養子更改承諾請求ノ件

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大審院民事判決録（民録）1輯2巻32頁

上告第一点は原院が上告人（被控訴人）の請求を棄却せられたる裁判の主要なる理由は芳太郎の嗣子権を突然変更するの必要なしと云ふ[いう]に在れども嗣子権変更に同意を表せざる者は被上告人（控訴人）一人に止まり他の親戚は総で之を承諾せる事実なり。 加之[しかのみならず]上告人（被控訴人）は一家の戸主にして米次の父、且、芳太郎の祖父なり。 此親等の地位に在る一家の主権者が親族最多数の協賛を得て財産権上の処分を為す権利行為は決して親戚一人の不同意の為め之を制止せらるべき成規及条理なし。 然るに原院が親戚一人の不同意を以て右権利行為を制止することを得るものと判定せられたるは法則を不当に適用したる違法あるものと云はざる可らずと云ひ同第二点は原院は本件を審理するに方り「本訴の争点は被控訴人（上告人）が老衰多病の為め嗣子芳太郎を廃し米次を更に嗣子たらしむるの必要ありや否にあり」と為して嗣子更改の必要なる事由存するや否やをのみ審判せられたり。 然れども[しかれども]上告人が本件訟求を為すは戸主の地位に於て為すものにして被上告人に其承諾を求むるは戸主の権利の執行手続上己むを得ざるに出づるのみ。 而して[しこうして]此権利は一家保維上至当の行為にして成年の養子が嗣子の地位に在ると否とは家政上甚た差異あり上告人は一家の為め此権利を行ふものなれば単に上告人一身の必要如何[いかん]を問ふべきものに非ず。 然るに原院は其判決理由に於て「仮に被控訴人は多病にして云云其補助の如何[いかん]を論すべきものに非ず」と云ひ又「云云既に米次が担当し居るものと認めざるを得ず。」と云ひ、且、其事実及争点の摘示に於て更改の必要ありや否やを審判するに在りと云ひて上告人が戸主の権利として一家の保維上本訴請求を為す理由の存する争点を看過したるは不法の遣脱を免がれず、且、若し該判決事実に於て此争点を包括したりとせんか其理由中更に之に対して判断を下したる所なきは亦[また]違法と云はざるべからずと云ひ同第三点は原院は明治九年第五十八号達を対照して「被控訴人は極貧、且、後見すべき者なきに非ず云云」と云ひ該達に準拠すべからざるは勿論なりと説明したれども明治九年第五十八号達明文には「現実極貧或は老病等にて実子孫ありと雖[いえども]とも幼少なるか又は有子の寡婦たりとも極貧或は其子女幼少、且、後見すべき者も無之かの場合にて云云」とありて戸主老病の場合には実子孫の幼少なる一条件の具備するを以て足る。 規定なるに原院は「極貧、且、後見すべき者なきに非ず」と云ひて尚此等の条件の具備するを要するものと為したるは法則を不法に適用したるに外ならず随で第二点に陳述したる戸主権利如何[いかん]の判断を遺脱するに到りたるものにして此達の明文本は件請求に主要なる根拠と為り之に依て被上告人の承諾を裁判上請求するものなるに此主要の法則に関し斯の如き判断を下されたるは極めて違法なりと云はざるべからず。 加之[しかのみならず]老衰多病の事実を判決の骨子と為しながら其事実の存否に関し判決理由中果して執れか是なるの裁断を下されたる所なきは事実理由相副はざるの違法を免がれずと云にあり。 然れども[しかれども]適法の事故なくして嗣子を更改せんとすることは我邦古来の慣習として之を許さゝる所なり。 上告人も之を知りたればこそ明治九年第五十八号達旨に準拠し上告人は老衰多病にして嗣子芳太郎は幼少なりと云ひしにあらずや然るに原裁判に於て上告人は平素多病なりしものと看做し難しと判定せられて今之を動かずこと能はざる以上は嗣子を更改するの事由毫も[ごうも]之なき筋合に付、仮令[たとい]戸主が一家を保維する上に於て必要を感し又親戚最多数のものが之に賛同したればとて到底其希望を達すること能はざるものとす。 左すれば原裁判所が上告人を仮りに老病者なりと定め為たる説明中或は穏当を欠く所ありとするも是全く支葉の事柄にして本案曲直に影響せざれば元より破毀の原因たるべきものに非ず要之右数点の論告は総で其理由なきものとす。 （判旨第一、二点）

以上説明の如く本件上告は一も適法の理由なきを以て民事訴訟法第四百三十九条第一項に依り之を棄却すべきものとす。