一審判决ニ於テハ岡村貞雄ハ被後見人者タルニモ拘ハラス法律上代理人ニ依リ代表セラレスシテ判决ヲ言渡サシタルハ不法ナルノミナラス訴状ニ於テ當事者トシテ表示セラレサル北村榮吾ヲ當事者ナリトシ「被告等ハ云々訴訟費用ハ岡村貞雄北村榮吾ニ於テ負擔スヘシ」ト判决セラレタルハ訴訟手續ニ違背セル不法ヲ免カレサルモノトス然ルニ原院ニ於テ第一審判决ヲ其侭認可シ控訴ヲ棄却セシハ不法ナリト云フニ在ルモ抑本件ハ岡村貞雄ヲ被告ト爲スモ被後見者タルヲ以テ其後見人北村榮吾ヲ之カ代表者トシ且ツ尚ホ北村榮吾其モノニ對シテモ被告トシ即チ榮吾ハ貞雄ノ後見人ノ資格ト榮吾其モノゝ資格トヲ兼子相手取ラレタルコトハ訴状中貞雄榮吾ノ肩書及ヒ其訴旨ニ於テ明カナリ而シテ第一審判决ハ其起訴ニ基キ此等ノ兩人ヲ被告トシテ裁判ヲ言渡シタルモノナルヲ以テ原院カ之ヲ適法トシ控訴ノ棄却ヲ言渡シタルモ亦相當ニシテ不法ノ點ナシ
其第七點ハ本件ニ於テハ被上告人ハ岡村貞雄ニ對シテハ後見人タル北村榮吾ヲ相手取ラスシテ岡村貞雄及ヒ北村榮吾ヲ各被告トシテ起訴シタルモノゝ如シ果シテ然ラハ被上告人ハ本訴ニ付岡村貞雄ノ代表者タル後見人ヲ相手取ラスシテ被後見者タル幼者貞雄ヲ相手取タルハ起訴ノ手續ヲ誤リタル不法アルノミナラス原院ニ於テ右被後見人ニ對スル訴ヲ適法ナリトシ之ニ對シ判决ヲ與ヘラレタルハ不法ナリト云フニ在ルモ本論旨ニ付テハ第六點ノ論旨ニ對スル説明ニ依リ會得スヘシ
以上説明ノ如ク本件上告ハ一モ適法ノ理由ナキヲ以テ民事訴訟法第四百五十二條ノ規定ニ依リ之ヲ棄却スルモノナリ
明治二十八年第六十九号
明治二十八年十月三十日第二民事部判決
◎判決要旨
- 一 一家に於て先代の長女と養子たる男子存在し互に相続権を争ふときは養子に於て長女を措き先づ自己に相続を得たる確証を挙くるの責任あり(判旨第一点)
- 一 未丁年者にして後見人なきものに付ては裁判所に於て調査を為し普通智識あるものと認むるときは訴訟能力者として其訴訟を進行することを得。
(判旨第三点)
- 一 訴訟手続の違背を以て上告理由となすには民事訴訟法第四百三十六条規定の外は特に無効となるべき重要なる場合又は当事の利害に関係を有する場合ならざるべからず。
(判旨第四点)
- 一 判決主文に包含すべき事項は其判決理由により会得すべきものとす。
(判旨第五点)
(参照)裁判は左の場合に於ては常に法律に違背したるものとす。
第一、規定に従ひ判決裁判所を構成せざりしとき 第二、法律により職務の執行より除斥せられたる判事が裁判に参与したるとき。
但忌避の申請又は上訴を以て除斥の理由を主張したるも其効なかりしときは此限に非ず 第三、判事が忌避せられ、且、忌避の申請を理由ありと認めたるに拘はらず裁判に参与したるとき、第四、裁判所が其管轄又は管轄違を不当に認めたるとき 第五、訴訟手続に於て原告若くは被告が法律の規定に従ひ代理せられざりしとき 第六、訴訟手続の公行に付ての規定に違背したる口頭弁論に基き裁判を為したるとき 第七、裁判に理を由せざるとき(民事訴訟法第四百三十六条)
上告人 岡村貞雄 外三名
被上告人 岡村いし 外三名
訴訟代理人 飯田宏作
右当事者間の不法相続廃棄並に登記取消名前引直請求事件に付、長崎控訴院が明治二十七年十一月十四日言渡したる判決に対し上告代理人より全部破毀を求むる申立を為し被上告代理人は上告棄却の申立を為したり。
立会検事岩野新平は意見を陳述したり。
判決
本件上告は之を棄却す
上告に係る訴訟費用は上告人之を負担すべし。
理由
上告論旨第一点は本件は相続権の争に非ずして訴名の如く己に為したる相続が不法なるや否やの争に外ならざれば其相続を不法として取消を求むる所の被上告人に挙証の責あるは当然の順序なりとす。
然るに原院に於ては此挙証の順序を誤り上告人に於て其相続の権利あることを立証すべき責任あるものとし結局上告人が相続すべき権利ありとの立証不充分なりとの理由に依り上告人の相続を取消すべきものなりと判決せられたるは挙証の責任を誤り随で理由不備を免がれざる不法の裁判なりと云ふに在り。
依て按ずるに本件は不当相続廃棄の訴訟に係り被上告人岡村「いし」は本訴岡村家先代健太の長女にして健太には他に実子なかりしことは上告人の認むる所なり。
然らば被上告人「いし」は当然岡村健太の推定相続人たるべきものなるを以て既に其長女「いし」の他に実子なき事実にして争なき以上は被上告人は別に立証を為すを要せず。
之に反し上告人岡村貞雄の地位に在ては元来他家より養子として入籍し亡健太の相続を為したるものなるに付き其正当の理由あり人養子となり「いし」を措で己れか相続権を得たるものならば之が確証なかるべからず。
然るに上告人は原院の信用を措くに足るべき充分なる証拠を挙けざりし故に原院は貞雄が正当に相続を為したる証拠なしとし上告人貞雄の相続の不当を認めたるは敢て挙証の責任を顛倒したるものに非ず。
故に原判決は上告人所論の如き不法の点なし。
(判旨第一点)
其第二点は上告人は乙第一号証に記載ある所の「私儀長男健太病死仕候に付、云云養子仕度」との文字は亡健太の相続をなさしむる為め養子と為し度との意思なること又「岡村みは養子に遣し度」とある文字は死者は養子を為すこと能はずと誤解したるより最高尊属親たる「みは」の養子と為せば、即ち健太の養子と同一なりとの意思よりして前後相齟齬せしことを記載したるも其意趣は互に「みは」の養子に非ずして健太の相続を為さしむる為めなるを以て宜く其合意の性質及び目的に適合する意義、且、双方の意思を推尋して之が解釈を為さゝるべからず。
若し又第一審判決の如く之を「みは」の養子なりと解せしか「みは」は非戸主なれば己れの為めに養子を為すべきものに非ず、且、「健太病死仕候に付、云云」とある文字は全く解すべからず。
殆と其意思のある所を知るべからざる無効の文字とならんと主張したるに原院は之に対し何等の理由をも付せず乙第一号証に拠れば貞雄は亡岡村松平の妻「みは」の養子と為りたる迄にて云云と論定せられたるは右証書中に貞雄を養子と為したるは長男死去に付、其跡相続の為め養子としたることの記載ある明文に基く立証に対し何等の理由をも示さず上告人の主張を排斥したるものにして理由不備の裁判なりと云ふに在るも証書の解釈は原院の職権に属すべきものにして原院は乙第一号証に付ては上告人貞雄は「みは」の養子となりたる迄のものと解釈して其説明を付したれば敢て理由不備と云ふを得ず。
元来当事者が証拠上に付き個個陳述する事情の如きは裁判所は之に対し一一判定する責任なし。
故に上告其理由なし。
其第三点は被上告人中岡村「いし」は齢僅かに十七年にして未だ訴訟能力を有せざるものなり。
而して此能力の欠欠は裁判所の職権を以て調査すべきものなり。
故に上告人より妨訴の抗弁を提起せざりしも原院は民事訴訟法第四十五条の規定に従ひ宜く其能力の有無を調査し然る後却下若くは判決を為さゝるべからざるに何等の取調もなく直に判決せられたるは訴訟手続に違背せる不法の裁判なりと云ふに在るも民事訴訟法第四十三条の規定に依れば原告若くは被告が自ら訴訟を為し又は訴訟代理人をして之を為さしむる能力と法律上代理人に依れる訴訟無能力者の代表等に付ては民法の規定に従ふべきものたり。
然るに現行法に於て此規定の設あらざるに依り本件被上告人「いし」の如き未成年者にして後見人の設なきものに付ては裁判所は其調査の上己に齢十七年にも相成り普通知識あるものと認むるときは訴訟能力者として其訴訟を進行せしむる事例なり。
而して其調査に関しては一定の方法及び之を調書に録取すべき規定あるにあらず。
故に一件記録中に之が調査に為したる事跡の存するなきも訴訟無能力者たりし情況の顕はれざる限りは其調査上訴訟能力を有するものと認め訴訟を進行せしめたるものと見做さゝる得ず。
依て本論旨も上告適法の理由なし。
(判旨第三点)
其第四点は被上告人は本訴に於て上告人岡村貞雄及び深川伝作を共同被告人と為し上告人貞雄に対し不法相続取消の請求を為し上告人伝作に対し売買登記取消所有名義書換請求を為したるものなり。
然るに本件相続の取消と地所売買名義取消所有名義書換とは二者別問題にして右請求は民事訴訟法第四十八条に該当すべきものに非ざるや明かなり。
蓋し本件相続取消の請求は被上告人「いし」は先代健太の長女にして相続権を有するにも由はらず貞雄が相続したるは不法なりとのこと又被上告人又蔵勝蔵及び初平は共に「いし」の親族にして岡村家相続人撰定に付ては協議に与るべき権利義務あり。
従て不当相続の取消を求むべき権利ありとの原因に基くものなり。
而して地所売買取消所有名義書換請求は右地所は被上告人「いし」が先先代松平又は先代健太より相続すべきものなりし故貞雄と伝作との間に為したる地所売買は不法にして伝作は完全に所有権を得たるものにあらずとの事実上及び法律上の原因に基く請求にして殊に右請求に関しては又蔵外二名は毫も権利義務に関係なきものなり。
依て右二個の請求は民事訴訟法第四十八条の第一号に於ける権利共通若くは義務共通の場合に非ず又其第二号の同一なる事実上及び法律上の原因に基く請求又は義務にも非ず又其第三号の同種類なる事実上及び法律上の原因に基く同種類なる請求又は義務にも非ざること分明なり。
右の筋合なるにも拘はらず「いし」又蔵勝蔵初平等共同原告と為り上告人貞雄伝作を共同被告人とし本訴を提起したるは起訴の手続不法なるを以て原院に於ては被上告人の訴を棄却せらるべきに事茲に出でずして之を適法とせしは民事訴訟法第四十八条の規定に違背するのみならず其他の訴訟手続にも違背する不法の裁判なりと云ふに在り按ずるに本論旨は実体上の請求に毫も関係なく単に形式上即ち訴訟手続上の違背を論難するに外ならず是を以て一件記録を査閲するに第一審以来第二審の口頭弁論の終に至るまで曽て何人よりも本論旨の如き事項を主張したることなきのみならず第一審に於ては当事者の申立に因り裁判所は不当相続廃棄請求の点のみを分離して一分判決を為すべきことに決し双方一分判決を受くるを相当と認め其弁論を経判決を受けたる顛末は口頭弁論調書に徴して明かなり。
抑訴訟手続に違背したるを以て上告の理由と為すには多少の制限ありて如何なる場合と雖上告の理由と為し得べきものに非ず訴訟手続に違背に付き判決に影響を及ぼすと否と当事者に利害の関係あると否とを問はず常に法律に違背したるものと為し絶対的に上告の理由と為し得べき事項は民事訴訟法第四百三十六条に規定する所なり。
其他の訴訟手続に付ては違背に依り無効となるべき事項の如き重要なる場合又は当事者の利害に関係を有する場合のみ上告の理由と為すことを得べきも只訴訟手続に違ふたりとの一事を以て上告の理由と為すを得ず。
而して本論旨の如きは第一二審に於て主張したるも裁判所が之を不当に排斥しるに非ず啻に主張せざるのみならず当事者の双方が共同訴訟を是認し不当相続廃棄請求の点を分離して一分判決を受くるを相当とし第一二審を経過し今日に至り本院に於て初めて不服を唱ふるものにして殊に上告人の利害に関係を有する点を見されば勿論上告適法の理由なし。
(判旨第四点)
其第五点は仮りに上告人貞雄に対する相続取消の請求と上告人伝作に対する地所売買取消所有名義書換請求は一の訴に於て右両名を共同被告人として提起し得べきものとするも上告人伝作は貞雄の相続を取消すべき権利義務共に之なきことは固より論なし。
原判文に於けるも伝作に於て之を取消すべき義務あることを毫も示されたることなし然るに原院は「被告等(貞雄栄吾伝作)は原告請求の通り被告岡村貞雄の相続を取消すべし。」と言渡されたる第一審判決を認可し控訴を棄却せられたるは条理に反するのみならず又理由不備の瑕瑾を免がれざる不法の裁判なりと云ふに在るも元来判決主文に如何なる事項を包含すべきやは其判決の理由に依り之を会得すべきものたり。
而して本件の第一審判決の理由中には毫も上告人深川伝作に義務を負はしめたる事項あるにあらず。
然らば其主文に於て「被告等は原告請求の通り云云」となるは上告人の中岡村貞雄北村栄吾の両人を指したるものなること知るべし況して其二項に「訴訟費用は被告岡村貞雄北村栄吾に於て負担すべし。」とあるを以て愈明かなり。
況や深川伝作の利害に関係なきに於てをや故に本論旨も上告適法の理由なし。
(判旨第五点)
其第六点は第一審判決に於ては岡村貞雄は被後見人者たるにも拘はらず法律上代理人に依り代表せられずして判決を言渡さしたるは不法なるのみならず訴状に於て当事者として表示せられざる北村栄吾を当事者なりとし「被告等は云云訴訟費用は岡村貞雄北村栄吾に於て負担すべし。」と判決せられたるは訴訟手続に違背せる不法を免がれざるものとす。
然るに原院に於て第一審判決を其侭認可し控訴を棄却せしは不法なりと云ふに在るも抑本件は岡村貞雄を被告と為すも被後見者たるを以て其後見人北村栄吾を之が代表者とし且つ尚ほ北村栄吾其ものに対しても被告とし。
即ち栄吾は貞雄の後見人の資格と栄吾其ものゝ資格とを兼子相手取られたることは訴状中貞雄栄吾の肩書及び其訴旨に於て明かなり。
而して第一審判決は其起訴に基き此等の両人を被告として裁判を言渡したるものなるを以て原院が之を適法とし控訴の棄却を言渡したるも亦相当にして不法の点なし。
其第七点は本件に於ては被上告人は岡村貞雄に対しては後見人たる北村栄吾を相手取らずして岡村貞雄及び北村栄吾を各被告として起訴したるものゝ如し果して然らば被上告人は本訴に付、岡村貞雄の代表者たる後見人を相手取らずして被後見者たる幼者貞雄を相手取たるは起訴の手続を誤りたる不法あるのみならず原院に於て右被後見人に対する訴を適法なりとし之に対し判決を与へられたるは不法なりと云ふに在るも本論旨に付ては第六点の論旨に対する説明に依り会得すべし。
以上説明の如く本件上告は一も適法の理由なきを以て民事訴訟法第四百五十二条の規定に依り之を棄却するものなり。